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医薬品情報管理学[7]

日曜日, 1月 13th, 2008

医薬品情報21

古泉秀夫

医薬品情報提供媒体の評価

1.人為的失敗は常に存在する

どの様に優れた資料であっても、その作成の各段階で『人間』が係わる限り、常に誤りは存在する。作成する側は、最大限の注意を払い、努力をしたとしても、それでもなお『間違い』から完全に逃れることはできない。つまり『人間』の行動は、常に間違いを侵す危険性の上に成り立っていると考えておくことが必要である。

資料情報の成立を考えた場合

  1. 研究者の研究結果表記上の誤りあるいは文意表現の失敗
  2. 引用文献の誤読・引用時の誤記
  3. 編集者の校正時の見逃し

等の間違いを侵す機会が存在する。更に最近では、電脳の発達による筆記の機械化により、入力時の失敗、文字変換時の機械的失敗等に陥る機会が増えている。またOCRの利用により原文を機械的に変換することが行われているが、機械の精度がよくなるにつれて、人の眼ではつい見逃してしまうような紙本体の塵までが文字と認識され、結果的に誤植となるような事例も見られる。

2.具体的事例

2-1. 添付文書情報をOCRで取込み提供する情報サービス

『味覚障害』 → 『昧覚障害』

の誤植がされていたため、機械検索では異字として認識された例である。
人が眼で校正する場合、何気なく見逃してしまいがちであるが、電脳の精度が上がるにつれ、読取りが困難になる例が生じてくる。電脳を用いて検索を行った場合、これらは異字として認識されるため、検索結果からは脱落する。
従って、電脳で検索する場合、『検索された結果』が全てではないということを常に認識しておかなければならない。検索できないから『無』のでなく、あっても検索できない事例があることを常に頭に入れておくことが必要である。

2-2. 調査結果から誤記・誤植等が判明した事例

*『Burow’s(ブーロヴ液)』についての調査

調査依頼者から添付された資料によると『Burow’s solution: ブーロヴ液(アルブミンの塩基性酢酸塩と氷酢酸の製剤。皮膚の防腐及び収斂薬として用いる)[ステッドマン医学大辞典改訂第3版;メディカルビュー社]。』

しかし、調査の結果Burow’s solutionについては、次の報告がされていた。

Burow’s solution;Aluminum Acetate Solution(USP

本品の処方内容は、次の通り。

  • 塩基性酢酸アルミニウム液……545cc
  • 氷酢酸……………………………………15cc
  • 水………………………………………… 適量
  • 全量………………………………………1000cc

本品100cc中に(CH3COO)3Al:4.8?5.8w/v%を含み、pH4程度。用時10倍に希釈して用いるが刺激が強い。またこのブロー液は次のようにして作ることができる。
酢酸鉛150gを半量の水に溶かし、別に硫酸アルミニウム液87gを半量の水に溶かした後、前者の冷液を後者に攪拌しながら徐々に注加し、混合して1日放置、上清液を1000ccとする。
ブロー氏液にはまた次のような処方がある。

  • 酢酸鉛—–1.5g
  • 明礬——1.5g
  • 水——-適量
  • 全量——1000cc

以上を濾過して使用。
但し、上記処方例は旧処方例であり、6局では「酢酸アルミニウム液 USP」として紹介されている。
酢酸アルミニウム液は100mL中塩基性酢酸アルミニウム[Al(OH)(CH3CO2)2=162.06]7.3?8.3gを含む。塩基性酢酸アルミニウムの溶液は、その製法により組成は必ずしも一定しないので、局方は製法を規定している。本品はもと明礬と鉛糖を混合して作ったブロー氏液の改良品で、鉛を全く含まないため無害である。
本品は無色澄明の液で、酢酸臭と収斂性の甘味を有し酸性である。本品はコロイド溶液であって、チンダル現象を起こす。貯蔵すれば塩基性の多い塩の分離により、混濁し沈殿を生ずる。

  • 処方:0.6%- ブロー氏液
  • 8%-酢酸アルミニウム液(E.T.E)—75mL
  • 滅菌蒸留水——適量
  • 全量——–1000mL

8%-酢酸アルミニウム液(E.T.E)

  • 硫酸アルミニウム——1000g
  • 沈降炭酸カルシウム—–460g
  • 酢酸——1200mL
  • 酒石酸 ——-120g
  • 滅菌蒸留水—-適量
  • 全量—-4600mL

製法:3号グラスフィルターで吸引濾過した蒸留水1000mLを、115℃-30分間の高圧蒸気滅菌し、冷後蒸留水75mLを抜き取り、8%-酢酸アルミニウム液75mLを加えて製する。

8%-酢酸アルミニウム液(E.T.E)

  1. 陶製液量計に蒸留水2700mLを入れ、硫酸アルミニウムをガーゼに包んで吊し、静置して溶解する(約一昼夜)。これをろ過したろ液に蒸留水を加え、蒸留水を加え、比重計を用いて比重を1.152(15℃)に調節する。
  2. 別に沈降炭酸カルシウム460gに蒸留水600mLを加え、乳鉢で研和する。
  3. (2)を(1)に徐々に加え、続いて酢酸1200mLを加えて時々撹拌しながら放置する(3日間)。
  4. (3)の上澄みをろ過し、ろ液に蒸留水を加えて比重1.011?1.048(15℃)に調節し、安定剤として酒石酸120gを加えて調製した液の上澄液をろ紙でろ過する。

貯法:気密容器に入れ、なるべく冷所に貯えなければならない。漸次白色の沈殿物を生ずる。硝子栓の使用は膠着する恐れがある。
薬効:アルミニウムに起因する収斂性を有し、そのため消毒力もある。また創傷面の分泌を抑制し、肉芽発生を促進する。比較的刺激が少ない。
適応:収斂剤、防腐剤で10倍に薄めて咽喉炎の含嗽料、潰瘍面の洗浄用とし、またガーゼに浸して腫瘍等に包帯料とする。
収斂剤として専ら外用として用いる。鼻、耳、膣、子宮などの悪臭分泌物の洗浄剤としては2?15倍の希釈液を用い、また広く炎症性又は水疱性の皮膚疾患に冷罨法剤とする。口腔炎のうがい液としては0.25?0.5%液を用いる。
なお、ステッドマン医学大辞典改訂第3版中に記載されている「アルブミン」は、酸により変性するはずであり、明らかに「アルミニウム」の誤植であると考える。また、出典内容に基づき火傷の専門医に確認したところ、ブロー氏液のことではないかとする見解が得られた。

*ヨードに対するアルコールの影響

『業務に必要な図書を見ていたところ、皮膚消毒に関する記載中にヨード剤とアルコールの併用は不可とする記載がされていた。両剤の併用に問題があるのか。』とする調査依頼である。

「与薬と管理/静脈内注入療法」(大西 和子・他監訳;照林社,1994)の80頁に「ヨード剤を用いた後にアルコールを使ってはいけません。アルコールはヨード剤の効果をなくしてしまうからです」の記載が見られる。
本書は「Susan,J.Hart.,et al:Drug administration/Intravasculartharapy,1992」の翻訳書である。
調査をする際には、本来は原著の確認をすることが基本原則である。しかし、調査依頼の内容から、今回は翻訳書の記載についてのみ検討している。
現在、ヨード剤の主力として使用されているpovidone-iodine(ポビドンヨード)の製品であるイソジン液(明治製菓)の添付文書中に記載されている希釈等液性に関する使用上の注意は下記の通りである。

  1. 深い創傷に使用する場合の希釈液としては生理食塩液か注射用水を用い、水道水や精製水を用いないこと。
  2. 石鹸類は本剤の殺菌作用を弱めるので、石鹸分を洗い落としてから使用すること。
  3. 衣類に付いた場合は水で容易に洗い落とせる。また、チオ硫酸ナトリウム溶液で脱色する。

なお、ヨウ素及びエタノールの揮散性、殺菌作用、局所刺激作用により、主として外用殺菌剤、刺激剤として使用されるヨードチンキは、ヨウ素・ヨウ化カリウムに70v/v%-エタノールを加えたものであるが、本剤の殺菌力については、既に有効性が証明されている。
その意味ではアルコールがヨード剤の効力を無効にするとする記載は誤解を与える記載であるとすることができる。
ヨードチンキは、表皮欠損のない皮膚の殺菌消毒には極めて有用であるとされており、手術野の殺菌消毒目的に使用されるが、その際、短時間放置後、消毒用エタノールでヨウ素を拭い去るとする手技が紹介されている。この方法は、ヨウ素がエタノールに溶解しやすいという性状を利用したものであるが、拭き取るという外的動作を加えない限り、ヨウ素剤の効力を減弱することはないと考える。
その他、手術野消毒時に、povidone-iodine等のヨード剤を使用後、脱色目的で使用されるハイポアルコールがある。ハイポアルコールによるヨウ素の脱色は、両者による化学反応を利用したものであり、水に難溶性のヨウ素を水に可溶性のヨウ化ナトリウムとすることにより着色の除去を図るものである。
従って、殺菌消毒目的でヨード剤を使用した後、直ちにハイポアルコールを使用した場合、ヨード剤の効力は甚だしく低下する。
上記の翻訳書の原著の記載がどのようになっているのかを確認せず、推測で判断することは避けるべきであるが、原著は、単純に「ヨード剤とアルコールの併用で無効になる」とする記載ではなかったのではないかと思われる。

*ブリの優先関係と階層関係(JICST 科学技術用語シソーラス,1993年版)

医薬品情報学入門(南山堂,1993)中で紹介されているシソーラスの引用例で、分類上別種の魚が加えられている。

  • ブリ(ブリ)
    UF ワラサ
    カンパチ
    イナダ
    ハマチ
    BT アジ科
    ・スズキ類
    ・・硬骨魚類
    ・・・魚類
    ・・・・脊椎動物
    ・・・・・動物

*thesaurus:Key wordとして用いられる用語間の階層関係、優先関係(同義語関係)、関連関係を整理し、索引作業や検索の際の効率の向上を図るために編集された辞書。

*UF:Used For:「?の代わりに用いよ」を意味する。
*BT:Broader Term:「上位概念語」を意味する。
*NT:Narrower Term:「下位概念語」を意味する。
*関東:ワカシ(若士)→ イナダ(魚秋)→ ワラサ(稚鰤)→ ブリ(鰤)
*関西:ツバス → ハマチ → メジロ → ブリ

関東で『ハマチ』は『ワラサ(60cm)』クラスの養殖魚を指す。ちなみに『カンパチ』は、分類上別種の魚である。
*『カンパチ』(アジ科):Seriola purpurascens TEMMINCK&SCHLEGEL。ブリよりも側扁度が強く、体高が高い。幼魚では頭頂に黒褐色の八字形の斑紋がある。
*『ブリ』(アジ科):Seriol quinqueradiata TEMMINCK&SCHLEGEL。

ブリの代わりに用いる用語として、カンパチは不適当ではないかと考えられるが、原典を参照していないのでどの段階でカンパチが挿入されたのかは不明である。

その他、「看護婦が情報室に注射筒内の薬液がニトログリセリンか塩酸ドパミンか知りたいといってきた。そこで水薬用のカップに数滴取り二人で味見をした。甘かったのでニトログリセリンということになり、看護婦は直ぐに戻っていきました」とする調査事例が紹介されている。更に『誤解を受けるようなあまり好ましい例ではないが、薬剤師にとっては「物性」に関する極く初歩的な知識で十分対応可能であり、ある意味ではつまらないことのように思われるが、医療の現場ならではの情報活動の見本といえよう』とする記載がされている。
しかし、この調査事例の基本的な問題点は「ラベルのない薬剤(内容不明薬)は使用しない」という薬品管理の鉄則に反しているということである。本来、廃棄させるべきものを2名の官能検査で判断したという点で、甚だしく危険をはらんでいるといわなければならない。更に注射筒に吸引した注射薬を、院内を持ち歩くことによって、細菌汚染の機会を増やしているのではないかと危惧するのである。更に一度看護婦にこのような経験をさせると、次にも同じことをしないという保証はなく、その経験が将来誤薬につながる危険性を内在させているのではないかとの疑念を持つのである。

*写真・図の配置の失敗

編集者が陥りやすい誤りに、写真・図の配置が異なっていることに全く気付かないという事例がある。
中毒学概論-毒の科学-(薬業時報社,1999)では口絵として使用されているカラー写真のうち写真14-(b)オニダルマオコゼ・14-(c)ハナミノカサゴの説明に対し、(b)には『ハナミノカサゴ』が、(c)には『オニダルマオコゼ』が張り付けられている。

3.文献上の誤記・誤植に対する注意

電脳による検索結果の漏れを発見したのは、電脳による『昧覚障害』の検索結果と以前作成した『味覚障害を惹起する薬剤一覧』を突合した結果による。添付文書中に『味覚障害』の記載が、既にされていなければならない薬品名が欠落していたため、薬品名で検索し、添付文書要約情報の全文を確認したところ変換誤記が確認された。

Burow’s solution・ヨードに対するエタノールの影響については、調査する過程で説明不足が確認された事例であり、シソーラスの『ブリ』及び写真の移動の件についていえば、『ブリ』は『ボラ』同様の出世魚であり、『ワカシ』から『ブリ』までの順番について、従前調査した経験から『カンパチ』は異種ではないかと気付き調査した結果である。『ハナミノカサゴ』については、かって『ミノカサゴ』に刺された経験から、二度と掴むことのないよう記憶に留めていた結果である。
注射薬の官能検査利用による判断についていえば、現役の頃、『内容不明な薬剤は患者に一切使用しない』ということを先輩薬剤師から厳しく教育されていた。更にディスポの注射筒に入れたものと推定されるが、アンプルカットにより『無菌状態が解除された注射薬』をあちらこちら持ち歩いた上、患者に使用することの危険性は、臨床経験のある薬剤師なら十分理解できるはずである。

4.常に受信装置の整備を

ヒトは日常生活の中で多くの情報に接している。情報量が多ければ当然忘れていく情報も多いはずである。しかし、『第六感』や『閃き』といわれている部分は、実際には忘れてしまっていた断片的で潜在的な情報が背景にあり、ヒトの受信装置に反応するのではないかと考えている。文献や資料を読んだときに『何かおかしいと感知』するものがあった場合、過去の断片的な情報が反応することを奨めていると考えることもできる。アンテナに何等かの信号が得られた場合、『必ず精査する』という習慣づけをすることが、情報を取り扱う人間としては必要である。


  1. 注解 第六改正日本薬局方;南山堂,1951
  2. 第七改正日本薬局方第一部解説書;廣川書店,1961
  3. 国立病院東京災害医療センター薬剤科・私信,1998.3.19
  4. 国立国際医療センター薬剤部医薬品情報管理室・私信,1998.3.19
  5. 日本病院薬剤師会・編:病院薬局製剤 第4版;薬業時報社,1997
  6. イソジン液添付文書,1996.2.改訂
  7. 第十二改正日本薬局方解説書;廣川書店,1991
  8. 古泉秀夫・代表編:医薬品情報Q&A[1];(株)ミクス,1990