「ヒスタミン産生菌(histamine-producing microorganism)の感染防御」

 

感染症分類 食品衛生法第58条1項により「食品、添加物、器具若しくは容器包装に起因して中毒した患者若しくはその疑いのある者を診断し、又はその死体を検案した医師は、直ちに最寄りの保健所長にその旨を届け出なければならない」と規定されている。
一般的性状

ヒスチジン脱炭酸酵素を有する細菌(ヒスタミン産生菌:histamine-producing microorganism)には、腸内細菌であるMorganella morganii(モルガン菌)、Klebsiella oxyt-oca及び好塩性histamine産生菌であるPhotobacterium phosphoreumやPhotobacterium damsela等が知られている。なお、Photobacterium属菌の中には0℃の低温で増殖するものがある。

これらのhistamine産生菌が付着した魚介類やその加工品の保存温度が不適切な場合、また長期保存した場合に、食品中で菌が増殖し、その結果としてhistamineが魚肉中に蓄積するため、これらを喫食するとアレルギー様食中毒になる。

histamine産生菌のうちM.morganiiを代表とする腸内細菌は、主に漁獲後に魚に付着する二次汚染菌と考えられている。それに反して好塩性histamine産生菌は、本来海水中に生息しており一次汚染菌として存在している。低温性好塩性のhistamine生成菌は、至適温度が20℃付近にあるとされるが、10℃以下でも増殖可能であるため、低温流通が主流の鮮魚介類では食品衛生上注意すべき細菌である。これまで冷蔵中の水産物でもhistamineが生成することが知られているが、その理由は不明なことが多かった。このhistamine生成菌は5℃貯蔵の魚肉中に多量(19-144mg/100g)のhistamineを産生することが確認されているので、低温性好塩性の菌が原因である可能性が高い。*Morganella morganii:グラム陰性の真っ直ぐな桿菌で、周毛性鞭毛を有する。通性嫌気性菌である。ブドウ糖を醗酵し酸とガスを発生する。

*Klebsiella oxytoca:通性嫌気性、グラム陰性で主として単在するが、時として対をなしたり単連鎖を形成する。大腸菌に比較してやや大型の細菌で、厚い莢膜を有し鞭毛は持たない(運動性無)が、線毛を持つ。ブドウ糖を分解して酸とガスを生じ、乳糖も分解する。10℃で発育。

ビブリオ科(Vibrionaceae)に属する細菌は、真っ直ぐか彎曲したグラム陰性桿菌である。通性嫌気性で、極単毛又は極多毛を持ち運動性を示す。

*Photobacterium damselaは、従前はVibrio damselaと命名されていた。Photobacteriumは発光細菌で、イカ・魚類の体表等に棲息している。

Photobacterium phosphoreum:幅0.8-1.3μm、彎曲しない。無鞘性極毛(1-3本)。好塩性、多くは発光性。海水、通常非寄生性。

Photobacterium damsela:従来Vibrio damselaとして分類されていた。海水中に棲息する。稀にヒトに創傷感染を起こす。

棲息部位

M. morganiiはヒト、動物、爬虫類の腸内に棲息する。
K.oxytocaはヒト及び動物の消化管(時に上部気道)のみならず環境(土、水)中に非寄生的にも存在する。
P.damselaは海水中に棲息する。その他、イカ・魚類の体表面に棲息している。

病原性
感染経路

潜伏期:5分-5時間(平均0.5-1時間で発症)。

histamine食中毒の多くは、喫食直後から1時間程度という短時間で発症する。症状としては舌の痺れ、顔面紅潮、蕁麻疹、酩酊感、頭痛、発熱が出現し、時に嘔吐、下痢を伴う。通常3-6時間で回復し、抗histamine薬が有効である。

MAO阻害薬・抗結核薬isoniazid服用患者では、少量のhistamineで中毒する可能性がある。40mg%-histamine含有チーズを摂食したisoniazid服用患者が、中毒を起こした例も報告されている。

histamineが生成される原料となる遊離ヒスチジンは、鮪、鰯、秋刀魚等の青魚(赤身の魚)に多く含まれていることから、本食中毒の原因食品のほとんどは魚介類である。稀に鶏肉、ハム、チェダーチーズが原因となった例もある。histamine産生菌は同時に不揮発性アミン類であるプトレシン、チラミン、カダベリンなども産生する。チラミンとの共存はMAO阻害薬服用患者では、高血圧を促進させ、頭痛を持続、後に血圧を降下させる。

histamine食中毒の発生原因となった食品中のhistami-ne量は4mg-5mg/gと報告されている。

治療

通常、3-6時間後には回復するとされているが、念のため抗ヒスタミン薬を投与する。
d-chlorpheniramine maleate 2-8mg/日 分1-4(増減)
ポララミン錠2mg(シェリング・プラウ)
clemastine fumarate 2mg/日 分2(増減)
タベジール錠1mg(ノバルティス)

感染防御

抵抗性:histamine産生菌に属する細菌は、無芽胞菌であり、加熱処理及び消毒薬に対して抵抗性は示さない。特にPhotobacteriumは好塩菌であり、塩化ナトリウムの存在しない条件下では棲息できない。
日本では魚介類の消費量が多いためhistamine食中毒(アレルギー様食中毒)を起こす機会は多いが、食品中のhistamineに関する法的規制はない。米国では全ての水産加工品に対してHACCP(Hazard Analysis and Control Point:危害分析重要管理点)が導入されるなど徹底した衛生管理が行われている。histamineは熱で分解され難いため、加熱処理により菌は死滅したとしても、一度産生、蓄積されたhistamineを取り除くことは困難である。またhista-mineは腐敗により産生されるアンモニア等と違い外観変化や悪臭を伴わないため、喫食前に汚染を感知し回避することは困難である。喫食中に唇や舌先にピリピリした刺激を感じた場合は、速やかに食品を処分することが大切である。
histamine食中毒の予防には、食品の保全に注意することが最も重要である。特に夏期においては購入した魚はその日のうちに食べ、冷蔵庫内での長期保存を避け、保存する場合は冷凍保存する。更に二次汚染の回避のためには手洗い、手指消毒の励行、調理器具の熱湯消毒等が必要である。

滅菌・消毒

食品衛生上の細菌制御は1)汚染防止、2)殺菌、3)増殖阻止の3原則に従って行われる。

一次汚染においては、常に清潔な食品(原料)を選び、衛生的な取扱に十分配慮すること。

二次汚染においては、原料、人、空気や水並びに器具による交差汚染に注意する。

食品購入段階の感染防御

?清潔への配慮が行き届いた信頼の出来る店を選択する。

?魚介類、食肉、野菜などの生鮮食品は、新鮮なものを必要な分だけ計画的に購入する。

?消費期限の表示のあるものについては、表示の確認を行い、期限の過ぎたものは購入しない。

?生鮮食品などのように冷蔵や冷凍の必要な食品を購入したら速やかに持ち帰り、直ぐに冷蔵庫・冷凍庫に保存する。冷蔵庫は10℃以下、冷凍庫は?15℃以下に維持することが必要。

食品の下処理

?魚介類は腸炎ビブリオが付着していることがあるので、下処理の段階で流水を用いて十分に洗浄し除菌する。

?野菜類の食中毒菌汚染率は低いが、稀にサルモネラや腸管出血性大腸菌の検出例が報告されているので、生食野菜はよく洗浄する。

?俎板(まないた)、包丁、ボウルなどの調理器具は、用途別、食品別に専用のものを使用し、混同させない。特に生食用の野菜と魚・肉用は区分して使用する。

?使用後の俎板、包丁、ボール等の調理器具は、洗剤とタワシを用いて流水で汚れを落とした後、水気を拭き取ってからアルコールの吹き付けにより消毒するか、熱湯処理をする。

?タワシ、フキン等はよく洗浄した後、それぞれ熱湯処理するか、塩素系消毒剤で処理する。

?冷凍食品の解凍は室温での自然解凍を避け、冷蔵庫の中や電子レンジを用いて行うか、又は気密性の容器に入れ、流水で行うようにする。解凍は計画的に必要量だけ行い、再凍結は行わない。

調理作業▼食中毒による事故は、食品取扱者の手指を介して発生する事例が多いので、常に身体の清潔保持に努めることが必要である。

?調理開始前、調理中、用便後、また生の魚介類、食肉、卵殻など微生物の汚染源となる恐れのある食品に触れた後、他の食品や調理器具類に触れる場合は、必ず手指の洗浄・消毒を行う。手指消毒の方法は、液体石鹸による洗浄1回・エタノールによる消毒で行う。

?食品を加熱調理する場合は、食品の中心部を十分に加熱する(75℃-1分間以上)。

?調理後直ちに喫食される食品以外の食品は、細菌による二次汚染や増殖を防止するため、衛生的な容器に入れ、蓋をして10℃以下又は65℃以上で保存する。

文献

1)吉田眞一・他編:戸田新細菌学 改訂33版;南山堂,2007
2)柴田幹良:ヒスタミン食中毒と微生物;,2008
3)内海 爽・他編:エッセンシャル微生物学 第4版;医歯薬出版株式会社,2000
4)山西弘一・他編:標準微生物学 第9版;医学書院,2005
5)細貝祐太郎・他監:食品安全性セミナー1 食中毒;中央法規出版株式会社,2001
6)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2008
7)衛生法規研究会・監:実務衛生行政六法 平成15年版;新日本法規,2002

作成者 古泉秀夫 分類 015.11.HIS 作成年月日 2008.2.9.