「喉元過ぎれば………」
金曜日, 7月 2nd, 2010魍魎亭主人
PhRMA(米国研究製薬工業協会)が『発売後1年間にわたって義務付けられている新薬の14日間の処方制限に関する調査結果を発表した』とする業界紙情報があった。医師490人を対象に処方制限の要否を訊ねたところ、全体の9割が廃止を含めて何らかの緩和措置を求めていることが分かった。
インターネットを通じたアンケートで、全国の病院、診療所に勤務する医師490人を対象に実施。現行の処方制限について、「今のままで良い」と答えた医師は12%に止まった。最も多かった回答は「緩和してほしい」の29%で、次いで「少し緩和してほしい」が21%、「大幅に緩和してほしい」も18%と、処方制限の緩和を求める声が7割を越えた。「廃止してほしい」との回答も20%に達した。
新薬の処方が14日分に限定されることに対し、医師の92%が患者やその家族の「通院の頻度」が上がることを問題視した。通院回数が増えることで「再診料などの医療費負担が上がることも、85%が問題点として挙げている[リスファックス,第5544号,H22.2.26.]。
厚生労働省が、発売後1年間にわたって“新薬の処方を14日に限定”しているのは、発売直後に比較的未知の副作用の発現頻度が高いということと、当面専門医に使用を委ね、副作用の発生防止のために注意しながら使って貰うということが前提に在ったはずである。つまり機械で言えば慣らし運転の期間として1年間を見ている訳である。
アンケートに回答した医師が言う『新薬』というのが何を指しているのか、今一つ分からないところがあるが、例えば高血圧の薬であれ、糖尿病の薬であれ、既に数種類の薬が市販されており、これは他の疾患でも状況は同じである。従って、新発売された薬の処方期間を短縮し、飛びつかなければならない問題はないはずである。1年間の制限期間が過ぎ、専門医以外の医師にも安心して使用出来る状況になった後、使用すればいい話で、誰もが新発売と同時に“いわゆる新薬”を使って治療する必要はないはずである。
確信を持って使用する薬が無く、治療に齟齬を来たし、その薬を使用しなければ治療出来ないという画期的な薬が市販されたとしても、誰もが飛びついて治療することはないはずである。極く少数の専門医が、先ずその薬を使用し、1年間に亘り効果と共に副作用の発生状況・重篤度等について観察する。この観察期間に蒐集した情報に基づいて、徐々に使用を広げていく。この方法を導入することで、薬の安全性が確保されるなら、それは薬を服用する患者の安全を守ることであり、また製薬企業に取っては、薬の寿命を伸ばす事にも繋がることである。
医師は薬を見るとき、効果を中心に考え、副作用や相互作用は、往々にして忘れているという傾向が見られる。その意味では、医師に新しい薬を使いましょうと言われたからと言って、患者は単純に喜ぶのではなく、副作用や相互作用について十分な説明を求めるべきである。また、通院が大変だから長期処方でという考え方は、新薬の場合、患者自らが己の首を絞めることと同じだという事を理解すべきである。
*1993年(平成5年)9月28日に、ソリブジンによる死亡が1例報告され、厚生省から「使用上の注意」の改訂指示が出された。しかし、日本商事が実際に文書を配布したのは10月12日からであった。当初、添付文書の相互作用の記載は「併用投与を避けること」の記載がされていたのみである。後に「併用を避けること」という気の抜けた言い回しが、『併用禁忌』を意図した言葉であるという強弁が、厚生省から出されるが、その当時、現場で働いていた医師の意識の中には、『禁忌』というような厳しい表現としての認識はなかったはずである。
*10月12日:日本商事「抗ウイルス剤ユースビル(ソリブジン)とフルオロウラシル系薬剤との併用による重篤な血液製剤について」と題する『緊急安全性情報』配布。併用により『白血球減少、血小板減少等の重篤な血液障害等を発現した症例が7例報告されており、うち3例は死亡に至っている』。
?併用は絶対にしないこと。
?患者への問診を厳重に行うこと。
?併用薬の確認のできない患者には投与をしないこと。添付文書の使用上の注意に『警告』追記。
*11月24日:厚生省中央薬事審議会副作用調査会「21人が副作用被害を受け、うち14人が死亡」を報告。
*12月4日:因果関係不明の死亡例がソリブジンによる死亡と確認、計16名の死亡。
*ユースビルの出荷停止と回収。
*動物実験で抗がん剤との相互作用確認、治験担当医に連絡せず。治験段階で3名死亡。
『喉元過ぎれば熱さ忘れる』という諺がある。
sorivudineは、ウイルス感染症の治療薬で、特に単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、EBウイルス等に有効であるとされていた。日本商事にとって、大型化が期待出来る商品であり、エーザイとの販売提携もされていた。1993年(平成5年)9月3日にユースビルの商品名で上市されると共に、企業の購入要請攻撃が始まるが、9月28日にはsorivudineによる死亡例が報告されている。
薬は上市されるまでの間に厳しい臨床試験の期間を経過してくる。しかし、臨床試験段階で薬を服用するために選別される患者は、選択された優良患者であり、しかも十分な管理の下に薬の投与がされる。しかし上市後は、無差別に選択された患者に幅広く投与され、臨床治験段階では見えなかった重篤な副作用が、見えてくることもあるのである。
『羮に懲りて膾を吹く』という諺もあるが、『転ばぬ先の杖』という諺もある。ものは命にかかわることのある薬である。新発売されたから直ちに使うなどと言うことではなく、よほどのことがない限り『自家薬籠中の薬』で治療することで済むはずである。患者家族の通院の頻度が上がることを問題視しているという意見も報告されていたが、問題視すべきは、新しいものを直ぐ使ってみたくなる性情ではないか。
(2010.3.5.)