『サリドマイド』
医薬品情報21
古泉秀夫
2008年10月4日(土)の読売新聞(第47629号)の朝刊一面に三段抜きで『サリドマイド月内承認』『血液がん治療用46年振り販売へ』の活字が踊っていた。
サリドマイドの使用によって、多くのphocomelia(アザラシ肢症)児が発生し、1962年国内販売が中止された。市販のサリドマイドは、等量のR体とS体が混在したラセミ体として合成される。開発当時の技術では、R体とS体の分離は難しく、ラセミ体のまま発売された。後にR体は無害で、S体は非常に高い催奇性をもっており、高頻度で胎児に異常をひき起こすこと、更に流産防止作用もある等の報告がされた。胎児異常の主な症状は、四肢の発育不全を惹起し、手足が極端に未発達な状態で出産、発育するphocomeliaが主な症状であるが、知覚や意識、知能に対する影響はほとんど見られないとされている。
尚、現在の技術では、R体・S体の分離(光学分割)及び一方のみを選択的に合成(不斉合成)することも可能であるとされる。しかし、R体のみを投与しても、比較的速やかに(半減期566分)生体内でラセミ化するの報告がされている。
国内での発売当初、サリドマイドは『安全な』睡眠薬であるといわれていた。
1958年1月20日当時の大日本製薬が、独自の製法を開発し「イソミン」の商品名で販売を開始した。1959年8月22日、更に大日本製薬は胃腸薬「プロバンM」にサリドマイドを配合、この薬は妊婦のつわり防止に使用された。このころから他国では奇形児の発生が報告されるようになり、製薬会社は西ドイツに研究員を派遣するなどして情報収集を始めた。しかし、諸外国が製品を回収した後も国内では販売が続けられ、この約半年の遅れの間に被害児の半分が出生したと推定されている。大日本製薬と当時の厚生省は、西ドイツでの警告や回収措置を無視してこの危険な薬を漫然と売り続けた。米国のFDAが認可せず、治験段階の約10人の被害者に留めたこととは対照的な結果となった
1965年にイスラエルの医師が、ハンセン病患者の鎮痛剤としてサリドマイドを処方したところ、ハンセン病特有の皮膚症状の改善がみられた。更に1989年、がん患者の体力消耗や食欲不振の原因である腫瘍壊死因子α(TNF-α)の阻害作用が発見された。また、サリドマイドには「血管新生阻害作用」があることが解明された。この「血管新生阻害作用」は、胎児の手足の毛細血管の成長を妨げ、奇形発生の原因となった作用ではないかとする意見も見られる。一方、癌組織への毛細血管の成長を阻害する結果、多発性骨髄腫などの癌への治療効果があることがわかってきた。特に鎮痛効果が期待されているようである。
その他、報告されている効果として、『エイズウイルスの増殖抑制・糖尿病性網膜症と黄斑変性症の予防・各種の癌に対する抗癌作用』等が挙げられている。
今回、サリドマイドの製造が承認されるに際し、その管理は麻薬以上の厳しいものになったようである。薬害の原因となった薬である。また同じようなことがあったのでは話にならない。更に管理の厳しさは、自己輸入によって、勝手に使用していたという、いい加減さが医療界に存在することによるのではないか。個人輸入で使用するのだからあくまで自己責任でという意見もあるかもしれないが、薬物の管理の徹底は何処までされていたのか。輸入した薬物による第三者の汚染は絶対にないといえるだけの管理が出来ていたのであろうか。もし、個人輸入した薬物の管理が杜撰で、一般人の手にわたった事例があったとすれば、その責任は重い。
今後は、専門家が扱う事になる。専門家が扱う以上、絶対に事故を起こさない管理の徹底が必要である。
(2009.2.6.)