モルヒネ(morphine hydrochloride)の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | 塩 酸モルヒネ(morphine hydrochloride) | ||
成分 | morphine hydrochloride(塩酸モルヒネ) | ||
一般的性状 | 白 色の結晶。水に溶ける。アヘン中に含まれるalkaloidの一種。[局]収載。鎮痛薬、強力な中枢抑制薬。鎮痛、鎮静、鎮咳、止瀉などの目的に錠剤、注 射薬として用いられる。依存性がある。毒薬・麻薬。 ■Tmax:15.5分(筋注)、T1/2:1.9-3.1時間。血中濃度: 56ng/mL(10mg 筋注)。蛋白結合率:35%。排泄:尿中へ10%(遊離モルヒネ)、抱合体として75%。 ■消化管から速やかに吸収され、各組織への移行は極めてよいが、脳には殆ど移行 しない。極量:20mg/回、60mg/日(経口)、30mg/日(皮下)。 ■薬理作用として中枢神経系の抑制、呼吸抑制、鎮静・鎮咳作用、消化管運動抑制 作用、心血管系への作用等が見られる。 |
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毒性 | ヒ ト(経口)LD50:120-250mg、 500mg。非経口中毒量:30mg。ヒト経口致死量:70-500mg、マウス皮下注(LD50)456mg/kg、マウス静注(LD50)258mg/kg。耐性獲得者では1gでも耐える。乳児・ 小児では感受性が高い。 | ||
症状 | ■中毒症状:縮瞳、意識障害、呼吸抑制が三大徴候である。この症状は橋出血などの脳幹障害と類似してい るが、過呼吸、不規則呼吸、四肢麻痺などにより鑑別される。悪心、嘔吐、口渇、胃腸運動減少、便秘、眩暈、顔面紅潮、発汗。 神経症状:眠気、幻覚、感覚鈍麻、意識障害、針穴瞳孔、低酸素状態になると散大、昏睡。小児・女子では時にてんかん様痙攣。 呼吸症状:呼吸数減少、チアノーゼ、呼吸がいびき様となり不規則。肺水腫(肺毛細血管の透過性亢進による)。6-12時間で呼吸停止による窒息死。 循環器症状:徐脈・血圧下降、ショック。 その他:体温下降。 |
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処置 | ■治療は呼吸管理と拮抗薬の使用による。ナロキソンは麻薬受容体と競合結合するが、受容体に対する親和 力は麻薬より強く、25mgのへロインは1mgのナロキソンで遮断される。効果発現に約1分、臨床効果は45-70分間持続する。塩酸ナロキソン注(0.2mg) 1回0.2mg 静注 効果が出るまで3分毎 総量10mgまで 毒物の除去:催吐又は摂取後数時間経過していても胃洗浄。吸着剤と塩類下剤投与。 排泄促進:透析、血液灌流等は無効。 維持管理 呼吸管理:気管内挿管、酸素吸入 循環管理:血管確保、輸液 解毒剤 ナロキソン投与(静注)成人:0.4-2mg・小児:0.03mg/kh/hr.(静注出来ない場合は筋注)。呼吸数の増加と 知覚反応を見ながら2-3分おきに0.2mgを追加。 (点滴静注)成人:0.4-0.8mg/hr.・小児:0.03mg/kg/hr.。必要に応じて15mgかそれ以上を投与する。 |
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事例 | そ こで、古井戸の死骸ですが、出家二人と虚無僧二人が、一度に身投げをするのはおかしい。おまけに、その死骸が水を飲んでいなかったと云いますから、身投げ ではないように思われます。しかし他人が殺して投げ込んだのならば、からだに何かの疵あとが残っていなければならない。たとい毒殺にしても、やっぱり何か の疵が残って、検屍の役人達にも知れるはずです。他人が殺して、なんにも痕跡が残らないのは、睡り薬の他は無いということを、私はかねて医師から聞いてい ました。睡り薬というのはモルヒネです。今日ではどうだか知りませんが、江戸時代の検視では睡り薬で死んだのを鑑定することは出来なかったようです[岡本 綺堂(北原亜以子・編):半七捕物帖-十五夜御用心;大衆文学館講談社,1995] |
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備考 | 小 説の流れから行けば、モルヒネで殺したのではなく、深睡眠状態に陥った者を井戸に落とし、窒息死したということのようである。この当時といえどモルヒネが そう簡単に手に入れられるとは思えないが、その辺の疑問は深く追求しないということのようである。本来からいえば、当時簡単に手に入れることのできる毒物 を使用すればいいようなものであるが、あえてモルヒネを使用した作者には何か思いがあったのかも知れない。しかし、捕物帖の殺人に使用する薬物としては、 甚だ珍しい薬物であり、あるいは岡本綺堂という著者のモダニズムの発露かも知れない。 |
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文献 | 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990 2)大木幸介:毒物雑学事典-ヘビ毒から発ガン物質まで;講談社ブルーバックス,1999 3)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004 4)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル,2001 5)吉村正一郎・他編:急性中毒情報ファイル第3版;廣川書店,1996 |
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調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2004.9.16. |