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ドクニンジンの毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 ドクニンジン、毒人参
成分 コ ニイン(coniine)、γ-コニシイン(γ-coniceine)、N-メチルコニイン(N-methylconiine)。coniineの別名としてd-alpha-propylpiperidine。
一般的性状 ヨーロッパ原産のセリ科ドクニンジン属の植物で、ヨーロッパ各地の乾燥地に自生している2年生草本。 学名:Conium maculatum L,、英名:Poison
Hemlock or Snakeweed。北アフリカ、アメリカ、中央アジア、カナリー島、中国などに広く帰化している。日本にはドクニンジンの野生はない。古くはこの草のエキスを破傷風の治療薬に用いたが、現在では医薬品としての利用はない。日本では医薬品の研究に使用する目的で栽培されることがあり、種子が外部に飛散し、時に野生化することもある。茎は太く中空、高さ3mに達し、大きく枝分かれする。葉は対生し数回羽状に全裂する複葉、葉は長さ30cmになり無毛。花は白色の小花で、複散形花序につく。花弁は5枚。
ドクニンジンは全草にconiineという神経毒を有するアルカロイドが含ま れる。花・実(特に乾燥した種子)・葉・根など全てに含まれているが、花・実・葉では含有量が不安定で、天候に左右されやすい。更に乾燥すると毒性は次第に減弱する。常に安定しているのは気温の影響を受け難い土中の根だけであるが、根の絞り汁も長く空気中に放置すると不安定になるとする報告が見られる。しかし、特に根、種子にかなりの毒が存在するとされている。

古代ギリシャでは陰干しにしたものを粉末化し、水か温湯でエキスにして使用さ れたと伝えられるが、粉末を水に混ぜて飲ませたともいわれる。ソクラテスを毒殺した毒として知られている。中が中空で太いので、ロンドン郊外の子供達がこれで笛を作り、吹きながら遊んでいるうちに、数人の中毒者を出したという記録がある。

毒性 coniine の致死量75mg又は500mgとする報告。
coniineは中枢神経に作用するアルカロイドで、四肢の末端から次第に毒 が回り、意識はそのままに肉体だけが硬直していく。呼吸に必要な横隔膜の筋肉も麻痺するから心臓は動いていても呼吸困難になり、最後は窒息死する。
症状 一般的な初期症状:口中のネバネバ感と口渇、嘔気、流涎。腹痛、下痢、頭痛、発汗、眩暈、瞳孔散大。
症状は急速に起こる。流涎、悪心と嘔吐及び咽頭刺激。後に口の渇き、喉の乾 き、嚥下困難。下肢の衰弱と骨格筋の麻痺。痙攣。呼吸筋は最後に傷害される。瞳孔は通常散大。複視、弱視、聴覚障害。体温降下。呼吸障害。意識障害は終期
を除いて通常はない。
処置 0.05%-過マンガン酸カリウムで早期に胃洗浄、活性炭20gを水とともにslurry(懸濁液) にし胃内に入れておくとよい。塩類下剤(硫酸ナトリウム30gを250mLの水に入れる)。利尿剤による治療(フロセミド20mgを静注)。人工呼吸が数時間のあいだ必要となる。もし痙攣が起こればジアゼパム5-10mgを緩徐に静注。又は深く筋肉内注射する。早期に現れる筋の硬直やそれに続くミオグロビン尿、急性腎不全を予防するため には、呼吸抑制や気道閉塞に注意しつつ、大量のジアゼパムを予防的に投与するのがよい。経口投与した後、必要なら静注で追加する。
事例 カ ロリン・クレイルはそれに耐えられなかった。彼女は夫に、もしその小娘をあきらめなければ殺すといって脅かしたが、それを二人の人が聞いていた。それにまた、あの事件が起こる前日、夫妻は隣の人と一緒に茶を飲んでいる。その人が道楽半分に薬草をつくって薬の自家醸造をやっていた。そこで、コニインと呼ばれるドクニンジンから作られる薬の話が出て、その恐ろしい効力が話題となったのだった。
ところが翌日、その隣人が薬を入れていた瓶が半分からになっているのに気がついて、大騒ぎとなった。探したところ、その薬を入れたとおぼしき瓶が、ほとんどからになってクレイル夫人の部屋の引き出しの底から発見されたんだ。」
ポアロは落ち着かない様子で身じろぎした。
「だれかほかの人がそこへ入れたということはなかったんですか?」「ああ、それは、警察できかれたときに、夫人自身が認めている。もちろん賢明なことではないんだが、まだその頃には弁護人がついていなかったので入れ知恵をしてやる人がいなかったわけだ。それで、そのことについてただされたときに、自分が盗ったことを率直に認めてしまったわけだ」
「盗った理由は?」
[アガサ・クリスティー(桑原千恵子・訳):五匹の子豚;早川書房,2003]。
備考 16 年前に決着を見た殺人事件を、娘の依頼を受けたポアロが検証するという物語である。16年前の事件の当事者が、どの程度事件の内容を記憶していることができるのか、甚だ問題ではあるが、この事件の関係者諸氏は、昨日のことのように鮮明な記憶を持ち合わせていたようである。更に重要人物の一人は、既に死亡しており、益々真実の追究は困難になるのではないかと思われたが、名探偵ポアロは事件を再構築し、事件の謎を解明する。恐るべき名探偵というのか、それとも作者のアガサ・クリスティーの物語の構築のすばらしさといおうか。
また、使用された毒物も“ドクニンジン”ということで、クリスティーの小説で今までに使用されたことのない物が導入されている。ただ、我が国には帰化して
いないといわれる“ドクニンジン”だけに、毒成分であるconiine、γ-coniceineの含有部位について、種々の文献報告がされているが、いずれにしろ全草に有毒成分が含まれているようで、“ドクニンジン”の太い茎を笛にして遊んだ子供が中毒を起こしたとする報告もされている。
文献 1) 植松 黎:毒草を食べてみた;文藝春秋,2000
2)大木幸介:毒物雑学事典-ヘビ毒から発ガン物質まで-;講談社ブルーバックス,1999
3)船山信次:図解雑学 毒の科学;ナツメ社,2004
4)海老原昭夫・編著:知っておきたい毒の知識;薬事日報社,2001
5)学研の大図鑑-危険・有毒生物;学習研究社.2003
6)伊澤一男:薬草カラー大事典;主婦の友社,19987)白川 充・他訳:薬物中毒必携 第2版;医歯薬出版株式会社,1989
8)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療;南江堂,2001
9)海老塚豊・監訳:医薬品天然物化学 原書第2版;南江堂,2004
調査者 古泉秀夫 記入日 2005. 3.23.