Archive for 9月 4th, 2010

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『芝公園と蝋梅』

土曜日, 9月 4th, 2010

鬼城竜生

80円切手の花シリーズに蝋梅の背景に東京タワーが在る風景が見られる。但し、どういうわけか写真ではなく絵で描かれた様である。

芝東照宮-01 確かに芝公園に蝋梅の木はある。江戸時代に新宿の角筈にあった“銀世界”と呼ばれていた梅林を、明治41-2年頃に移植したというが、その梅林を見下ろせる舞台みたいな場所から芝東照宮のお庭に近づいた位置に蝋梅は咲いている。昨年は既に時期が過ぎていたので、今年は早めに行くということで1月13日(金曜日)に出かけた。しかし、あまり手入れがされていないためか、木の質がそうなのか分からないが、今年もあまり華々しい枝振りにはなっていなかった。しかし、昨年より花の数は多く、東京タワーに被せて写真を撮ることはできたが、納得が行く写真にはならなかった。

芝東照宮-02 仕方がないので、芝東照宮の狛犬さんとの組合せで写真を撮させて貰った。芝東照宮の縁起によると、当初、増上寺内境内に勧請されたものだという。増上寺は天正十八年(1590)の家康の江戸入府の折、源誉存応(げんよぞうおう)が公の帰依を得て、徳川家の菩提寺に定められた。当時は日比谷にあったが、慶長三年(1598)江戸城拡張工事に伴い、現在地に移転したのだという。以後、幕府の保護の下、関東浄土宗寺院の総本山となり、実質的に同宗第一の実力を持った。この増上寺境内の家康公を祀る廟は、一般に安国殿と称されたという。これは家康公の法名「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士(いっぽんだいしょうこくあんこくいんでんとくれんしゃすうよどうだいこじ』」によるものであるとされる。

安国殿の御神体は、慶長六年(1601)正月、六十歳を迎えた家康が、自ら命じて彫刻させた等身芝東照宮-03 大の寿像で、家康は生前、駿府城において自らこの像の祭儀をを行っていたとされる。死に臨んで家康は、折から駿府城に見舞いにきた増上寺の僧侶に、「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん」といい、この像を同寺に祀るよう遺言していたもので、安国殿の創建の時に、造営奉行であった土井大炊助利勝(後の大老・土井大炊助利勝)の手により駿府から護り送られたとされている。

安国殿は、明治初期の神仏分離のため、増上寺から分かれて東照宮を称し、御神像を本殿に安置・奉斎した。明治六年(1873)には、郷社に列し、社殿は寛永十八年(1633)の造替当時のものが維持されていたが、昭和二十年(1945)五月二十五日の戦災により、御神像の寿像と天然記念物の公孫樹を除いて社殿悉く焼失した。昭和三十八年(1963)には寿像が東京都重要文化財に指定され、昭和四十四年(1969)八月十七日、復興奉賛会により社殿の完成を見て今日に至っているとする紹介が、縁起として書かれている。

都営三田線の芝公園駅から御成門駅に移動し、A5出口から御成門小学校と中学校に挟まれた道を芝東照宮-04 慈恵会医科大附属病院を目指して歩くと、愛宕神社前の交差点に出る。愛宕神社は前回女坂から登って帰りは階段を下りたが、あまりに急すぎて手摺りを掴まないと降りられなかったので、今回はNHK放送博物館に行くためのエレベータが慈恵会医大前バス停近くにあると言うことで、それを利用させて戴くことにした。

エレベータを降りて左に行くとNHK放送博物館、右に行くと愛宕神社である。取り敢えず愛宕神社に御参りした絵馬を見ていたら羽子板の形をした面白い絵馬があったので手に入れた。
芝 愛宕神社羽子板縁起によると、「羽子板は、古名を胡鬼板(こきいた)といい、新春これで羽根を突くことは、魔を祓いさいわいを招く意味を持っていました。
歳末の愛宕神社の羽子板市は有名で、天保年間に刊行された斉藤月岑の「江戸歳時記」にも左の如く記されています。
「二十四日芝愛宕権現年の市。浅草に次いで、大市なり遠近の商人ここに集ひ、参詣の老若通り、町は芝の辺りより日本橋迄の賑わひなり。」(吉徳十世 山田徳兵衛 記)。

芝 愛宕神社 宮司 松岡 岑男

今回、本来の目的地は、NHK放送博物館である。しかもここなら有るかもしれないという当てづっぽうな話で足を運んだ。偶然、NHKテレビで「物語絵本-ともだちや」を見た。語りの余貴美子さんの声の質にもよるのだろうが、素直にいい話だと思い、子供達に見せてやろうと言うことで、出かけた次第。

芝東照宮-05 入って直ぐの所にミュージアムショップがあり、色々な商品が並んでいたが、残念ながら目的の物は棚に並んでいなかった。色々見ているうちに”えほん寄席-愉快痛快の巻”なるものが眼に付いたので購入した。この内容が子供向きかどうかは解らないが、少なくと落語好きの当人の好奇心は満足させてくれるはずである。

NHK放送博物館内には、放送に関して種々見学すべき場所が有ったが、空腹には勝てず、また次回と言うことで、直ぐ近くにあった店に入ったが、食したベッコウ丼は魚の生臭い臭いが鼻について、美味いとは思わなかった。まあ、食い物は個人の好みの問題、御批判は申し上げない。

本日の総歩行数は、1万歩に足りず、8,909歩で終わった。

(2010.3.16.)