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アジ化ナトリウム(sodium azide)の毒性

木曜日, 8月 16th, 2007
対象物 アジ化ナトリウム[毒物劇物取締法-毒物(1999年1月1日新規指定) ]
成分 アジ化ナトリウム、[英]sodium azide、[独]natriumazid、
[仏]azoture de sodiun。同義語:窒化ナトリウム。
一般的性状 ナトリウムアミド(NaNH2)に亜酸化窒素を通じて製する。アジ化水素酸のナトリウム塩でイオン性化合物。酸と反応してアジ化水素(有毒)を生じ、重金属塩は爆発性である。高温で分解して純度の高い窒素ガスを発生する。無色、六角形の結晶で、水に易溶。アルコール、エーテルには難溶。加熱により分解する。液体アンモニアによく溶けるので、金属アジ化物の沈殿抽出には液体アンモニアを用いる。
爆発性が高く、各種の起爆剤として使われる。自動車のエアバックには運転席に80g、助手席にはその3-4倍のアジ化ナトリウムが使われている。航空機の緊急脱出用シュートを膨らませるための起爆剤にも使われている。但し、エアバッグが膨張する際、ガス生成反応の副産物として生じる少量の水酸化ナトリウムは、空気中の二酸化炭素や水蒸気と速やかに反応し、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムになり、眼損傷や顔面熱傷を引き起こすことがあるの報告。
シトクロムオキシダーゼの阻害剤である。
防腐作用があるので、防腐剤として自動血球計算機の希釈液(0.1%:1mg/mL)、肝炎抗原検出用試薬(0.1%)等臨床検査室でよく使われる。
1985年頃オーストラリア産ワインの中に、防腐剤として使われていたアジ化ナトリウムが0.5-1.5mg/L検出され問題になったことがある。
毒性 アジ化ナトリウム(NaN3=65.0)は、シアン化ナトリウムに匹敵する毒性をもつ。中毒は稀であるが、アジ化ナトリウムは身近な物質である。LD50(mg/kg)ラット(経口):46mg/kg、マウス(腹腔内):18mg/kgLDL0(mg/kg)
ラット(経口):42mg/kg、(腹腔内):30mg/kg、(皮下):35mg/kg、サル(静注)::12mg/kg

ヒト中毒量
5-10mg:頭痛、発汗、眩暈。
-40mg:眩暈、動悸出現。

防腐剤としてアジ化ナトリウムが入った蒸留水で、誤って紅茶を入れて飲んだという事故が報告されている。この蒸留水のN3-の濃度は214mg/L、カップ1杯のN3-の量は40mgであった。40mgを飲んだ3人は3-6分後、眩暈、動悸を感じたがまもなく完全に回復した。80mg(コップ2杯)飲んだ24歳の男性は、床に倒れ、両腕に放散する狭心症に類似した激しい胸痛と、足の痺れを訴えたが数時間で回復した。20mg(コップ半杯)飲んだ人は、軽い体の異常を訴えたのみであった。
蒸留水と間違え、アジ化ナトリウムとして50-60mgを飲んだ39歳の男性は、5分後卒倒し、暫く意識を失い、尿を失禁した。10分後、吐き気と激しい頭痛を訴え、頭痛は翌朝まで続いたが、1週間後には完全に回復した。
運動生理学の実験に参加した女子学生が、生理食塩液を飲むべきところ、防腐剤としてアジ化ナトリウムが0.1%入っていた生理食塩液700mLを飲んだ。5分後に意識混濁を来して倒れ、嘔吐と下痢で入院したが検査に異常なく、一晩の経過観察で退院した。しかし翌日にかけて胸痛と呼吸困難が増悪し、再入院となり、飲んで84時間後に心不全で死亡した。剖検で心室の前側壁に広範な心筋の壊死が認められたが、冠状動脈は正常であった。この症例はアジドの心筋毒性を示すものである。
この報告の700mg、13.5mg/kgが現在報告されているヒトの最小致死量である。3時間半後の尿から135ng/mLのアジドが検出された。3時間半の総排泄量は、摂取量の0.0041%であった。
アジ化ナトリウムは、酸と反応してアジ化水素を発生する。アジ化水素は沸点が低いため、稀釈溶液からでも高濃度のアジ化水素が発生する。自殺目的で15-20gを飲んだ男性が、2時間後病院に運ばれ集中的な治療が行われたが、入院2時間後に心室性不整脈、心室細動を起こし、服毒5時間後に死亡した。この時、蘇生に当たった医療従事者の殆どが、頭痛、嘔気、ふらつき等の中毒症状を発現5-10分毎に交代して治療にあたらざるを得なかったとする報告がされている。

症状 症状として低血圧、頻脈、頻呼吸、痙攣、頭痛。
狭心症類似胸痛、手足の痺れ。眩暈、動悸、意識混濁、意識喪失、尿失禁、嘔吐、下痢、遅発性の心筋壊死。
急性症状
吸入:咳、息切れ、頭痛、鼻づまり、眼のかすみ、心拍数低下、血圧降下、意識喪失。
皮膚:吸収される可能性あり。 発赤、水疱。
眼:発赤、痛み。
経口:腹痛、吐き気、発汗。 他の症状については「吸入」参照。
処置 応急処置
吸入:新鮮な空気、安静。 必要な場合には人工呼吸。 医療機関に連絡する。
皮膚:新鮮な空気、安静。 必要な場合には人工呼吸。 医療機関に連絡する。
眼:15分間流水で洗い流し(可能であればコンタクトレンズをはずして)、医師に連れて行く。
経口:をすすぐ。 吐かせない 。 多量の水を飲ませる。 安静。 医療機関に連絡する。解毒薬として『亜硝酸ナトリウム』は無効の報告。
特異的解毒剤、拮抗剤はない。
基本的処置・対症療法を行う。
経口摂取の場合、突然、虚脱状態や痙攣が起きる危険性があるため、催吐は勧められない。
胃洗浄、薬用炭(活性炭)・下剤の投与を行う。
呼吸・循環機能の維持管理に留意し、少なくとも
48-72時間は経過を観察する。
痙攣、血圧低下、肺水腫、代謝性アシドーシス等は対症的に治療する。
交換輸血、血液吸着、血液透析、腸洗浄には有用性を示す資料がない。
治療に当たっては、アジ化水素の発生に注意し、医療従事者の保護具着用、治療室の換気、患者の吐物や胃洗浄液の管理等、二次汚染対策が重要である。
吸入の場合、新鮮な空気下に速やかに移送し、呼吸不全を来していないかチェック、汚染された衣服は脱がせ、曝露された皮膚、眼は大量の流水で洗う。
咳や呼吸困難のある患者には、必要に応じて気道確保、酸素投与、人工呼吸等を行い、全身症状の発現を注意深く観察する。その他、経口摂取の場合に準じて治療する。
事例 アジ化ナトリウム混入事件 元内科医長一転有罪差し戻し審  京都地裁判決

京都市右京区の旧国立療養所(現・独立行政法人国立病院機構)宇多野病院で1998年10月ポットにアジ化ナトリウムが混入され、医師7人が薬物中毒症状を起こした事件で、傷害などの罪に問われた同病院の元内科医長・石田博被告(50)の差し戻し審判決が6日、京都地裁であった。東尾龍一裁判長は、「状況証拠から被告が犯人であることは証明されている」として、懲役1年4月(求刑・懲役1年6月)を言い渡した。被告側は控訴する。

東尾裁判長は判決で、自白調書について、「犯行を自認する核心部分の信用性は乏しい」とした。しかし、検察側が被害者らの供述から絞った犯行時間帯について「この間に被告のみが犯行を行うことが十分可能だった」とし、石田被告が任意提出した尿から高濃度のアジ化物イオンが検出された点は「自ら自己の尿に工作したことが強く疑われる」と断じた。

石田被告は捜査段階で犯行を自供したが、公判では否認に転じた。一審の京都地裁は「任意性に疑いがある」として自白調書を証拠採用せず、無罪を言い渡したが、大阪高裁は調書を採用しなかったのは違法として一審判決を破棄して差し戻し、最高裁も石田被告の上告を棄却した[読売新聞,第46872号,2006.9.6.]。

備考 不思議だ!
一審の京都地裁は「任意性に疑いがある」として、自白調書を証拠採用せずに無罪とした。大阪高裁は調書を採用しなかったのは違法だとして一審判決を破棄、差し戻した。最高裁も被告の上告を棄却、今回差し戻しとして行われた一審では、有罪判決が出た。  不思議だ!
自白調書を証拠採用しなかったのは、証拠能力がなく、有罪を立証する根拠とはならないと判断したからではないのか。しかし、高裁は調書を採用しなかったのは、違法だとして一審判決を破棄したというが、裁判官が調書を読んだ上で、証拠能力なしと判断したとすれば、調書は証拠として使われていたということではないのか。それなのに何故違法だといわれることになったのか。
更に不思議なのは、裁判官が交代したら同じ調書が証拠能力を発揮して無罪が有罪に変わったということである。しかし、これだけ見事に違う結果が出ると、如何に人がやることとはいえ、信頼性に欠けるのではないか。
まあ、今回も推理小説で使用された毒薬ではないが、まあ、世間一般に知られてきているようなのと、特効的な解毒薬・拮抗薬がないということで、調べておくことにした。
文献 1)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,1999
2)薬科学大事典 第2版;廣川書店,1990
3)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
4)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療-;南江堂,2001
5)国際化学物質安全性カード;http://www.nihs.go.jp/ICSC/,2006.9.9.
6)(財)日本中毒情報センター;症例で学ぶ中毒事故とその対策;じほう,2000
調査者 古泉秀夫 記入日 2006.9.12.