狐の手袋の毒性
月曜日, 12月 10th, 2007対 象物 | キツネノテブクロ(狐の手袋)・ジギタリス。[英] Foxglove、Farycaps。 |
成 分 | Digitalis purpurea Linneの葉は強心配糖体、サポニン、酵素などを含むが、有効成分の強心配糖体はdigitoxin、gitoxin、 gitaloxinで、これらは生薬調整中にpurpurea glucoside A、B、glucogitaloxinから生成したものである。gigoxinは含まれない。その他プレグナン配糖体(diginin、 purpuronin等)、ステロイドサポニン(F-gitonin、desgalactotigonin等)及びフラボノイド(luteolinとその配糖体)を含む。その他リピド、ステロイド、脂肪酸などを含む。 |
一般的性状 | キ ツネノテブクロ属(ジギタリス属)、ごまのはぐさ科 (胡麻葉
草科)。 [学名]Digitalis purpurea Linne(Scrophulariaceae)。属名のままの名で手袋の指の意。西欧及び南欧原産。薬用として栽培する2年草又は多年性草本。有毒部:葉。 本品はジギタリスの葉を60℃以下で乾燥し、葉柄及び主脈を除いて細切したものである。本品は定量するとき、1gにつき8-15ジギタリス単位を含む。本 品は主としてジギタリス末製造原料とされる。本品は弱い臭いがあり、味は極めて苦い。 |
毒性 | 本品の最も主要な作用は心筋に直接働いてその収縮力を増強させることである。これはジギタリス配糖体の筋線維膜Na+、K+-
ATPase 阻害作用に基づくNa+ポンプ抑制効果、細胞内Na+濃度が上昇し、Ca2+の流入を促進することによると考えられている。ジギトキシンは消化管から容易に吸収され、血中の大部分はアルブミンと結合し、腎臓の尿細管における再吸収も大きいので、排泄されにくく、蓄積作用を起こしやすい。 *44歳の男性はジギタリスをコンフリーと間違え、葉を10枚程度採取、1978年10月4日にホウレン草と一緒にジュースにして約180mLを飲んだ。2時間後から吐き気が見られ入院、徐脈、複視、房室ブロックが認められた。脈拍は40/分となり、不整脈が著しく、10月8日に死亡した。 *69歳の女性がコンフリー葉と間違え、ジギタリス葉約10枚を胡麻和えにして食べたところ、2時間半後位に嘔吐、腹痛が起き、2日目意識混濁状態になり、3日目不整脈が著しく、急性心不全で死亡した。 |
症 状 | * 嘔吐が80%に見られる。摂食後数時間で発現するが、中毒の重症度とは関係ないとされる。25%の症例で不安を伴う興奮が見られ、錯乱性の迷走、幻覚が現れ、てんかん様発作を見ることもある。頭痛、筋肉痛、脱力感も見られる。
心筋の種々の部位で障害が起こり、その部位が刺激伝導路上で、下方に位置するほど危険である。刺激伝導障害と自動能の障害が同時発生する場合が殆どである。死亡は65%が心室細動、25%が長時間の無収縮、10%が急性循環不全によるものである。高カリウム血症は重症度を示す重要な因子である。 *過量投与時-徴候・症状:精神状態の変化,悪心・ 嘔吐,徐脈,視力障害,心ブロック,不整脈,低カリウム血症(慢性の過量投与時),高カリウム血症(急性の過量投与時)等があらわれる。 |
処置 | *対症療法:血清カリウム値が5.5mEq/L以上の高カリウム血症の場合、炭酸水素ナトリウム(1mEq/kg) の静注、又はグルコース
(0.5g/kg)+インスリン(0.1unit/kg)療法を用いて細胞内へのカリウム取り込みを促進するか、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(0.5g/kg)を経口投与して排泄を促進する。これらの手段で改善しない場合は、血液透析法を施行する。洞性徐脈や高度房室ブロック及び洞進出ブロックの際は、硫酸アトロピン(0.5-2.0mg)の静注が第一選択なる。心室頻拍、期外収縮、又は二段脈の際は、フェニトイン(5分毎に100mg又は1gを50mg/分以下の速度)や塩酸リドカイン(1.0mg/kgを静注後1-4mg/分静注)を投与する。また硫酸マグネシウム(2gを20分以上かけて静注後1-2g/時を静注)は血中のマグネシウム濃度が正常であってもジギタリス中毒の際の不整脈には有効である。急性ジギタリス中毒の際に致死性不整脈が生じ、抗不整脈薬に反応せず循環動態が保てない場合や心停止の際には経皮的心肺補助法(PCPS)を導入する。 2.連続心電図モニターを行う。digitoxinによる調律異常が疑われた場合には投与を中止する。 |
事 例 | 「ま さか、毒薬ではなかったんだろうな」戻ってきた時の長助の表情から推量して、東吾はいったのだったが、 「いや、毒にもなります。それもかなり強い毒です」 「薬にもなるんだろう」 「わたしの口癖を盗みましたね」 しかし、宗太郎の表情は笑っていなかった。 「あの薬の出所についてすぐ調べてください。死んだ年寄りの他に、あの薬を服用している者はいないか」 「なんなのだ、あれは……」 「持ち込んだのは、まず異人でしょうが、清国経由で入って来ることも考えられなくはありません」 自分は長崎でイギリス人の医者から聞いたことで、その折、実物も見ているのだが、と前おきして宗太郎は紙包みを開いた。黒茶色の粉末が子供の手のひとにぎ りほど入っている。 「なんに効くのだ」と東吾。 「利尿剤ですね。腎臓が悪くなって尿の出がよろしくないような場合に用いるのですが、或る種の心臓の病にも効果がある。但し、連用は危険で、葉柄や葉の主 脈のような部分は用いてはならないといわれています」 |
備考 | 今回は『狐の手袋』と呼称される『ジギタリス葉』を取り上げた。作者は日本の作家の中では、毒使いの上手い作家で、その作品毎に多種多様の毒物を見せてくれるが、各毒物の記述は正確である。なお、現在、国内ではジギタリス葉の主成分であるdigitoxinについては、合成されたdigitoxinの製剤が市販されており、それが専ら使用されているため、医療機関で係わるとすれば、市販製剤の過量投与あるいは誤用による事故ということになるが、巷ではコンフリー葉の誤用としてジギタリス葉が摂取されるという事例が報告されている。しかし、現在ではコンフリー葉の摂食は禁止されており、その意味では今後、誤用は減るのかも知れない。 |
文献 | 1)原色牧野日本植物図鑑 I;北隆館,2003 2)海老原昭夫:知っておきたい身近な薬草と毒草;薬事日報社,2003 3)第十四改正日本薬局方解説書;廣川書店,2001 |
調査者 | 古泉秀夫 | 記 入日 | 2006.8.6. |