硫酸アトロピン(tropine sulfate)の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | 硫 酸アトロピン(tropine sulfate) | ||
成分 | 硫 酸アトロピン(tropine sulfate) | ||
一般的性状 | ア セチルコリン、ムスカリン様薬物に対し競合的拮抗作用を発現(抗コリン作用)。この作用は平滑筋、心筋及び外分泌腺のムスカリン受容体に対し特に選択性が 高く、消化管、胆管、膀胱、尿管等の攣縮を寛解するとともに、唾液、気管支粘膜、胃液、膵液等の分泌を抑制する。心臓に対し、低用量では通常徐脈が現れる が、高用量では心拍数を増加させる。 吸収:皮膚、粘膜、腸管から速やかに吸収し、胃からは吸収しない。 分布:血中から速やかに消失して体内に分布する。蛋白結合率50%、分布容量2.3L/kg。 排泄:8時間で80%、24時間で94%が尿中に排泄される。30-50%が未変化体で、2%以下が肝で代謝される。 |
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毒性 | 経 口推定致死量 小児:10-20mg(ただし、小児では10mg以下の致死例もある)。 成人:約100mg(成人では1gの服用でも回復例)。 |
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症状 | 経 口:30分ほどで口渇が現れ、体のふらつき、嘔気、倦怠感、眠気、散瞳、遠近調節力や対光反射の消失(羞明感や眼のちらつき)。 発汗が抑制され、皮膚が乾燥し、熱感をもつ。特に小児の場合には、顔面、首、上半身に皮膚の紅潮を見る。また体温が上昇する。やがて興奮が始まり、痙攣、 錯乱、幻覚、活動亢進などが見られる。重篤な場合には昏睡から死に至る。 血圧上昇、頻脈が見られるが、末期には血圧低下、呼吸麻痺を来す。 ■過量等投与:アトロピン中毒 徴候・症状:頻脈、心悸亢進、口渇、散瞳、近接視困難、嚥下困難、頭痛、熱感、排尿障害、腸蠕動減弱、不安、興奮、譫妄等。 |
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処置 | 医 療機関での処置 基本的処置:消化管の蠕動が抑制されるため、摂取後24時間以内であれば催吐、胃洗浄、活性炭と下剤の投与。 拮抗剤:フィゾスチグミン(未市販。院内製剤)2mgを緩徐に静注。追加投与が必要な場合、20分程度経過後1-2mg追加。小児では0.5mgを使用 (フィゾスチグミンは、気管支喘息、四肢などの壊死、心疾患、消化管や尿路の機械的狭窄を増悪させるので、使用に当たっては十分な注意が必要である)。 対症療法:膀胱の弛緩性麻痺が起こるため、尿閉となり、しばしば導尿の必要がある。■処置:重度な抗コリン症状には、ChE阻 害薬(ネオスチグミン)0.5-1mgを筋注。必要に応じて2、3時間毎に繰り返す。 |
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事例 | 「大 佐、あなたは永年インドに住んでいらっしゃったそうですが、薬を飲ませて人を発狂させたという事件に出会いませんでしたか」 フロビッシャー大佐の顔が得意げに輝いた。 「わたし自身は一度も目撃したことはないが、そういう話しはたびたび聞きましたよ。ダツラという植物から採った毒薬を少しずつ飲ませると、発狂してしまう のです。」 「そのとおりです。ところで、そのダツラの毒物作用は基本的にはアルカロイド・アトロピンによるもので?これはベラドンナという植物からも採られていま す。このベラドンナの調合剤は一般に市販されていますし、スルファ・アトロピンは目薬などに自由に調合されています。したがって、処方箋を複写したり、方 々の眼科医にそれを書かせたりすれば、怪しまれずにかなり大量の毒薬を手に入れることができるでしょう。それからアルカロイドを抽出して、それをひげそり 用のクリームに入れる。そしてそのクリームを常用していると、吹出物が出来ます。それらの吹出物はひげをそるたびにすりむけ、毒薬がたえず組織の中に入る ようになるでしょう。そうするうちに、やがて一定の症状が現れてまいれます?口や喉が乾く。飲み込むことが困難になる。幻覚、複視など?これらはすべて、 ヒュー・チャンドラーくんが実際に経験した症状なのです」 かれは青年をふりかえった。 「きみの心からの疑惑をきれいに拭い去るために、仮定ではなくてれっきとした事実を教えてあげよう。きみの使っていたひげそり用のクリームは、大量のスル ファ・アトロピンを含んでいた。ぼくはサンプルを取って分析してもらったのです」 [アガサ・クリスティー:ヘラクレスの冒険-クレタ島の雄牛-(高橋豊・訳);ハヤカワ文庫,2001 |
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備考 | 硫 酸アトロピンは毒殺目的で使用したのではなく、錯乱、幻覚を利用して相手を追い込んでいくという、やや陰湿な使われ方がされている。しかも原料の硫酸アト ロピンは点眼剤を利用して入手し、経皮吸収で効果を期待するという方法が取られている。 しかし、硫酸アトロピンによる錯乱、幻覚の発生は、中毒症状によるものであり、相当量の摂取が必要である。果たして、経皮吸収で中毒量を摂取させるとする と、どの程度の濃度を必要とするのか、具体的な数値の報告は検索出来なかった。 |
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文献 | 1) 高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004 2)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 |
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調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2005.1.16. |