吐酒石の毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | 吐酒石、antimony potassium tartrate(Tartar Emetic)。 [劇薬] | ||
成分 | (旧 局)酒石酸カリウムアンチモンの別名。Antimonii Potassii Tartras。Antimon.Pot.Tart. C4H4O6K(SbO).1/2H2O=333.94。[米]Antimony Potassium Tartrate;Antimonyl Potassium Tartrate;Tartar Emetic、[英]Potassium Antimonyltartrate、[仏]Antimoniotartrate acide de potassium、[独]Brechweinstein。 |
||
一般的性状 | 吐酒石は酒石酸カリウム・アンチモン 99%以上を含む。 本品は無色無臭の透明結晶又は白色粉末で、空気中で風化する。本品1gは水12ccに溶け、温湯約3cc又はグリセリン約15ccに溶け、アルコールに溶けない。本品の水溶液は微かに酸性である。 貯法:密閉容器に保存。 常用量:1回5mg、1日10mg(去痰);1回20mg、1日50mg(吐剤)。極量:1回0.1g、1日0.3g。基原:16世紀以来知られた医薬品であるが、1631年Adrian van Minsichtが本品の製法を公表。1648年Glauberが酒石とSb2O3とから製造した。本品の組成は1773年Bergmann以来 多くの学者によって研究された。臨床上には古来、吐剤、去痰剤、又は皮膚刺激用軟膏として用いられたが、1907年Plimmer及びThomsonの実験に基づき睡眠病、レイシュマニア症(leishmaniasis:リーシュマニア症)、カラアザール(黒熱病:内臓リーシュマニア症)等に用いられ、化学療法にSb(アンチモン)剤が応用される端緒となった。 性状:初めやや甘く、後金属製不快の味がある。加熱すれば100℃で結晶水1/2分子を失い200℃で更に水1分子を放出するが、水を加えて煮沸すれば再び吐酒石となる。大気中で加熱すると火花を飛ばしSb2O3の白色蒸気を発散し、焦臭物を残留する。密閉して灼熱するとき はSb、Kの合金を含む炭水化物が残留し後空気に触れて発火する。 応用:本品0.05gを内服すれば胃の末梢神経を刺激して嘔吐を起こすが、嘔吐が遅いのと腸で吸収されて下痢、虚脱等を起こしやすいので、吐剤としては吐根又はアポモルヒネに及ばない。特に動脈硬化症、虚弱者及び妊婦には禁忌とする。用量は0.02-0.05gを散薬として2-4回10-15分毎に与える。去痰剤として1日数回0.005-0.02gを用いるが稀である。皮膚に塗布すると軽い充血の後、膿胞を生じ、反復すれば皮下に及んで骨疽を起こす。 皮膚刺激の目的に弱軟膏(0.1-0.5:10.0)、膿胞発生用に強軟膏(0.5-2.0:10.0)を用いることがあるが、中毒と使用後に瘢痕を生じ やすいから注意する。Kala-Azarには、0.02-0.1gを初め毎日、後隔日、終わりに1週2回静注して全量2.0gに達するとその多数を全治さ せ、Bilharzia病にも1回0.06gから始め後0.12gを隔日注射し全量2.0gを与える。日本住血吸虫病、睡眠病、Filaria病にも同様使用する。 副作用:As(砒素)中毒に似て、激烈な剥脱性腸炎、大分泌腺の脂肪変性、心臓作用減弱、中枢神経系範囲の麻痺として現れる進行性無感覚と運動不全麻痺等 である。 静注では催吐しないが、鉱味を覚え、流涎、悪心、下痢、腹痛、皮疹が現れ、蛋白尿、黄疸を見れば休薬する。 *antimonyは胃腸管より徐々に吸収されるに過ぎない。肝と甲状腺に濃度が高い。5価化合物は主として腎より排出する。 |
||
毒性 | 0.2g で死亡した例が再三ある。最小致死量は大黒ネズミで0.016g prokg(静注)。粘膜刺激性、接触すると組織を壊死させる。推定経口致死量は200mgから2gの間。空気中の本化合物の最高許容濃度は0.5mg/m3である。stibine(水化antimony)の限界値は0.1ppm。急性毒性 ラット経口 LD50:115mg/kg ラット腹腔 LD50:11mg/kg マウス腹腔 LD50:33mg/kg マウス皮下 LD50:55mg/kg マウス静脈 LD50:45mg/kg ウサギ経口 LD50:115mg/kg ウサギ静脈 LD50:12mg/kg モルモット腹腔 LD50:15mg/kg (RTECS) *酒石酸アンチモンナトリウム(antimony sodium tartrate)の連用投与例において、antimonyの心筋内蓄積によると思われる中毒死が報告されている。 |
||
症状 | 吸 入:鼻・喉・気管支を刺激し、粘膜が侵される。 皮膚接触:炎症を起こすことがある。 眼に入った場合:粘膜を激しく刺激する。 Antimony Compounds:頭痛,めまい,嘔吐等の自覚症状,皮膚障害,前眼部障害,心筋障害又は胃腸障害 ■参照-antimonyとして |
||
処置 | * 医師の処置を受けるまでの救急処置 吸入した場合:鼻をかみ、うがいをさせる。 皮膚接触:直ちに汚染された衣服や靴等を脱がせる。直ちに付着又は接触部を石鹸水で洗浄し、多量の水を用いて洗い流す。 眼に入った場合:直ちに多量の水で15分間以上洗い流す。 ■参照-antimonyとして *経口摂取:胃洗浄は効力不明。牛乳と水を混ぜた卵白を保護剤として与えても良い。ショックは静脈内輸液で治療。保温、大量の液体摂取。BAL (dimercaprol)投与 1回2.5mg/kgを6時間毎に筋肉注射。48時間後は1日2回に減ずる。48時間経過すればほぼ救命される。 *吸入の場合:BAL投与。溶血に対しては輸血が必要。酸素吸入と人工呼吸。 |
||
事例 | 感傷家であるエドワード・プリッチャード博士は、それほどの利益も期待できぬのに、妻を殺してしまっておる。きき目のゆるやかな吐酒石を、4ヵ月の間与え続けたという周到なものだ。妻の母親を殺した場合にしても、僅か数千ポンドを得たに過ぎない。つまり彼は、自由を欲しておったのだ。自由だけが、どんなことをしても手に入れたかったのだ。 ここで毒殺犯の第二の特徴が問題となってくる。異常なまでの虚栄心だ。虚栄心はどんな殺人犯にもつきものだが、毒殺犯人の場合は、それが強烈な自尊心にまで高められている [宇野利泰・訳(ディクスン・カー):緑のカプセルの謎;創元推理文庫,2002] |
||
備考 | 物 語の中で実際に行われる殺人に使用された毒薬は、ストリキニーネと青酸である。実際にあった事件の毒殺犯と使用された毒薬について、作中の探偵であるギディオン・フェル博士が蘊蓄を述べているが、その中に出てくる毒薬の一つが吐酒石である。 吐酒石は第六改正日本薬局方に医薬品として収載されており、劇薬である。吐剤と去痰剤として使用されていたようであるが、作用的には遅効性で、更に毒性が強いということで、使用性は悪かったのではないかと思われる。 |
||
文献 | 1) 第六改正日本薬局方解説書;南江堂,1954 2)南山堂医学大辞典第18版;南山堂, 1998 3)http://www.pref.shiga.jp/,2005.10.18. 4)http://www.chemlaw.co.jp/,2005.10.22. 5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル,2001 6)白川 充・他:薬物中毒必携 第2版;医歯薬出版株式会社,1989 7)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,1999 |
||
調査者 | 古泉秀夫 | 記入日 | 2005.10.23. |