「水仙(Narcissus)の毒性」

対象物 水仙 [日本水仙・黄水仙・房前水仙・喇叭水仙]
成分 リコリン(lycorine)、タゼチン(tazettine)、コンバラトキシン(convallatoxin,強心配糖体)、ガランタミン(galanthamine)、蓚酸カルシウム(calcium oxalate)
一般的性状 ヒガンバナ科スイセン属。学名:Narcissus tazetta。英名:Narcissus。毒性は全草に存在するが、特に根(鱗茎)に多い。卵状球形の球根(鱗茎)から葉と花序を出す。葉は根生し、長さ20-30cm、幅0.8-1.5cmの線形、葉の間から20-40cmの花茎が直立し先端に3-7個の花柄を出し白色の花を横向きに咲かせる。いわゆる房咲きである。花には芳香がある。
毒性

紀元一世紀のディオスコリデスの『薬物誌』には、球根を食べると嘔吐をもよおすの記載が見られる。また、庭のフサザキ水仙を生け花にした56歳の女性は、2日後に顔のかぶれが急激に再発、アレルギーテストの結果、花、葉、茎、球根の全てに陽性反応が見られた。別の66歳の主婦は、原因不明のままステロイドによるアレルギーの治療を継続していたが、他院の診察を受けた結果、フサザキ水仙による過敏症であった。水仙は接触皮膚炎の他に、敏感な者では温室の水仙の匂いを嗅いだだけでかぶれる事例が報告されている。

水仙の毒成分である lycorineとcalcium oxalateは、経口摂取すると吐き気を催すだけでなく、葉や花を切ったときに汁が付けば、蕁麻疹様の皮膚炎を惹起することがある。但し、皮膚炎を惹起するのはフサザキ水仙で、ラッパ水仙や黄水仙等他の種類では反応が出ない。

ヒガンバナ科植物にはヒガンバナの他に水仙、アマリリス、キツネノカミソリ、クンシラン、ハマユウ、スノードロップ等があるが、これらの植物には多種類の有毒なalkaloidが含まれている。ヒガンバナや水仙に含まれているlycorineは、鱗茎に多く含まれている。lycorineには催吐作用があり、経口摂取時の50%-致死量(LD50)はマウスで10.7g/kgとされている。galanthamineとしての毒性データ無し。

tazettine:C18H21NO5=331.26。水仙に含まれる。中毒症状は嘔吐や胃腸炎、下痢、頭痛などが見られる。水仙の葉をニラと、球根部をノビル、タマネギと間違えて誤食し中毒となる。

lycorine:C16H17NO4=287.31。ヒガンバナの鱗茎(石蒜)に含まれるフェナントリジン骨格を持つalkaloid。本品は哺乳動物において、少量摂取で流涎、多量摂取で、エメチン様の下痢、吐き気を惹起するが、その毒性は比較的弱いので、催吐、去痰薬として用いられる。また、かなり強い体温下降作用、抗アメーバ作用も示す。

症状

少量の摂取(2-3g、特に球根は毒性強い)では、短い潜伏期間(30分以内)の後に悪心、嘔吐、下痢、流涎、発汗を生じる。
大量では神経麻痺の可能性があるが、ヒトでは殆どの場合、初期に嘔吐するため、消化器症状程度に止まる。これまでに報告されたヒトでの症状の持続期間は、喇叭水仙では約3時間であった。黄水仙では症状は同じであるが24時間以上持続する可能性がある。
循環器系:頻脈、胸痛、重篤な場合は心停止。
神経系:眩暈、麻痺、脱力感、筋力低下、筋肉痛、振戦、神経炎。
消化器系:悪心、嘔吐、腹痛、下痢、流涎、粘液血性下痢、食道狭窄を起こすこともある。
その他:体液・電解質バランス異常(嘔吐や下痢が酷い場合)。結膜炎、皮膚炎。

処置

家庭で可能な処置
催吐:大量(球根1個以上)の場合。但し、乳幼児の場合は、吐物を気管内に吸い込むことがあるので要注意。
医療機関での処置
水仙葉・彼岸花の鱗茎を少量摂食した場合:対症療法
水仙葉・彼岸花の鱗茎を大量摂食した場合
基本的処置:催吐、吸着剤・下剤の投与
対症療法:嘔吐、下痢による脱水に対する処置(体液・電解質モニター)。特異的な治療や解毒剤・拮抗剤はない。

事例

『スイセンをニラと販売 2人食中毒』

▼青森県県保健衛生課に2007年5月9日までに入った連絡によると、ニラとして売られていたスイセンを食べた女性2人が7日、吐き気や嘔吐(おうと)、下痢の症状を訴えて上十三保健所管内の医療機関を受診した。同保健所は、スイセンの植物性自然毒による食中毒と断定。上北地域県民局は、販売者(十和田市)に対し、9日から3日間の販売行為停止の行政処分を行った。

▼スイセンは、販売者がニラだと思い込んで山から採り、道の駅(十和田市)内の直売所で一束だけニラとして販売した。女性2人は職場の同僚で、4月19日に購入、冷蔵庫で保管し5月7日朝、酢みそあえにして計7人で食べた。十和田保健所が残っていた食品や採取場所を調べたところ、自然毒のあるスイセンであることが判明した。

▼ニラとスイセンは似ており、県内では同様の食中毒が2005年にも発生している。県保健衛生課は「有毒植物を見分けるのは難しい。食用かどうか分からない植物は採ったり、食べたり、あげたりしないように」と呼び掛けている[東奥日報]。

備考

物語に出てくる殺人の道具として、水仙は毒性が弱すぎるため不向きである。ということで水仙を毒として使用する物語は、無いだろうと思っていたところ、実際の事件として誤食による中毒事例が、新聞等で報道されていた。今回の事例は、山に生えていたニラを摘んできて売ってしまったというもので、野菜の取り扱いになれている農家のいってみれば専門家が間違えたということであるが、それほど似ているのか。更に疑問なのはニラというのは野生種が山などに自然に生えているものなのかどうか。

今回の事例は日本水仙の葉をニラと間違えた事例であるが、水仙の球根(鱗茎)を小型の玉葱と間違えて、炒めて食べてしまった例が有名なシャンソン歌手の随筆に書かれているということで、この場合も嘔吐等の中毒症状が見られただけで、命に別状はなかったようである。

水仙の誤食の場合の特徴は、含有成分による催吐作用で、誤食したものを全て吐くことによって重篤化しない事例が多いと考えられていることである。

文献

1)植松 黎:毒草を食べてみた;文春新書,2000
2)海老原昭夫:知っておきたい身近な薬草と毒草;薬事日報社,2003
3)海老原昭夫・編著:知っておきたい毒の知識;薬事日報社,2001
4)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂7版;医薬ジャーナル社,2005
6)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引-必須272種の化学製品と自然毒情報;薬業時報社,1999

調査者 古泉秀夫 分類 015.11.NAR 記入日 2007. 5.27.