『混合診療』

                                                                      魍魎亭主人 

 

弁護士も経験がないとして手を出さなかった混合診療に関する裁判で、厚生労働省を相手にして全くの素人(清郷伸人氏)が、第一回戦で勝ってしまった。驚くべき頑張りというか、執念というか。更に御当人は癌の治療を受けている患者であるということを聞けば、驚異的な意志の強さだといわなければならない。普通、具合が悪ければ、無気力に支配され、闘争心等は持ちようがないと思われるが、それだけでも脅威である。

原則的にいえば、健康保険は、その規定の枠内で診療をすることになっている。従って自由診療との併用は認められず、自由診療を選択すれば全てが自由診療に切り替えられて、診療に係わる経費は全て自費ということになる。

但し、1984年に『特定療養費制度』として高度先進医療、差額ベッド、歯科の選択材料の3種類について差額徴収の導入が認められた。それ以後、政府公認の混合診療(保険外併用療費制度)は増加し、16分野の混合診療が例外的に認められている。つまり厚生労働省が自ら承認した事例については、『保険外併用療法』として実施することが出来るが、それ以外は駄目だということである。

ところで今回の東京地裁の判決で、裁判官は『混合診療について、保険が受け取れないと解釈できる法律上の根拠はない』と判断したと報道されている。確かに法的には、保険診療で受診中の患者が自由診療を選択すると、全てが自費になるという法律は見たことがない。一方、厚生労働省は『基本的な原則は曲げない』として控訴する方針を明らかにしたというが、まあ、厚生労働省としては当然の反応ということだろう。

しかし、正直にいうと、厚生労働省の承認する『保険外併用療費制度』の中味は、金のかかる部分を自費で患者負担させることが目的で、本来保険対応で実施すべきものを弁別しているだけととれないこともない。つまり財源がないから別にしているだけで、財源があれば、差額徴収などする必要は全くないということではないか。その意味では、財源の不足以外に自由診療が存在していることの意味はなく、自由診療と保険診療が混在していても特に問題がないといわれればその通りではないのか。むしろ混合診療を認めることで、全額自費にするよりは、医療の選択の幅が広がるのではないかと思われる。

混合診療を認めることになると、保険診療の基本原則が崩れるとする意見が聞かれるが、歯科診療の部分では、自費診療の部分が多く、とっくの昔に保険診療は崩れかけているといえるが、それによって医療内容の差別化をいう意見はあまり聞かない。その意味でいえば国内で認められていない医療との併用による自由診療の選択は、患者の自己負担を軽減し、医療の選択肢を拡大するということになりはしないか。ただ問題なのは、自由診療部分を限りなく少なくする努力を一方ではしてもらわなければ困るということである。新しい医療が次々に開発されるなか、その取り込みが遅れれば、それこそ自由診療部分は拡大の一途をたどり、保険診療部分は限りなく縮小するということになり、人の命に値段を付けるのかという論議に発展する。

1)読売新聞,第47299号,2007.11.8.
2)読売新聞,第47300号,2007.11.9.

                                                                  (2007.11.18.)