タリウムの毒性
金曜日, 8月 17th, 2007対象物 | タリウム(thallium) | ||
成分 | 硫酸タリウム(thallium sulfate) | ||
一般的性状 | 硫酸タリウムは殺鼠剤として使われ、入手し易い毒物である。タリウム化合物は無味、無臭である。タリウムはかって水俣病の原因物質として疑われたが、有機水銀に似た神経障害を示す。また催奇形性が強く、ニワトリの受精卵に注入すると短指などの障害を起こす。タリウムは放射線に不透過なので、腹部X線撮影により確認できる。 | ||
毒性 | ◆劇毒区分=劇物(0.3%以下は指定しない)。魚毒性=A類。ヒト経口致死量:1g、ヒト経口最小致 死量:3mg/kg。服用による血中濃度のピークは2時間後、血球に取り込まれる。分布容量は1-5L/kg。尿便中に緩徐に排泄される。半減期は1.7日(17g服用例)。◆組織細胞内でカリウムと置換し、細胞膜を低カリウムの状態で分極させる。スル フィドリル(SH基)酵素と結合し、その酵素活性を阻害する。システィンなどの蛋白合成を阻害。 ◆タリウムは消化管、皮膚、呼吸器から吸収される。消化管からの吸収は速やか で、全身の臓器に分布する。ゴム手袋の装着に係わらず経皮吸収されるので、取扱いには十分注意する。 |
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症状 | ◆通常、12-24時間後に発症し、初期症状は主として消化器症状と神経症状。 *少量摂取では嘔気、嘔吐、食欲不振、上腹部痛、感覚障害、筋力低下、運動失 調、ことに失調歩行、振戦、多発性神経炎(下肢の疼痛)。*重篤な場合、上記症状に加え、発熱、譫妄、痙攣を起こし、肺炎、呼吸抑制、循 環障害で死亡。 *その他の症状として、脱毛(1-3週間後)、腎障害(蛋白尿、円柱、血尿、乏 尿)。 ◆ヒトにおける中毒症状は、経口摂取直後から1-2日目は吐き気、嘔吐、食欲不 振、口内乾燥感、口内糜爛、口内炎、歯齦(肉)炎、鼻漏、結膜炎、眼と顔面腫脹、下痢、腹痛、不眠症、難聴、視野暗転、手足の刺痛及び疼痛。 *経口摂取から数日後に重い口内炎、筋肉麻痺、3週間目には爪の萎縮、神経及び 精神障害、譫妄、痙攣、昏睡、窒息死が起こる。タリウム中毒に特徴的な症状として脱毛がある。 ◆硫酸タリウムは極めて危険である。鼠にのみ選択的に毒性を現すのではなく、多 くのヒトもタリウムにより中毒症状を惹起されるので、その使用は現在多くの国で厳重に規制されている。急性中毒では、消化管の痛み、運動麻痺、呼吸障害による死亡が見られる。一定時間以上の間、致死量に近い量を与えると、皮膚が赤みを帯び、タリウム中毒の特徴である脱毛が起こる。 ◆病理上の変化では血管周囲への白血球集合、脳、肝、腎の退行性の変化があげら れる。神経症状は顕著で、振戦、足の痛み、手足の知覚異常、特に足の多発性神経炎が見られる。また精神病、譫妄、痙攣、その他の脳疾患も見られる。 |
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処置 | 家 庭で可能な処置:催吐。 ■医療機関での処置 *基本的処置:催吐、胃洗浄の後活性炭(薬用炭)0.5g/kgを1日4-6 回、5日間)と塩類下剤の投与。皮膚・粘膜接触部位は徹底した洗滌。 *対症療法:呼吸・循環管理、痙攣対策、腎障害時の血液透析、タリウムの排泄促 進剤として次のものが挙げられる。[1]塩化カリウム3-5g/日、5-10日間。腎からのタリウムの再吸収と競合して排泄を増加。 [2]プルシアンブルー250mg/kg/日、2-4回に経鼻チューブを介して分割投与(24時間尿中のタリウムが0.5μg以下になるまで)。 治療上の注意点 a)塩化カリウム投与時、組織内プールからタリウムが遊離されるため、一時的に神経症状が悪化するかもしれない。 b)prussian blue療法中はカリウム塩の不可は必要ない。 c)急性期に低カルシウム血症を発症する可能性があるので、血清カルシウム値を厳重にモニターする必要がある。 d)血中からのタリウム除去のために、血液透析や血液還流が施行された例があるが、その効果については明らかでない。 -参照- ◆タリウム中毒の治療は、フェロシアン化鉄(prussian blue)の経口投与及び輸血、強制利尿によって行われる。 ◆応急処置:吐根シロップにより速やかに催吐を行って摂取されたタリウムを除去 する。その後、活性炭(薬用炭)による胃洗浄を行う。50gの活性炭(薬用炭)を胃内に残す。出来れば5?10gのpottasium |
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事例 | 「……… 髪の毛なんてね、そう簡単に抜けるものじゃないのよ、マーク。やってみるといいわ?自分の髪を引っ張ってみて、ほんのちょっとでいい、根っこから引き抜くのよ! いいからやりなさい!。ほらねそれで分かったでしょ。あの人たちにしたって、髪の毛が根っこから抜けるなんて不自然じゃないの。不自然きわまりないわよ。きっと何か新種の病気にちがいないわ?そこにはなにか意味があるのにちがいないのよ」ぼくは受話器を握り締めた。いろいろなことが、忘れかけていた知識の断片が、まとまってきた。 ……………… 「えーと?言われてみればたしかにそうだ。高熱のせいだとおもうが」 「熱なんかじゃありませんよ」ぼくは言った。「ジンジャーの病気は、みんながかかっていた病気は、タリウム中毒です。ああ、神さま、どうか間に合いますよ うに………」 [アガサ・クリスティー,高橋恭美子・訳:蒼ざめた馬;ハヤカワ文庫,2004] |
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備考 | ■プルシアンブルー(prussian blue)は、紺青(Iron blue)の別名とされている。その他の別名:パリスブルー、ベルリンブルー(berlin blue)、アントワープブルー、チャイニーズブルー、ミロリブルー等。 ■フェロシアン化第二鉄を主成分とする顔料である。紺青独特の深みのある青色 で、無機顔料としては着色力も大きい。比重1.7?1.9、吸油量32?72、pH:4?6,粒子径0.05?0.2μm。酸には強いが、アルカリには著しく弱い。製造時にニッケルを導入することにより耐アルカリ性を改良したグレードも上市されている。 一般に耐熱性はやや弱く、140℃以上に加熱すると変色が起きる。 *用途:印刷インキ、塗料(油性塗料、ラッカー)、絵具、クレヨン、紙染、加硫 ゴムの着色剤、合成樹脂。 本品を必要とするなら国内では試薬として上市されている。 |
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文献 | 1) 井上尚英:中毒学概論-毒の科学-;薬業時報社,19992)植村振作・他:農薬毒性の事典 改訂版;三省堂,2002 3)12394の化学商品;化学工業日報社,1994 4)藤原元始・他監訳:グッドマン・ギルマン薬理書[下];広川書店,1992 5)山村秀夫・監訳:中毒ハンドブック 第11版;広川書店,1990 6)鵜飼 卓・監修:第三版急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999 |
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調査者 | 古泉秀夫 | 記録日 | 1999.10.5.・ 2004.9.9. |