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化学物質による広範囲障害について

木曜日, 1月 3rd, 2008

KW:毒性・中毒・化学物質・森永砒素ミルク事件・慢性ヒ素中毒症・ヒ素ミルク事件・イタイイタイ病・カネミ油症・クロロキン網膜症・解熱剤筋注・抗生物質筋注・筋拘縮症・コラルジル肝障害・サリドマイド胎芽病・非加熱製剤によるエイズ・水俣病

 

Q:森永ヒ素ミルク事件等の化学物質による広範囲にわたる障害事例について

A:化学物質が原因として、不特定多数の国民に障害の発現した事例として、広く知られているものとして、次の事例が挙げられる。

事例名 概要
イタイイタイ病

富山県の神通川下流の一定地域に、第二次世界大戦から1956?1957年頃をピークとして、全身の激しい疼痛を主訴とする患者が多発していることが、地元の荻野昇医師(1916?1990)らによって報告され、いわゆるイタイイタイ病として注目を浴びることになった。本症は、多くは更年期の多産婦が罹患し、最初は腰痛や下肢の筋肉痛が主訴となるが、疼痛は次第に悪化し、その部位も広がり、特有のアヒル様歩行(アヒル歩行)を示すようになる。

軽度の外傷を誘因として肋骨や四肢の骨に多発性の病的骨折を生じ、全身の変形をきたし、寝たきりの状態になる。

この病的骨折の原因として、上流の鉱山から排出されたカドミウム(cadmium)を様々な経路から吸収し、それが腎に貯留し、腎尿細管障害を起こし、カルシウムとリンの尿中排泄の増加が関与しているものとされている。

但し、カドミウム単独中毒説を疑問視する意見もある。

カネミ油症

1968 年ライスオイル(rice oil:米糠油)の製造工程で熱媒体として使用されていたカネクロール400がライスオイル中に混入し、福岡県、長崎県を中心に西日本一帯でこれを摂食したヒトに発生した。ざ瘡様皮疹を主徴とする中毒症である。汚染ライスオイル中にはポリ塩化ビフェニル(polychlorinated biphenyl;PCB)に合わせてPCBの熱変化物であるポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)、ポリ塩化クォータフェニル、ポリ塩化クォータフェニルエーテルが含まれており、カネクロール400の主成分であるPCBとこれらの熱変化物により本中毒症が形成されたと考えられている。

臨床上、顔面、殿部などのざ瘡様皮疹、色素沈着、眼脂過多などが特徴的所見であり、この他全身倦怠感、、四肢のパレステジア、腹痛などを呈する。

また皮膚にメラニン沈着をきたした新生児や低出生体重児の誕生、小児の成長抑制、永久歯の萌出遅延などの影響も認められている。

PCBやPCDFの排泄促進を目的とした絶食療法や吸着剤の経口投与のほか、対症療法として肝庇護薬(解毒薬)や脂質代謝改善薬などの投与が試みられているが、PCBの化学的特性のため、根治は困難である。

クロロキン網膜症

クロロキン製剤を長期間(多くは1年以上)使用することにより起こる網膜障害で、発生頻度は約2%である。初期には黄斑を取り囲むドーナツ型の萎縮病巣 (標的黄斑病巣、Bull’s eye lesion)、中心暗点、輪状暗点が出現し、進行すると網膜全体が粗造となり、動脈も狭細化し、無色素性網膜色素変性症様の眼底像、求心性視野狭窄、色覚・暗順応障害をきたす。

網膜症(retinopathy)は一端発症すると回復し難く、投薬を中止しても進行し続ける例もある。

クロロキン網膜症は社会的に薬害事件として知られている。

医原病の一つ。

解熱剤・抗生物質筋注による筋拘縮症

筋肉が繊維化し、伸展性を失うために生ずる疾患。先天的に部分的あるいは全身的に筋拘縮現象を認めることもあるが、大部分は後天性で、乳児期に注射を受けたために発症する。

筋拘縮現象を発現しやすい薬剤はpHや浸透圧が生体と大きく異なるものが多く、またその注射容量とも関係する。未熟な筋肉内に注射しても筋拘縮を起こしやすい。

注射によって筋拘縮を起こした場合は、注射部位に陥凹を認めたり索状硬結を触れたりする。後天性筋拘縮症の発生部位は、大腿四頭筋、殿筋、肩三角筋が代表的である。

我が国では一部地域に集中多発した事例がある。

コラルジル肝障害

冠拡張剤『コラルジル』による肝障害→長期にわたり服用することにより肝臓・血液等の全身細胞に異常なリン脂質やコラルジルそのものが蓄積し細胞を破壊する。1963年本邦発売。1965年血液学者の間で「泡沫細胞症候群」とする珍しい病気が話題。

1969年頃から肝臓病の分野で「リン脂質脂肪肝」とする新たな病名が報告。

1970年11月動物実験の結果、コラルジルによる副作用に起因する同一疾患であると確認。

サリドマイド胎芽病

サリドマイド剤を含んだ、催眠薬及び胃腸薬を服用した母親から出生した胎児に起こった特徴ある形態形成障害。この薬剤は我が国では 1958年(昭和33年)?1962年(昭和37年)9月まで市場にあった。

薬剤の過敏期は最終月経後34?50日であり、症状は無肢症から母指球筋低形成までの種々の程度の四肢欠損、なかでも海豹肢症(アザラシ肢症)及び無耳症や難聴などの頭部領域の障害を認めるが、内臓などの異常もある。

我が国における患者数は309名で、全世界では7000名と推定されている。

スモン(SMON)

亜急性脊髄視神経ニューロパシー(subacute myelo-optico-neuropathy)の英文の頭文字をとった病名。その本体は整腸薬として使用されたキノホルム(chin-oform)の副作用による中毒性神経障害と考えられている。

1955年頃から各地に発生し始め、1970年にキノホルムの使用が禁止されるまで約1万人が罹患した我が国最大の薬害である。

諸外国からの報告は希である。臨床症状は、下痢・便秘・腹痛などの腹部症状が先行し、引き続き急性あるいは亜急性に下肢にジンジンした耐え難いしびれ感と感覚障害が出現し上行する。

併せて他の脊髄症状(痙性麻痺、腱反射亢進、バビンスキー徴候、膀胱直腸障害)と視神経障害(視力低下、失明)を伴うことが多く、意識障害や痙攣などの脳症状が出現することがある。

主病変は脊髄後根神経節、後索、側索、視神経、末梢神経に及ぶ。

キノホルム使用禁止以後は新規の発生はないが、有効な治療法がないため、今なお多くの患者が後遺症に苦しんでいる。医原病の一つである。

非加熱製剤によるエイズ

AIDS (エイズ):ヒトレトロウイルス(human retrovirus)の一種であるレンチウイルス科(Lentiviridas)のHIV(human immunodefiency virus;ヒト免疫不全ウイルス)感染症の終末像であり、細胞性免疫が荒廃し、種々の日和見感染症や悪性腫瘍、HIV脳症(HIV encephalopathy)が生じてきた病態を指す。現在、HIVにはHIV-1とHIV-2の二種のsubtypeの存在が認知されている。

AIDSは1981年アメリカの男性同性愛者や麻薬常用者に認められる特異な疾患として報告されたが、現在ではSTD(性交渉感染症)として認識されている。

我が国では、1996年血友病患者に投与した輸入非加熱血液製剤中にHIV混入があり、血友病患者の多くにHIV感染が生じる悲劇が生じているが、これは我が国医学界における体質的な問題に起因する部分が多い。

HIV感染の感染経路としては

[1]性交渉

[2]輸血(血液)

[3]血液製剤

[4]妊娠中の母子感染(垂直感染)

等があげられる。

慢性ヒ素中毒症
(ヒ素ミルク事件)

1955 年、乳質安定剤として用いられた第二リン酸ナトリウムに亜ヒ素が混入したことが原因でヒ素ミルク事件が発生し、患者総数約一万人以上、死者130人を出した。症状は経口的には、重篤な胃腸障害(腹痛、嘔吐)と頻脈を伴う。慢性中毒は色素沈着症、角化症、多発性神経炎、気管支肺疾患、末梢循環障害などの症状がでる。

水俣病

1953年~1960年にかけて、熊本県の不知火海水俣湾周辺の住民に発生した。当初、錐体外路症状を主とした原因不明の病気とされていたが、熊本大学研究班によりメチル水銀(methylmercury)による中毒であることが判明した。

工場排水に含まれたメチル水銀が、食物連鎖(food chain)により魚介類中に濃縮され、それを長期間摂食した主に漁民に多発した。

症状ははじめ四肢末端、口周のしびれ感より、表在及び深部知覚異常、求心性視野狭窄、運動失調、言語障害など、いわゆるハンター・ラッセル症候群(Hunter-Russell syndrome)を主症状とする。

急性激症型、慢性強直型はほとんど死亡し、慢性刺激型は重症例が多い。

更に患者は多量にメチル水銀を摂取した母胎より胎盤を通過し胎児に蓄積し、産まれた子供にも脳性小児麻痺様の胎児性水俣病として発生した。

第二水俣病 1964年には新潟県阿賀野川流域においても水俣湾周辺同様なメチル水銀中毒(methylmercury poisoning)が発生しており、これを第二水俣病といっている。

 

[1998.8.24.古泉秀夫]


  1. 南山堂医学大辞典,1998
  2. 曽田 長宗・編:薬害;講談社サイエンティフィク,1981.p.467