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『多剤耐性アシネトバクターについて』

土曜日, 11月 30th, 2013

 

KW:感染症・多剤耐性・多剤耐性アシネトバクター・Acinetobacter・環境菌VAP

Q:多剤耐性アシネトバクターについて

A:アシネトバクター属(Acinetobacter)菌は、土壌、河川水等の自然環境中から屡々分離される環境菌である。Acinetobacterはグラム陰性桿菌の真正細菌の1属である。土壌等の湿潤環境を好み、自然環境中に広く分布する。健康人の皮膚にも存在することがあり、動物の排泄物からも分離されることがある。

Acinetobacterは好気性で短い棒状の形をしている。鞭毛を持たず、不動性である。オキシダーゼ陰性、ブドウ糖を醗酵しない。乾燥には比較的強い。通常は無害だが、A. baumanniiなど日和見感染症の原因菌もいる。他のDNA断片を取り込み自身のDNAに組み込む機構を持つ事から、変異を起こしやすい菌といえる。2010年8月現在、Acinetobacter属には少なくとも22の種名と11の遺伝型が確認されている。1980年代に病原性を示す種としてA. baumannii(アシネトバクター・バウマニ) が認知されるようになった。

Acinetobacterは細胞侵入性は示さず、外毒素等の特定の病原因子を産生しないため、弱毒菌とみなされているが、緑膿菌等と同じグラム陰性桿菌で、内毒素であるendotoxin(リポ多糖)を産生するため、何らかの原因で、血流中に侵入するとendotoxinshockや多臓器不全などを誘発し、患者が死亡することもある。 Acinetobacterは、好気性のブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌に属するが、A. baumannii は、他の種と異なりブドウ糖を有酸素下で酸化的に分解することができる。

院内感染の原因菌

1980年代の後半から、A.baumannii は、病院や医療施設での院内感染の原因菌の一つとして徐々に注目されるようになってきた。特に、集中治療室で人工呼吸器を装着されている患者の肺炎(ventilator associated pneumonia: VAP)の起因菌として警戒の対象となっている。A. baumannii に近縁のgenomic species 3と13TUが感染症の主たる起因菌となる事例はA. baumannii より少ないとされている。

多剤耐性株の出現

1990年代に入ると独逸や米国等で、fluoroquinolone、広域cephalosporin、imipenem、amoxicillin+clavulanic acid、aminoglycoside等の広範囲な抗菌薬に耐性を獲得した多剤耐性A. baumannii が臨床分離菌として見られるようになった。また、2002年頃よりイラク戦争に従軍し負傷した将兵で、多剤耐性A.baumannii による血流感染症や創部感染症の多発が大きな問題となり、一般にも広く知られるところとなった。更に、広範囲なaminoglycosideに超高度耐性を獲得した株が中国や米国などで増加しつつあり、今後の広がりが警戒されている。

多剤耐性株の国内検出状況

欧米との比較では稀であるが、多剤耐性を獲得したA.baumannii の国内検出事例として公表されているは2008年福岡県、2009年千葉県、2010年愛知県の病院で検出されており、福岡の事例では集中治療室で患者26例のアウトブレイクを起こした。

2000年7月に開始された厚生労働省の院内感染対策サーベイランス(Japan Nosocomial Infections Surveillance: JANIS)事業の、検査部門サーベイランスデータの2007年7月-2009年12月の集計では、報告された全菌株数3,218,820株中で、2.2%がAcinetobacterであった。Acinetobacterの中でA.baumanniiと報告された菌株が約60%と最も多かった。報告されたAcinetobacter71,657株中98株(0.14%)が多剤耐性と判定され、その約半数はA. baumannii であった。多剤耐性Acinetobacterは9割が入院患者から分離されていた。現時点での国内における多剤耐性A.baumanniiの分離率は、極めて低いことが裏付けられている。

多剤耐性株の分子疫学

A.baumanniiを型別する方法としては、1980年代より生物型や遺伝型など様々な手法が用いられてきた。その結果、欧州で蔓延しつつある多剤耐性のA. baumannii 株については、2000年代に入りamplified fragment length polymorphism(AFLP)解析により、pan-European clonesと呼ばれる特定の遺伝子型の株の蔓延が確認されるようになり、これまでに流行しやすい遺伝子型として、European cloneのI-IIIまでが認知されている。また、最近では、(gltA 、gyrB 、gdhB 、recA 、cpn60 、gpi 、rpoD )や(cpn60 、fusA 、gltA 、pyrG 、recA 、rplB 、rpoB )などの7つのhouse keeping遺伝子等のセットの遺伝的多型性に基づく遺伝的型別法として、multi locus sequence typing(MLST)解析が採用されるようになった。現在、世界中に広がりつつあるEuropean clone IIは、MLSTによる型別では、ST92(以前はST22とされていた)や、それを含むclonal complex 92(CC92)に属するものが多く、欧米のみならず、中国などアジア地域でも蔓延が確認されており、最近、わが国でも散発的ではあるがCC92に属する株が検出されている。

多剤耐性株による感染症の治療

OXA型カルバペネマーゼを産生する多剤耐性Acinetobacterによる感染症は、日本でグラム陰性桿菌による感染症の治療薬として健康保険が適用されているほぼ全ての抗菌薬の効果が期待できないため、この耐性菌による感染症の治療には、欧米ではcolistinやpolymyxin B等の注射薬が用いられることが多い。しかし、わが国では、これらの抗菌薬の注射薬は未承認のため、投与が必要な症例では、医師が個人輸入して投与する場合もある。しかし、隣国の韓国などでは、既にcolistinやpolymyxin Bに耐性を獲得した多剤耐性Acinetobacterが高い頻度で分離されており、それらによる感染症に対しては、効果が期待できる抗菌薬は極めて限られるため、大きな問題となりつつある。また、MRSA用に認可されているarbekacin等が投与される場合もある。しかし、千葉県の症例で分離されたようなArmAを産生する株に対しては、arbekacinの効果も期待できないことから、

まとめ

日本でも医療施設で発生するおそれがある。JANISによる耐性菌サーベイランスは今後より重要となる。特にAcinetobacterは衣服、寝具、人工呼吸器、流し、ドアの取っ手などの環境中に長期に生存するため、対策が非常に困難であるので、個々の施設、地域、国のレベルでの院内感染対策を強化する必要がある。

 

1)多剤耐性アシネトバクター:IASR,(31):No.365,192-193(2010)
2)多剤耐性アシネトバクター感染症Q&A;国立感染症研究所感染症情報センター,2010.9.8.

     [615.28.ACI:2013.11.30.古泉秀夫]