Archive for 11月, 2009

トップページ»

「天雄の毒性」

月曜日, 11月 23rd, 2009

対象物

天雄。異名:白幕(ハクバク)。同意語:川烏頭(センウズ)、異名:川烏(センウ)。同意語:草烏頭(ソウウズ)。鳥兜。英名:モンクスフッド(monkshood又はmonk’s-hood)。

調査者

古泉秀夫

分類

63.099.MON

記入日

2006.9.1.

成分

アルカロイドとして、アコニチン(aconitine)、アコニン(aconine)、メサコニチン(mesaconitine)、ヒパコニチン(hypaconitine)、ジェサコニチン(jesaconitine)、アチシン(atisine)、ソンゴリン(songorine)、コブシン(kobusine)、イグナビン(ignavine)、ナペリン(napelline)等。その他タラチサミン(talatisamine)、アミノフェノールス(aminophenols)、ヒゲナミン(higenamine)等を含んでいる。aconitineは加水分解によりaconine、酢酸、安息香酸を生成する。

一般的性状

天雄

▼[基原]附子(ブシ)又は草烏頭(ソウウズ)の長くて細いもの。原植物の詳細は川烏頭及び草烏頭を参照。▼『本草綱目』では天雄は2種類ある。一つは蜀の人が附子を植え育ったもの、あるいは附子を植え、完全に変化して育ったもので、形状は種芋のようで一様ではない。もう一つは他所の草烏頭の類で、自生するものである。その他、『名医別録』では、烏喙(ウカイ)の註に、長さ3寸以上のものが天雄であるとする記載も見られる。

川烏頭

▼[基原]キンポウゲ科のトリカブト属の塊根。烏頭の塊根。▼[原植物]烏頭、Aconitum carmichaeli Debx.。多年生草本、高さ60-120cm、塊根は普通2個連なって生じ、紡錘形か倒卵形で、外皮は黒褐色である。栽培品の側根(子根)非常に肥大し、直径が5cmにもなる。本植物の栽培品の子根(附子、側子、漏藍子)、野生種の塊根(草烏頭)も薬用にされる。

草烏頭 異名:菫(キン)、烏頭、烏喙(ウカイ)、鶏毒(ケイドク)、莨(コン)、千秋、毒公、果負、耿子(コウシ)独白草、土附子、草烏、竹節烏頭、断腸草。▼[基原]キンポウゲ科の植物、烏頭の野生種、北烏頭(ホクウズ[和名]エゾトリカプト)あるいはその他多種の同属植物の塊根。▼[原植物]1.烏頭(Aconitum carmichaeli Debx.)、詳細は川烏頭参照。2.蝦夷鳥兜(Aconitum kusnezoffii Rchb.)、五毒根、小葉廬(ショウヨウロ)、藍烏拉花(ランウラツカ)、藍花草、百歩草(ヒャッポソウ)等。多年生草本。

漢方薬として使用される鳥兜には、烏頭、附子、天雄の三種類が有る。附子は、秋に母根の横に付いた子根である。その子根が冬の間に成長し、春に芽を出した若根が天雄。晩夏に花を付け、子根(附子)を付けた母根が烏頭である。その他、天雄について、子根(附子)を出さずに大きくなったトリカブトの母根(烏頭)のこととする報告も見られる。

毒性

烏頭の毒性は極めて強く、品種、採集時期、炮製、煎煮時間等の違いによる毒性の差は極めて大きい。炮製の過程でアルカロイド含量は、81.3%が失われる。蝦夷鳥兜や奥鳥兜、山鳥兜等は毒性が強いといわれている。同じ山鳥兜でも、東京の高尾山には毒成分がほとんど無いものがある。西日本に広く分布している山陽附子等も毒性が弱いといわれている。根部だけでなく、花にも毒成分がある。長野県下など秋季の蜂蜜には、鳥兜の群落で採蜜したものがあり、蜂蜜で中毒した例も報告されている。▼鳥兜葉:1gの摂取で重篤な中毒例がある。▼鳥兜根:マウス経口(LD50):0.5-1.8g/kg。▼根>葉>茎の順に毒性が強い。花粉の混入した蜂蜜により中毒症状が出現した例もある。▼aconitine含量は、新鮮な根で0.3-2%、葉で0.2-1.2%とされる。

aconitine:ヒト経口最小致死量 28mg/kg。マウス経口(LD50) 1.8mg/kg。ヒト致死量:2.5mg。ヒト致死量:0.308mg/kg。成人致死量:3-5mg。LD50(マウス・静注):0.12mg/kg・(マウス・腹腔内):0.38mg/kg。

mesaconitine:マウス経口(LD50) 1.9mg/kg。▼□hypaconitine:マウス経口(LD50) 5.8mg/kg。

aconitineは神経細胞のNa+-channelに結合し、Na+-channelを解放して大量のNa-イオンを細胞内に流入させる。結果的に神経細胞の脱分極化は妨げられ、acetylcholineの遊離が抑制され、神経の伝達は阻害される。

症状

中毒症状は呼吸中枢麻痺、心伝導障害、循環器系の麻痺や知覚及び運動神経の麻痺などである。重篤な場合は、発症後6時間以内に死に至る。死因の65%は心室細動、25%は長時間の無収縮である。経口摂取後の中毒症状発現は早く、時に10-20分以内。中毒症状は時間の経過により以下の通り発現する。

初期:口腔・咽頭の灼熱感・しびれ、四肢末端のしびれ、酩酊状態、心悸亢進、眩暈。

中期:嘔吐、流涎、嚥下困難、脱力感、起立不能。

末期:血圧低下、呼吸麻痺、痙攣。

処置

鳥兜の特異的な治療法、解毒剤・拮抗剤はない。

基本的処置:催吐、胃洗浄の後、吸着剤と塩類下剤の投与。

対症療法:呼吸・循環管理。

     特に心室性期外収縮、心室細動に対する治療が重要。

  副交感神経亢進状態に硫酸アトロピン投与(1mg皮下)。

*吸収の阻害:服用後1時間以内であれば胃洗浄を考慮。薬用炭(活性炭)投与。

*排泄の促進:分布容積が大きく無効である。

*嘔吐や下痢に伴う体液や電解質の喪失をチェックして適切に補う。

*呼吸困難又は呼吸停止に対して人工呼吸器管理を行う。

*不整脈に対しては抗不整脈薬やペースメーカーなどで治療する。

事例

「毒が?」

「お前がお内儀に話したという、加藤清正公毒殺の話。それで考えついたのかも知れねえなあ。壺の内側には、釉薬のように薄く塗られていたらしいよ。烏頭とか天雄と呼ばれている毒が」

烏頭とはトリカブトの根のことである。延髄や脊髄を刺激して体中を麻痺させ、しまいには呼吸ができなくなって死に至るという。

角兵衛は上総に帰る前日、季節外れの山菜や茸を焼いて食べていたというから、毒茸が混じっていたかも知れないと疑われた。しかし、その疑いは、茶壺の内面に塗られていた毒によって一蹴された。茶の葉に染み込んだ毒がゆるやかに溜まって、死んだのではないかというのだ。

「それは、ほんまの事ですのか」

「当たり前だッ」

「前々から、塗られてたということはありまへんか」

「それはない。奉行所の調べでは、半月から十日程前に塗られたものだとか。壺を持っていた者は、以前にも何人か亡くなっているようだが、つまりだ………」

「つまり………?」

綸太郎は嫌な予感がしたが、自分が思っていたこととは違う言葉が、内海の口から飛び出した。

「おまえン所の番頭の峰吉がやったことじゃねえかな」[井川香四郎:百鬼の涙-太閤の壺-;祥伝社,2006.4.20.]。

備考

鳥兜には猛烈な苦みがあり、死体に残った僅かな血液からでも毒成分のaconitineが検出されるということから、毒殺には不向きという記述が見られる。▼科学技術の発達した現在、分析技術の進歩により微量成分の確認が可能になったということで、毒殺には不向きという意見が見られるということになるのだろう。だが、極く最近も鳥兜殺人事件は起こっており、毒を使う人間は、自分が使用する毒がすぐ確認されるなどという認識はないのかも知れない。▼ましてこの物語の場合は、化学的に物質の同定など出来ない江戸時代の話であり、野生の鳥兜を簡単に手に入れることが出来るとすれば、使いたくなったとしても仕方がない。しかもこの物語では『天雄』等という最近ではあまり眼にしない名称が使用されている。▼それについて調べたところ、『附子』、『烏頭』、『天雄』は同じ鳥兜で、その塊根の部分的な差異による名称区分のようにも思われるが、一方で生育時期による名称区分と考えられる記述もみられ、どうもハッキリしない。何せ天雄については、文字による説明だけで、現物を見せて戴いたわけではないので、何とも判断がおぼつかないのである。▼最も鳥兜については、一株貰ったものを植木鉢に入れて育てているが、これが気むずかしい。花が最後まで咲いていたのは最初の年だけで、その後はひ弱なモヤシみたいなものが出てくるだけで、花が咲くまでに至っていない。勿論、塊根を採りだして観察するほどに育っておらず、天雄の確認は困難だということである。

文献

1)上海科学出版社・編:中薬大辞典 第三巻;小学館,1998

2)植松 黎:毒草を食べてみた;文藝春秋,2000

3)曽野維喜:続東西医学 臨床漢方処方学;南山堂,1996

4)船山信次:図解雑学-毒の科学;ナツメ社,2004

5)海老原昭夫・編著:知っておきたい毒の知識;薬事日報社,2001

6)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005

7)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999

8)相馬一亥・監修:イラスト&チャートでみる-急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005

「雄黄(orpiment)の毒性」

日曜日, 11月 22nd, 2009

対象物

雄黄(ゆうおう:orpiment)・硫化砒素(arsenic sulfide:三硫化二砒素)。

調査者

古泉秀夫

分類

63.099.ORP

記入日

2008.5.2.

成分

硫化鉱物。別名:石黄(せきおう)。CAS番号:7440-38-2。砒素(As)自体は無毒と報告されている。3価の化合物である三酸化砒素(arsenic trioxide・As2O3)・三酸化二砒素=亜砒酸(arsenious acid)は毒性が強い。イオン種としてAs3+とAs5+の2種類があり、As3+の方がより毒性が高い。

一般的性状

硫化鉱物。色調は黄色-褐黄色で、樹脂状の光沢がある。条痕色は淡黄色。As2S3。晶系は単斜晶系、硬度:1.5-2。比重:3.5。共生鉱物として石英、鶏冠石、輝安鉱、若林鉱など。劈開面では真珠光沢が著しい。葉片状結晶の集合の他、微細な結晶が集合して皮状、鍾乳状などの形となる。火山の昇華物、温泉沈澱物としてよく見られる。自然硫黄に似ているが、劈開と比重の違いで区別できる。

酸化数の異なるAsS(As4S4)、As2S3、As2S5がよく知られ、それぞれ四硫化四砒素、三硫化二砒素、五硫化二砒素と呼ばれる。天然の鶏冠石(realgar)はAsS(低温での蒸気密度がAs4S4に相当)、石黄(又は雄黄orpiment)はAs2S3(蒸気密度がAs4O6に相当)の組成の硫化物である。一硫化砒素AsSは硫砒鉄鉱と黄鉄鉱の混合物を加熱し、留出物を冷却して得られる。単斜晶系赤色結晶。融点:307℃、沸点:565℃、空気中に放置すると酸化され、As2S3とAs2O3とになる。硝酸で分解され、砒酸と硫酸になる。▼三硫化二砒素は硫黄と砒素の混合物を融解して作る。亜砒酸を含む濃い塩酸溶液に硫化水素を通じればAs2S3を沈澱する。単斜晶系の黄色結晶。融点:300℃、沸点:707℃、硫酸、アルカリにも溶ける。硫化アルカリにはチオ亜砒酸、又は酸化されチオ砒酸を生ずる。▼五硫化二砒素も硫黄と砒素の混合物を融解して作るが、得られた砒素の硫化物をアンモニアに溶かすとチオ砒(V)酸塩となって溶けるので、不溶の硫黄残渣を除き酸性にするとAs2S5が得られる。黄色単斜晶系の結晶で、500℃付近で昇華し、同時に分解しAs2S3とSとを生じる。鶏冠石、石黄は顔料として使われ、錬金術師により盛んに使用された。砒素の硫化物は全て有毒である。

雄黄(神農本草経)。異名:黄金石(オウキンセキ)、石黄、天陽石、黄石、鶏冠石。

▼[基原]硫化物類の鉱物。雄黄、和名:鶏冠石。

▼[原鉱物]鶏冠石(Realgar)、単斜晶系。晶相は柱状、晶面には縦の条紋があり、殆ど細密な塊状あるいは粒状の集合体をなす。色は橘紅色、少数のものは暗紅色。条痕は淡橘紅色。晶面は金剛光沢、断面は樹脂光沢。半透明。劈開はほぼ完全。断面は貝殻状。硬度:1.5-2.0。比重:3.4-3.6。脆い。光を長く受けると淡橘紅色の粉末に変わる。低温熱水鉱脈に産出し、温泉や火山付近にも存在する。通常、雌黄、輝安鉱などと共存している。水及び塩酸に溶けない。硝酸に溶け、溶液は黄色となる。また苛性ソーダ溶液に溶けて褐色を呈する。点火すると容易に溶融して紅紫色の液体となり、黄白色の煙を生ずるとともに、強烈なニンニク臭を発する。溶融物が冷却すると紅紫色の固体となるが、純粋なものは橘紅色の固体となる。

▼[成分]主として硫化砒素(AsS)であるが、その他の重金属塩も少量含有する。

▼[性味]辛苦、温、有毒。その他味は辛、大毒。

中医学では解毒剤や抗炎症剤として利用されているが、鶏冠石(realgar、As4S4)との混同が見受けられ、鉱物としてどちらであるかは定かではない。なお、中国語ではrealgarを「雄黄」、orpimentを「雌黄」という

毒性

ヒト中毒量:0.005-0.05g、致死量:0.1-0.3g(3価砒素)。経口最小致死量:1.428mg/kg(三酸化砒素)。

三価の砒素は、酵素の活性中心のスルフヒドリル基(チオール基、SH-)と結合する。その結果、酵素は失活して細胞代謝が障害される。また皮膚や粘膜に対して刺激作用や腐食作用を持つ。三価砒素は五価砒素より毒性が強く、中でも三酸化砒素は無機物の中で最強の毒物とされている。

化合物の多くは強い毒性を持つ。ネズミ駆除などにも使われるが、人体にも極めて危険であり、肺がんや皮膚がんの原因となる。

症状

経口摂取後30分から数時間以内に症状は発現する。

消化器症状:口腔、咽頭の乾燥感と刺激、嚥下困難、嘔吐、腹痛、下痢(コレラ様)、ガーリック臭。

循環器症状:頻脈、血圧下降、虚脱、ショック、QT時間延長や異常T派など心筋抑制。

腎症状:乏尿、無尿、蛋白尿、赤血球、円柱。

神経症状:譫妄、脳症、昏睡、視野障害、複視、四肢の疼痛、筋肉痛、脱力、末梢神経炎。

血液症状:溶血性黄疸が見られることがある。

代謝異常:体液、電解質のアンバランスを来たし、筋痙攣。

急性毒性:胃の激痛、嘔吐、コレラ様下痢などの消化管障碍、腎障碍による無尿症等。慢性中毒では皮膚、爪、毛、肝臓の障碍、貧血等。

処置

基本的処置

催吐、胃洗浄(1時間以内)、活性炭投与(1g/kg)。活性炭への吸着はあまりよくないの報告。X線で消化管に不透過像を認めれば、全腸洗浄を考慮する。腹部X線の撮影を繰り返して除染の効果を確認する。

意識障害があり、気道保護反射が消失していれば、直ちに気管挿管により気道を確保する。

循環血液量をモニターして大量輸液を施行する。急性腎不全には血液透析法を施行する。排泄の促進は無効であるとする報告。

解毒薬・拮抗薬:砒素中毒の症状があれば、dimercaprol注(BAL注)を筋注する。dimercaprol注:3-5mg/kg筋注(4-12時間毎)。

事例

「涼庵、くわしく説明してほしい。」

弥十郎は涼庵を促した。

「毒は雄黄です。福寿草にも似た毒作用がありますが、宗道寺の福寿草が掘られていない以上、まずこれに間違いありません。雄黄は大陸からの渡来品で、毒虫や毒蛇による噛み傷によく効きます。ただし使い方によっては、人命を奪う毒になります。お松の方様はこの雄黄をどこからか入手され、松剛丸君の食事には日々少しずつ、宗道寺に下賜された酒には多量を混ぜておられたのです。雄黄による中毒は少しずつだと悪性の皮膚病に似ておりますし、多量であると、嘔吐し胸をかきむしって苦悶して亡くなるのです。心の臓に急な発作が来て、吐き戻されて亡くなったという菊姫様の場合も、お松の方様がお手にかけられた疑いがあります」[和田はつ子:藩医 宮坂涼庵;小学館文庫,2008]。

備考

我が国で“雄黄”と称するものは、中国では“鶏冠石”というとする資料が見られるが、一方で“雄黄”は“鶏冠石”の中に含まれるとする資料も見られる。いずれにしろ毒性が強い三価の砒素が含まれるということであるから“雄黄”でも“鶏冠石”でもかまわないが、毒性を発揮する物質は砒素である。

ところで“砒素”は、“愚者の毒薬”といわれるほど、毒殺された人間に痕跡を残す物質である。その意味では、犯罪の手段として砒素を用いるのは問題がある?としなければならないが、未だに現実の犯罪に砒素が使われる例が報道される。人間が進化しないというべきか、頭に血が上れば、そんなことは考えられないということか。

文献

1)松原 聰:フィールドベスト図鑑15 日本の鉱物;Gakken,2003

2)薬科学大辞典編集委員会・編:薬科学大辞典 第2版;廣川書店,1990

3)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005

4)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,1999

5)上海科学技術出版社・編:中薬大辞典 第四巻;小学館,1998

6)海老原昭夫・編著:知っておきたい毒の知識;薬事日報社,2001

7)相馬一亥・監修:イラスト&チャートで見る 急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005

8)日本中毒学会・編:急性中毒標準診療ガイド;じほう,2008

「ウミスズメの毒性」

日曜日, 11月 22nd, 2009

対象物

うみすずめ Lactoria diaphanus(Bloch & Schneider)

調査者

古泉秀夫

分類

63.099.OST

記入日

2009. 11.17.

成分

ハコフグ類は体表粘液中に毒を持っている。ハコフグ毒の発見はクロハコフグ(Ostracion lentiginosus)を狭い水槽に入れておくと、分泌する粘液により一緒に入れておいた他の魚が死ぬという観察がきっかけであると報告されている。ハコフグ毒はハコフグを意味するハワイ語に因んでパフトキシン(pahutoxin)と命名された。毒成分の構造は3-アセトキシパルミチン酸コリンエステルである。この構造は合成品との比較によって確認されている。pahutoxinはシマウミスズメ、ウミスズメなどハコフグ科の全ての魚に含まれていると考えられている。なお、Lactophrys triqueterというハコフグでは、毒の主成分はデアセチルパフトキシン(deacetylpahutoxin)であることが示されており、日本産ハコフグ(O.immaculatus)では、主成分であるpahutoxinとともに副成分として炭素が一つ多いホモパフトキシン(homopahutoxin)も検出されている。

一般的性状

フグ目ハコフグ科コンゴオフグ属。ウミスズメ、海雀。コンゴウフグに似るが、腹部が半透明であることからハッキリ識別出来る。棘は眼前上方の左右に1個ずつ、正中線に1個、腹部左右の隆起縁の後端近くに1個とその前方に2個ある。尾柄は甲羅でなく動ける。背鰭9軟条、臀鰭9軟条。黄褐色。

分布:本州中部以南、印度、太平洋。茨城、島根から紅海、アフリカ、豪州、ポリネシア、ハワイに分布する。

ウミスズメ、海雀

毒性

パフトキシン(pahutoxin:コリンエステル)は強い魚毒性と溶血性を示すが、これは界面活性剤様作用によって説明されている。pahutoxinの構造をみると、疎水部分(脂肪酸)と親水部分(choline)に明確に別れている。界面活性剤と同じ構造をしている。なお、ミナミハコフグ(Ostracion cubicus)の体表粘液からボキシン(boxin)と命名された蛋白毒が精製された。boxinの分子量は18,000で、N末端のアミノ酸は修飾されている。肝臓の毒性を強調する報告もされている。

症状

pahutoxinによる食中毒の主な症状は、筋肉痛で、四肢のしびれ感、筋力低下や痙攣、重症例では呼吸困難、ショックや腎障害が報告されており、死に至ることもあるとする報告がみられる。その他、筋肉痛、起立困難、呼吸困難、急性腎不全、心不全等の報告がみられる。

処置

pahutoxinによる食中毒の具体的な処置に関する報告は確認出来なかった。医師の管理下に対症療法を行う。

但し、

▼*毒性報告中にみられる『強い魚毒性と溶血性を示すが、これは界面活性剤様作用によって説明されている』の記述に基づき、界面活性剤中毒時の処置方法を参照までに以下に紹介する。

▼*少量摂取時はミルク、卵白投与後、対症療法を行うが、大量摂取、誤嚥の際には徹底した集中治療が必要である。

▼*催吐

▼*胃洗浄:生理食塩液10L以上で洗浄する。

▼*吸着剤:吸着容量から考えると、投与する活性炭の量は体内に残っている界面活性剤の量の10倍は必要と考えられる。しかし、実際にはこれだけの量を飲ませることは難しく、まず催吐、胃洗浄により出来るだけ体外に排泄した後に、数10gの粉末活性炭を投与するのが効果的と考えられる。

▼*必要があれば呼吸管理を行う。

事例

食中毒(疑)事件の発生について▼1.事件の探知:平成19年8月29日(水)午前9時10分頃、長崎県離島医療圏組合五島中央病院(五島市吉久木町205)から「ハコフグを食べた患者が入院している」と五島保健所へ電話連絡があり探知した。▼2.概要:五島保健所の調査によると、患者ら(五島市在住)は平成19年8月25日(土)朝から漁を行い、父親はその中のウミスズメと思われるフグ1匹を持ち帰り、筋肉と肝臓をみそ焼きにして食べた。26日朝、漁から帰り腰痛、ミオグロビン尿などの症状を示して五島中央病院の救急外来を受診したが、症状は軽く翌27日には回復した。▼また、26日朝、当日に漁でとった2匹の同様のフグを次男と親類が1匹ずつ分けて持ち帰り、次男は筋肉と肝臓をみそ焼きにして食べたところ、当日、午後6時頃から首筋から肩にかけての筋肉痛の症状を示し、その後、体が重くなり起立困難となった。次男は、翌27日朝から呼吸困難、ミオグロビン尿等の症状が出て、同病院に入院した。次男は、28日午後6時30分頃から心肺停止、急性腎不全など容態が悪化したため心臓マッサージや人工呼吸などの蘇生措置を受けたが、現在、意識不明の重体である。親類は、同様のフグの筋肉のみをみそ焼きにして夫婦で食べて無症であった。▼3.摂食日時及び摂食場所:父親平成19年8月25日(土)午後6時頃。次男平成19年8月26日(日)午前7時頃。▼4.発病年月日及び時刻:父親平成19年8月26日(日)午前7時頃。次男平成19年8月26日(日)午後6時頃。▼5.症状:筋肉痛、起立困難、呼吸困難、急性腎不全、心不全▼6.摂食者数:4名▼7.有症者数:患者数:2名[(男性 66歳・男性40歳入院中)]▼8.原因食品:ウミスズメ(ハコフグ科)(疑)▼9.病因物質:調査中▼10.調査及び検査実施状況:食品は廃棄されており、五島保健所で聞き取り調査を実施している。

備考

ハコフグ(箱河豚)には毒がないと考えていたので、ウミスズメで中毒が起こったと聞いた時には、全く別種の魚だと思っていた。しかし、ウミスズメはフグ目ハコフグ科コンゴオフグ属ということで、ハコフグの一種であり、調べていくうちにハコフグにもpahutoxinという毒があるという報告が見られた。TV放送の“よいこ”の無人島0円生活の中で、浜口がハコフグを油の鍋に放り込んで料理する場面があり、その後美味い美味いと云って喰っているのを見ていたので、ハコフグに毒があるということでは問題だと思ったが、あるいは魚の扱いによって、ハコフグの毒は、影響がない程度になったり影響が出る程度になったりするのではないかと思われた。ハコフグが即死の場合、人に影響する程度にpahutoxinは分泌されないが、捉えてから刺激を与える環境で育てていると、より分泌物が多くなり毒性が強くなるのではないかということである。

文献

1)阿部宗明:原色魚類検索図鑑;(株)北隆館,1982

2)五島保健所生活衛生課食品乳肉衛生班:食中毒(疑)事件の発生について, 2007

3)蒲原稔治:続原色日本魚類図鑑;(株)保育社,1961

4)塩見一雄・他:新訂版海洋動物の毒-フグからイソギンチャクまで-;成山堂書店,1997

5)学研の大図鑑-危険・有毒生物-;(株)学習研究社,2003

6)日本中毒学会・編:急性中毒標準診療ガイド;じほう,2008