医薬品情報管理学[2]
木曜日, 1月 24th, 2008医薬品情報21
古泉秀夫
医薬品の特性 |
1]医薬品の情報量と製品特性
医薬品の情報量は、個々の薬剤によって異なる。基礎実験開始時、0であった情報が、基礎・第I相臨床試験→第II相前期臨床試験・第II相後期臨床試験→第III相臨床試験の各試験段階を経過するにつれて付加され、増大する。
従って、基礎実験の開始から承認申請段階までの時間経過が長期になればなるほど、その薬剤の情報量は増加する。
図3. 開発年数と情報量増大の関係
開発に要する年数と情報量の関係は『年数のx乗』の関係にあるといえるが、実際には計測不能な数値であると考えられる。
また、商品としての医薬品を見た場合
有効性[A]+副作用[B]+無効[C]=医薬品
という関係が成立し、対価として支払われる医薬品費の中には、当初から『副作用』あるいは『無効』も含まれていると考えることが出来る。更に問題なのは A=0・B=0の事例が存在した場合A+B+C=100の事例では、C[無効]=100、つまり全く効果がないという場合もあり、これは服用後でなければ確認出来ないということである。
効果を期待して医薬品の対価を支払いながら、服用者に何の利益ももたらさない商品が存在するということである。更に最悪な場合には、治療目的で服用したにもかかわらず、『副作用』であるBのみが発現し、生命の維持を困難にする事例も存在する。又は副作用の治療に更に医薬品を使用するという矛盾した状況が派生する。
一般に市場に流通する『各種製品』を考えた場合、使用目的以外の結果がでれば、それは明らかに『欠陥商品』であり、使用者から苦情が来ることは当然である。しかし、医薬品については、専門職能の判断が、直接の使用者であり、最終の使用者である『患者の判断』より優先されるという性格を持っており、消費者の意見が直接反映しないという商品特性を持っている。
有効と無効の関係を見る場合、従来であれば、患者側の要因として不明確な部分があり、薬剤の反応式に『個人差』があるのは当然のことであるとされてきたが、治療に対する対価を支払う側-患者側からすれば、その理論は通用しない。更に無効のみならず副作用だけが発現する事例も当然のこととして考えられる。
従って、医薬品を選択する医師あるいは薬剤師は、患者の安全確保に万全の体制を構築し、厚生労働省・製薬企業・病院・保険薬局等がそれぞれの立場から国民の健康保持に努めることが求められており、医薬品に関する情報の整備が必要とされるのである。
医薬品を取扱う専門職能は、常に最終消費者である患者の立場を代弁する位置にあるということを忘れてはならないのである。
その意味で『最小の薬物で最大の効果を上げる方策』を模索することが、医薬品情報管理業務の重要な柱の一つであるとすることが出来る。
2]適正な医薬品情報管理と安全性確保
医薬品の作用には、常に(正)の薬理作用と(負)の薬理作用が混在する。正の薬理作用は『有効性』であり、負の薬理作用は『副作用』として発現する。ただし、正と負の薬理作用の関係は、常に同一の関係を保つということではない。例えば高血圧治療薬として開発された末梢血管拡張剤であるminoxidil(米・Upjohn社)は、経口投与後3?6週間後に、約80%の症例で副作用として多毛が発現したと報告されている。
図4.正・負の薬理作用模式図
開発された末梢血管拡張剤であるminoxidil(米・Upjohn社)は、経口投与後3?6週間後に、約80%の症例で副作用として多毛が発現したと報告されている。
しかし、一方では、これを外用剤として頭皮に塗布することで、円形脱毛症に対する治療薬としての検討がされていたが、現在では毛生え薬として OTC薬としての市販がされている。ただし、外用剤として頭皮に塗布した場合、頭皮からの吸収が見られるとされており、吸収されることによって血圧低下が発現した場合、経口剤での『有効性』が外用剤では副作用ということである。
一般名・商品名 (会社名) |
適応症 | 副作用 | 適用 | 転換適応 | 適用 |
[114]aspirin(各社) | 鎮痛解熱薬 | 血小板機能低下-出血時間延長 | 経口 |
抗血小板作用(少量)-血小板凝集抑制を目的80mg/回/日。 |
経口 |
[124]atropine sulfate |
胃腸の痙攣性疼痛・痙攣性便秘・疝痛・潰瘍性大腸炎 | 散瞳、眼調節障害、緑内障 | 経口・注射 | 診断又は治療を目的とする散瞳と調節麻痺 | 点眼 |
[217]minoxidil |
血管拡張性降圧薬・ |
約80%で多毛(頭部・顔) | 経口 | 育毛剤(米国・男性3200人に使用/1年間-84%に育毛効果確認;皮下血流増大-毛母細胞活性化) | 塗布 |
[252]sildenafil citrate(米・[商]バイアグラ) |
狭心症薬 |
勃起 | 経口 | 性機能障害治療剤(性的興奮による陰茎勃起ではない) | 経口 |
服用する患者にとって、有効性・安全性の両面で評価され『有用性』の高い薬剤が最良の薬剤である。しかし実際には、抗がん剤等の事例でも解るとおり、有効性・安全性の両面で問題とされる薬物が存在することもまた事実である。
この様な薬物の使用に際しては、より高い安全性を確保する意味で、情報の提供を行い、副作用の発現による患者の苦痛を極力抑えるよう努力することが必要である。医薬品情報管理業務に携わる薬剤師は、常に医薬品に関する情報を蒐集し、より効率的で敷衍性のある資料に加工し、日常的に医師・薬剤師等の医療関係者に提供する体制を確立することが必要である。
次に必要とされる資料として現在までに集合加工したものの一部を紹介する。
資料表題 | 内容の概略 |
*光線過敏症を惹起する薬剤 | 光線過敏症を惹起すると報告のある薬剤の一覧と患者に提供すべき情報 |
*手術前後の投与に注意を要する薬剤 | 添付文書上に手術前後における投与中止あるいは休薬期間の一覧 |
*授乳婦に投与可能な薬剤 | 添付文書中の授乳婦への投与に関する記載内容と文献情報の比較及び投与の可否判断 |
*注射薬の配合変化に関する資料 | 注射薬調剤に関連して配合変化試験結果・用時溶解注射薬の安定性・皮内反応実施指摘薬剤一覧 |
*抗コリン作用を有する薬剤 | 薬理作用として抗コリン作用を有する薬剤と緑内障患者への投与可否判断資料 |
ただし、これらの資料を作成する場合、作成者の都合を優先することは避けなければならない。利用する側が常に利用しやすい資料として提示すべきである。しかし、利用者が利用しやすいということは、逆説的にいえば情報を加工する側は、一つの資料を作成する際に膨大な労力を費やすことが求められるということである。
『資料の作成は常に利用者側の利益を優先する』
が、医薬品情報管理を業務として行う際に忘れてはならないことである。
- 古泉秀夫:医薬品情報管理学[2];THPA,44(6): 313-315(1995)