「テップ(TEEP)の毒性」
火曜日, 4月 8th, 2008
対象物 | ニッカリンT(日本化学工業) |
成分 | テトラエチルピロリン酸。テトラエチルピロホスフェート(tetraethylpyrophosphate=IUPAC) 。TEPP・TEPP乳剤。 |
一般的性状 |
TEPPは1940年代初期にBayer社(ドイツ)で開発された。C8H20O7P2= 290.2。無色の芳香性を持つ液体。吸湿性。比重:1.185(20℃)、沸点:155.5℃(5mmHg)、104-110℃(0.08mmHg)。溶解性:水に易溶。多くの有機溶剤に可溶。石油系溶剤に不溶。水中で容易に加水分解して燐酸ジエチルを生じる。金属を腐食する。速効性であるが分解され易い。抗コリンエステラーゼ薬であり、治療にはプラリドキシムが有効。▼有機リン殺虫剤の一つ。ハダニ類、アブラムシ類を主体に広い殺虫効果を示すが、残効性はない。人畜毒性が極めて強いため、昭和44年度で生産中止、その後、農薬登録消滅。▼CAS 107-49-3/RTECS UX6825000。発癌性:報告無。ダイオキシン:影響無。環境ホルモン作用:影響無。登録:1950年8月3日、失効:1969年12月31日。*用途:殺虫剤。有機リン系の薬剤で、稲のウンカ、果樹、花卉(カキ)、野菜のアブラムシ、茶のアカダニ、桑のキジラミ、ヒメハムシなどに適用された。*商品名:テップ、ニッカリン、TEPPがあった。その他ニッカリンTとする資料もある。*別名:ネフォス(Nefos)、テップ(TEP)、ピロ燐酸テトラエチル。*ニッカリンTは、テップ剤とよばれる農薬の一つで、製造されるときに副生成物(トリエチルピロリン酸:triethylpyrophosphate)が生成される。ニッカリンTの製品色調は赤色の報告。 |
毒性 |
昆虫より哺乳動物に対して毒性が強い。 |
症状 |
■cholinesterase(Ch-E)の強力な阻害作用をもち、パラチオン類似の毒性を示す。ヒトが経口的に4mg以上を単回摂取した場合、Ch-Eの急激な低下が見られ、血漿Ch-Eは0%、血球Ch-Eは平常値の60%以下となる。■症状が遅れて発現したり、再燃することがあるので、初期に軽症のように見えても経過観察に注意すること(稀に意識障害、呼吸障害が遅延性に発現。改善後数日-2週間後に再燃。改善と増悪を繰り返す例有り)。□ムスカリン様作用による症状:縮瞳、流涙、視力障害、気管支痙攣、気道分泌物過多、発汗、流涎、徐脈、尿失禁、消化管蠕動の亢進(急激な腹痛、悪心、嘔吐、下痢等として出現)。□ニコチン様作用による症状:筋脱力、筋痙攣、筋線維束攣縮、低血圧、呼吸麻痺等である。□中枢神経系の中毒症状:不安、言語障害、精神状態像の変化(錯乱、昏睡、痙攣など)、呼吸抑制などである。□経口摂取の際の合併症としては、肺水腫、吸引性肺炎、化学性肺臓炎、遅発性多発ニューロパシー、急性呼吸促迫症候群(ARDS)などがあげられる。 |
処置 |
a.呼吸循環の補助及び皮膚の除染(石鹸と流水による洗浄)を行う。皮膚汚染の可能性があれば、医療スタッフは、ゴム手袋、エプロン、靴カバーを装着する。1時間以内に来院した経口摂取による中毒患者では胃洗浄を考慮するが、催吐は禁忌。引き続いて活性炭の投与を行う。 b.アトロピン(大量投与によるベンジルアルコール中毒を回避するため無含有の製品):有機リン剤中毒に対する選択薬である。初回1mg静注、副作用がなければ2mgを15分毎に、atropine症状(分泌物の低下、頻脈、顔面紅潮、口腔乾燥、散瞳など)が出現するまで繰り返す。平均的な必要量は40mg/日程度であるが、大量(500-1500mg/日)を必要とすることもある。有機リン剤が代謝されるまでの少なくとも24時間は、atropineの間歇投与が必要である。アセチルコリンエステラーゼ活性は緩慢に回復するため、重症例では数日以上にわたって投与しなければならない。atropineでは筋脱力の改善は得られない。 c.pralidoxime iodide(ヨウ化プラリドキシム) [パム注射液住友]:生理食塩水100mLに1-2gを混合して30分かけて投与するとコリンエステラーゼの再活性化と筋脱力、筋繊維筋繊維束攣縮、呼吸抑制の改善が得られる。6-12時間毎の反復投与が可能で、24時間で最大12g迄用いることが出来る。あるいは500mg/hrの速度で、必要に応じて数日間にわたって点滴静注する。 d.痙攣:ベンゾジアゼピン及びフェニトイン投与。重篤な痙攣で筋弛緩薬が必要な場合は、筋麻痺が遷延することがあるので、サクシニルコリンは禁忌。 e.呼吸不全に対しては機械換気を行う。 |
事例(実例) |
『毒ぶどう酒事件再審決定』名古屋高裁『自白に重大疑問』 第7次再審請求認める決定をしたもの。 □名張ぶどう酒事件 1961年3月28日、三重県名張市葛尾の公民館で開かれた生活改善クラブ「三奈の会」の総会で、女性会員17人に出された農薬入りぶどう酒を飲み、奥西死刑囚の妻と愛人を含む5人が死亡、12人が中毒になった。事件から5日後、奥西死刑囚が「妻と愛人の三角関係を清算するためにやった」と自供した [読売新聞,第46354号,2005.4.5.]。*?王冠を歯で開けたという自白の信用性:ぶどう酒の瓶の王冠を覆う封緘紙を傷付けずに開栓できることを示す実験結果を示す。*?犯行で使われた毒物は「ニッカリンT」ではない可能性:ニッカリンTは、テップ剤とよばれる農薬の一つで、製造されるときに副生成物(トリエチルピロリン酸:trie-thylpyrophosphate)が生成される。しかし、事件現場に残されたぶどう酒からは検出されておらず、「加水分解したため」とされてきた。これに対し、新たに鑑定人になった佐々木鑑定人は、加水分解の速度は遅く、triethylpyrophosphateが必ず検出されること、その一方でニッカリンTとは異なる別のテップ剤では、triethylpyrophosphateが検出されないことから、「奥西さんが犯行に使った」とされる農薬はニッカリンTではなかった可能性が極めて強い、とする証言を行った |
備考 |
実際にはやっていない殺人事件で、死刑などといわれたのでは、割に合わないことも甚だしい。従って冤罪をはらすことに何ら異論はないが、一方で素直に「よござんしたね」というには若干の違和感を感じる。『それなら誰が毒を飲ませたんだ』という一点では、結果的に真の殺人者を見逃してしまったということになる。どういう理由で、最初に自分がやったなどと自供してしまったのか。兎に角自白させようとした警察の尋問が、執拗極まりないのは想像に難くないが、再審の結果無罪だという結果がでるとすれば、自分がやったという当初の無責任な自供と、それを鵜呑みにした警察の双方で、真の殺人者を捜査線上から消してしまったということになる。 |
文献 |
1)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990 |
調査者 | 古泉秀夫 | 分類 | 015.11.TEP | 記入日 | 2005. 4.14. |