医薬品情報管理学[5]
木曜日, 1月 17th, 2008医薬品情報21
古泉秀夫
添付文書の問題点[1]-副作用表記の不統一性 |
1]computerによる文書管理
医薬品を使用する際、添付文書が重要な情報源であることに異論はない。また、添付文書が『computer』による情報管理を前提として作成されていないことも承知している。しかし一方で、添付文書が電子媒体化され、厚生労働省の手により『internet』上で公開されるという状況に到達していることもまた事実である。
厚生労働省は添付文書の電子媒体化に際し、文書管理方式としてSGML方式を導入したが、添付文書情報をcomputerで管理するという仕組みを確立するための基本的な部分は、未だに改善されないまま放置されている。
computerで文書を管理する際の最大の問題点は、『検索語』の確立ということである。この検索語の確立という視点から添付文書の副作用表記を見た時、現在の添付文書には多くの問題点が存在する。
2]副作用表記の不統一性
例えば必要があって『低カリウム血症』を惹起する医薬品の集合体を作ろうとする。しかし、『低カリウム血症』という『検索語』を設定し、電子媒体化された全添付文書情報を検索したとしても、副作用として低カリウム血症の記載されている全医薬品の集合体を作ることは不可能である。これは添付文書中に書かれている『低カリウム血症』の表記が、統一化されていないため、添付文書の記載内容を同一のものとして認識しないからである。
治療薬マニュアル 1999[高久史麿・他監修;医学書院]を利用し、『低カリウム血症』と同一の意味を持つ用語を全数調査した結果、同義語として次の9 語が捕捉された。
低K血症・血清カリウム低下・血清K低下・血清カリウムの低下・血清K値の低下・血清カリウム値の低下・血清カリウム値低下・血清K値低下・K低下 |
更に『味覚障害』を検索語として、JAPICが電子媒体化した情報源を用いて検索をかけると同時に、日本医薬品集1999年版を用いて全数調査を行った結果、同義語として次の用語が記載されていた。
味覚異常・味覚減退・味覚欠如・味覚消失・味覚症状・味覚喪失・味覚低下・味覚倒錯・味覚鈍麻・味覚不良・味覚変化・無味感・苦味感・口中苦味感・口中の苦味感・口中苦味・口中の苦味 |
『味覚障害』を示す同義語は17語あり、更に電子媒体化された情報の検索結果と図書との間で一致しない結果がでたため、精査したところ『昧覚障害』とする誤転換が見いだされた。たぶん添付文書をOCRを用いて電子媒体化する際に、添付文書上に何等かのゴミが付着しており、『味』を『昧』に誤転換したものと考えられる。
添付文書を電子情報化する意味の一つは、検索語により必要な情報を正確に検索することである。例えば同一の副作用を持つ薬剤の集合体を作成する必要があったとしても、現状では役立たないということである。
添付文書に記載されている副作用は、医師の報告に基づいた表記をそのまま記載するとされているが、そのことが添付文書の副作用の表記を曖昧にし、機械検索に馴染まないとすれば、早急に対応策を講ずるべきである。検索語となる副作用の基本語を定め、それにあわせて添付文書の改訂を行う等の思い切った方策を取るべきである。
ただし、味覚障害の場合、決定すべき検索語は『味覚障害』なのか『味覚異常』なのか。
『味覚障害』では回復不可能な状態を想像させる。しかし、添付文書情報として『味覚異常』とだけ表記されたのでは、患者から「どの様な症状がでるのか」との説明を求められたときに、他の資料を調査しなければ回答できないということになる。従って、『味覚異常(苦味感)』等、具体的な症状の併記をすることにより、添付文書が更に利用価値の高い情報源になるといえる。
光線過敏症・日光性皮膚炎・光線過敏性反応・多形型日光性皮膚炎・日光皮膚炎・光線過敏性皮膚炎 |
『光線過敏症』の同義語は5語あり、『光線過敏症』で機械検索(完全一致)した場合、同義語で記載された薬剤は検索できない。最終的にはマニュアル検索(曖昧検索=目視検索)により添付文書要約情報をまとめた成書を検索する事が必要である。
3]副作用表記の揺れ
1997年6月改訂のハイゼット錠の添付文書中-副作用の項『消化器』では、『ときに嘔吐、下痢、またまれに便秘、腹部不快感、食欲不振、腹痛、腹部膨満感、腹鳴、胸やけ、呑酸、無味感、口内炎』の記載がされている。治療薬マニュアル2000年版でも同様の表記となっており、現在もなお改訂されていないはずである。
この添付文書の表記の何が問題かといえば、『呑酸』とされている部分である。『呑酸』について医学大事典(南山堂)では、『呑酸?囃(ドンサンソウソウ)』という熟語と共に=『胸やけ』と紹介されている。しかし、大辞典では『呑酸』=『おくび』であり、『?囃』については不明である(・=口+曹)。
『おくび』=『?気』=『げっぷ』ということからすれば『呑酸?囃』は『げっぷ』がお囃子の如く騒々しいことということであろうか。更に『げっぷ』は時に『胸やけ』を伴うとされているが、ハイゼット錠の添付文書の表記は“胸やけ”なのか“げっぷ”なのか。“胸やけ”であるとすれば呑酸の前の“胸やけ”の表記はどうするのか、“げっぷ”であるなら、“?気”あるいは“げっぷ”と書くべきで、ここまで調べてなければ理解できない用語を添付文書に残しておくのはどうかということである。最も『げっぷ』あるいは『?気(アイキ)』についても、『?気』の表記では『おくび』と読むことは無理があり、添付文書の表記は『げっぷ』に統一すべきである(・=口+愛)。
更に添付文書によっては『陰萎』とする表記がされており、一方で『インポテンス・インポテンツ』の表記が見られる。しかし、『陰萎= impotence』であり、例えば『インポテンス』を惹起する薬剤の一覧が欲しいといわれたとき、『陰萎・インポテンツ』に気付かなければ、完成度の高い資料の作成は困難である。
少なくとも報告されている副作用の表記の揺れは、気付いた時点で排除すべきである。
4]機械検索への対応を
添付文書を電子媒体化する目的の一つとして、機械検索による情報検索の高速化がある。機械検索の最大の特徴は「完全一致検索」ということであるが、一方で、最大の欠点ともなるのがこの「完全一致検索」なのである。つまり検索語が完全に一致しなければ、情報の集合体の中に必要とする情報が含まれていたとしても検出できないということであり、機械検索の後に印刷媒体を用いて曖昧検索である目視検索を行わなければ精度の高い情報の入手ができないとすれば、電子媒体を利用する効果は半減する。ただ、精度の問題については、情報を作成するヒトの側の人為的な誤りが起こり得るので、常に100%を期待することには無理があるが、より完成度の高い情報源に進化させることは可能である。
患者の服薬指導に際し、『処方薬の入力、登録情報の総覧、必要情報の検索・抽出』等の作業が自動的に行える仕組みが出来上がれば、副作用を回避する情報・健康食品と薬の相互作用等の情報を含めたより高度な情報基盤の構築が可能になるはずである。
その為にも添付文書の用語の整理を図るべきである。特に副作用の表記の統一化は、何等法律等の改正なしにできることではないかと思われるので、厚生労働省が早急に取り組むことを期待したい。
- 古泉秀夫:添付文書の問題点[1]-副作用表記の不統一性;薬事新報,第2133号:1166-1167(2000)
- 南山堂医学大事典;南山堂,1992