河豚毒の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | フ グ毒 | |||
成分 | テ トロドトキシン(tetrodotoxin:TTX) | |||
一般的性状 | ■フグ毒と呼ばれ、TTXと略記される。C11H17N3O8=319.28。tetrodotoxinはフグ毒中に見いだ された神経毒であるが、カリフォルニアイモリ(taricatoxin)、ツムギハゼ、ヒョウモンダコ、Atelopus属のカエル、ボウシュウボラやバイなどの貝類のほか、ある種のヒトデ、カニ、ヒラムシなどにもTTXがあることが分かってきた。更にTTXは、ビブリオ科あるいはアルテロモナス科などの海洋細菌の産生する毒素であることが明らかになった。TTXは無臭無色の結晶で、融点を示さず、220℃以上で分解する。有機溶媒には溶けないが、希酢酸水溶液に溶ける。■同意語:スフェロイジン(spheroidine)、タリカトキシン (taricatoxin)、テトロドントキシン(terodontoxin)。 ■ヒトのTTX中毒はフグ中毒のほか、1982年に和歌山県(1人)、1987 年に宮崎県(3人)で発生したボウシュウボラによる中毒、1984年に長崎県(1人)で発生したバイによる中毒がある。バイの中毒化は7-9月が多いが、毒は中腸腺にだけあるため、この部分を喫食しなければ問題はないとする報告が見られる。 ■フグ中毒を考える際に重要なことは、個体、地域、季節、種類、組織によってフグの毒力は大きく変わる。現在までに分かっている20種以上の有毒フグは、全てマフグ科に属し、ハリセンボン科、ハコフグ科に属するものは、無毒ないし毒性が非常に低い。組織別毒力は、一般に肝臓、卵巣が最も高く、次いで皮膚、腸で、精巣に毒を持つものは少ない。 |
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毒性 | ■TTXは非ペプチド性の神経毒で、神経や骨格筋のナトリウム(Na+)チャン ネルを閉塞し活動電位を止める。しかし心筋や幼若筋のNa+チャンネルに対する阻害は弱い。TTXの結合部位はNa+チャ ンネル分子のαサブユニットのうち第5と第6セグメントの間にあるSS2セグメントにあり、イオンの選択フィルターの機能を持つ部分とされている。■致死量:0.1-10μg/kg。ヒト最小経口致死量:10μg/kg。マウ ス致死量.01μg/g。ネコLD50(経口) 200μg/kg。LD50(腹腔内注射): 10μg/kg。マウスLD50(皮下):8.5- 8.7μg/kg。 ■最も毒性の強いメフグの卵巣やクサフグ、コモンフグの肝臓では、2gでヒトの致死量に相当するTTXを含むものがある。その他、毒力の高いフグの場合、卵巣5gで致死的、トラフグの卵巣の致死人数は12人、マフグの肝臓は32人を殺しうるの報告が見られる。 ■TTXはフグの卵巣や肝臓中にある毒性物質。フグ毒。運動並びに知覚神経末梢 を麻痺し、吸収されると中枢神経の麻痺を招く性質がある。 ■TTXは皮膚から吸収される可能性があるので、素手での取扱いは避けるべきで ある。 |
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症 状 | ■TTXの消化管からの吸収は速く、症状は摂食後30分から4時間半までの間に現れる。3時間までに現れるのが普通である。死亡は半数が4時間以内、速いものは1時間半、8時間以降死亡した者はいない。軽快する者は、12時間位で完全に症状が無くなる。希 に麻痺が残るが、数日以内に後遺症を残さず完治する。古典的フグ中毒の中毒症状として口唇の知覚麻痺と四肢麻痺があり、初期には意識正常で、経過が極めて速い等の報告が見られる。呼吸麻痺の原因は、末梢神経麻痺のほか、呼吸中枢の抑制が考えられる。 中毒症状の経過 |
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第1度 | 口 唇、舌、指先などのしびれ、時に嘔吐がある。 | |||
第2度 | 四 肢の知覚と軽度の運動麻痺がある。反射は残 る。 | |||
第3度 | 全 身の運動障害、深部腱反射消失、発声不能、嘔吐、呼吸困難、胸内苦悶。 | |||
第4度 | 3 度の諸症状、呼吸麻痺、意識障害。 | |||
第 3度で嘔吐を伴う場合、第4度に進展することが多い。 | ||||
処置 | 有効性が確立された解毒剤・拮抗剤はない。 [1]催吐:吐物にしばしばフグの肝臓等の有毒臓器が見られることから、催吐は特に重要で、胃洗浄では有毒臓器等の未消化物を取り出すことはできない。吐物にTTXが混在しているので、口腔・鼻腔等を清潔にし、残った吐物からTTXが吸収され続けることのないように注意。TTXはアルカリ溶液中で分解し易いが、20%-炭酸水素ナトリウム溶液程度では分解しないため、胃洗浄液としての使用は無意味。システインもTTXを分解するが、治療上の効果は未定。 [2]人工呼吸:死因が呼吸麻痺で、経過が速いため人工呼吸などの呼吸管理を速めに始めれば救命できる。 [3]血圧管理:低血圧に対してはドパミンが奏効する。1分間当たり1-5μg/kgを点滴静注し、必要に応じ20μg/kgまで増量する。体温低下があれば保温する。 [4]輸液:ショックなければ電解質・ブドウ糖製剤。ショックがあれば乳酸リンゲル液。[5]運動麻痺:エドロホニウム10mg静注又はネオスチグミン0.5mg筋注。 |
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事例 | 「親 分。検屍のお役人は、何の毒だと言ってらっしゃるんだい」 「はっきりしねえが、多分、石見銀山じゃねえかと」 「違うね。砒石を使ったのなら、銀簪を喉の奥に入れると黒く変わるはずだが、そうはならなかっただろう。これは河豚の毒だね」 若旦那は、あっさりと言った。 「ほら、口のまわりの筋肉が少し硬くなっているよ。河豚の肝にあたると、吐気がして唇や指先が痺れてくる。燕之丞は、吐気がして戻したものの、舌や唇が自 由に動かないので、それが喉に詰まって死んでしまったのさ。吐いた物の中には河豚の肉や肝らしいものは見当たらないから、その毒だけを何かに混ぜて食べさ せられたんだろう」 「す、すると、こいつは殺しですかいっ」 [鳴海 丈;柳屋お藤捕物暦-二階の若旦那;光文社,2003] |
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備考 | 河 豚の肝をすり潰して使用した場合、相当量の肝を必要とするため、相手に気付かれずに摂食させることは不可能である。その意味では純粋なTTXが入手できない“捕物帖”の世界では、説得力のある仮想現実の構築が必要であり、作者の苦心もその辺にある。しかし、探偵小説の世界は、あくまでも作られた世界であり、現実的な致死量は必要とされないため、『それでは死なんだろう』と思われない構成がされていれば、それでいいのである。 フグ毒を殺人の手段とする小説は、多くはないが、物語を作る上では比較的使用し易い毒物だといえる。 |
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文献 | 1) 生化学辞典 第3版;東京化学同人,1998 2)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療 改訂第2版;南江堂,2001 3)塩見一雄・他:海洋動物の毒-フグからイソギンチャクまで-;成山堂書店,19974)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990 5)鵜飼 卓・監:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 6)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル改訂6版;医薬ジャーナル社,2001 7)志田正二・代表編:化学辞典 普及版;森北出版,1999 |
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調査者 | 古 泉秀夫 | 記入日 | 2004.6.27. |