Bitter almond(苦扁桃)の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | ビター・アーマンズ(苦味扁桃) | ||
成分 | 青 酸(HCN)・シアン化水素(HCN) | ||
一般的性状 | アー モンド(almond)、巴旦杏。Prunus amygdalus Batsch.=Amygdalus communis L.。バラ科サクラ属の植物。中央及び西南アジア原産で、紀元前からヨーロッパ、アジアで栽培され、現在では主に地中海沿岸と米国カルホルニア州で栽培さ れている落葉高木。 甘扁桃(Sweet almond):Prunus amygdalus Batsch.var.dulcis Schneid.。 苦扁桃(Bitter almond):Prunus amygdalus Batsch.var.amaru(DC.)。 [薬用部分]種子。 [成 分]種子に脂肪油、蛋白質、酵素のエムルシン、ビタミンA、ビタミンB1、 ビタミンB2、ビタミンB5(パントテン酸)、ビタミンB6、ビタミンE、ニコチンアミドなどを含む。なお、苦扁桃は青酸配糖体を含み含み有毒である。[薬 効] 甘扁桃:圧搾して得た甘扁桃油は鎮咳、去痰薬の乳化剤、マッサージ用オイルの添 加剤として、また緩下薬として内服する。 苦扁桃:苦扁桃油は香料、リキュールの製造、製菓に使用し、また鎮咳、去痰にも 用いられる。 [使用法]苦扁桃4-8gを水で煎じて服用する。苦扁桃は水蒸気蒸留して苦扁桃水を作り、鎮咳薬として杏仁水と同様に使用する。苦扁桃は生食すると中毒を 起こすので注意を要する。 ■青酸配糖体は、対応するアミノ酸から生合成される。L- phenylalanine由来のものとして鎮咳生薬、苦扁桃の種子、アンズの種子(杏仁)、桃の種子(桃仁)、ウメの種子等に含まれるアミグダリン (amygdalin)が知られている。アミグダリンは共存するエムルシン(emulsin)で加水分解され、benzaldehydeとHCNを生成す る。 ■米国ではアンズ等の種子の核(仁)から抽出した青酸配糖体amygdalin を、『ビタミンB17』と称し、がんの予防に有効とし て「レトリル」の商品名で市販されていた。がん細胞はamygdalinを加水分解するβ-グルコシダーゼを高濃度に含むため、がん細胞で青酸が遊離し、 がん細胞が死滅するという理屈である。主に静注で使用されたが、内服すると腸内に大量に存在するβ-グルコシダーゼにより青酸が遊離し、シアン中毒が起き る。1977年までに37人の中毒と17人の死亡が報告されている。1982年米国医学界は臨床的に効果がないことを明らかにした。 ■シアン化水素(HCN):無色の液体、アーモンド臭。肺、皮膚から速やかに吸収。チトクロームオキシダーゼの三価の鉄とCNが結合し、あらゆ る細胞のチトクロム酸化酵素系統を破壊する(組織中毒性低酸素症)。KCN、NaCNは胃液によってHCNを遊離する。 |
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毒性 | ■シアン化水素(HCN):ヒト推定致死量:50mg-100mg、1L中シアンガス0.2- 0.3mgで即死。液状シアン化水素内服:60mg即死。シアン塩:経口致死量:200-300mg。 ■シアン化カリウム(KCN):最小中毒量(TDL0)14mg/kg、最小致死量(LDL0)170mg(成人)、致死量200-300mg(成人)。 |
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症状 | ◆急性意識喪失、痙攣と5分以内の死亡。シアン化アルカリは幾分作用開始は遅い。その速度は胃の酸度に よる。シアン化アルカリは粘膜腐食性である。少用量は頭痛、眩暈と悪心、眠気、呼吸数増加、頻脈と意識障害を起こす。4時間以上保てば回復にいたる。 ◆局所症状 *皮膚の汗ばみ、眼球突出、瞳孔散大と無反応、顔面紅潮、チアノーゼは顕著ではない。 *吐物、呼気にアーモンド臭あり。 ◆消化器症状:悪心、嘔吐。◆中枢神経症状 *頭痛、脱力、眩暈、意識消失。 *運動失調、てんかん様あるいは強直性痙攣。 ◆呼吸器症状 *呼吸促迫、過呼吸、呼吸困難(吸気相が極端に短縮し、呼気相が延長する)。 *呼吸停止により死亡。 ◆循環器症状:中毒初期に血管収縮により血圧上昇、心拍数減少、その後頻脈、微 弱脈、不整脈、胸部苦悶感、心悸亢進。 |
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処置 | ■青酸として 直ちに100%酸素を吸入させる。口対口人工呼吸は禁忌である。特異的治療としては亜硝酸アミルの吸入を行いつつ、メトヘモグロビン血症を作るために亜硝 酸ナトリウムを静注する。これで遊離したシアンと結合して腎から排泄させるため、チオ硫酸ナトリウムを投与する。 ◆対症療法 (1)バッグアンドマスクで100%酸素投与。 (2)amyl nitrite 1回0.25mL吸入 血圧低下に注意。亜硝酸アミル吸入液0.25mL/管(三共) (保険適用外) (3)亜硝酸ナトリウム 成人:1回300mgを10mLに溶解したものを10分以上かけて緩徐に静注。小児:1回10mg/kg 10分以上かけて緩徐に静注(未発売・院内調製-緊急時→非滅菌製剤使用)。 (4)sodium thiosulfate 成人:12g/回 静注 小児:50mg/kg/回 静注 デトキソール注2g/20mL/管(万有) 以上で効果がなければ、亜硝酸ナトリウムとチオ硫酸ナトリウムを初回投与量の半量投与。過量投与で重篤なメトヘモグロビン血症発現時メチレンブルーの使用 はシアン中毒を悪化させるので、血液透析実施。 |
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事例 | 「エ イムズ先生!」と、わたしは叫んだ。「すぐ来て下さい」「どうしたんです?」と、医師はパジャマのまま、姿を現して言った。「わたしの友達が?わるいんです。死にかかっています。カミツレの茶です。キャンプか らハッサンを出さないでください。」 稲妻のように、医者はわれわれのテントへ走ってきた。ポアロは、前の通りの状態で横たわっていた。 「全く変ですな」と、エイムズは叫んだ。「卒中のようでもあるが?それとも?何か飲んだと言われたのは?」彼は空の茶碗をつまみ上げた。 「ただ、わたしがそれを飲まなかっただけのことですよ」と、落ち着いた声がした。 われわれは面食らって振り向いた。ポアロがベッドの上に起き直ってほほえんでいた。 「そうです」と、彼は穏やかに言った。「わたしは飲みませんでした。友人のヘイスティングス君が夜に向かって話しかけている間に、わたしは、それをわたし の喉にではなく、小さな壜に注ぎ込む機会をつかんだんです。その小壜は、分析化学者のところに送られるでしょう、いや」 ?医者が動いたので?「分別のある人間として、あなたは暴力が何の得る得るところもないことはおわかりでしょう。あなたを呼んでくるために、ヘイスティン グス君ちょっと留守にしたあいだに、わたしは壜を安全な場所にしまいました。ああ、早く、ヘイスティングス君、その人を抑えて!」 わたしはポアロの心配を誤解した。………。しかし、医師の素早い動作には、別の意味があったのだ。彼は片手を口にやった。ビター・アーマンズ(苦味扁桃) の匂いが空中に充満し、彼は前方へよろよろして仆れた。[井上宗次・他訳:エジプト墓地の冒険-クリスティ短編集(一);新潮文庫,1960] |
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備考 | 『ビ ター・アーマンズ(苦味扁桃)の匂いが空中に充満』という記載は、推理小説で使用される毒薬の定番からいえば、『青酸』を服用したということで、何も『苦 扁桃』を服用したとか、苦扁桃から調製された『苦扁桃水』を服用したということではない。苦扁桃中には青酸が含まれているが、服用による即死状態を類推す る資料はない。また、青酸の匂いがアーモンドと類似していたとしても不思議はないが、現実には青酸の匂いを確認していないので、参照文献の記載通りという ことである。 ■国内で市販されていない『亜硝酸ナトリウム』は、院内製剤としてアンプル等に 前もって充填して用意しておかなければ、緊急時の対応はできない。また、使用期限のある医薬品の場合、使用の当てもなく購入し、保管しておくことは、医薬 品費の無駄ということになるのかもしれないが、保管しておかなければ、緊急時の救命には役立たない。 |
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文献 | 1) 三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;北隆館,19882)糸川嘉則:最新ビタミン学-基礎知識と栄養実践の手引き;フットワーク出版,1998 3)田中 治・他編:天然物化学 改訂第6版;南江堂,2002 4)内藤裕史:中毒百科 改訂第2版;南江堂,2001 5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル改訂6版;医薬ジャーナル,2001 6)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004 7)白川 充・他共訳:薬物中毒必携;医歯薬出版株式会社,1989 8)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004 |
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調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2004.5.9. |