医薬品情報21
古泉秀夫
埼玉県警は19日(2011.8.)小嶋富雄氏(小嶋薬局社長(76歳・越谷市)と「小嶋薬局本店サンセーヌ薬局」の女性管理薬剤師(65歳)1人を、調剤過誤により女性(75歳)を死亡させたとして、それぞれ業務上過失傷害容疑、業務上過失致死容疑でさいたま地検に書類送検した。県警と県薬務課によると、送検容疑内容は、平成10年3月25日、春日部市在住の無職女性(当時75歳)に対し、小嶋社長が胃酸中和剤を調剤しなければならないところをコリンエステラーゼ阻害薬を自動錠剤分包機で調剤し、鑑査もせずに交付した。
本来なら制酸便秘剤「マグミット錠250mg」(一般名:酸化マグネシウム)を出すはずが、重症筋無力症の治療に使うコリンエステラーゼ阻害薬「ウブレチド錠5mg」(ジスチグミン臭化物)を誤って渡した。同剤は毒薬指定され、重大な副作用の懸念があるため、高齢者には「慎重投与」となっている。女性患者は、臭化ジスチグミン中毒に陥り、4月7日に入院先の病院で死亡した。社長は薬局開設者として誤調剤を防止する業務上の注意義務があるのにこれを怠り、誤調剤で女性患者に全治不詳の臭化ジスチグミン中毒という『傷害』を負わせた疑い。女性管理薬剤師は、4月1日に分包機の「補充ランプ」点灯で異変に気付いた部下の薬剤師から、誤調剤の事実報告を受けたにも拘わらず、服薬中止の指示や薬剤の回収をせず放置したため、結果としてその女性を4月7日に死亡させたとの管理責任を問われた。女性管理薬剤師は、部下の薬剤師から誤投薬の指摘を受けたにも係わらず、経営者に叱責されるのを嫌い、報告も回収もしなかったという。
県警からの情報提供で、春日部保健所は4月13日に立入り検査を実施、社長から事情を聴取。業務改善を求めた。2月20日-4月1日までの35営業日で死亡した患者を含む23人に計2970錠を誤調剤していたことが発覚した。22人からは残った薬を回収し、健康被害の訴えも出ていない。同薬局は、分包機の薬品マスターに登録する際、マグミット錠とウブレチド錠を「同じ番号」に設定してしまったためミスが発生したと報告した。
再発防止策として?ウブレチド錠の取扱を止める、?薬品マスター変更・登録時は2人以上で確認し、結果を記録する。?従来の調剤鑑査に加え、新たに鑑査台を設けてチェックすることを提示した。
県薬務課では、調剤過誤が発覚した後、昨年4月23日付で、県下薬局に対して再発防止に向けた注意喚起を図ると共に、保健所による立入り検査を行う際には、?自動錠剤分包機、?毒薬等の適正管理?を県独自の重点項目として盛り込んだ。
業界関係各誌の論調は、薬剤師会会長の事件と云うことに興味を示した記事の書き方をしているが、今回の調剤過誤問題と会長職の問題は何の関係もない。純粋に調剤過誤の問題として検討を加え、過誤を起こした原因を探らなければ今後の参考にならない。
まず第一に「毒薬」である「ウブレチド錠」を錠剤分包機に充填することの是非を問題にすべきである。
平成13年4月23日付厚生労働省医薬局長通知 医薬発第418号『毒薬等の適正な保管管理等の徹底について』[各都道府県知事・保健所設置市長・特別区長宛]では、「2.保管管理について、(1)毒薬について:毒薬については、薬事法第48条の規定に基づき、適正に貯蔵、陳列、施錠の保管管理を行うとともに毒薬の数量の管理方法について検討し、これを実施すること。また、毒薬の受払い簿等を作成し、帳簿と在庫現品の間で齟齬がないよう定期的に点検する等、適正に保管管理すること。」としている。毒薬の場合、普通薬との混在保管は認められておらず、錠剤分包機に充填した場合、最低限調剤終了後、少なくとも「薬品カセット」毎施錠することが必要である。
更に「ウブレチド錠」の適応症は「手術後及び神経因性膀胱などの低緊張性膀胱による排尿困難、重症筋無力症」であり、錠剤分包機に入れるほどの使用量はないはずである。何故この薬を分包機に充填することを判断したのか、そこにも問題があるといわなければならない。
第二は「鑑査抜き」で、患者に薬剤を交付をしたことである。薬剤師が調剤することの基本は、正確な調剤をすることである。患者の安全確保のために情報管理も含めて最大限の努力をすることである。薬剤師の表芸は調剤であり、その表芸で間違いを犯したのでは意味がない。しかし、一方で人は過ちを犯す動物である。更に始末が悪いのは、仕事をすればするほど間違いも増えるという、相関関係にあるということである。つまり何か事を起こさなければ間違いは起こさない。
この仕事上の過誤を避けるためには一人より二人と云うことで、複数の眼によって鑑査することが必要である。もし、今回の事例で社長が調剤したから部下は鑑査をしなかったとすれば、この会社の問題点はそこにあるといわなければならない。社長は間違えないと誰が決めたのか、もし、当人だとすれば、篦棒な話である。更に経営者に叱責されるのが嫌だと云うことで、管理薬剤師が誤充填の報告に何ら対応しなかったと云うが、薬局内にそのような雰囲気が醸されていたとすれば、これもとんでもない話である。患者の安全確保に万全を期すためには、自由に物がいえる雰囲気は絶対に必要であり、そのような環境が醸成されていないとすれば、経営者として失敗だと云わなければならない。
逆に言えば、今回の過誤は、管理薬剤師が勇気ある対応をしていれば、あるいは防止できたかもしれないという事が考えられる。しかし、だからといって経営者の責任が逃れられる訳ではない。兎に角風通しの良い職場環境を作らなかったということは、経営者の責任だといえる。
充填段階における過誤、誤充填は、絶対に避けなければならない。何故なら誤充填による過誤の範囲は限りなく拡大するからである。充填時には必ず2名で確認しながら充填をすると言うことが原則である。もし1人勤務だというなら、電車の運転手がやるように“指呼確認”それも声を出して確認するということが基本原則である。
所でこの薬局は、調剤業務を行う上で、指針を作成していたのであろうか。業務の手順を細かに決めて、それを文書化しておくことで、過誤のない調剤が可能であり、過誤発生時の患者対応について細かな取り決めがされていれば、直ちに対応が可能だったはずである。
新しく手に入れた情報によれば、自動分包機に錠剤を入れる場合、タブレットケースに番号を割り当てる必要があるが、当初はマグミット錠、ウブレチド錠とも正しく番号が振られ、正確に分包機から出ていた。しかし、ある時パソコンでマグミット錠の設定画面を開いた際に、気がつかないうちに1文字消すキーを1回押したと見られるという。「253番」とされていたマグミット錠の番号は末尾の「3」消え、「25番」に変わってしまう。この「25番」がたまたまウブレチド錠が入っている25番のタブレットケースから薬が出てくる設定になってしまったという。
キーボードを押すのに慣れてくると、無防備にキー操作をする人がいる。そのような場合にキーの誤作動を避けるために、間違えたキー操作をすれば何等かの警告音が出すか、削除キーが誤作動しないようにキーロックする等の安全策が講じられていなければおかしいのではないか。そのような安全装置のない機械だとすれば、安全装置を独自に講じて置く必要があったと考えられる。
いずれにしろ誤調剤の結果、患者が死亡したという事実は、医療に携わる医療人としてはあってはならないことであり、その防止のために最善の努力をすべきである。
1)小嶋埼玉県薬会長が書類送検-容疑は調剤化合による死亡;薬事日報,第11021号,2011.8.22.
2)埼玉県薬・小嶋会長が書類送検-調剤ミス「放置」で患者死亡、薬剤師会トップの不祥事;RIS Fax.第5903号,23.8.22.
3)埼玉県警 調剤過誤で県薬会長らを書類送検;日刊薬業,2011.8.22.
4)ウブレチド錠添付文書,2010年10月改訂
5)一つの設定ミスが起こした事故 埼玉県で調剤過誤;日刊薬業,2011.9.5.
(2011.9.11.)