金曜日, 11月 30th, 2007
対象物 |
にがり(bittern) |
成分 |
ニガリ100g中 MgSO4(硫酸マグネシウム):5.2-8.8g MgBr2(臭化マグネシウム):0.5-0.3g MgCl2(塩化マグネシウム):10-23gKCl(塩化カリウム):2-3g NaCl(塩化ナトリウム):0.1-10g 全塩類:27-34g。 微量成分としてCu、Zn、Pb、Al、Fe、Mn、Mo、Bなどが0.06-2.2mgL-1 の桁で存在する。
|
一般的性状 |
別名:苦汁、苦塩。 天然の苦汁は、海水を濃縮して食塩を晶出した後の苦味を持つ残液である。成分としてマグネシウム塩を多く含み、苦味を持つので苦汁の名前がある。製塩の副産物で、食塩1t当たり360-500Lのニガリが出来る。ニガリの組成は食塩を晶出させるときの温度(15-32℃)により著しく影響を受け、また晶出時の濃度、比重、貯蔵期間によっても異なるがマグネシウム塩、臭素、カリウム塩等の製造原料や豆腐製造の際の豆乳の凝固剤として用いられる。
■硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):局・食添収載。抗痙攣、寫下薬。無色-白色の結晶。水又はグリセリンに溶け易く、エタノールにはやや溶け難い。苦味、清涼味及び塩味。 内服で腸管から吸収され難く、腸管の水分吸収を阻害するため中毒、急性腸炎、駆虫薬内服後などに下剤として用いる。またテタニー、破傷風などの痙攣に皮下・静脈投与する。食品では、水硬化剤、醗酵助成剤などに用いる。少量のマグネシウムは普通胃腸管より吸収される。マグネシウムの腸管からの吸収率は20 -40%程度で、残りは糞便中に排泄される。吸収されたマグネシウムは速やかに血中に移行し、血清中では約80%がイオン形である。通常1回8g、1日 15g(緩下薬)。 ■臭化マグネシウム(magnesium bromide):潮解性で水に易溶。 ■塩化マグネシウム(magnesium chloride):食添収載。無色-白色結晶、塊、粒又は片。食品製造用剤として、豆腐の凝固剤、清酒製造時の無機塩の補給源、醗酵補助剤として用いられる。塩化マグネシウムを苦汁とする報告もある。 ■塩化カリウム(potassium chloride):局・食添収載。無色又は白色の結晶あるいは結晶性の粉末で、無臭、味は塩辛い。水に溶け易く、エタノールに殆ど溶けない。医薬品、工業原料、肥料に用いる。カリウム補給薬。カリウム欠乏に対しカリウムを補う目的で用いられる。リンゲル液の構成成分である。また利尿薬として用いられる。 食品では、調味料として各種食品その他家庭用塩味料、スポーツドリンクなどに使用される。 ■塩化ナトリウム(sodium chloride):食塩。局・食添収載。無色又は白色の結晶。味は塩辛く、水に溶ける。生体内に普遍的に存在する無機質で、主として細胞体外液にあって体液浸透圧維持の主体をなす。0.9%水溶液は温血動物体液と等張である。吸収:経口、直腸、皮下投与でも速やかに吸収。排泄:90-95%が尿中に排泄。
|
毒性 |
■苦汁(bittern):天然苦汁について、総体としての毒性は報告されていない。配合成分は100を超えるとされているが、その詳細は不明のため、代表的 成分とされる成分の毒性について調査した。なお、magnesiumの過量は中枢抑制、心筋及び骨格筋の興奮伝導の障害を来し、昏睡に陥るとする報告がある。 ■硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):急性毒性LD50(イヌ)静注・脊椎腔0.5-1.0g/kg。内服又は直腸内適用によって稀ではあるが中毒を惹起し、死に至ることもある。腎障害者の経口致死量:30g。過用量は嘔吐と腹痛を起こし、水様下痢を伴うことがある。 ■臭化マグネシウム(magnesium bromide):具体的な報告例なし。 ■塩化マグネシウム(magnesium chloride):大量に服用すると下痢を起こす。苦汁中に20-30%の本品が含まれている。 ■塩化カリウム(potassium chloride):急性毒性LD50(ラット)経口3.02g/kg、亜急性毒性(イヌ、経口1日5-10mmol/kg)異常なし。慢性毒性(ラット、経口2.5%KCl液)15-30日間投与で副腎皮質における進行性肥大や機能亢進を生ずる。 ■塩化ナトリウム(sodium chloride):ヒト推定致死量:0.5-5g/kg(1-3g/kg)。致死的ナトリウム血中濃度:185mEq/L以上。中毒症状発現量:0.5 -1g/kg(成人:30g=茶匙1.5-2杯)。中枢神経症状発現ナトリウム血中濃度:150-160mEq/L。
|
症状 |
■硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):硫酸マグネシウム約200gを摂取後、意識不明。体温低下、蒼白、うとうと状態で入院。浣腸による吸収例で、口渇、昏睡と呼吸麻痺を起こすことがあり、ついで弛緩麻痺、低血圧と呼吸麻痺が起こる。新生女児が硫酸マグネシウム50g/100mL水溶液浣腸、90分後に呼吸停止、2日後に死亡した例で、脳浮腫と多くの脳領域の出血性壊死が死後解剖で見られた。magnesium主症状:低血圧、不整脈、脱力、呼吸抑制。 ■臭化マグネシウム(magnesium bromide):具体的報告例なし。 ■塩化マグネシウム(magnesium chloride):magnesium主症状:低血圧、不整脈、脱力、呼吸抑制。 ■塩化カリウム(potassium chloride):通常、悪心、嘔吐、下痢、代謝性アシドーシス、心拍不整を起こす。消化管粘膜に対する局所作用は潰瘍形成、狭窄、穿孔などがある。一過性の心停止が見られる。■塩化ナトリウム(sodium chloride):症状は数時間以内に発現。嘔吐、下痢、口渇、頭痛、発熱。呼吸器系(過呼吸。体内水分の貯留によって肺水腫を来たし、呼吸停止に至る)、循環器系(頻脈、低血圧、後に脳浮腫、末梢の浮腫を来す)、神経系(興奮、眩暈、痙攣、昏睡)、その他(尿細管壊死による腎障害)。
|
処置 |
■硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):人工呼吸、10%-グルコン酸カルシウム(10mL)を緩徐に静注。又は1%-塩化カルシウムを注意深く、緩徐に静注する。フィゾスチグミン2mgの皮下注射、保温、多量の液体を経口摂取させる。magnesium治療:心電図モニターし、10%-グルコン酸カルシウム0.2-0.5mL/kgを投与、血液透析が有効。 ■臭化マグネシウム(magnesium bromide):臭化マグネシウムに対する処置方法については不明。
■塩化マグネシウム(magnesium chloride):magnesium治療:心電図モニターし、10%-グルコン酸カルシウム0.2-0.5mL/kgを投与、血液透析が有効。 ■塩化カリウム(potassium chloride):1時間以内に胃洗浄。重炭酸ナトリウムで代謝性アシドーシスの是正。グルコン酸カルシウムの静注で心停止の予防。デキストロースの点滴、腎機能低下には利尿剤あるいは透析。 ■塩化ナトリウム(sodium chloride):?催吐(摂取後30分-2時間以内は有効)、?12時間以内であれば、5%-dextrose静注による排泄促進。?血中のナトリウム濃度の上昇を防ぎ、痙攣、低血圧、ショック対策。活性炭には吸着しないので無効。小児には腹膜透析が有効。
|
事例 |
□神奈川県相模湖町の知的障害者更生施設「県立津久井やまゆり園」(新井昌明園長)で、入所者の女性(56)が職員から誤ってにがりの原液を飲まされた後、意識不明の重体になっていることが29日、わかった。県によると、同園では便秘症状の改善のため、女性ににがりの原液を2.5%に薄めて毎朝飲ませていた。 26日午前6時ごろ、女性職員がにがり液を飲ませたところ、ぐったりとしたため病院に搬送したが、自発呼吸が止まり、意識不明となった。 女性職員が、冷蔵庫に入っていたにがりの原液と、水で薄めたにがり水を取り違えたらしい [読売新聞,45984号,2004.3.30.]。2.5%稀釈液と思い込み、40倍濃度の原液200ccを飲ませた。 [毎日新聞,2004.3.29.]。海水から作るにがりを誤飲。脳幹部梗塞の診断 [共同通信,2004.3.29.] 。 □神奈川県相模原市相模湖町の知的障害者施設「県立津久井やまゆり園」で2004年、入所女性に誤って高濃度の「にがり原液」を飲ませて死亡させたとして、津久井署は20日、当時の女性職員を業務上過失致死の疑いで横浜地検に書類送検した。調べによると、職員は2004年3月26日、同施設で便秘解消のため、女性に「にがり希釈液」200mLを飲ませる際、誤ってほぼ同量の原液を飲ませ、高マグネシウム血症が原因の低酸素脳症で約1カ月後に死亡させた疑い。職員は冷蔵庫にあった原液を間違えて飲ませたという[読売新聞,第47038号, 2007.2.20.]。
|
備考 |
いわゆる『健康食品』を、個人の意志で購入して摂取することについて、第三者が異論を差し挟む筋合いはない。しかし、苦汁の場合は、含有する成分は医薬品として使用されているものであり、素人判断で第三者が飲用を勧めていたとすれば問題である。更に飲用の目的が便秘改善ということであれば、それは医療行為であり、医師の診断を得て、医師の処方に基づいて対応すべきである。苦汁については、テレビの娯楽健康番組が、苦汁痩身法などとにぎにぎしく取り上げているが、だからといって安全性が保証されているわけではないので、飲用に際しては注意が必要である。
|
文献 |
1)志田正二・代表編:化学辞典,森北出版株式会社,1999 2)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990 3)古泉秀夫・編著:健康食品Q&A;じほう,2003 4)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 5)白川 充・他共訳:薬物中毒必携;医歯薬出版株式会社,1989 6)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,20047)大阪府病院薬剤師会・編:全訂医薬品要覧;薬業時報社,1984
|
調査者 |
古泉秀夫 |
記入日 |
2004.4.8.・2007.2.21.改訂 |
Posted in 臨床医薬品情報データ | No Comments »
金曜日, 11月 30th, 2007
対象物 |
はしりどころ(走野老) |
成分 |
硫酸アトロピン、臭化水素スコポラミンの原料とする。 ロート根は、毒性の強いトロパンアルカロイド約0.2%を含み、その主成分はヒヨスチアミン(hyoscyamine)、アトロピン(atropine)で、その他ノルヒヨスチアミン、ノルアトロピン、スコポラミン(scopolamine)などが含まれている。
|
一般的性状 |
■Scopolia japonica Maxim.ナス科(Solanaceae)はしりどころ属の多年草。葉は互生、長楕円形で全辺。早春、葉先に紫褐色鐘状の花を単生する。各地の林下・渓側の半陰地に生じ、全草有毒。根茎をロート根、葉をロート葉といい、鎮痛薬とする。本州、四国、九州に分布する。
■薬用部分:根茎と根[莨宕根<ロウトウコン>、ロートコン(局)]。
■薬効と薬理:ロート根は局方に収載されており、ロートエキス又は硫酸アトロピンの原料になる。ロートエキスは消化液分泌抑制、鎮痙作用があり、胃酸過多、胃痛、胃・十二指腸潰瘍などに内服される。
■別名:オキメグサ、ユキワリソウ、 莨宕(漢名)
■ハシリドコロは全草、特に根茎に有毒成分が多く、誤って食べると興奮、狂躁状態を引き起こし、 遂に昏睡して死に至る。ただし、植物中のalkaloid含量は、生育条件や時期によって異なるので、摂取量と症状を関連付けることは難しい。
|
毒性 |
◆根茎にl-ヒヨスチアミンを主とするアルカロイド約0.3%、葉に約0.15-0.4%含有する(ヒヨスチアミンのラセミ体がアトロピンで、アトロピンの抗ムスカリン作用はl-ヒヨスチアミンの約50%である)。*スコポラミン:経口中毒量 3-5mg、*アトロピン:経口推定致死量 小児:10-20mg、成人:約100mg。マウス(経口)LD50:548mg/kg*ただし、小児では10mg以下の致死例もあり、成人では1gの服用でも回復例あり。
◆ハシリドコロの全草のアトロピン含有量は1.58mg、スコポラミンは0.33mgで推定摂取量9.6mg(5株)では口渇、まぶしがり、顔面紅潮、幻覚、意識障害、推定摂取量2.9mg(1.5株)では口渇、まぶしがり、顔面紅潮、推定摂取量1.9mg(葉1枚)では口渇。ネオスチグミンを投与したところ6時間後に、幻覚症状、意識レベルは改善した。
|
症状 |
◆経口:30分程度で口渇が発現し、体のふらつき、嘔気、倦怠感、眠気、散瞳、遠近調節力や対光反射の消失(羞明感や眼のちらつき)。発汗が抑制され、皮膚が乾燥し、熱感を持つ。特に小児の場合には、顔面、首、上半身の皮膚の紅潮を見る。また体温が上昇する。やがて興奮が始まり、痙攣、錯乱、幻覚、活動亢進などが見られる。重篤な場合には、昏睡から死に至る。血圧上昇、頻脈が見られるが、末期には血圧低下、呼吸麻痺を来す。
◆眼:ハシリドコロに触れた手で眼をこすると、瞳孔が開き、眩しくて眼が開けられなくなるときがある。
|
処置 |
◆分布容量が強く、肝による代謝と尿への排泄が速いため、血液透析や腹膜灌流は有効ではない。 ◆基本的措置:消化管の蠕動が抑制されるため、摂取後24時間以内であれば、催吐、胃洗浄、活性炭と下剤の投与。 拮抗剤:フィゾスチグミン(国内未発売-院内製剤)2mgを緩徐に静注。必要であれば20分程度経過後に1-2mg追加。小児では0.5mgを使う。 ◆対症療法:膀胱の弛緩性麻痺が起こるため、尿閉となり、しばしば導尿の必要がある。 硫酸アトロピン:皮膚、粘膜、腸管から速やかに吸収されるが、胃からは吸収されない。Tmax:1時間、T1/2:13-38時間、蛋白結合率:50%、排泄:尿中85-90%/24時間。
|
事例 |
「これは大久保様、よいところに………」 吉川夫婦から責められて困っていたといった。 「森山家の奥方が、はしりどころの毒に当たったと、手前が申したのを撤回せよと申されるのです。」 おいまが金切り声を上げた。 「わたしが持って参りましたのは、蕗の薹でございます。はしりどころなどではございません」 新八郎が、その場にそぐわない、のどかな調子で訊いた。 「はしりどころ、とは、なんです」[平岩弓枝:はやぶさ新八御用帳(六)春月の雛-冬の蛙;講談社文庫,1997]
|
備考 |
山菜と間違えて誤食し、中毒症状が出た場合、走り回るということではしりどころの名前が付いているようであるが、国語辞典で引いた所、はしりどころとする見出し語は見当たらなかったが [三省堂・新解明国語事典第五版、新潮現代国語辞典第二版]、引き方が悪いのか国語辞典に収載するほどの言葉ではないのか。はしりどころの漢名の莨宕(宕は草冠)については、『1826年(文政9年)に土生玄碩(ハブゲンセキ)が、将軍家から拝領した葵の紋服と引き替えにシーボルトから教えてもらった開腫薬がこれだったというのは有名な話し』とされているが、莨宕でも国語辞典では検索できなかった。世間一般に知られているが、辞典には拾い上げられていないという言葉は幾らでもあるのだろうが、毒草としてよく知られている植物だと思っていただけに以外。 |
文献 |
1)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990 2)大塚恭男:東西生薬考;創元社,1993 3)松本 黎:毒草の誘惑;講談社,1997 4)三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;北隆館,1988 5)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 6)西 勝英・監修:薬・薬物中毒救急マニュアル改訂6版;医薬ジャーナル社,2001 7)内藤裕史:中毒百科 改訂第2版;南江堂,2001
|
Posted in 臨床医薬品情報データ | No Comments »