「キャベツの成分と甲状腺」
KW:相互作用・キャベツ・cabbage・アブラナ科・イソチオシアネート・isothiocyanate・グルコシノレート・芥子油配糖体・glucosinolate・progoitrin・ゴイトリン・goitrin・甲状腺・ヨウ素
Q:甲状腺の手術を受けることになっているが、キャベツの摂食は避けるようにとする指示があった。これはどのような理由によるのか
A:キャベツ(cabbage)はアブラナ科の1年草又は越年草で、双子葉植物離弁花である。原産国はヨーロッパで、学名:Brassica oleracea var. capitataである。
アブラナ科の植物について、以下の報告がされている。
セイヨウカラシナ(leaf mustard)、カラシナ(mustard)、クロガラシ(black mustard)等の葉や種にはシリニグリン等の芥子油配糖体が含まれている。芥子油配糖体は同じ植物内に含まれる酵素による加水分解でglucoseが取れて非配糖体(アグリコン; aglycone)となり、更にLossen転移という反応でイソチオシアネート(isothiocyanate)になる。isothiocyanateは刺激性が強く、多量に摂取すると中毒の原因になる。また、β位の水酸基を持つグルコシノレート(芥子油配糖体;glucosinolate=progoitrin)はisothiocyanateになった後環化ゴイトリン(goitrin)になる。isothiocyanateやgoitrinは甲状腺でのヨウ素の取り込みを阻害するので、甲状腺ホルモンの合成が阻害される。そのため多量の芥子油配糖体を長期間摂取すると、甲状腺腫になるとする報告がみられる。
■ケール(kale)はアブラナ科の2年草又は多年草。学名:Brassica oleracea L.var.acephala DC.。地中海から小アジア地域原産のcabbageと同一種とされる植物であるが、cabbageと異なって結球しない。S-メチルシステインスルフォキシドを含有する。この物質は幾つかの化学反応を経てジメチルジスルフィドになるが、この物質は動物に溶血性貧血を起こす。S-メチルシステインスルフォキシドからジメチルジスルフィドを生成する反応はルーメン微生物で促進されるため、中毒は反芻家畜でのみみられる。kaleやcabbageによる牛や羊の中毒事例が報告されている。
■glucosinolate類はアブラナ科、フウチョウソウ科、トウダイグサ科、ヤマゴボウ科、モクセイソウ科、ノウゼンハレン科の多くの植物に見いだされており、潰した組織にある刺激臭味の性状の要因となっている。その濃度は葉の組織よりも種子に高い。植物に含まれるglucosinolate由来の加水分解産物を摂取することにより甲状腺腫を誘導したり、甲状腺が肥大化するという証拠がある。菜種油(Brassica napus;アブラナ科)中のprogoitrinは加水分解によりオキサゾリジン-2-チオン(oxazolyzin-2-thion)であるgoitrinになる。これは強力な甲状腺腫誘発薬であり、ヨウ素の取り込みとチロキシン生成を阻害する。glucosinolateの甲状腺誘発活性は単にヨウ素を投与するだけでは軽減されない。
■ブロッコリー(Brassica oleracea;アブラナ科)由来のsulphoraphaneの前駆体glucosinolateであるglucoraphaninは医薬用としての利点を持っており、癌誘発剤の解毒化酵素を誘発し、生体異物の除去を加速する。栽培期間の短い芽生えは成熟した植物体より10-100倍のglucoraphaninを含んでいる。
■Goitrogen(甲状腺腫瘍誘発物質)は甲状腺肥大や甲状腺腫を引き起こす物質で、アブラナ科の植物のglucosinolateの他、何種類かの物質が知られている。例えばヒトではヨウ素欠乏と甲状腺肥大の関係で問題となるキャッサバ(Manihot esculenta;トウダイグサ科)のシアノグリコシド(cyanoglycoside)も甲状腺腫瘍誘発物質である。
glucosinolateを含む植物
十字花科 | ニワナズナ、スズシロ、ハタザオ、イヌガラシ、ヤマガラシダイコン、アブラナ、シロカラシ、クジラグサ、ワサビ、ワサビダイコン、マガリバナ、グンバイズナ、ニオイアラセイトウ |
ノウゼンハレン科 | |
モクセイソウ科 | |
フチョウソウ科 | |
トウダイグサ科 |
その他、progoitrin自体は甲状腺肥大を起こさないが、植物組織を細断したり擂り潰したりすると植物細胞内にある酵素ミロシナーゼ(myrosinase)がprogoitrinを分解し、辛味物質とともにを作る。このgoitrinが甲状腺腫を起こすとされている。goitrinはかなり強力な甲状腺腫誘導物質で、他の甲状腺腫誘導物質はヨウ素の摂取で予防できるとされるが、goitrinはヨウ素の添加でも甲状腺腫発生作用抑制できないとされている。ただし、栽培品種の改良により食糧用や飼料用のアブラナ属植物のprogoitrin量はあまり問題とならないまで低くなっているとされる。cabbage、broccoli、芽キャベツ(sprout)について、芽キャベツを除き、progoitrin量含量は低くてあまり問題にならないとされている。
代表的アブラナ属植物中のglucosinolate量(mg/100g)
goitrin | glucobrassicin | |
cabbage | 3.8(0.8-12.6) | 29.5(4.5-97.1) |
caulflower | 2.3(0.0-10.1) | 22.7(6.6-78.9) |
sprout | 47.8(12.5-129.6) | 47.8(12.5-129.6) |
日本を始め海洋国では海中のヨウ素が蒸発して 雨と共に地中に浸透しており全ての食品を介してヨウ素が豊富に供給されており、原則的に不足することはない。一方、海から遠い内陸国や急峻な山岳地帯では雨が少ないことや、水が急流のために地中に止まることがないため土中にヨウ素が含まれない。従って、野菜や家畜から食物連鎖で、ヨウ素を摂取することができない。世界人口の約半数がヨウ素不足に悩まされているのが現状である。スイス、カナダ、米国などでは、食塩にヨウ素を加えることを法的に義務づけ、甲状腺ホルモン不足に対処している。
以上の報告からアブラナ科(十字花科)に属するcabbage等の含有成分として、甲状腺でのヨウ素の取り込みを阻害するisothiocyanate、goitrinが存在することは事実であるが、ヨウ素が豊富に供給されている我が国では、cabbage等の摂取によって、必ずしも甲状腺肥大や甲状腺腫を惹起するとは限らないと考えられる。また『多量の芥子油配糖体(glucosinolate)を長期間摂取すると甲状腺腫になる』とされているが、極端な偏食をしない限り、影響は出ないのではないかと考えられる。
1)清水矩宏・他編著:牧草・毒草・雑草図鑑;(社)畜産技術協会,2005
2)海老塚豊・監訳:医薬品天然物化学 原書第2版;南江堂,2004
3)リクガメのための栄養学入門;http://web.shinonome.ac.jp/%7Emiyada/kame.html,2006.10.3.
4)堀内清:体に必要な微量元素の話;千葉県衛生研究所情報Health 21(6),2002.1.15.
5)第一出版編集部・編:日本人の食事摂取基準[厚生労働省策定] 2005年版;第一出版,2006
[015.2.CAB:2006.10.31.古泉秀夫]