マンドラゴラ(mandragora)の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | マンドラゴラ(mandragora) | ||
成分 | 根にはアルカロイドのアトロピン、アポアトロピン、スコポラミン、ヒヨスチアミン、ベラドニン、クスコヒグリンなどと脂肪油を含む。種子には22.1%の蛋白質と、22.6%の脂肪を含む。その他根にソラヌムアルカロイドの一種、マンドラゴリンが含まれているとする報告。 ナス科植物に含まれるalkaloidは、トロパン骨格を持つalkaloidという意味で、tropane alkaloidといわれる。l-hyoscyamine、scopolamineは特に重要である。dl-hyoscyamineはatropineの 名前で知られている。 |
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一般的性状 | マンドラゴラ[学名:Mandragora officinarum L.]、ナス科(Solanaceae)コイナス属又はナス科マンダラゲ属。 分布:ヨーロッパの地中海沿岸地方に分布し、昔は貴重薬として栽培された多年草。 形 態:塊根は紡錘形で肥厚し、根はしばしば先端が人の足状に2分裂している。葉は大型で波状をなし、卵形で長さ30cm、根の基部から放線状に根生している。その中心に鐘型で黄色又は紫色の花を開く。果実は液果。 別名:european mandrake、マンドレイク、マンダラゲ。 英名:mandrake、loveapple。 薬 用 部分:根。昔は分岐した太い根を調製して人の形に作った。 薬効・薬理:マンドラゴラの作用はしゅとしてアルカロイドに由来するもので鎮痛、鎮静、瞳孔散大、瀉下などの作用がある。マンドラゴラは解熱、鎮痛、催吐、幻覚、寫下薬として使用されたが、毒性が激しいため現在薬用にされることはほとんどない。 |
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毒性 | マ ンドラゴラを直接摂食したことによる中毒の詳細は、確認できなかった。 l-hyoscyamine:アセチルコリン受容体に結合して副交感神経遮断作用を示し、分泌腺の分泌抑制、散瞳、消化器官・気管支の緊張低下、心拍数増加、血圧上昇を惹起する。大量投与では中枢作用が発現し、幻覚、錯乱、昏睡、呼吸急迫、血圧上昇、呼吸麻痺などを惹起する。 ◆scopolamine:hyoscyamineと同様に副交感神経遮断作用 を持つが、遮断作用は全般的に弱い。一方、中枢抑制作用はhyoscyamineより強く、催眠・鎮痛・鎮痙作用を示す。経口中毒量:3-5mg。ラットLD50(皮下)3800mg/kg。ヒト致死量: 50mg。 ◆atropine:副交感神経遮断薬で、アセチルコリン及びアセチルコリン様 薬物の可逆的拮抗物質である(抗コリンエステラーゼ薬)。分泌腺、平滑筋の機能を抑制する。また、瞳孔括約筋の弛緩により瞳孔が開く。投与量によって、中枢神経系の興奮及び抑制。大量投与時の副作用はhyoscyamine参照。経口推定致死量-小児:10-20mg、成人:約100mg。ただし、小児では10mg以下の致死例もあり、成人では1gの服用でも回復例がある。マウスLD50(経 口)548mg/kg。 |
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症状 | ◆scopolamine 精神神経症状:錯乱、幻覚、言語障害、眠気、視力減退、大量で呼吸抑制。 その他:口渇、紅潮、嚥下困難、胸焼け、排尿困難、便秘。 ◆atropine 精神神経症状:興奮、錯乱、幻覚と発熱、昏睡。 消化器症状:悪心、嘔気。 皮膚症状:皮膚の乾燥、紅潮、首、顔、身体に紅潮。 循環器症状:頻脈、心悸亢進。 呼吸器症状:速い呼吸、呼吸抑制。 その他:頻尿、尿閉、口渇、嚥下困難、瞳孔散大、光線忌避、視力障害。 |
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処置 | 毒物の除去:消化管の蠕動運動が抑制されるため、摂取後24時間以内であれば、催吐、胃洗浄、活性炭と塩類下剤の投与。 維持 管理:気道を確保し、呼吸管理(酸素吸入・人工呼吸)。 対症 療法 1)モルヒネは呼吸抑制があるので避けること。 2)興奮が強いときは抱水クロラール(2%溶液を直腸内投与)又はジアゼパム投与。 3)口渇には氷水。 4)散瞳や眼圧上昇に塩酸ピロカルピン又はサリチル酸フィゾスチグミン(ウブレチド点眼液)点眼。5)発熱には冷罨法。 6)拮抗剤:フィゾスチグミン注(国内未発売-院内製剤調製)2mgを緩徐に静注。必要があれば20分程度経過後に1-2mg追加投与。小児では 0.5mgを使用。 7)膀胱の弛緩麻痺が起こるため、尿閉となり、しばしば導尿の必要がある。 ■分布容量が大きく、肝による代謝と尿への排泄が速いため、血液透析や腹膜灌流 は有効ではない。 |
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事例 | 「よせやい。俺に人参の講釈をしたって、はじまらねえや」「人参は、まあ万能薬のようなものですが、これに似た形をしていて、下手をすると命取りになる植物があるのです」 「なんだと………」 「わたしは、一度、長崎でみたことがあるのですが、ペルシャのもっと南の方に生えているらしい。名はキルカエアとかマンドラゴラと申すようで、黄色い小さな実が成るようですが、それを食べると眠気をもよおす。また、その根の皮をぶどう酒に浸したのを飲むと更に深い眠りにおちて、体を切ったりしても痛みを感じることがない。それで、蘭法では、体を切開する手術の時に、これを用いて、患者の痛みをやわらげるのに役立てます」 東吾と嘉助が思わず顔を見合わせた。 [平岩弓枝:御宿かわせみ19-かくれんぼ-マンドラゴラ奇聞;文春文庫,1997] |
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備考 | ■マンドラゴラの根は人の形に似ているため、様々な伝説や信仰が生まれた。マンドラゴラは催淫薬、睡眠 薬としても古くから知られていたもので、旧約聖書の創世記にも『恋なすび』の名で収載されている。ギリシャ、ローマでは医師達が手術の時の麻酔薬として使用し、またリウマチや吐き気に用いられた。中世の暗黒時代には、幻覚を生じる薬草として魔法の儀式にも乱用された。中近東では長い間、不妊の婦人が妊娠を望んで、家の軒にマンドラゴラの根を吊したという。 ■伝説の有毒植物としての評判は高いが、具体的にマンドラゴラを摂取したことに よる毒性発現の具体例は捕捉できなかった。参照としてtropane alkaloid含有植物として毒性及び処置についてまとめた。 |
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文献 | 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990 2)奥田裕昭・訳:イギリス植物民俗事典;八坂書房,2001 3)三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;北隆館,1988 4)田中 治・他編:天然物化学改訂第6版;南江堂,20025)今堀和友・他監修:生化学辞典 第3版;東京化学同人,1998 6)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル,2001 7)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 |
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調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2004.7.8. |