「インフルエンザワクチンのウイルス株の決定」
金曜日, 9月 5th, 2008
KW:薬名検索・インフルエンザワクチン・influenza vaccine・ウイルス・virus・普通ワクチン・HAワクチン・インフルエンザ株選定経過
Q:インフルエンザワクチンのウイルス株の選定について
A:次の報告が見られる。
*インフルエンザウイルス(influenza viruses)は、抗原変異を起こし易いvirusで、そのため前に獲得した免疫が効果を発揮しない場合がみられる。また、鼻や口から侵入したvirusは体深部に入らず、上気道の細胞で増殖しただけで症状が発現する。従ってinfluenza vaccineの効果について、しばしば否定的な意見が見られるのは、virusが変異を起こし易いため、vaccineの製造株と流行株の抗原性が合わず、折角vaccineを接種しても発症してしまうことがあることと、感染経路と発症の形態に問題があるからである。
*効果が発現し難いもう一つの理由であるinfluenza自体の感染発症の機序として、influenza virusesは上気道の細胞で増殖し、発熱などの症状を直ちに誘発するため、鼻腔内粘膜、上気道においてvaccine接種により発現した抗体が作動することが期待される。しかしながら現在使用されている皮下注射によるvaccineの接種方法では、血液中には多量の抗体ができるが、鼻腔内粘膜・上気道に滲出する抗体の量が少ないため、僅かな抗原性の違いでも効果が希薄化する傾向が見られる。但し、肺炎などの重症化防止には、血中の抗体が直接作動するため、多少抗原性が異なっていたとしても十分な効果が期待できるとされている。
以上の欠点を改善するため、現在では次に流行しそうなvirus株を予測してvaccineの製造を始める体制が取られている。最近では新たな流行株の発生地として知られる中国にも観測点を置くことにより、かなり正確な予測ができるようになってきた。WHOや日本の国立感染症研究所は、世界各地でinfluenza virusesの定点観測を行っており、分離されたウイルスの抗原性を調べて、その年の流行株を予測している。これらの流行予測株の中から増殖性、免疫原性などが検討され、血清疫学データとあわせてその年のvaccine候補株が選ばれ、厚生労働省により最終的に決定される。1978年以降、A/ソ連(H1N1)、A/香港(H3N2)、B型の最低3株がinfluenza vaccineの原料として使用されている。
*influenza whole vaccine(influenza普通vaccine):influenza virusesを発育鶏卵漿尿膜で培養し、ニワトリ赤血球への吸着と遊出や密度勾配遠心法で精製した完全virus粒子を不活化したvaccineである。
*influenza component vaccine(influenza HA vaccine):上記virus粒子をエーテル処理して破壊し、HA(赤血球凝集素)とNA(neuraminidase)の多く含まれている部分を集めたvaccineである。
『普通vaccine』を用いると、副反応として発熱、頭痛、倦怠感を起こすことがあるが、『HA vaccine』は副反応が少ないので、現行では『HA vaccine』が使用されている。『HA vaccine』の免疫効果は、3週間の間隔をおいて2回接種しても、接種後5ヵ月頃より抗体価が低落するので、毎年接種を繰り返さなければなにない。
参照として次の資料を添付する。
平成18年度(2006/07シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、厚生労働省健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)が検討し、これに基づいて厚生労働省が決定・通達している。感染研では、全国76カ所の地方衛生研究所と感染研、厚生労働省結核感染症課を結ぶ感染症発生動向調査事業により得られた流行状況、および約6,000株に及ぶ分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績、感染症流行予測事業による住民の抗体保有状況調査の成績などに基づいて、前年度の11-12月に次年度シーズンの予備的流行予測を行い、これに対するいくつかのワクチン候補株を選択する。さらにこれらについて、発育鶏卵での増殖効率、抗原的安定性、免疫原性、エーテル処理効果などのワクチン製造株としての適格性を検討する。一方、年が明けた1月下旬から数回にわたり所内外のインフルエンザ専門家を中心とする検討委員会が開催され、上記の前シーズンの成績、およびその年のインフルエンザシーズンにおける最新の成績を検討して、次シーズンの流行予測を行う。さらにWHOにより2月中旬に出される北半球次シーズンに対するワクチン推奨株とその選定過程、その他の外国における諸情報を総合的に検討して、3月までに次シーズンのワクチン株を選定する。感染研はこれを厚生労働省健康局長に報告し、それに基づいて厚生労働省医薬食品局長が決定して5-6月に公布している。
平成18年度(2006/07シーズン)に向けたインフルエンザワクチン株は、
A/ニューカレドニア/20/99 (H1N1)・A/広島/52/2005 (H3N2)・B/マレーシア/2506/2004
であり、以下にその選定経過を述べる。
1.A/ニューカレドニア/20/99 (H1N1)
わが国では、A/H1N1型(ソ連型)ウイルスの流行は昨シーズンから小さいながら見られるようになり、2005/06シーズンは全分離株の25%にあたる1,330株が分離された。分離株の94%はワクチン株であるA/ニューカレドニア/20/99類似株であったが、HAの抗原部位中にアミノ酸置換を伴った(K140E)変異株も少数みられた。中国、韓国など他のアジア諸国や欧米諸国、南半球諸国においても同様にA/H1N1ウイルスの流行が拡がる傾向がみられるが、分離株の大半はA/ニューカレドニア/20/99類似株であった。一方、昨シーズンと同様に2001/02シーズンに出現した遺伝子再集合体であるA/H1N2ウイルスは世界中のどの地域からも分離されなかった。このことから、WHOでは北半球2006/07シーズンのワクチン株として、昨年に引き続きA/ニューカレドニア/20/99類似株を推奨した。
感染症流行予測事業による抗体保有状況調査においては、A/ニューカレドニア/20/99に対する抗体保有状況は15-19歳群で72%と最も高く、5-14歳群と20-24歳群では50%を超えていた。しかし、25-54歳群と65-69歳群以降の年齢群では27-38%、4歳以下の幼児と55-64歳の年齢層では20%以下の抗体保有率であった。したがって、これら抗体保有率が十分でない年齢層に対しては、この株に対する免疫増強の必要性が示唆された。
A/ニューカレドニア/20/99は過去6シーズンにわたってワクチン株として用いられており、製造効率および有効性において実績がある。
以上のことから、2006/07シーズンのA/H1N1型ワクチン株として、昨年と同様にA/ニューカレドニア/20/99を選定した。
2.A/広島/52/2005 (H3N2)
わが国における2005/06シーズンのインフルエンザの流行はA/H3N2型(香港型)が主流で、分離株総数の65%を占めた。これら分離株の79%はワクチン株のA/ニューヨーク/55/2004からHI試験で抗原性に4倍以上の違いがみられたが、67%の株はA/ウィスコンシン/67/2005やA/広島/52/2005に対するフェレット感染血清とよく反応した。一方、HA遺伝子の系統樹解析においても、2005/06シーズン分離株の大多数は、前シーズンの主流行株であるA/カリフォルニア/7/2004類似株とは明確に区別され、A/ウィスコンシン/67/2005やA/広島/52/2005に代表される193Fおよび225Nのアミノ酸をもつ一群を形成した。すなわち、A/H3N2型の流行はA/カルフォルニア/7/2004類似株からA/ウィスコンシン/67/2005類似株に移行してきていることが示された。
A/ニューヨーク/55/2004株ワクチンの接種を受けた人の血清抗体は、2005/06シーズンの主流行株となったA/ウィスコンシン/67/2005類似株(A/ウィスコンシン/67/2005のほか、A/広島/52/2005、A/安徽/1239/2005など)との交叉反応は若干低い傾向にある。来シーズンには流行の主流がA/ウィスコンシン/67/2005類似株に移行することが推測されることから、これらの株に対してより強い免疫を与えるためには、ワクチン株をA/ウィスコンシン/67/2005類似株のウイルスに変更することが必要である。
諸外国ではA/H3N2型の占める割合は全体の3-4割であり、2005/06シーズンはじめはA/カリフォルニア/7/2004類似株が多かったが、A/ウィスコンシン/67/2005類似株が急増し半数以上を占めた。このことから、WHOはA/H3N2型のワクチン株としてA/ウィスコンシン/67/2005類似株を推奨した。
抗体保有状況調査においては、ワクチン株A/ニューヨーク/55/2005に対する抗体保有状況は5-19歳群では57-72%と高い値を示した。しかし、0-4歳群および20-24歳群以降の成人層では35%以下であり、特に45-69歳群では約20%前後と低い抗体保有率であった。流行株がA/カリフォルニア/7/2004類似株からA/ウィスコンシン/67/2005類似株に移行しており、2006/07シーズンもA/H3N2型が流行の主流になることも考えられるので、A/ウィスコンシン/67/2005類似株によるワクチン接種が望まれる。
ワクチン製造株としては発育鶏卵で分離され、しかも発育鶏卵で増殖性が高いことが必須条件となるため、A/ウィスコンシン/67/2005類似株であるA/ウィスコンシン/67/2005とA/広島/52/2005について、発育鶏卵での増殖性および継代による抗原性の安定性について検討した。その結果、両株とも発育鶏卵で比較的よく増殖し、継代してもHA遺伝子は安定であり抗原性の変化もないことが示されたが、A/広島/52/2005の方が増殖性は優れていた。したがって、A/広島/52/2005がワクチン製造株として適当であると判断された。
以上のことから、2006/07シーズンのA/H3N2型のワクチン株として、A/広島/52/2005を選定した。
3.B/マレーシア/2506/2004
2005/06シーズンにおいては、わが国のB型の流行は小さく分離株総数の10%であった。B型インフルエンザウイルスは、1980年代後半から抗原的にも遺伝子的にも区別されるB/ビクトリア/2/87株を代表とするビクトリア系統とB/山形/16/88を代表とする山形系統に二分される。2003年から2シーズンは山形系統株がB型分離株の99%を占めていたが、2005/06シーズンの分離株はすべてビクトリア系統株であり、B型の流行が山形系統からビクトリア系統にかわったことが示された。これら分離株の83%は2シーズン前のわが国のビクトリア系統ワクチン株B/山東/7/97が含まれるB/香港/330/2001類似株から抗原性が大きく変化しており、2006シーズンの南半球のB型ワクチン株であるB/マレーシア/2506/2004と類似していた。
一方、諸外国におけるB型インフルエンザの流行は、わが国とはやや異なり、流行全体の3-4割を占め増加する傾向がみられた。分離株の10-20%は山形系統であったが、大半はビクトリア系統であり、南半球諸国でもこの系統に属する株が増加する傾向がみられている。これらビクトリア系統分離株の約7割はB/マレーシア/2506/2004類似株であった。北半球ではここ2シーズンは山形系統がワクチン株として採用されており、ビクトリア系統のウイルスに対する抗体保有率が低いことが推定されたので、WHOでは2006/07シーズンのB型ウイルスワクチンに南半球で使用実績のあるB/マレーシア/2506/2004を推奨した。
わが国の各年齢層における抗体保有状況についてみると、前シーズンは山形系統のワクチン株B/上海/361/2002類似株が流行の主流であり、全年齢層でこれに対する高い抗体保有率がみられ、特に10-24歳群では57-67%と高いことが示された。これに対して、ビクトリア系統株に対する抗体保有率は全年齢層で25%未満と低く、ここ2シーズン流行がなかったこともこの結果に反映されていると考えられた。流行株が山形系統からビクトリア系統に移行しており、2006/07シーズンもビクトリア系統株がB型の流行の主流になると考えられるので、B/マレーシア/2506/2004類似株によるワクチン接種が望まれる。
B/マレーシア/2506/2004類似株の中からB/マレーシア/2506/2004とB/オハイオ/1/2005について、発育鶏卵での増殖性および継代による抗原性の安定性について検討した。その結果、両株とも発育鶏卵でよく増殖し、継代しても抗原性の変化はないことが示されたが、B/マレーシア/2506/2004の方が増殖性は若干優れていた。したがって、B/マレーシア/2506/2004がワクチン製造株として適当であると判断された。
以上のことから、2006/07シーズンのB型ウイルスワクチンにはビクトリア系統からB/マレーシア/2506/2004を選定した。
1)大里外誉郎・編:医科ウイルス学改訂第2版;南江堂,2002
2)小渕正次・他:平成18年度(2006/07シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過;,2008.2.26.
3)福澤正人:インフルエンザワクチン株と流行株の適合(第2報);薬事新報,No.2514:224-227(2008)
[015.4.INF:2008.2.26.古泉秀夫]