『懲りませんね「副作用少ない抗がん剤」』
日曜日, 8月 19th, 2012魍魎亭主人
『探究』 常識覆す遺伝子発見-副作用少ない抗がん剤 立役者 間野 博行氏52(自治医科大学教授、東京大特任教授)という大見出しの記事が読売新聞[第48960号,2012.5.31.]に掲載された。
肺がん患者の末期でリンパ節にまで転移した男性患者が臨床治験中の新しい抗がん剤「クリゾチニブ」を飲んだところ、がん細胞はほぼ消失、一人で外出できるまでに回復。この画期的な抗がん剤誕生の立役者が間野氏で、臓器に出来る固形がんに対し、有効で副作用の少ない抗がん剤の開発に道を開いた。クリゾチニブは分子標的薬である。異常遺伝子から作られ、がん化を引き起こす分子(蛋白質)に狙いを定め、その分子の働きを封じることでがん細胞を抑える薬だとされる。従来の抗がん剤はがん細胞だけでなく、正常な細胞も傷つけて副作用が大きかった。
分子標的薬は正常な細胞に標的となる分子が少なければ副作用が少なくて済むのが特徴。白血病の特効薬とされる抗がん剤「イマチニブ」は白血病の原因となる染色体のねじれで出来る異常遺伝子が作る蛋白質の作用を封じることで、細胞の異常増殖を抑える。固形がんには効き目のある分子標的薬はなかった。白血病の原因のような異常遺伝子は、固形がんにはないというのが医学界の常識だった。間野氏は日本で最も死亡数の多い肺がんの異常遺伝子を調べた結果「EML4-ALK」を発見した。ファイザー製薬がこの発見を基に抗がん剤「クリゾチニブ」を開発。22ヵ国で臨床試験が行われる。国内では2012年3月申請から1年という異例の速さで国から製造・販売が承認された。
副作用が少ないという惹句を見ると、一体全体何との比較で少ないと仰っているのか、甚だしく疑問に感じるのである。
薬の薬理作用は、人にとってプラスとマイナスの両方に発現する。プラスにでれば効果であり、マイナスにでれば副作用である。薬にとってプラスもマイナスも一体のものであり、切れ味が鋭ければ鋭いだけ副作用も重篤なものがでる可能性があると云うことである。
商品名:ザーコリカプセル200・250mg(ファイザー)
一般名:crizotinib
作用機序:クリゾチニブはALK、肝細胞増殖因子受容体(c-Met/HGFR)、及びRecepteur d’Origine Nantais(RON)に対するチロシンキナーゼ阻害剤である。クリゾチニブは、ALKの発がん性変異体であるALK融合蛋白質のチロシンキナーゼ活性を阻害することにより、腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。
本剤の使用に関する注意事項として、添付文書中に以下の記載がされている。
副作用等発現状況の概要
海外第I相試験及び国際共同第II相試験における安全性評価対象例255例中(日本人患者21例を含む)、副作用(臨床検査値異常を含む)の発現症例は、245例(96.1%)であった。その主なものは、悪心136例(53.3%)、視力障害115例(45.1%)、下痢109例(42.7%)、嘔吐101例(39.6%)、便秘69例(27.1%)、末梢性浮腫64例(25.1%)等であった。(承認時)
重大な副作用
1.間質性肺疾患(1.6%):間質性肺疾患があらわれることがあり、死亡に至った症例も報告されているので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。
2.肝不全、肝機能障害:ALT(GPT)、AST(GOT)、ビリルビン等の上昇を伴う肝機能障害(17.3%)があらわれることがあり、肝不全により死亡に至った症例も報告されているので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には、休薬、減量又は投与を中止するなど適切な処置を行うこと。
3.QT間隔延長(1.6%):QT間隔延長があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には、休薬、減量又は投与を中止するなど適切な処置を行うこと。
4.血液障害:好中球減少症(7.1%)、白血球減少症(5.1%)、リンパ球減少症(2.4%)、血小板減少症(1.2%)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には、休薬又は減量するなど適切な処置を行うこと。
警告
1.本剤の投与にあたっては、緊急時に十分対応できる医療施設において、がん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師のもとで、本療法が適切と判断される症例についてのみ実施すること。また、治療開始に先立ち、患者又はその家族に有効性及び危険性(特に、間質性肺疾患の初期症状、投与中の注意事項、死亡に至った例があること等に関する情報)を十分説明し、同意を得てから投与すること。
2.本剤の投与により間質性肺疾患があらわれ、死亡に至った例が報告されているので、初期症状(息切れ、呼吸困難、咳嗽、発熱等)の確認及び胸部CT検査等の実施など、観察を十分に行うこと。異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。また、間質性肺疾患が本剤の投与初期にあらわれ、死亡に至った国内症例があることから、治療初期は入院又はそれに準ずる管理の下で、間質性肺疾患等の重篤な副作用発現に関する観察を十分に行うこと。
3.本剤の投与により肝不全があらわれ、死亡に至った例が報告されているので、本剤投与開始前及び本剤投与中は定期的(特に投与初期は頻回)に肝機能検査を行い、患者の状態を十分に観察すること。異常が認められた場合には、本剤の投与を中止する等の適切な処置を行うこと。
その他、厚生労働省から本剤の使用に関し次の文書が発出されている。『薬食審査発0330第1号』。
添付文書を見る限り、特段副作用が少ない薬とは考えられない。更に国内では申請から1年という素早い承認の結果を受け、承認条件として『1.国内での治験症例が極めて限られていることから、製造販売後、一定数の症例に係るデータが集積されるまでの間は、全症例を対象に使用成績調査を実施することにより、本剤使用患者の背景情報を把握するとともに、本剤の安全性及び有効性に関するデータを早期に収集し、本剤の適正使用に必要な措置を講じること。』。『2.本剤の投与が、肺癌の診断、化学療法に精通し、本剤のリスク等についても十分に管理できる医師・医療機関・管理薬剤師のいる薬局のもとでのみ行われるよう、製造販売にあたって必要な措置を講じること。』の条件が付けられている。
この時期に、この様な記事がでれば、肺がんで悩んでいる患者は、自分の癌の治療にも使って欲しいと思うだろう。しかし、実際には、現段階では医師なら誰でもが使っていいという薬にはなっていない。極く限定された医療機関、限定された専門医による使用が求められている。
その意味では、広く周知する段階ではないと思われるこの時期に、出す必要がある記事だったのかどうか。crizotinibと同じ肺がんの治療薬である『イレッサ』が、薬害だとして裁判で争われている。同じことを繰り返さないためにも、添付文書の記載事項に従って使用されることを願っている。折角の薬である。大事に育てて戴きたいものである。
1)ザーコリカプセル添付文書,2012.3.
(2012.6.25.)