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『秋田ぶらり旅』

水曜日, 3月 12th, 2008

鬼城竜生

本当のことをいえば、乗り物に乗るのは体質に合わない。
汽車に乗るという段になると無闇に緊張し、何度も後架に行きたくなる。行ったからといって別に出るわけではないが、出そうな気がするのである。つまり汽車に乗って出たくなったら嫌だなという思いが強迫観念になって、何度も後架に入る嵌めに陥るのである。
大体汽車に乗るという体験は、あまりいい思いがない。大学の休みの度に九州に戻っていたが、猛烈な混雑で、東京駅から門司秋田紀行-001 辺りまで立ちっぱなしという経験もある。勿論、新幹線のない時代で、飛行機などは学生が乗るのは贅沢だと考えられていた時代のことである。
それがどうにか汽車に乗ることが億劫でなくなったのは、労働組合の役員になって、全国組合の宿命から、あちらこちらの会議に出かけるようになった結果である。相変わらず出かける前の儀式は変わらないが、それでも昔に比べれば、儀式の回数は極端に減っている。

ところで2006年10月8日(日)・9日(月)の連休に、青森在住の友人に誘われて、秋田の山奥の温泉に出かけることになった。秋田なら旨い酒があるだろうというのと、山の中の温泉だということで、出かけることにしたが、3連休の後半だったので、新幹線の切符の手配が気になった。何せ指定してきた下車駅が田沢湖駅で、東京発8時28分のこまち7号に乗車しろということであったが、何と全席指定という。

指定券の発売は1カ月前だということで、切符の手配ができるまで、落ち着かない日を過ごしたが、現役時代を含めて、こんな面倒な仕事をしたのは始めてである。しかし、考えてみると、何で1カ月前でなければ販売しないのか。コンピュータ処理が可能な現在、何日前であれ、計画ができた段階での購入を認めれば、つまらない心配しながら待たなくても済むと思うが、早めに発売すると何か不都合があるの秋田紀行-002であろうか。

田沢湖駅から車で乳頭温泉郷にある“孫六温泉”を目指した。その前に時間があるということで、秋田県の角館に寄るということになった。

角館は明暦2年(1656)北家の佐竹義隣が「所預り」として角館を支配した。以降、明治の廃藩に至るまで、11代200年余続くことに なったとされる。北家初代・二代目の妻が京都の公家の出身だったため、京文化も色濃く伝えられ、角館は城下町・宿場町として仙北地方の中心地として栄えたといわれる。角館は、城下の町割り、武家屋敷の姿を最もよく残した町だといわれている。将に町中は昔の武家屋敷がそのまま残っているという佇まいであり、その各屋敷内には歴史をそのまま示す巨木が残されており、垂れ桜の木々は、桜の時期はさぞやと思われるものがあり、街を紹介するポスターを見て、思わず凄いねとつぶやいてしまった。

序でにいえば、この旅の前に、高橋 克彦著・写楽殺人事件(講談社文庫)を読み、その中で「秋田蘭画」で有名な小田野直武がもしかしたら写楽だったのではないかという仮説が述べられており、その秋田蘭画の作者である小田野直武が出た小田野家の分家が武家屋敷に今もある小田野家ということを知って、偉く感動させられた。

「孫六温泉」は乳頭温泉郷の一番奥にある一軒宿で、1902年に先達川の川岸で発見され、明治時代からの湯治場であるとされる。まだカヤぶき屋根の建物も残っている。泉質は無色透明の硫黄臭のするラジウム含有泉である。

「孫六温泉」を上から俯瞰する位置から降りていくが、何しろ見た瞬間に驚いたのは、完全に山小屋もどきだったことである。勿論、室内に冷蔵庫や電話はなく、持参した携帯電話も『圏外』という文字が出たままで、何の反応も示さない。しかし、今時こんな温泉は珍しいのかもしれないが、静かであることが貴重な時代、こういう環境は絶であると評価したい。特別注文のイワナ酒を飲んだが、味の方は御想像にお任せする。

次の日、ちょっと浸かるだけ浸かって行こうと寄ってくれたのが「玉川温泉」である。

玉川温泉」は、他の温泉地や観光地と異なり、療養・静養を目的とした湯治場だとされている。1泊2食付きの旅館部と素泊りが秋田紀行-003 基本の自炊部から構成されているというが、なかなか予約が取れないという話である。また、国立公園の中にあるということと、強酸性の温泉という特殊な環境にあるため、様々な規制がされているというが、驚いたことに、館内には、看護師が常駐している玉川温泉研究会付属診療所が設置され、湯治相談や血圧測定等を行うということである。

玉川温泉」の泉質は、酸性含二酸化炭素・鉄(II)・アルミニウム塩化物泉で、pH 1.2と極めて酸性が強く、遊離塩酸を多く含有しているという。泉源から湧出するお湯は、98℃の熱水で、無色透明、硫化水素臭がある。1カ所からの湧出量は9,000L/分と国内最大の湧出量であるといわれる。更に温泉水や湯華、土砂などに微量の放射性物質が含まれているとされており、特別天然記念物「北投石」(ラジウムを放射)を生成、産出しているということのようである。

玉川温泉」の最大の特徴は岩盤浴で、馴れた方々はタタミ1畳分ぐらいの茣蓙を持参しており、硫化水素等の火山性ガスが吹き出す中、地熱で温かくなっている岩盤の上に茣蓙を敷いて横になっている姿が見られることである。お互いに話している話の内容は、種々の病気の治療後の安心のために来ているということのようである。

つまりそれだけの効果はあるということなのだろう。チョイト浸かって風呂で顔を洗った時に口に入った温泉の味は、何のことはない、甘味を抜いた「塩酸リモナーデ」の味であった。

(2006.11.20.)