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プトマイン(ptomaine)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 プトマイン中毒
(ptomaine intoxication,ptomainotoxism,独ptomainintoxikation)
成分 プ トマイン(英・仏ptomaine・独ptomain)
一般的性状 <死(体)毒、屍毒>。動物組織、特に肉類の腐敗の際に生成される有毒物質の広義の名 称。主として動物組織の蛋白質を構成する種々のアミノ酸が細菌の脱炭酸酵素によって、脱カルボキシル化されて、生ずるものが多い。例えばリジン由来のカダ
ベリン、アルギニン由来のアグマチン、オルニチン由来のプトレッシン、チロシン由来のチラミン、ヒスチジン由来のヒスタミン、その他種々の生体アミン
(biogenic amine)が含まれている。これらのアミンの多くは有毒であり、また、悪臭を放つものもある。いわゆるプトマイン中毒(ptomaine
poisoning)の際にはこれらの腐敗毒とともに、細菌の生産する細菌性毒素による場合も多いといわれている。カダベリン(cadaverine)[NH2(CH2)5NH2]:蛋白質の腐敗生成物であるプトマインの一つで、ペンタメチレンジ アミンにあたる。リシンの乾留や醗酵、トリメチレンジシアニドの還元などで得られる。水、アルコールに可溶。塩酸塩を乾留すると容易にピペリジンになる。

アグマチン(agmatine)[H2N(CH2)4NHC(=NH) NH2]:魚介類などの腐敗過程で生成される。アレルギー様食中毒の原因物質としてヒスタミンとともにあげられ、これらは毒性相乗作用がある。麦角中にも
含まれる。
プトレッシン(putrescine)[H2N(CH2)4NH2]:テトラメチレンジアミン (tetramethylenediamine)、別名:1,4-ブタンジアミン、プトレシン。ジアミンの一つ。蛋白質の腐敗物中に見いだされ、アルギニ
ンからオルニチンを経て、又はアルギニンからアグマチンを経て、細菌の脱炭酸酵素の作用で生成する。テトラメチル誘導体が、ナス科Hyoscyamus
nigerから見いだされている。腐敗臭あり、有毒。
チラミン(tyramine)[HOC6H5(CH2)2NH2]:p-ヒドロキシフェニルエチルアミン(p- hydroxyphenylethylamine)。間接作用性交感神経作動薬のプロトタイプ。交感神経終末に取り込まれ、シナプス小胞からノルアドレナ
リンを追い出し、交感神経刺激作用を現すが、受容体に対する直接作用はほとんどない。生体内に生ずることは少なく、チラミンを含む食品に由来する。多く含
むものとしてはチーズ、酵母、肉の抽出液、ワイン、保存魚製品などである。

ヒスタミン(histamine)[C3H3N2(CH2)2NH2]:生体内でL-ヒスチジンからヒスチジン脱炭酸酵素により生 ずる生理活性アミンの一つである。近位(中枢)及び遠位(末梢)組織一般に存在し、多彩な薬理作用を発揮する。
ギリシャ語ptoma(死毒)に由来する語。蛋白質が屍肉などの中で自己消 化、細菌による腐敗によって分解してできる一群の有毒の塩基性含窒素化合物。カダベリン、プトレッシンなどを含み食中毒の一つの原因となる。しかし、アミ
ン類は相当に腐敗が進まないと生じないし、そのような食品は悪臭がして食べられない。更に実際に食中毒の原因となった食品はそれほど腐敗が進んでいない等
の理由で、プトマイン中毒説は消滅した。

ボルジア家の毒薬カンタレラは、一節にはプトマインの一種ではないかとされて いる。プトマインとは、生物が死亡する時に体内で生成される毒物で、屍毒とも呼ばれている。こうした毒物の採集法としては、ヒキガエルの肺から取られるの
が一般的であるが、ボルジア家のカンタレラの原料となったのは「逆さ吊りにしてブタを撲殺し、その肝臓を磨り潰した後に亜砒酸を混入したもの」であるらし
い。
Hyoscyamus niger L.:ヒヨス。alkaloidのhyoscyamineを主成分として、鎮痛、鎮痙薬とする。

毒性 現在では、プトマインの存在は否定されている。
症状 プ トマインによる中毒症状は多様で、ストリキニーネ、モルヒネ、クラーレあるいはムスカリン中毒に類似し、特にしばしばアトロピン中毒の症状を呈する。現在
ではプトマインという言葉は、歴史的にのみ存在していると考えられている。
処置 現在では、プトマインの存在は否定されている。
事例 事実は極めて簡単なんです。三人の人たちが夕食を共にして、いろいろ食べた中に缶詰の蝦が入っていました。その晩遅く、三人とも工合が悪くなり、いそいで医
者を迎えたのです。二人は回復し、一人はなくなりました」
「なるほど!」と、レイモンドは満足げに言った。
「まあ、事実そのものとしては、まったく単純でした。死因はプトマイン中毒によるものと考えられ、死亡証明書もそういうことで与えられ、死んだ人はちゃん
と埋葬されました。けれども、それだけでは落着しなかったのです」
ミス・マープルはうなずいた。「噂が出はじめたのでしょう」と彼女は言った。「いつもそうですわ」
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しかし彼女は何度もくりかえして、どこから見ても罐はふくらんでいなかったことと、蝦も全然わるくなっているようには見えなかったということを主張しまし
た。[井上宗次・他訳:火曜の夜のつどい-クリスティ短編集(一);新潮文庫,1960]
備考 料理を作った女中は、蝦(エビ)の缶詰は膨らんでいなかったと力説している。缶詰が膨らむということは、細菌が酸素のないところで増殖するとガスを発生する
ところから、ボツリヌス菌等の嫌気性菌が増殖していることを示している。その結果、プトマイン中毒が発生し中毒死したというのが医師の診断であったが、結
局は誤診であって、死因は別の毒物ということである。
文献 1) 南山堂医学大辞典 第18版,19982)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
3)秦野 啓・他:魔法の薬;新紀元社,2002
4)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版,1999
5)新村壽夫・編:食品衛生学 第2版;愛智出版,2004
調査者 古泉秀夫 記入日 2004.6.3.