曼荼羅華の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | 曼荼羅華(マンダラ ゲ) | ||
成分 | ■朝鮮朝顔の成分:全草にtropane alkaloids(トロパン骨格を持つalkaloid)のスコポラミン(ヒヨスチン)、l-hyoscyamine、アトロピン(dl- hyoscyamine)、スコポレチンを含み、総alkaloid含量は花に最も多く、種子や葉にはやや少ない。種子のalkaloidは scopolamine 0.24%を主として、l-hyoscyamine 0.02%、atropine 0.0025%を含む。日局IIIに収載されたことがある。 ■白花朝鮮朝顔の成分:葉にはalkaloid 0.4%を含有し、主成分はhyoscyamine及びアトロピンである。 ■洋種朝鮮朝顔の成分:葉にはtropane alkaloidsのhyoscyamine、アトロピン、スコポラミン、アポアトロピン、メテロイジンの他、硝石を含む。種子には約0.4%の alkaloidを含み、hyoscyamine、アトロピンを主成分とし、またパルミチン、ステアリンなどからなる脂肪油25%を含み、アトロピン、 hyoscyamineの製造原料となる。 |
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一般的性状 | ■チョウセンアサガオ(マンダラゲ、キチガイナスビ、イガナスビ、ゲカコロシ)。ナス科チョウセンアサ ガオ属。Datura mete L.(=D.alba Nees)、朝鮮朝顔、曼荼羅華。[英]datura leaf。熱帯アジアの原産で、日本には江戸時代に渡来し、薬用に栽培されたが、現在は殆ど見られなくなった1年草。 [有毒部分]花又は全草(曼荼羅華)、種子(曼荼羅子)、葉(曼荼羅葉)。 [薬効・薬理]トロパンアルカロイドは一般に副交感神経抑制作用、中枢神経興 奮作用を示す。アトロピンは副交感神経を遮断し、中枢神経を初め亢進、次いで麻痺させ、また血圧の上昇、脈拍の亢進、分泌機能の抑制、瞳孔の散大を起こ す。スコポラミンはアトロピンに類似の作用を示すが、アトロピンよりも散瞳作用が強く、分泌抑制作用が弱い。本種は以前鎮痛麻酔薬として使用されたが、現 在ではアトロピン、スコポラミンの抽出原料とされる。 ■シロバナチョウセンアサガオ(Datura stramonium L.)、ナス科チョウセンアサガオ属。白花朝鮮朝顔。[英]Jimson Weed、Jamestown Weed。熱帯アジア原産で、日本には明治初期渡来し、道端や荒地に野生化し、また薬用に栽培される1年草。 [薬用部分]葉(ダツラ葉)。[薬効・薬理]葉は鎮痛、鎮痙、鎮咳、目薬などに用いる。■ヨウシュチョウセンアサガオ(Datura stramonium L.var.chalybea Koch(=D.tatula L.)、ナス科チョウセンアサガオ属。フジイロマンダラゲ、洋種朝鮮朝顔。熱帯アメリカ原産で、日本には明治12年に渡来 し、各地の道端や荒地に野生化し、薬用に栽培される帰化植物で1年草。 [薬用部分]葉(ダツラ、マンダラ葉)、種子。[薬効・薬理]鎮痛、鎮痙、鎮咳剤として使用する。 ■ダツラ(Datura)、マンダラ葉、 [局6]、[劇]。洋種朝鮮朝顔、白花洋種朝鮮朝顔、の花期の葉を乾燥したものである。本品は総alkaloid(ヒヨスチアミンとして)0.25%以上 を含む。本品は特異な麻酔性の臭いと、催吐性の不快な苦味を有する。 |
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毒性 | ■植物中のalkaloid含量は、生育条件や時期によって異なるので、摂取量と症状を関連づけるのは 難しい。 [1]朝鮮朝顔の種子を数粒から400粒摂食した13名の高校生が、中毒を起こした。[2]アメリカ朝鮮朝顔(ケチョウセンアサガオ)の種子を摂食した78歳の女 性が中毒症状を呈した。[3]朝鮮朝顔の根を牛蒡と間違えて炊きあげた五目飯を摂食した3人が、中毒症状を呈して入院した。 ■belladonna alkaloid(atropine、 scopolamine、l-hyoscyamine等)は、副交感神経と汗腺に行く交感神経の末端で、これから遊離するアセチルコリンの作用を遮断す る。従って中枢作用以外の症状の全てはこれで説明できる。中毒症状として常に見られるものは、副交感神経の麻痺による散瞳と遠近調節力や対光反射の消失で ある。自覚症状として眼のまぶしがり眼のちらつきが発現する。中枢神経に対しては、当初、軽い抑制、続いて刺激症状、反射の亢進、更に重篤になると昏睡か ら死にいたる。不安、譫妄、失見当識、幻覚、活動亢進などが見られるため、精神分裂病の急性期や急性アルコール中毒と間違えられる。涙腺、唾液腺、汗腺などの外分泌が抑制される。口腔粘膜が乾燥するので、口渇、発声困難、喫食困難などを訴える。発汗が抑制されるので、皮膚が乾燥、熱感 を持つ。皮膚の紅潮を見るが、顔面、首、上半身に著しく、特に小児によく見られる。発汗が抑制されるから、体温が上昇する。特に小児や高温環境では43℃ にも達し、そうなれば致命的である。小児では鼓腸が見られる。頻脈、血圧上昇が見られるが、末期には血圧低下、呼吸麻痺が起こる。 ■atropine(dl-hyoscyamine) 毒性:マウス(経口)LD50 548mg/kg。 致死量:成人100mg以上、小児10mg-20mg。ただし、小児では10mg以下の致死例もあり、成人では1gの服用でも回復例がある。 体内動態:Tmax:1時間、t1/2:13-38時間、蛋白結合率:50%、排泄:85-90%/24時間(尿中)。 ■scopolamine:経口中毒量:3-5mg ■洋種朝鮮朝顔:根茎にalkaloid約0.4-0.6%、種子には約 0.4%含有する。重症中毒発現量:種子50-100粒。小児致死量:葉及び種子4-5g。 |
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症状 | [1]30 分から2時間して最初に出る症状は口渇、喉の痛み、体のふらつき、倦怠感、眠気、瞳孔の散大である。その後、興奮、譫妄状態、失見当識、虫をつかんだり、 壁をまさぐったり、ゴミをつかむような動作、運動乱発状態を示す。尿失禁、強直性間代性痙攣も見られた。48時間程度で退院したが、その間のことは覚えて いないという健忘があり、退院時でも散瞳は残った。[2]散瞳、口渇、意識混濁、譫妄の症状を呈したが、1日後には回復した。[3]食後30分後に口の痺れ、口 渇、吐気が現れ、足のふらつき、子供がだだをこねたり、指で何かをつかもうとするかのように手を出したり、暴れたりという、錯乱や意識消失などの症状が あった。 ■経口後30分程度で口渇が発現し、体のふらつき、嘔気、倦怠感、眠気。 精神神経症状:興奮、錯乱、幻覚と発熱、昏睡。 消化器 症状:悪心。 皮 膚 症状:皮膚の乾燥、紅潮、首、顔、身体の紅斑。循環器 症状:心悸亢進。血圧上昇、頻脈が見られるが、末期には血圧低下、呼吸麻痺を来す。 呼吸器 症状:速い呼吸、呼吸抑制。 そ の 他:頻尿、尿閉、嚥下困難、瞳孔散大、光線嫌忌、視力障害。 |
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処置 | 毒 物の排除:催吐又は胃洗浄、活性炭と塩類下剤投与(食塩水又は吐根シロップ15mLを与え、次に水、牛乳あるいは果実ジュース250mLを与えて吐かせ る)。 維持 管理:気道を確保し、呼吸管理(酸素吸入・人工呼吸)。 対症 療法 *モルヒネの使用は呼吸抑制があるため避ける。*興奮が強いときは抱水クロラール(2%溶液を直腸内投与)又はジアゼパム投与。 *口渇には氷水。鼻・眼の乾燥には流動パラフィン。 *散瞳や眼圧上昇には塩酸ピロカルピン又はサリチル酸フィゾスチグミン(ウブレチド点眼液:臭化ジスチグミン0.5-1%点眼液)点眼。 *発熱には冷罨法。 *拮抗剤:フィゾスチグミン2mg(国内未発売)を緩徐に静注する。効果を見た上で、20分程度経過後に、必要があれば1-2mgを追加する。小児では 0.5mgを使用。 副交感神経の麻痺で、消化管の蠕動が抑制されるため、喫食物が長時間以内に滞留する。この事態はbelladonna alkaloid中毒の初期治療では重 要で、摂取後24時間以内であれば、催吐、胃洗浄、活性炭と下剤の投与が適応である。しかし、植物片は胃洗浄で出すことができない。膀胱の弛緩性麻痺が起 こるため尿閉となり、しばしば導尿の必要がある。導尿しないと尿失禁を起こす。 中毒症状はアセチルコリン作用の遮断によるもので、抗コリンエステラーゼ剤を投与、アセチルコリンの分解を抑制し、これを神経末端に蓄積させることを考え る。中枢作用に拮抗させるためには、抗コリンエステラーゼ剤の中でも、血液脳関門を通過し、中枢神経内に入るものでなくてはならない。現在あるものとしてはフィゾスチグミンだけで、これがbelladonna alkaloid中毒の特効薬で ある。静注により症状の劇的な改善が見られるが、国内では市販されていない。病院薬局製剤として製剤したものを使用する。 フィゾスチグミンは、気管支喘息、四肢等の壊死、心疾患、消化管や尿路の機械的狭窄を増悪するので使用に際し十分に注意。万一、フィゾスチグミンによる副 交感神経刺激症状が出たときには0.5-1.0mgのアトロピンを静注する。 |
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事例 | 「で すから、その茄子自体が怪しい。毒茄子だったに違いねえんで。すわが味噌に毒を入れたのなら、普通の茄子で間に合う。茄子や胡瓜はこうこにするので、いつ も台所にあるそうです」 ……………………………… 親分は柴折戸をそっと開けて庭に入り、あちこち眺めていましたが、隅の低い草に目を付けてその傍らに屈みました。見ると何本かの茄子で、ところどころに小 さな紺色の実をつけています。親分は小声で 「見ねえ。もの茄子だ。幹のあたりに接ぎ木した痕があるだろう。何かの毒草に茄子を接いで毒茄子を作ったんだ」 ……………………………… 親木は曼荼羅華、俗に気狂い茄子と呼ばれている毒草で、これを台木にして食用の茄子を接いだと言います。この植物毒が体内にはいると呼吸障害を起こし、全 身に痙攣が起こって死んでしまいます。 [泡坂妻夫:自来弥小町-毒を食らわば;文藝春秋,1997] |
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備考 | physostigmine 注 [商]Antilirium [適応]三環系抗うつ薬、アトロピン、スコポラミン過剰投与に対する解毒。緑内障。 [用]成人:1回2mgを20分毎に静注又は筋注。小児:1回0.01-0.03mg/kgを15-30分毎に静注。総投与量2mgまで。0.1%-サリチル酸フィゾスチグミン注射剤(院内製剤) サリチル酸フィゾスチグミン(6局-試薬) 0.1g メタ重亜硫酸ナトリウム(試薬) 0.1g 用法・用量:皮下注射 |
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文献 | 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,19902)三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;株式会社北隆館,1988 3)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療 改訂第2版;南江堂,2001 4)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル;医薬ジャーナル社,2001 5)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 6)白川 充・共訳:薬物中毒必携第2版;医歯薬出版株式会社,1989 7)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004 8)飯野靖彦・監訳:スカット・モンキーハンドブック;MEDSi,2003 9)日本病院薬剤師会・編:病院薬局製剤 第5版;薬事日報社,2003 10)縮刷第六改正日本薬局方註解;南江堂,1954 |
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調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2004.6.10. |