『水銀の毒性について』
月曜日, 5月 4th, 2009KW:毒性・中毒・水銀・水銀血圧計・破損時取扱・有機水銀化合物・無機水銀化合物・甘汞・昇汞・mercury
Q:水銀の毒性について、水銀血圧計が破損した場合の取扱及び取扱い時の吸入防御等の注意事項等ついて
A:次の報告がされている。
水銀([英]mercury・[独]quechsilber・[仏]mercure・[ラ]hydragyrum)。化学式:Hg=200.59。遷移元素II族に属する金属の一つである。銀白色、常温で液状を呈する金属。mp:?38.87℃。酸化数+1、+2の化合物をつきる。化合物には医薬品として用いられるものも多いが、毒性が強い。特異な物理理化学的用途が広い
有機水銀化合物 | 塩化メチル水銀(Methylmercuryv)、燐酸エチル水銀、酢酸フェニル水銀、メトキシエチル塩化水銀 | 毒性が強く、環境保全上問題が多い。特にCH3HgClは水俣病といわれる水銀中毒の原因物質である。 |
無機水銀化合物 | Hg2Cl2(塩化水銀(I)・甘汞・カロメル)、HgCl2(塩化水銀(II)・昇汞)、Hg2O(酸化水銀)、HgS(硫化水銀・硫化第二水銀)等及び無機水銀イオン、アマルガムの総称。 | 一般に溶解度の小さい無機水銀は、体内に入っても害は少ない。しかし、HgCl2のような可溶性無機水銀や水銀蒸気は有毒である。 |
塩化水銀(I)は、白色の粉末。水には殆ど不溶で、25℃で、2.95mg/L。エタノール、エーテルに不溶。硝酸、塩酸に僅かに溶ける。融点:525℃(密閉)。開放した容器中では、溶融することなく昇華する。
塩化水銀(II)は、斜方晶系の無色結晶。304℃で昇華。水100gに対する溶解度は、7.30g(25℃)、エタノール、エーテル、酢酸、ピリジン、ベンゼンに可溶。アルカリ化合物の水溶液中では急激に溶解度が増大し、Na2[HgCl4]のような形で溶けている。極めて有毒で、致死量は0.2-0.4gといわれている。
水銀の蒸気圧は高く、温度の上昇と共に急激に増大する。水銀の蒸気を吸うと、神経障害を起こす。乾燥した空気中では酸化されないが、湿気の存在下では容易に酸化される。また、金属水銀は蒸気を出し、その吸引は毒性を示す。2価の化合物(昇汞)も毒性が強い。水銀は腎臓に蓄積しやすく、近位尿細管を障害する。その終末の結果として尿毒症になるとする報告が見られる。
金属水銀の気化は、室温では僅かであり、水銀量が多い、加熱、換気の不良等の悪条件の下では、水銀蒸気が高濃度になることが考えられる。空気中の水銀飽和量は20℃で13.2mg/m3である。気中濃度が1mg/m3を超えると1ヵ月以内に下痢、口内炎、蛋白尿等の症状が出現し、10mg/m3を超えると1ヵ月以内に下痢、肺炎、腎障害等が出現するとされている。
*体温計の破損による水銀の誤嚥例がある。水銀の体内侵入は、誤嚥による経口摂取と、水銀蒸気の吸入がある。蒸気吸入では、血液障害や神経障害等が報告されている。経口で毒性を発揮するのは、化合物状態の水銀で、メタル水銀は、胃液、その他の体液に不溶のため毒作用を示さない。ヒトの水銀誤嚥事故例は、尿中及び血液中の水銀レベルが若干上昇したとの報告があるが、毒性を示すほど吸収されないとする見解が多い。
*自殺目的で、水銀2mLを静注した例で、一時的に腹痛、食欲不振、下痢、体重減少、歯肉炎、血尿が認められ、X線造影により右心室や肺に水銀の分布を認めている。この患者は7年後に肺結核で死亡している。
*14歳の少女が、水銀体温計の破損による水銀蒸気の吸引により掻痒と浮腫性紅斑を生じた例が報告されている。患者はマーキュロクロムによる接触性皮膚炎の経験があるとされる。
以上の報告を基にして検討すると、蒸気の吸入を極力避ける方法を講ずれば、その取扱に特に問題はないと考える。
嘗て勤務していた病院でも、体温計の破損等が屡々あり、薬剤部において処理していたが、可能な限り回収した水銀は、水を満たした広口瓶に入れて保存し、一定量が集まった段階で、業者に廃棄を依頼するという方法を採っていた。
水中に保存された金属水銀は、気化することなく保存可能であり、蓋をしておけば、特に保存室内に気化した水銀が充満するとは思われない。
更に水銀は腕帯等に付着したとしても、布目に食い込んでいるわけではなく、流動性を持った水銀として収集可能であり、付着を理由として廃棄する必要はないといえる。
また、作業中のマスクについていえば、細菌・ウイルスの通過を防御することが出来たとしても、気化した金属水銀粒子を除外できるかどうかは不明であり、また相当に大量の水銀を扱わない限り、それほど神経質になる量が存在するとは思われない。
1)薬科学大辞典編集委員会・編:薬科学大辞典 第2版;廣川書店,1990
2)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,1999
3)梅津剛吉:家庭内化学薬品と安全性;南山堂,1992
4)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
5)(財)日本中毒情報センター・編:症例で学ぶ中毒事故とその対策;じほう,2000
[014.4.MER:2008.10.10.古泉秀夫]