リシン(ricin)の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | トウゴマ(種子・種子抽出物) | ||
成分 | リシン(ricin) | ||
一般的性状 | ■トウダイグサ科トウゴマ(Ricinus communis:ヒマ、ヒマシ、蓖麻子)の種子に含まれる毒素蛋白質で、赤血球の凝集素の一種。生の種子を多量に食べたり、水抽出液を注射すると、消化 管やその他の臓器に出血を起こし死亡する。加熱により毒力は減弱する。リシンは経口毒の一種でヒマの種子から1890年代に分離された。脂溶性でないた め、ヒマシ油中には存在せず、絞り滓の中に含まれる。 ■分子量:65,000の高分子蛋白である。大きい分子であるにもかかわらず胃 での加水分解がされ難く、腸でendocytosisの機作で体内に取り込まれる。蛋白はA鎖とB鎖から成立しており-S-S-結合でつながっている。経 肺ルートでも同様の機作で体内に取り込まれる。 ■リシンは、リボソームを標的とした毒素でもあり、酵素でもあるのでリボ毒 (ribotoxins)という。 |
||
毒性 | * 青酸カリの10,000倍。ホスゲンの40倍の毒力。大気1m3 中に30mgのリシンがあれば、1分間で半数の人が死亡する。マウスLD50(腹 腔内)1μg/kg、ヒトの致死量は1-10μg/kgである。 *小児では種子1-3粒、成人では8粒で致命的といわれているが、24粒を砕いて食べても無症状というのがあり、経口摂取したときの毒性は不定である。た だし、ギリシャ本草には30粒ほどの種子を洗って細かくたたいたものを内服すると、腹中の粘液、胆汁、水などを大便を通して駆逐する。また嘔吐も起こさせ るの記載も見られる。 *最小致死量:0.03mg。リシンは経口投与でも強い毒性を有するが、非経口投与の場合の方が毒性は強い。これは腸管からの吸収が悪いからであるとされ ている。リシンの中毒症状は、投与後数時間経ってから現れ大量投与しても10時間以上経過しないと死亡しないといわれている。 |
||
症状 | ■蝙蝠傘の先で刺された例では、大腿後面にニキビ様の傷があり、数時間後高熱を発した。翌日入院時、高 熱と嘔吐があり、大腿後面に直径6cmの発赤腫脹、その中心に直径2mmの注射の後のような傷があった。血性の嘔吐が続き、翌日にはショック状態になり、 心電図に伝導障害が現れ、白血球数33220/mm3、腎不全となって11日目に死亡した。 中毒症状の発生は数時間であり速効性の生物毒ガスである。 ■症状が現れるまでに数時間の潜伏期があり、吐気、嘔吐、下痢、疝痛があり、重 症では血性嘔吐、血性下痢が見られる。腎臓、肝臓、脾臓に障害が現れる。体温は当初上昇後に下降する。初期には急性胃腸炎、末期には敗血症性ショックに似 る。 |
||
処置 | 抗生物質は無効。ワクチン無。抗毒血清無。 対症療法しかない。またそれが有効である。経口摂取4時間以内なら、催吐が有効と考えられる。活性炭によく吸着される。嘔吐と下痢で脱水が著しいので、水 と電解質の補給を行う。 尿中排泄は僅かであり強制利尿は効果がないと考えられている。透析はされない。遊離ヘモグロビンによる腎障害防止のため、尿のアルカリ化が有効と考えられ るの記載が見られる。 |
||
事例 | 郵 便で送られてきたチョコレートに、砒素が入れられていたが、人が死ぬほどではなく、かなり重症に陥らせるほどのものであった。続いて謎のプトマイン中毒事 件がサーンリー農場で起こった。中毒の原因はサンドウィッチに入っていた無花果のペーストではないかと考えられている。 分析の結果により、使用された毒物は非常な猛毒を有する植物性蛋白質の一種、リチンと考えられます。まだこのことは、他言無用にお願いします。トミーは手紙を取り落とし、あわてて拾い上げた。 「リチンか」彼はつぶやいた。「リチンについて何か知っているかい、タペンス?きみはこういうことには詳しかったよね」 「リチンねえ」タペンスは考え込んだ。「たしかにヒマシ油から取れるんじゃなかったかしら」 「ヒマシ油はどうも好きになれなかったんだ。これからはますます嫌いになりそうだよ」 「ヒマシ油自体は大丈夫なのよ。ヒマシ油を採るヒマの種子からリチンを抽出するの。たしか今朝、庭にヒマが生えているのを見たわね?つやつやした葉っぱ の、背の高い植物よ」 [アガサ・クリスティー(坂口玲子・訳)おしどり探偵-死のひそむ家;早川書房,2004] 更に実際に起きた事件として、次の報告がされている。 [1]1978年英国に亡命していたブルガリアからの亡命者ゲオルギ・マルコフ氏は、通勤の途中突然太股を何かで刺されたように感じた。振り返ると一人の男が 傘を拾いながら侘びを述べた。その晩マルコフ氏は発熱し、血圧も下がり2日後に死亡した。スコットランドヤードが解剖した結果、大腿部に先に針が付いた小 さな金属の入れ物が見つかった。 [2]フランスに亡命していたブルガリア人新聞記者コストフ氏が、パリの地下鉄に乗車中、背中をチクリと針の先で刺されたように感じた。その晩、コストフ氏は 高熱にうなされた。X線で検査した結果、背中の皮膚の下に小さい金属の入れ物が発見された。12日間入院したが、無事退院した。 |
||
備考 | * ヒマシ油は下剤として使用される。 *両大戦を通じて英国では“W”という暗号名で知られていた。世界五大猛毒(テタヌストキシン、ボツリヌストキシン、ジフテリアトキシン、グラミシジン、 リシン)の一つ。 小説では『リチン』とされているが、英名の『ricin』をリチンとしたものと考えられる。いずれにしろヒマシ油の原料は蓖麻子で、ヒマシ油を絞った油糟 の方に『リシン』は含まれているとされている。従ってこの物語で『リチン』とされているものは、『リシン』で間違いないものと思われる。 ■米食品医薬品局(FDA)は30日、テロに使用される猛毒リシンに対するワク チンが開発され、安全性を確認する人間への臨床試験を承認したことを明らかにした。 承認を得たテキサス州立大が近く15人のボランティアに対して実施する。ワクチンは遺伝子操作された蛋白質で、投与された人のリシンに対する免疫力を高 め、中毒症状を防ぐ。リシンは植物のヒマの種子からヒマシ油を搾った滓から簡単に抽出され、猛毒をもつが、これまでワクチンや解毒剤はなかった。米国では 昨年11月にホワイトハウスあての郵便物から脅迫状とともにリシンの粉末が発見されるなど、テロや脅かしの目的で悪用される事件が相次いでいる。(ワシン トン支局) [読売新聞,第46231号,2004.12.2.]。 |
||
文献 | 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1993 2)Anthony T.Tu:生物兵器、テロとその対処法;じほう,2002 3)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療;南江堂,2001 4)大塚恭男:東西生薬考;創元社,1993 5)大木幸介:毒物雑学事典-ヘビ毒から発ガン物質まで-;講談社ブルーバックス,1999 6)舟山信次:図解雑学毒の科学;ナツメ社,2004 |
||
調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2004.12.6. |