「エンテカビルの催奇形性」
KW:副作用・催奇形性・精子障害性・外表性奇形・精巣移行性・精巣内濃度・精液汚染・エンテカビル・entecavir hydrate・バラクルード錠
Q:主人が肝硬変一歩手前まで進行しているB型肝炎で、7月よりエンテカビルを服用し始めました。気になっているのは、今後出産を希望しており、エンテカビルの奇形性を心配しています。主治医に相談したところ「そんなに心配いらないのでは」という回答でしたが、いろいろ調べていますと薬を一旦中断するとか一時ラミブジンに切り替えるとかの情報があり、どうすればいいのか分かりません。
A:エンテカビル水和物(entecavir hydrate)の製品である『バラクルード錠0.5mg』[ブリストルマイヤー]の添付文書中に記載されている催奇形性に関する情報は下記の通りである。
1. 妊婦への投与
(1)妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。生殖発生毒性試験において、ラットでは母動物及び胚・胎児に毒性が認められ、ウサギでは胚・胎児のみに毒性が認められた。ラット及びウサギの曝露量は、ヒト1mg投与時の曝露量のそれぞれ180倍及び883倍に相当する。]
(2)妊娠の可能性がある婦人に対しては避妊するよう指導すること。[胎児の発育に影響を及ぼすおそれがある。]
(3)新生児のHBV感染を防止するため適切な処置を行うこと。[本剤が母体から新生児へのHBV感染に及ぼす影響についてはデータがない。]
2. 授乳婦への投与
授乳中の婦人には本剤投与中は授乳を中止させること。[動物実験(ラット)で、乳汁中に移行することが報告されている。本剤がヒトの乳汁中に分泌されるか否かは不明である。]
但し、上記は女性に対する注意であり、男性患者に対する注意は何ら記載されていない。
原則的にいえば、男子の服薬と催奇形性の発現については、次の通りいわれている。
男性が服用した薬物の妊娠への影響については、症例報告も殆ど無く、一部の薬物を除外して、一般に使用する薬物については、殆ど心配はないとされている。射精される精子の数は億単位で、そのうち20%程度は元々形態的に異常が見られると報告されている。もし薬物の影響を受けて精子障害性が見られたとしても、その精子は受精能力を失うか、受精してもその卵子は着床しないか又は妊娠早期に流産して消失すると考えられている。
また出生する可能性があるとしても、染色体異常か遺伝子レベルの異常で、形態的な異常(外表性奇形)は発生しないと考えられている。精子に対する薬物の影響が考えられる場合は、精子形成期間が約74日(±4-5日)なので、薬物の影響があるとすれば、受精前約3カ月以内に投与された薬物ということになる。従って、射精の直前であれば、既に精子となって存在しているため、受精1-2日前に服用した薬物の影響は考えられない。
1.薬物の影響を受けた精子は受精能力を失う
2.受精しても着床しない
3.妊娠早期に流産する
entecavir hydrateの作用機序
entecavirはグアノシンヌクレオシド類縁体であり、HBV DNAポリメラーゼに対して強力かつ選択的な阻害活性(Ki値:0.0012μM)を有する。本剤は細胞内でリン酸化され、活性を有するエンテカビル三リン酸に変化する。エンテカビル三リン酸は、天然基質デオキシグアノシン三リン酸との競合により、HBV DNAポリメラーゼの(1)プライミング、(2)mRNAからマイナス鎖DNA合成時の逆転写、及び(3)HBV DNAのプラス鎖合成の3種すべての機能活性を阻害する。エンテカビル三リン酸の細胞性DNAポリメラーゼα、β、δ及びε並びにミトコンドリアDNAポリメラーゼγに対する阻害作用は弱い(Ki値:18~約160μM)。
entecavir hydrateの 変異原性
培養ヒトリンパ球にin vitroで染色体異常を誘発したが、微生物を用いた復帰突然変異試験(Ames試験)、哺乳類細胞を用いた遺伝子突然変異試験及びシリアンハムスター胚細胞を用いた形質転換試験で、遺伝毒性は認められていない。また、ラットを用いた経口投与による小核試験とDNA修復試験も陰性を示している。
entecavir hydrateの生殖毒性
ラットの生殖発生毒性試験において、受胎能への影響は認められなかった。げっ歯類及びイヌを用いた毒性試験において、精上皮変性が認められた。なお、臨床用量での曝露量と比べて高い曝露量で1年間投与したサルでは、精巣の変化は認められなかった。
雌雄ラットに[14C-]-entecavir 10mgを単回経口投与して組織分布を検討した結果、投与後1時間で大腸を除く全ての組織で最高濃度に達し、その後速やかに低下した。脳及び精巣を除いて、組織中濃度は投与後24時間までに各組織の最高濃度の10%以下までに低下した。
[14C-]-entecavirの精巣内濃度推移 [ng・equiv/g]
1時間 | 4時間 | 8時間 | 24時間 | |
精巣 | 996 | 672 | 315 | 193 |
以上の各報告から『男性がentecavirを服用していることにより催奇形性が発現する可能性は少ないと考えられるが、服用期間中精巣内に薬物が残存するため、精液を介して汚染されることが考えられるので、その点での注意は必要である』といえる。
1)バラクルード錠添付文書,2007年8月改訂(第3版)
2)社団法人静岡県薬剤師会:スキルアップのためのおくすり相談Q&A100;南山堂,2007
3)男性への薬剤と胎児,2007.11.17.
4)バラクルード錠0.5mgIF,2006.7.
[63.099.ENT:2007.11.22.古泉秀夫]