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ヒヨスチン(hyoscine)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 ヒヨスチン(hyoscine)
成分 ヒヨスチン(hyoscine)、スコポラミン(scopolamine)。
一般的性状 ヒヨスチン(hyoscine)→スコポラミン(scopolamine)。ナス科のヒヨス、チョウ センアサガオ(Datula stramonium)、ハシリドコロ(Scopolia japonica)などにヒヨスチアミンとともに含まれるアルカロイド。トロパンアルカロイドの一つで、スコピンのトロパ酸エステルに当たる。ヒヨスチアミンと同様に副交感神経遮断作用をもつが、遮断作用は全般的に弱い。一方、中枢抑制作用はヒヨスチアミンより強く、催眠・鎮痛・鎮痙作用を示す。臭化水素酸塩として鎮痙剤、麻酔補助剤、散瞳用点眼薬として用いられる。ラセミ体をスコポラミン、生理活性本体のL-スコポラミンをヒヨスチン (hyoscine)と呼ぶこともある。
臭化水素酸スコポラミン、[英]scopolamine hydrobromide、[独]Scopolamin hydrobromid、[仏]bromhydrate de scopolamine、[ラ]scopolamine hydrobromidum。[局]収載。副交感神経遮断薬。ヒヨス、ヨウシュチョウセンアサガオなどから得られるアルカロイド。白色の結晶で水に溶ける。アトロピン様作用を示すが、散瞳作用の発現はアトロピンより速く、且つ消失も速い。軽度の中枢抑制作用をもつ。内用又は皮下注射で躁状態、麻薬の禁断症状などに鎮痙薬として用いる。またパーキンソン症候群にも有効。無痛分娩に麻薬性鎮痛薬と併用する。散瞳の目的で点眼する。毒薬。極量:1回 0.5mg、1日1.5mg。
臭化水素酸スコポラミン(scopolamine hydrobromide)→hyoscine hydrobromide、無色又は白色の結晶あるいは白色の粉又は粉末。無臭。水に溶け易く、エタノールにやや溶け難く、クロロホルムに溶け難く、エーテルに殆ど溶けない。
中枢神経に対する作用はアトロピンが興奮作用を呈するのに対して、 scopolamineは末梢作用発現の用量で軽度の中枢抑制作用が見られ、眠気、無感動、健忘、催眠等を起こす。
ネコの網様体賦活系を抑制し、また光刺激に対する脳波覚醒反応を抑制する。末 梢の副交感神経支配器官に対する遮断作用はアトロピンに類似している。
鼻・口腔・咽頭・気管支等の分泌を抑制する。散瞳作用の発現はアトロピンより 速く、消失も速い。
速やかに胃腸から吸収され、血液中で血清蛋白と結合する。授乳期の婦人に投与しても、授乳中に殆ど移行しない。経口摂取量の約1%のみが尿中に排泄され
る。
毒性 急 性毒性:LD50(ラット)皮下3800mg/kg。 経口中毒量:3-5mg。ヒト致死量:50mg。
症状 精 神症状:錯乱、幻覚、言語障害、眠気、視力減退、大量で呼吸抑制
その他:口渇、紅潮、嚥下困難、胸やけ、排尿困難、便秘
処置 毒物の排除:吸引と胃洗浄による胃内容物の排除。吸収防止のために活性炭の使用を胃洗浄の後に考慮す る。塩類下剤投与(硫酸ナトリウム30gを水250mLに溶解したものなど)。[参考]活性炭の頻回投与:1g/kgの活性炭を4時間毎、又は20gの活性炭を20gの活性炭を2時間毎に緩下剤とともに経鼻胃管から24時間を限度として注入する。血中濃度が中毒域以下になるか、臨床症状が著明に改善するまで行う。
処方例:活性炭20gをマクロゴール250mLに懸濁し、2時間毎24時間まで。
atropineあるいはscopolamineの中枢効果と末梢効果の制御 に、かってはサリチル酸フィゾスチグミン(サリチル酸エゼリン)の使用がされていたが、現在は一般に進められない。
メチル硫酸ネオスチグミン(ワゴスチグミン)の使用は、末梢効果の制御のみで ある。
興奮はジアゼパムか短時間作用型バルビツール酸塩類により制御する。
支持療法は必要である。
呼吸抑制には酸素の適用、補助呼吸。
超高熱、特に小児ではアイスバッグあるいはアルコールスポンジを使用する。
膀胱カテーテルによる導尿。
補液の適用。
その他の治療法として、次の報告がある。
発熱に強力な低体温療法、水、電解質の補正。腸蠕動麻痺にはネオスチグミン*0.5-1.0mg皮下又は筋注。血漿交換や血液吸着は血中のアトロピン除去に有効である。
*ワゴスチグミン注(neostigmine methylsulfate)
事例 「こういう毒薬があるのよ………白っぽい粉末でね。ほんのひとつまみで死ぬの。あなたも毒薬のことは少しは知っているでしょう?」
いくらかおののきながら彼女は訊ねた。もしも彼が毒薬のことを知っていたら、気をつけなければならない。
「いや」ジェラルドがいった。「毒薬のことはほとんど何も知らない」
彼女はほっと胸をなでおろした。
「ヒオスシンっていう名前はもちろん聞いたことがあるでしょう?効力はほとんど変わらないんだけれど、これは絶対に使ったことがわからないのよ。どんなお医者様だって、心臓麻痺という死亡診断書を書くはずだわ。わたし、その薬を少し盗んで、隠しておいたの」
気力を集中させるために、彼女はそこで一息入れた。
「つづけろよ」ジェラルドがいった。「いやよ。こわいわ。とても話せない。また別のときにしましょう」
[アガサ・クリスティー(田村隆一・訳):リスタデール卿の謎-ナイチンゲール荘;ハヤカワ文庫,2003]
備考 小説中に出てくる『ヒオスシン』は、『hyoscine』の日本語表記であると考えられる。薬の名前としては『ヒヨスチン』が正式な日本語表記であるが、関係者以外は知らないということは、世間一般によくあることである。ヒト致死量50mgとされているが、ラット皮下投与時の半致死量が3800mg/kgということからみると、ヒト致死量が少し低く設定されているのではないかと思うが、実際に実験するわけにはいかないので、あくまで推定値ではないかと思われる。
それにしてもAgatha Christieは、各作品中の使用毒薬数も多いが、『hyoscine』を使用するあたりは、こっているというべきか。更にこの『hyoscine』は心理的な使い方がされており、主人公は相当の演技派である。
文献 1)生化学辞典 第3版;東京化学同人,1998
2)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
3)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版,1999
4)大阪府病院薬剤師会・編:全訂医薬品要覧;薬業時報社,1984
5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル,2001
6)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004
調査者 古泉秀夫 記入日 2004.12.1.