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「アリストロキア酸を含有する生薬・漢方薬」

水曜日, 12月 5th, 2007

厚生省発行の「医薬品・医療用具等安全性情報 No.161号」にアリスト ロキア酸に関する情報が収載された。次に一部調査情報を加え提供する。

[1]概要

アリストロキア酸(aristolochic acid)はアリストロキア属(Aristolochia属)の植物に含有される成分で、腎障害を惹起することが知られている。
日本においては、現在、aristolochic acidを含有する生薬・漢方薬は、医薬品として承認許可を受けたものとしては製造・輸入されていないが、aristolochic acidを含む漢方薬の個人使用に由来すると疑われる腎障害が報告されている。
生薬の呼称は国により異なる場合があり、生薬の取扱いについては注意を要す る。

[2]注意を要する生薬

  局方概要 中国生薬概要


/サイシン
本品はウスバサイシン[Asia-sarum sieboldii F.Maekawa]又はケイリンサイシン[Asiasarum heterotropoides F.Maekawa var.mandshuricum F.Maekawa(Aristolochiaceae) ]の根及び根茎。カンアオイ属(Asarum Linn.)の3属の一つ。

[注意]

1):中国からの輸入品は主として全草であり、鑑別を容易にするため、地上部を付けたままで取り引きされるといわれている。従って、この種の輸入品を国内 に出荷するときは、地上部は切除されなければならない。しかし、根と地上部が丸められているものがあり、地上部を除去するのは困難であるが、限度値以下に 調製すべきである。

2)根及び根茎にはaristolochic acidは含まれないが、地上部にはアリストロキア酸(aristolochic acid)が含まれる

成分:精油2?3%:methyl-eugenol、asaryl ketone、pinene、eucarvone、safrol、cineol、l-asarinin、limonene、2,4,5- trimethoxy-1-allyl-benzene、n-pentadecane、elemicin、3,4,5- trimethoxy-toluene、2,3,5-trimethoxy-toluene、(±)car-3-en-2-on-5-ol、(±)- epoxycaran-2-on-3-ol等を含有する。その他、phenyl-propanoid glycoside、(±)-asarinol A、(±)-asarinol Bを含有する。

辛味物質としてperitolin、2E、4E、8Z、10E-N-isobutyl-2,4,8,10-dodecatetraen-amide及び 2E,4E,8Z,10Z-N-isobutyl-2,4,8,10-dodecatetraenamideの不飽和脂肪酸アミドを含み、いわゆる土細辛 と称する生薬中にはこれらの辛味性不飽和脂肪酸アミドは検出されない。抗ヒスタミン活性物質としてmethyl-eugenol、kakuol、 higenamine及びN-isobutyl dodecatetra-enamideが報告されている。

基原:ウマノスズクサ科の植物。遼細辛(リョウサイシン・和名:ケイリンサイシン)あるいは華細 辛(カサイシン・和名:ウスバサイシン)の根付き全草異名・類縁植物:細辛→小辛(ショウシン)、細草(サイソウ)、少辛(ショウシン)、独葉草(ドクヨウソウ)、金盆草(キンボンソウ)、山人参(サンニン ジン)。ウスバサイシン→西細辛(セイサイシン)、白細辛(ハクサイシン)。遼細辛→北細辛(ホクサイシン)。土細辛:杜衡(トコウ)=馬辛(バシン)、 オオカンアオイ→花臉細辛、花葉細辛(カヨウサイシン)、円葉細辛(エンヨウサイシン)、盆草細辛(ボンソウサイシン)→毛細辛(モウサイシン)、双葉細 辛(フタバサイシン・和名:フタバアオイ)、長花細辛(チョウカサイシン)→黄細辛、茨茹葉細辛(シゴヨウサイシン)→召*葉細辛、金耳環(キンジカ ン)。成分

ケイリンサイシンには精油約3%を含む。その主成分は methyleugenolであり、他にsafrol、β-pinene、euca-rvone、phenol性物質等である。

ウスバサイシンは精油2.75%(あるいは1.9%)を含む。その主成分は methyleugeno(約50%を占める)であり、他にasaryl ketone、pinene、euc-arvone、safrol、1,8-cineol、l-asarinin(約0.2%)等である。◆ウスゲ細辛(ウスバ細辛の変種:A.sieboldii var.se-oulensis Nakai及びA.siebo-ldii var.cineoliferum)の精油成分はウスバ細辛に類似している。

双葉細辛の精油はeuca-rvone 6%、borneolあるいはestragol 7%、1,8-cineol 4%、pinene 2%、methyleugenol 15%、safrol 10%、croweacin 10%、elemicin 8%、saishi-none 0.2%、linalool、germa-cra-1(10),4,7(11)-trien-9α-ol、2-methyl-2-vinyl-3- isopropenyl-5-isopropyl-idene-cyclohexanol等を含む。

円葉細辛の全草はflavo-noid配糖体、アミノ酸、糖類及び精油を含む。

木通/モクツ ウ 本品はアケビ[Akebia quinata Decaisne]又はミツバアケビ[Akebia trifoliata Koidazumi(Lardizabalaceae)]の蔓性の茎を、通例、横切したものである。
[注意]
1)中国等ではアリストロキア酸 (aristolochic acid)を含有する関木通が木通として 用いられることがある
2)日本産のAkebia属植物の茎の構造はいずれも近似して区別がつきにくい。市販の木通の中には、しばしば、他種の植物例えばアオツヅラフジ [Cocculus trilo-bus DC.]、オオツヅラフジ[Sino-menium acutum Rehd.et Wi-ls.]とうのMenispermaceae植物の蔓性の茎を混じることがある。
成分:hederagenin及びolea-nolic acidをゲニンとするサポニン(akeboside St)を含む。その水性エキス中に灰分8%を含み、灰分中約30%はカリウム塩である。
基原:アケビ科の植物。白木通(ハクモクツウ)、あるいは三葉木通(サンヨウモクツウ・和名:ミ ツバモクツウ)、木通(モクツウ・和名:アケビ)の木質茎。異名・類縁植物:通草(ツウソウ)、附支(フシ)、丁翁(テイオウ)、丁父(テイフ)、富藤(フクトウ)、王翁(オウオウ)、万年(マンネン)・万年藤 (マンネントウ)、燕覆(エンフク)、烏覆(ウフク)。現在用いられている木通の薬材は主に関木通、川木通、准通(ワイツウ)、白木通の4種である。

白木通[akebia trifoliata(Thunb.)Koidz.var.australis(Diels)Rehd.]:八月瓜籐(ハチガツカトウ)、地海参(ジカイ ジン)ともいわれる。

関木通[Aristolochia mans-huriensis Kom.]。ウマノスズクサ科の植物。木通馬兜鈴(モクツウバトウレイ・和名:キダチウマノスズクサ)の木質。川木通[Clematis armandi Franch.]。キンポウゲ科の植物。小木通、繍球藤(シュウキュウトウ・和名:シロバナノハンショウヅル)の木質茎。

異名:油木通、白木通、山木通、老虎髭(ロウコシュ)、土木通。

成分:アケビの茎にはakeb-osid 11種が含まれるほか、betulene、myo-inositol、ショ糖が含まれている。またカリウム0.254%も含まれている。アケビとミツバア ケビの茎はstig-masterol、β-sitosterol、β-sitosterol-β-D- glycosidを含んでいる。

関木通にはaristolochic aci-d、 oleanolic acid、hedera-genin(mukurosigenin)等を含む。

関木通の同属植物である鉄線蓮状馬兜鈴[Aristolochia clematis L.]にもaristolochic acidが含まれるとされる。

准通[Aristolochia moupi-nensis Franch.]。ウマノスズクサ科の植物。准通馬兜鈴(ワイツウバトウレイ)の蔓又は根。蔓にはβ-sito-sterol、aristolochic acid、magnoflorine(thalictrine)及び酸性成分などを含む。

川木通の成分調査不能。

防已/ボウイ 本品はオオツヅラフジ[Sinome-nium acutum Rehder et Wilson(Menispermaceae)]の蔓性の茎及び根茎である。
[注意]
1)中国等ではaristolochic acid を含有する広防已(和名:シマノハカズラ)が用いられる。
基原:ツヅラフジ科の植物。粉防己(フンボウキ・和名:シマハスノハカズラ;Steph-amia tetrandra S.Moore)。異名:解離(カイリ)、木防己(モクボウキ)及びウマノスズクサ科の植物、広防己、異葉馬兜鈴。シマハスノハカズラの異名として石蟾蜍(セキセンジョ)、山烏亀(サンウキ)、漢防己、倒地共(トウチコウ)、金糸吊鼈(キンシチョウベツ)、白木香。

広防己[Aristolochia fangchi Wu]。ウマノスズクサ科の植物。防己馬兜鈴。成分:粉防己の根にはalka-loidが約1.2%含まれるが、それらはtetrandrine(fan-chinin,hanfangchin A)、fangchinoline(hanfang-chin B,demethyl tetra-ndrine)、一種のphenol性alkaloid、menisine(mufa-ngchin A)、menisidine(mufangchin B)及びcyclanoline(cisamin)などである。粉防己の根には、この他flavonoid配糖体、ph-enol類、有機酸、精油等が含ま れている。

木防己の根にはtrilobine、isotrilobine(homotril-obine)、magnoflorin(tha-lictrine)、 trilobamine、coklobine、menisarine、normenisarine等の多種類のalkaloidが含まれる。

木香/モツコウ 本品はSaussurea lappa Clarke(Compositae)の根である。学名:Aucklandia lappa DecaisneあるいはSaussurea costus(Falc.)Lipschが採用されている。
成分:精油1?2.5%:costunolide及びdehydrocostuslactoneを主成分とし、α-、β- cyclocostun-olide、alantolactone、isoalanto-lactone、isodehydrocostuslac-tone、 isozaluzanin C、12-meth-oxydihydrodehydrocostuslac-tone等のセスキテルペノイドを含む。血管作用物質、抗突然変異性物質として costunolide及びdeh-ydroc-ostuslactoneが報告されている。
[注意]
1)中国等ではaristolochic acidを含有する青木香南木香が木香として使用されるこ とがある。
基原:キク科の植物。雲木香(ウンモッコウ・和名:モッコウ)、越西木香(エッセイモッコウ)、 川木香(センモッコウ)等の根。
異名:蜜香(ミツコウ)、青木香(セイモッコウ)、五香(ゴコウ)、五木香(ゴモッコウ)、南木香(ナンモッコウ)。
木香[Saussurea lappa Cl-arke]
越西木香[Vladimiria de-nticulata Ling]
川木香[Vadimiria souliei(Franch.)Ling]
以上の他同属植物の大里木香[V.edulis(Franch.)Ling]、木里木香[V.mul-iensis(Hand.-Mazz.)Ling]も 薬用として使用される。
成分:雲木香は精油0.3?3%を含み、その成分はaplo-taxene、α-yonone(イオノン)、β-selinene、saussurea lactone、costunolide、cos-tic acid(木香酸)、costol(木香アルコール)、α-cost-ene、β-costene、costusl-actone(コスツラクトン)、 camphene、phellandrene、dehydrocostuslactone、dihydrodehydrocostuslactone等で ある。この他、根にはstigmasterol、betulin、樹脂、inulin及びsaussurine等を含む。葉はtaraxasterolを 含む。
青木香
基原:ウマノスズクサ科の植物。馬兜鈴(和名:ウマノスズクサ及び北馬兜鈴の根。
異名:馬兜鈴根、土青木香、独行根(ドッコウコン)、兜零根(トウレイコン)、独行木香、土木香、青籐根(セイトウコン)、蛇参根(ダジンコン)、百両金 (ヒャクリョウキン)、土麝(ドジャ)、鉄扁担(テツヘンタン)、沙*薬(シャヤク)。
成分:馬兜鈴の根は精油を含み、精油には有効成分であるaristolochic acid A・C、7-methoxyaristolochic acid A、7-hydroxyaristolochic acid及びaristolone、alantine、debilic acid、magnoflorine(thalictrine)等が含まれる。
南木香
基原:ウマノスズクサ科の植物。雲南馬兜鈴の根。雲南馬兜鈴:Aristolochia yunnanensis Franch.
異名:小南木香、土木香、打鼓藤(ダコトウ)、串石藤(カンセキトウ)、白防己(ハクボウキ)、金不換(キンフカン)、藤子暗消(トウシアンショウ)、地 檀香(ジダンコウ)。
馬兜鈴
基原:ウマノスズクサ科の植物。北馬兜鈴(ホクバトウレイ・和名:マルバウマノスズクサ)又は馬兜鈴(和名:ウマノスズクサ)の乾燥した成熟果実。
成分:馬兜鈴の種子は、aristolochic acidと第4級ammoniumalkaloid、magnoflorine(thalictrine)を含む。根にはmagnoflorine (thalictrine)を含む。

注:『召*』は草冠付・『沙*』はやまいだれ付。

[3]まとめ

いずれも日本薬局方に適合する生薬が使用されていれば問題ないが、生薬の呼 称は国により異なる場合があり、諸外国においては日本薬局方に適合しないaristolochic acidを含有する植物を含む製品が流通している。
生薬・漢方の使用に当たっては、aristolochic acidを含む植物の混入がないよう、原材料籐の確認に留意する必要がある。
aristolochic acidに起因する『Chinese herbs nephropathy(CHN);中国ハーブ腎症』について、次の報告がされている。

1993年ベルギーで肥満治療のため漢方薬が投与された患者(女性)に腎機 能障害が多発し、Chinese herbs nephropathy(CHN)であるとする報告がされた[Vanherweghem,JL.et al:Rapidlyprogressive interstitial renal fibrosis in young women:association with slimming regimen including Chinese herbs.Lancet,341:387-391(1993)]。原因物質として漢方薬中のアリストロキア酸(aristolochic acid)が、その原因であるとされた。
我が国では1997年に成人発症のFanconic症候群を報告[田中敬 雄・他:関西地方におけるChinese herbs nephropathyの多発状況について;日腎誌,39:438-440(1997)]し、その原因として服用漢方薬「当帰四逆加呉茱萸生姜湯」からア リストロキア酸を同定した。この事例が関西地方で多発していることに憂慮し、社団法人日本腎臓学会では、「薬剤有害事象報告」として学会誌に公告している [社団法人日本腎臓学会:薬剤有害事象報告;日腎誌,39:vi,(1997)]。また、同時期アトピー性皮膚炎に悩む患者が種々雑多な茶葉で構成された 健康食品を摂取し、腎機能低下を来した症例を報告[田中敬雄・他:症例 急速な腎機能低下をきたした民間療法によるChinese herbs nephropathy;日腎誌,39(8):794-797(1997)]し、健康食品に「関木通」含まれ、分析の結果同じくアリストロキア酸を検出し た。この他に国外でも15例で、CHNの自然経過、移植後の経過等に関するまとまった報告がある [Reginster F,et al:Chinese herbs nephropathy presentation,natural history and fate after transplantation.;Nephrol Dial Transplantation,12:81-86(1997)]。

CHNの臨床症状としては、

1)低比重、低分子量蛋白尿
2)重篤な貧血
3)大動脈弁閉鎖不全
4)軽度の高血圧
5)尿糖、無菌性白血球尿
6)左右腎の大きさ不均等
7)摂取中止後も急速な腎機能悪化
8)多くは血液透析に至る
9)尿路系の悪性腫瘍を伴うことがある
10)移植した患者では再発を見ていない
等が記載されている。

なお、aristolochic acid(アリストロキア酸)の毒性について、次の報告がされている。

関木通中のaristolochic acidの毒性として、マウスに本品を静脈注射した場合の致死量は、60mg/kgである。
ラットに1日2.5mg/kgを腹腔内注射するか、5・10mg/kgを経 口投与した場合、30日後も死亡せず、体重増加は対照群と同様であった。
ウサギに0.5・1・1.5mg/kgの腹腔内注射を毎日行い、15日経過 すると全身抑制・食欲減退及び虚脱状態を示した。1.5mg/kgを投与した群は3日目から9日目にかけて死亡するか、衰弱及び著しい体重の減少が見られ た。
最大許容量でもマウス、ラット、ウサギの末梢血管の血液像に特に影響は見ら れない。中毒量に達すると動物の内臓に毛細血管の病変が発生し、出血性梗塞形成及び水腫ができ、腎臓は普遍的に破壊される。この症状は腎小管壊死性ネフ ローゼに属する。

上表を見ると関木通のみならずウマノスズクサ科に属する植物では、 aristolochic acid(アリストロキア酸)の存在が記されている。健康食品として摂取する場合、原料中にこれらの植物の存在が確認されるものについては、摂取を回避す ることが無難である。

1)医薬品・医療用具等安全性情報 No.161,2000.7.(厚生省医薬安全局)
2)第十三改正日本薬局方解説書;広川書店,1996
3)上海科学技術出版社・編:中薬大辞典;小学館,1998
4)浜口欣一のweb病理学;http: //plaza20.mbn.or.jp,2000.7.28.

[2000.7.28.古泉秀夫]

鴆(チン)の毒性

水曜日, 12月 5th, 2007
対象物 鴆 毒(チンドク)
成分 不明あるいは蛇毒
一般的性状

『鴆』という鳥は過去に実在していたのか、あるいは王侯貴族の世界で用いられていた毒殺用の毒を婉曲に『鴆』という呼称で曖昧に表現していたのか。その辺は何ともいえないが、石の下に隠れた蛇を捕るのに、糞をかけると石が砕けた等という話しをきくと、白髪三千丈の世界かと思えてくる。しかし、文字として、次の言葉が存在する。
『火扁に鳥』は『鴆』の俗字。一種の毒鳥。その雄を『運日』という。その雌を『陰諧』いう。故に鳥をかく。その羽を酒に浸して飲めば死すという。転じてそ
の酒又は酒にて毒殺する義とす。
鴆肉:毒鳥の肉。
鴆毒:鴆という鳥の毒。
鴆殺:鴆毒を飲ませて、殺すこと。鴆酒:鴆毒を混じたる毒酒。
鴆媒:讒言(ざんげん)をいう。
更に『鴆』について、次の報告がされている。
鴆鳥画像毒薬の歴史は古い。中国では紀元前から知られており、羽毛に猛毒のある鳥が用いられ、名を鴆(チン)といい、かつて揚子江以南に生息していたという。しかし唐代になると政府も存在を認めず、659年の『新修本草』からは「有名無用」の項に入れられてしまう。それで伝説化され、『山海経』の珍奇な動物同様、空想上の毒鳥とも考えられていた。
鴆鳥の毒性は紀元前の『国語』『韓非子』『史記』などに記述があり、漢代字書の『説文』や『爾雅』にも掲載されている。また鴆酒・鴆醴・鴆毒・酖という、羽毛を漬けた酒による毒殺記録は『漢書』『後漢書』『晋書』に数多い。さらに『漢書』の注が引く後漢の応劭は「黒身赤目」といい、陸機・郭璞らの三世紀一流の文人も鴆烏の毒に言及する。『晋書』には、東晋の穆帝が358年3月に生鳥を献上され、激怒して焼き殺した記録もある。
医薬書の初出は、二世紀頃の『神農本草経』で、犀角条に鴆羽の毒性を記す。五世紀末以前成立の『名医別録』から本草の正条品となり、「鳩鳥毛。大毒あり。五蔵に入れば爛して人を殺す。その口は蝮蛇の毒を殺(け)す」と記載されている。後500年頃の陶弘景『本草集注』はこれに形状・生息地・別名・毒性等の注を加えたが、多くは伝聞に基づいているらしい。610年の『諸病源候論』も毒薬として鴆羽等を挙げるが、記載は『本草集注』の範囲を出ない。そして659年の『新修本草』以降、ついに本草の正条品から除外され、存否不詳の鳥となってしまった。
最近、ニューギニアに生息する鳥に、毒鳥がいることが明らかになり、この鳥も羽毛に毒性が強い点などから、鴆鳥も実在していたのではないかと考えられる。ニューギニアのジャングルに棲み、鳴き声からPitohui(モリモズ)属と命名された鳥が報告されたのは1830年のことであるが、シカゴ大のJohn Dumbacherらが偶然その羽に中毒し、毒性に気付いたのは1990年のことである。彼らは鳥類で初めて発見された毒性物質の研究を、『サイエンス』の1992年10月30日号に報告し、その表紙に毒鳥の写真が採用された。

毒性

毒性最強の鳥は、ズグロモリモズ(Pitohui dic-hrous)で、その皮膚 10mgの抽出エキスをマウスに皮下注射すると、痙攣して18-19分で死亡。羽毛25mgのエキスでも15-19分で死に致る。この毒性は骨格筋も示すが、心肝胃腸等には認められていない。毒性の強いPitohui dichrousに擬態す るカワリモリモズ(P. kihocephalus)は、皮膚20mg相当のエキスで16-18分、羽毛50mg相当のエキスでは19-27で、マウスを痙攣ののち死亡させる。しかし胸の筋肉と心肝胃は毒性を示さない。また同属のサビイロモリモズ(P. ferrugineus)も、皮膚40mg相当エキスの皮下投与で30分-40分後にマウスを死亡させるが、羽毛と胸の筋肉に毒性は認められていない。
■Pitohui dichrousは、ヒトに対して一羽で重篤な毒性を十分に示すだろうという。分析の結果、これら毒性の主成分はステロイド系alkaloidの神経毒、ホモバトラコトキシンと確定された。動物実験でマウスにホモバトラコトキシン3μg/kgで投与マウス群の半数が死亡する。これとモリモズ属各鳥の毒性試験から類推して、ホモバトラコトキシンは65gのズグロモリモズで皮膚に15-20μg、羽毛に2-3μgが含まれる。85-95gのカワリモリモズでは、皮膚に6-10μg、100gののサビイロモリモズでは皮膚に1-2μgが含有されると概算された。しかもホモバトラコトキシン(homobatrachtoxine)及び同類毒のバトラコトキシン (batrachtoxine)はコロンビア産のカエル(Phyllobatesaurotaeniaなど)にもあり、皮膚の汁は矢の毒に利用されている。
batrachtoxine:ネズミLD50(皮下)2μg/kg、現在知られている毒物の中で最も強 く、ボツリヌス毒素に匹敵する。低分子量の毒で、半数致死量は僅か0.002mgで、神経膜にあるナトリウムチャンネルが閉じるのを妨げ、神経や筋肉の機能を停止させる。脂溶性。

homobatrachtoxine:ネズミLD50(皮下)3μg/kg。
■Pitohui dichrousを捕捉したとき噛まれた傷口をなめたとこ ろ、口内が痛み、痺れが発現した。更に羽毛を舌にのせたところ、クシャミが出て、口と鼻の粘膜に麻痺と灼熱感を即座に覚えたという。

症状 『鴆』に起因する具体的な症状は報告されていない。
処置 『鴆』に起因する症状に対する具体的な治療法は報告されていない。
事例

翌日、幻之介は禁裏附きの越水重三郎に聞いて室町の医師杉岡尚庵を訪ねた。尚庵は町医者であったが、若い頃から各種の毒の研究を行っており、毒物に詳しいと聞いたからである。
尚庵は陽の光がさんさんと降り注ぐ庭に面した座敷で幻之介を迎えた。歳の頃は還暦を超えたと思われる老人で眉も顎の鬚もすっかり白いものに変わっている。
「毒ということですが、どんなお訊ねなんでしょうか?」
尚庵は茶を勧めると、やわらかい言葉で訊ねてきた。
「鴆毒のことです。猛毒と聞きました。どんな毒なのかお聞きしたいと思いまして」
尚庵の面に微かな笑みの混ざった悪戯っぽい表情が浮かんだ。「祝さまと申されるか。本気で鴆毒のことを信じておるんですか?」
「と申されると?」
「そんなものはこの世にありません。あれは迷信でしてな。宮廷で陰謀に使われる毒というと、昔から鴆毒を上げますが、でも、実際その鴆毒を見た者はおまへん」
………………
「自分の調べたところによりますと、鴆毒というのは鴆という鳥の羽根をもぎ、何日も水にひたしておいて、その底に沈んだものから取るとあります。でも、そのもととなる肝心の鴆という鳥がよう分からんのですわ」
………………
「そうですな。烏頭に翁草やらなんやらを加えて七日ほどぐつぐつ煮て毒を作る方法がありましてな。これは猛毒でおます。例えば指先についたごくわずかなものを舐めても、えらいことになります。むろん、下血に黒い血が混ざることもありますな。で、どなたはんが?」[庄司圭太:闇の鴆毒-花奉行幻之介始末;集英社文庫,2001]。

備考 『鴆』 についてはあくまで仮想毒であり、具体的な症状等は、想定困難である。参照としてPitohui dichrousの事例を紹介したが、毒物の性状が全く同一であるとする保証はない。
文献

1) 上田万年・他編纂:大字典;講談社,1965
2)真柳 誠:目で見る漢方史料館(59)-伝説の鴆鳥と世界初発見の毒鳥;漢方の臨床,40(2):(1993)
3)http://www.joy.hi-ho.ne.jp/tukihara/poison/0020.htm,2004.8.9.
4)http://www.hum.ibaraki.ac.jp/chu-bun/mayanagi.html,2004.8.9.
5)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,19996)大木幸介:毒物雑学事典;講談社ブルーバックス,1999
7)内藤裕史:中毒百科 改訂第2版;南江堂,2001

調査者 古泉秀夫 記入日 2004.8.12.