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砒霜の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 砒霜(ヒソウ)・砒 霜石・砒石
成分 三 酸化砒素(arsenic trioxide)、亜砒酸。As2O3=197.82。『毒薬』。
いわゆる白砒石として天然に産する。700年代に硫化砒素を大気中で熱して製したといわれているが、1000年代になって初めて確実に知られた。医薬品と
しては15世紀に使われ始め、当初本品を癌の腐食薬として使用し、16世紀には梅毒に、17世紀には再帰熱に、19世紀には癌に対して内用された。
一般的性状 砒霜石は銀又は銅などを吹き分けるときに生ずる砒素化合物である。砒石に同じ。
本品を乾燥したものは定量するとき三酸化砒素99.5%を含む。本品は白色の 粉末で、臭いはない。本品1gは水60mL又は熱湯15mLに溶け、グリセリンに溶け易くエタノール又はエーテルに殆ど溶けない。本品は塩酸、水酸化ナト
リウム試液又は炭酸ナトリウム試液にやや溶け易い(新鮮なときは無晶形で白色の多少透明ガラス様の塊であるが、湿った空気中で乳白色不透明となり、結晶性
に変化して比重は小さくなる。無晶形のものは熱するとき、一旦融解して揮散するが、結晶性のものは融解しないで揮散する)。三酸化砒素には、非晶系、等軸晶系、単斜晶系の結晶又は無色粉末の3種類の態 種がある。これらは還元され易く、また酸化されやすい。
[1]非晶系(砒石ガラス:vitreous arsenic):無色、無定型、ガラス状物質。不安定であって徐々に等軸晶系に変形する。As2O3。溶解性:結晶系のものより水に溶け易い。
[2]砒華(arsenolite):白色、等軸八面体の小結晶(粉末)。常温において最も安定である。135℃で昇華し、221℃で単斜晶系に転移する。
As2O3。溶解性:水(2.0g/100g水、20℃)に可溶。塩酸、アルカリ、エタノールに可溶(両性酸化物)。
[3]単斜砒華(claudetite):無色、単斜晶系に属する針状結晶。221℃以上の温度において安定である。As2O3。溶解性:水、酸、アルカリ、
エタノールに可溶。
砒霜石は銀又は銅などを吹き分けるときに生ずる砒素化合物である。砒石に同 じ。
毒性 致死量・中毒量経口(ヒト)LD50: 1.43mg/kg。吸入(ヒト)TCL0: 0.11mg(As)/m3。
経口(マウス)LD50:45mg/kg。皮下(マウ ス)LD:11-13mg/kg。
砒素化合物は無機性あるいは有機性のものでも、SH酵素系に対する代謝障害作用によって微生物の生活過程に干渉する性質のあることが知られている。
常用量:1日1-5mg・極量:1回5mg 1日15mg
慢性骨髄性白血病に対して内服。各種慢性疾患に対して変質剤として用いられた。
鉛、シアン化物と並んで本品は昔から中毒の多い物質である。大量を一度に摂取した場合にみられる急性中毒については、大人に対する中毒量は5-50mg、
致死量は100-300mgといわれ、大量しかも吸収が甚だ速い場合には、著しく急激な経過をたどり(電撃型)、血圧低下、頻脈、浅脈など虚脱症状を示す
循環障害と、痙攣、麻痺、昏睡など中枢神経障害を起こして、速いものでは24時間以内に死亡する。急性中毒の定型的なものは胃腸型と呼ばれるもので、摂取
後速いものでは2-3時間、遅い場合には数日後から発症するが、頑固な嘔吐、下痢が現れ、この嘔吐、下痢は甚だ激しくてコレラに類似するのでコレラ型とも
称される。頻回の下痢によって体内水分の消失を来たし、蛋白尿が現れて腎障害を思わせ、また横断などの肝障害の徴候を現す。

少量の砒素を長期連用して起こる慢性砒素中毒では、発熱、消化管の慢性炎症による嘔吐、下痢、腹痛などを訴え、特異な皮膚の変化すなわち黒皮症、発疹、角
化などがみられ、骨髄が障害されて貧血、無顆粒細胞症(agranulocytosis)を起こす。また神経が侵されて多発性神経炎の起こることもある。
肝臓、腎臓、心臓など重要臓器の変性を起こす。

症状 急 性及び亜急性中毒の症状として、刺激作用及び腐食作用があり、呼吸器系症状として咳嗽、呼吸困難、胸痛の他、眩暈、頭痛、四肢脱力感、その後、嘔気、嘔
吐、腹部疝痛、下痢、全身疼痛、麻痺などがある。三酸化砒素を含む粉塵、フュームに曝露することによりしばしば皮膚及び粘膜の刺激症状が伴い、“亜砒ま
け”、“砒素まけ”と俗称される接触性及びアレルギー性皮膚炎、鼻炎、喉咽頭炎、気管炎、気管支炎及び結膜炎を示す。
一般に成人で70-180mgの三酸化砒素が致死量と考えられている。
主症状
ニンニク臭、嚥下困難、頸部絞扼感、咽頭・食道・胃の灼熱感は、服毒直後から出現。嘔吐、激しい下痢、眩暈、不穏、昏睡、脱水による循環障害。痙攣、末梢
神経麻痺。
全身性金属味、口腔・咽頭の乾燥感。
嚥下困難、嘔気、嘔吐、腹部疝痛、下痢、腹鳴、数時間-1日後にコレラ様便、 脱水、黄疸、乏尿。
咳嗽、呼吸困難、胸痛。
眩暈、頭痛、四肢脱力感、四肢疼痛、痙攣、昏睡、精神異常。
循環不全。
局所性

接触性・アレルギー性皮膚炎。
鼻炎、喉咽頭炎、気管炎、気管支炎。
結膜炎。

処置 胃 洗浄の後、塩類下剤投与。腹痛にモルヒネ筋注。BAL 5mg/kg/4時間を時間続ける。輸液、呼吸管理、腎機能障害高度なら人工透析。
全身管理低血圧が伴っていることが多く、まず酸素吸入、大量輸液とともに必要に応じてカテコラミンを投与して血圧の維持を図る(意識清明で重症感がないことがあり
注意を要する)。
砒素体内からの排泄
経口摂取の場合、一般の薬物中毒に準じて胃洗浄、活性炭及び下剤の投与を行うが、悪心・嘔吐が強く胃洗浄が必要ないこともある。砒素は尿中への排泄が良好
であり、腎不全の徴候が見られない限り血液透析は必要ない。
薬物療法
BAL(British anti-Lewisite dimercaprol バル注)を用いたキレート療法を行う。症状がある場合は、砒素の測定結果を待つことなく可能な限り早期から使用する。
バル注 :1回2.5-5mg/kg  4時間毎に筋注、2日目からは1回2.5mg/kg4時間毎に1-2日間投与、以降は、症状と尿中への砒素排出量をみながら減量していく。キレート療法
は尿中の砒素排出量が50μg/日以下になるまで継続する。
バル注の副作用として、悪心・嘔吐、高血圧、頻脈、頭痛、発汗などがあり、中毒症状との鑑別に注意。
事例 昼前、大牢の歌次郎に鰻飯の差し入れがあった。慣れないもっそう飯は喉を通らず、前日から腹をすかしていた歌次郎は、その鰻飯をがつがつむさぼり食った。そ
れからまもなく苦しみはじめ、吐血して悶死した。今度は芝居の血糊ではなく、どす黒い本物の血で、正真正銘の死であった。
差し入れに来た人物を洗え、という兵助の下知を待つまでもなく、同心達は動いていた。五二半は清水谷の長屋に走った。
毒は鼠とりに使う砒霜であった。歌次郎を生かしておいては都合の悪いものが、当然、毒入り鰻飯を差し入れている。善助が脅かした歌次郎が殺されているのだ
から、善助も狙われる公算が高い [和巻耿介:御府内隠密廻り同心-新五二半捕物帖-花狂いの女-;春陽堂,1989]
備考 『砒霜』という単語は、薬科学大辞典 第2版(広川書店,1990 )には収載されておらず、大字典に収載されていた。一般的な言葉としては存在するが、化学用語としてはないということかもしれない。ただし、一般的な用語
であるとしても、国語事典にも収載されていないところを見ると、砒素の古語とも考えられる。
いずれにしろ時代物には出てくるが最近の小説では見られない表記である。その意味で時代物の作者は、よくこのような古い言葉を見つけ出してくるもだと感心
する次第。
文献 1) 大字典 普及版;講談社,1963
2)第7改正日本薬局方解説書;広川書店,1961
3)後藤 稠・他編:産業中毒便覧(増補版);医歯薬出版株式会社,1992
4)西 勝英・監:薬・毒物中毒救急マニュアル改訂第6版;医薬ジャーナル社,2001
5)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004
調査者 古泉秀夫 記入日 2004.7.9.