ジギタリン(Digitaline)の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | ジギタリン(Digitaline) | ||
成分 | digitoxin (ジギトキシン) | ||
一般的性状 | [原] Digitalis purpureaの種子の配糖体、100単位/g、Digitalinum purum Germanicum。 Digitaline(BPC,54)(Nativelle)→ジギトキシン0.1mg錠、0.2mg注。 ■ジギトキシン(digitoxin)は白色-淡黄白色の結晶性粉末。無臭、ク ロロホルムにやや溶け易く、エタノールにやや溶け難く、水又はエーテルに殆ど溶けない。 [毒]、JP10、USP20。■digitoxinは消化管からの吸収は極めて良好で、経口投与後、速やかに また殆どが吸収される。尿中には未変化体のほか、糖質部分の加水分解と抱合を受けた代謝物が多く、ジゴキシンのような水酸化体の量は少ない。代謝において胆汁排泄の占める役割は多く、その腸肝循環はヒトや動物で認められ、生物学的半減期が比較的長いのは腸肝循環に由来する。即ち、常用量(1日0.1-0.3mg)程度の投与時には、24時間でその約10%が尿中に排泄されるにとどまり、糞中への排泄は尿中よりもやや大である。1回投与して10日後でも約半量が体内に残り、20日後でも一部が排泄を終了せず、蓄積される傾向を示す。排泄が遅いので、作用持続時間が長く、摂取後6-8時間でジギタリス作用が完全に認められる。 吸収:腸管からほぼ完全に吸収される。 分布容量:0.5L/kg。心筋内の濃度は血中の約7倍。 生物学的半減期:8-9日。 蛋白結合率(アルブミン):97%。 排泄:腸肝循環により再吸収される。16-30%が未変化体として排泄。 半減期:7-8日。 |
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毒性 | 急 性毒性 マウス経口LD50:7.5mg/kg。 ラット経口 LD50:23750 μg/kg(23.75mg) ラット皮下 LD50:16430μg/kg (16.43mg)ラット静注 LD50:3900μg/kg (3.9mg) マウス経口 LD50:4950μg/kg (4.95mg) マウス皮下 LD50:22180μg/kg (22.18mg) マウス静注 LD50:4100μg/kg (4.1mg)(RTECS) 中毒発現血中濃度:2.5ng/mL以上。 推定致死量:5mg。 |
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症状 | ■強心配糖体含有植物の摂取により以下の報告 循環器:徐脈、第3度房室ブロック、心室性期外収縮、不全収縮、心房細動など各種の不整脈。徐脈や不整脈による二次的な血圧低下。 神経系:頭痛、易疲労性、倦怠感、錯乱、発語困難、痙攣。 消化器系:嘔気、嘔吐、口渇、疝痛性腹痛。その他:心電図上ではQ-T間隔の短縮、T波の平坦化あるいは逆転化、P-R間隔の延長が報告されている。 *徴候・症状:過量投与時ジギタリス中毒が 起こることがある。以下の中毒症状が発現することがある。 |
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処置 | 医療機関での処置 [1]基本的処置:催吐、胃洗浄、活性炭及び下剤の投与。腸洗浄。 [2]特異的治療:抗ジゴキシン抗体(DigibandTM:日本未発売)の投与。digitoxinの除去に血液灌流 が有効との報告がある。 [3]対症療法:不整脈対策。 ■活性炭・緩下剤の投与(参照)活性炭の投与は薬毒物の摂取後1時間以内が有効であるが、以下の特徴を持つ薬物では、24-48時間にわたり2-6時間毎に繰り返し投与する方法が推奨さ れている。 活性炭を繰り返し投与の適応は、分布容量(Vd)が小さく、蛋白結合率の低い物質で、脂溶性、血中でイオン化していない、腸肝循環する、若しくは腸溶剤 (徐放剤)である物質(例:テオフィリン、三環系抗うつ薬、フェノバール、オピオイドなど)。 *処方例 活性炭 50gを微温湯300-500mL(小児では1g/kgの活性炭を生理食塩水10-20mL)に溶解し、坐位で服用。 その後、半量を3時間毎に24時間まで繰り返し投与。 下剤としてD-ソルビトール液(75%)2mL/kgを投与し、6時間後に排便がなければ半量を繰り替えし使用(保険適用外)。 *治療 1)過量投与の管理:連続的心電図モニターを行う。digitoxinによる調律異常が疑われる場合には投与を中止する。 [2]血液透析は高カリウム血症の補正には有効であるが、強心配糖体の除去には有効ではない。 |
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事例 | 「エ ディスの考えるとおりだとぼくも思うな。ちょっと、ジョセフィンをこの家から遠ざけておく方が賢明だよ。だけどね、ソフィア、あの子の知ってることをなんとかして話させなければならない」 「あの子、きっとなんにも知らないわ。ただ知ったかぶりをしてみせているだけ。自分をさも偉そうに見せるのが、あの子好きなのよ」 「いや、それだけじゃないよ。ココアにどんな毒薬が入っていたか、警察では知っているのかな?」 「ジギタリンと見ているの。エディス伯母さん、心臓が弱いのでジギタリンを飲んでいるのよ。伯母さんの部屋には、小粒の錠剤のいっぱいはいっている瓶がお いてあったけど、それが空になってしまって」 「そういうものには鍵をかけておくべきだったね」 「伯母さん、そうしておいたのよ。でも、ある人にとっちゃ、その鍵を探し出すなんてそう難しいことじゃないと思うわ」 「ある人?ね、だれのこと?」私はまた、積みあげられている荷物の山に目をやった。私は思わず大声で言った [アガサ・クリスティー(田村隆一・訳):ねじれた家;早川書房,2004]。 |
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備考 | Digitaline は、英国におけるdigitoxinの商品名であると推測したが、資料によっては原薬を疑わせる記載もされている。しかし、この項では成分はdigitoxinであるとして話を進める。digitoxinの推定致死量は5mgと報告されているが、これで間違いなく死ぬと仮定して1錠: 0.1mg含有の製剤では50錠が必要である。50錠をカップ1杯のココアに溶かしたとして、よほど大きなカップに大量のココアが入っていなければ、錠剤を成型するための賦形剤の関係で、汁粉状になってしまい、誰も飲む気はしないのではないか。更にdigitoxinは水に溶け難いとされており、致死量を水溶液とするためには、コップ1杯程度ではとても無理だと思われる。 従ってdigitoxinの錠剤を用いる方法は、実際的とはいえないが、物語の中で使用する分には、何の問題もないということである。探偵小説の中で使用される毒薬は、読者にそれらしく思わせればそれでいい訳で、『ねじれた家』も、digitoxinを使用したことが瑕疵になる等ということではないことを申し添えたい。しかし、これがdigitoxinの原末を使用したのであれば、怖い話である。 |
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文献 | 1) 薬名検索辞典;薬業時報社,1984 2)大阪府病院薬剤師会・編:全訂 医薬品要覧;薬業時報社,1984 3)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,20044)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 5)白川 充・他共訳:薬物中毒必携-医薬品・化学薬品・動植物による毒作用と治療指針 第2版;医歯薬出版株式会社,1989 6)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版,1999 7)http://www.chemlaw.co.jp/Result_Eng_D/Digitoxin.htm,2005.1.30. 8)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2005 |
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調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2005.1.30. |