KW:語彙解釈・パンケーキシンドローム・お好み焼き用粉・タコ焼き粉・ホットケーキ・ホットケーキミックス
Q:パンケーキ・シンドロームについて
A:お好み焼き用粉、パンケーキ・ホットケーキ等に用いられるホットケーキミックス等、粉材の保管が不十分なため、ダニに汚染され、それを摂取したことによりダニアレルギーを発症した症例が報告されている。
§近年、お好み焼き用の粉がダニに汚染され、多量のダニを経口摂取した事によりアナフィラキシーを来した症例が報告されており、衛生環境の向上により従来ほどにダニの経口摂取が見られなくなったことによる免疫学的寛容の低下が想定されている。今回、開封された後、数ヵ月を経過した粉を材料として調理したお好み焼きを摂取した後、アナフィラキシー症状を呈した5歳男児の症例を経験した。
§主訴として顔面紅潮・眼球充血・喘鳴・咳嗽・呼吸困難感等が見られた。家族歴として父親が花粉症と気管支喘息を、姉が気管支喘息の治療を受けていた。また男児は既往歴として気管支喘息を2歳より加療中であった。但し、食物によるアレルギーについては、現在までに罹患した経験はなかった。
§患児は自宅にて夕食時にお好み焼きなどを食べた後に、嘔気・咽頭痛を自覚した。若干の時間経過後、咳嗽、呼吸困難、顔面紅潮、眼球充血が発現し、救急外来を受診した。受診時、症状は改善傾向で、会話・歩行は可能であり、肺野に呼気性喘鳴を聴取したが、呼吸困難は軽度であった。男児はアナフィラキシーとして入院した。入院時IgE 558IU/mL。RAST score卵白2、卵黄0、小麦0、大豆0、ミルク0、オボムコイド(耐熱性卵蛋白)0、ヤケヒョウヒダニ6、ハウスダスト6。
§夕食の材料は[1]御飯、[2]お好み焼き・卵・キャベツ・マヨネーズ、[3]味噌汁・若布・豆腐、[4]缶詰のパインで、いずれも食べ慣れたものであったが、お好み焼きを灼いた粉は、前回開封後に、冷蔵庫には入れず、そのまま数ヵ月が経過していた。粉の真菌培養は陰性であったが、粉の検鏡により多数のケナガコナダニの成虫と虫卵を検出した。患児はヤケヒョウダニ・ハウスダストのIgE抗体が強陽性であり、今回の症状は多量のダニを経口摂取で起きたと考えられている。ケナガコナダニのIgE抗体の直接証明はないが、該当ダニ間の交叉抗原性や患児のケナガコナダニへの感作を推定した。
§1993年にダニの直接経口摂取によるアナフィラキシーの報告が初めてされて以来、各国で同様の報告が続いている。お好み焼き粉・ホットケーキなどの小麦粉製品中で繁殖したダニを摂取した数十分後に症状が出現する。ダニが発生した粉材を加熱しても発症は防止できない。現在までにチリダニ科・コナダニ科のダニによる汚染が報告されており、いずれも高温多湿下でよく繁殖する。開封後に常温で長期間おかれた小麦粉製品はダニ繁殖に適した環境となるため、開封後は冷蔵庫等に保管し、ダニの繁殖を防止すると共に、ダニアレルギーの児の発症予防に留意することが必要である。
§また原田ら(2011)は、近年本邦でも、お好み焼き粉又はタコ焼き粉に混入したダニによるアレルギー反応の報告例が増加しつつある。今回我々は、お好み焼き及びタコ焼き摂取後に眼瞼浮腫を生じ、諸検査により粉に混入していたコナヒョウヒダニによるアレルギー反応と診断した1症例を経験したため、併せて本症の発症機序に関する検討を行った。§粉に混入したダニによりアレルギー反応を生じた本邦既報告例を集計し、臨床症状・アレルギー疾患の既往歴・原因となるダニの種類等に関して検討を加えた。その結果、既報告例のほぼ全例がアナフィラキシー症状をきたし、かつ大部分でアレルギー疾患の既往を有していたのに反し、自験例では眼瞼の血管性浮腫のみをきたし、アレルギー疾患の既往は認めなかった。また、原因となるダニに関しては、当初は貯蔵ダニが原因であると考えられていたが、家塵ダニを原因とする症例も少なからず存在していたと報告している。
§喘息やアトピー性皮膚炎などの原因となるダニの正確な名称は「チリダニ科コナヒョウヒダニ属のヤケヒョウヒダニとコナヒョウヒダニである。人間の垢や抜け落ちた髪の毛などをえさにして1年中増え続けている。6-7月に増殖し8-9月に死ダニが増える。これが秋に喘息発作の多い原因の一つと考えられている。
§ヤケヒョウヒダニ(Dermatophagoides pteronissinus):虫体成分や分泌物などがallergenとなるアレルギー疾患の原因となるダニ。ヤケヒョウヒダニは、体長0.25-0.4mm、卵形で、半透明な乳白色。脚はやや桃色がかっている。
ヤケヒョウヒダニは、温度25℃、湿度70%の条件で、卵期 6.2日、幼虫期 10.7日、第1若虫期 8.6日、第3若虫期 10.7日で、卵から成虫になるまで約37日間かかり、成虫の寿命は約70日であるとされる。湿度60%以下では死亡率が高まる。卵は1日1-2個ずつ、生涯50-100個程度産み、成虫は数ヵ月間生存する。
§コナヒョウヒダニ(Dermatophagoides farinae):虫体成分や分泌物などがallergenとなるアレルギー疾患の原因となるダニ。ヤケヒョウヒダニに酷似するが、雌は上生殖板の形状と第3、4脚の長さの違いで、雄は肛板の形状の違いで区別できる。
コナヒョウヒダニは、やや乾燥した環境を好み、映画館やバスの座席などでは本種の方が多くなるとされる。生育期間は25℃、湿度76%条件で、卵期 8.1日、幼虫期 8.2日、第1若虫期 17.0日、第3若虫期 6.6日で卵から成虫になるまで約40日間かかり、成虫の寿命は約77日であると報告されている。また生息密度が過剰になると数ヵ月間も発育を休止することが知られている。
§属名のdermaは皮膚を、phagoは食べるを意味する。表皮ダニとは、皮膚特に角皮落屑物(フケ、垢)を食べるダニという意味である。角質は最も硬いケラチンという蛋白質からなる。表皮ダニ類は強力な蛋白分解酵素を持っている。両種の形態や食性は類似しているが、生態学的特徴には大きな相違が見られる。表皮ダニ類は、ダニの虫体だけでなく、死骸、糞、脱皮殻などがアレルギーの原因(allergen)となる。気管支喘息、鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎等のアレルギー性疾患を生じさせる。気管支喘息は、体内に入ってきたallergenに対してアレルギー反応が起こり、ヒスタミンやロイコトリエンが分泌され、気管支を狭めたり、タンや咳を出させる。
§その他、ヤケヒョウヒダニとコナヒョウヒダニを原因とする“パンケーキシンドローム(pancake syndrome)”について、1993年に海外で初めて報告され、問題視されているとする報告がされている。また、パンケーキを初めとする粉材を原因とするアレルギー性疾患を防止する方法として、食材となる粉類の保管について、冷蔵庫内に保管する方法が推奨されているが、保管温度、湿度を低下させることで、表皮ダニの繁殖を抑制することが可能であるとされていることによる。
1)笠原靖史・他:お好み焼きによりアナフィラキシーを来した1例;新潟アレルギー研究会誌-第49回研究会記録-,28(2007)
2)原田 晋・他:お好み焼き粉、たこ焼き粉に混入したダニによるアレルギー反応の発症機序に関する考察;第61回日本アレルギー学会秋季学術大会,2011年11月
3)中林敏夫・他:医学要点双書10-寄生虫病学 第2版;金芳堂,1996
4)稲葉弥寿子・他:お好み焼き粉に繁殖したダニによる即時型アレルギーの2例;日皮会誌,120(9):1893-19002010)
[615.8.PAN:2012.2.19.古泉秀夫]