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尊厳死

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

人工呼吸器を装着して呼吸をしていたとしても、それが一時的な処置で、最終的には退院して通常の生活に戻れるというのであれば、治療の一環ということであろうが、強制呼吸を続けるだけで、二度と起きあがることができないのであれば、それは最早治療とはいえないのではないか。

単に延命のために人工呼吸器を装着するということであれば、それはある意味で、人の命に無意味なことを強いていることになるのではないか。当人に意識がなく、再起不能という判断があれば、むしろ死を迎える準備をさせるべきであり、人工呼吸器の装着は当初から回避すべきではないか。

一端、人工呼吸器が装着されれば、一定の手続きを経なければ外すことができないというのであれば、装着する前に、その患者の将来を見通し、家族も含めて、一定の判断をしなければならないということになる。しかし、万一ということの兼ね合いから、医師が人工呼吸器を装着したいというのであれば、患者の家族として反対はできないであろうが、取り敢えず装着してみて判断したいという程度の理由であれば、装着しないという判断も重要なはずである。何しろ一端装着してしまえば、外すのは甚だ困難だというのが現状だからである。

ところで東海大病院安楽死事件に関する1995年3月の横浜地裁判決で、治療行為を中止しても尊厳死として違法性を免れる三要件として

  1. 死が避けられない末期状態である
  2. 治療中止を求める患者の意思表示か、患者の意志を推定できる家族の意思があ
  3. 自然の死を迎えさせる目的にそう

が示されている。

更に今回行われた川崎共同病院の判決では、三要件に残っていた曖昧さについて

『回復不能で死期が切迫していることについては、医学的に行うべき治療や検査を尽くし、他の医師の意見も聴取して確定的診断がなされるべき』と、より細かい条件を補足的に示した。

更に『医師が可能な限り適切な治療を尽くしていれば、患者が望んでいる場合でも、医学的に見て無意味と判断される治療を続ける義務は法的にはない』として、医師の治療義務の限界について踏み込んだ見解を示した [読売新聞,第46343号,2005.3.25.]とする報道がされていた。

しかし、皮肉なことに、同じ紙面に次の記事が掲載されていた。

広島県福山市内の医療法人が運営する病院で、意識不明になっている70歳代の女性患者の人工呼吸器を外し、女性が死亡したことが25日分かった。

患者は4日に入院、腎不全と診断。症状が重く、6日に人工呼吸器を取り付けた。その後、容体が悪化して意識不明になり、13日午後2時前に、家族が院長に人工呼吸器を外すことを頼んだという。

院長は家族に対し、人工呼吸器のチューブを外すと死亡することを説明した上で、家族が「承諾書」に署名、人工呼吸器のチューブを抜き、患者は同2時30分に死亡したという。

この記事の内容から判断すると、上記の両裁判所の示した判断基準を満たしているとはいえないのではないか。

更に、北海道では、人工呼吸器を外した医師を、殺人容疑で書類送検したという記事も流れてきた。

留萌管内羽幌町の道立羽幌病院で昨年2月、女性医師(33)が入院中の男性患者=当時(90)=の人工呼吸器を取り外し、男性が死亡した問題で、道警は26日までに、この女性医師を殺人の疑いで、近く書類送検する方針を固めた。

筋弛緩(しかん)剤の投与など「積極的安楽死」ではなく、延命治療中止だけの行為で、殺人容疑で書類送検するのは全国で初めてという。

調べでは、女性医師は昨年2月14日午後、食べ物をのどに詰まらせて心肺停止状態で同病院に運ばれた男性に、蘇生(そせい)措置を実施。男性の心臓は動きだしたが、自発呼吸が戻らなかったため、人工呼吸器を装着した。しかし、その約一時間後、人工呼吸器を外し、翌15日午前、男性を死亡させた疑いが持たれている。

道などによると、女性医師は患者の長男ら親族に「脳死状態で、このまま意識は戻らず、治る見込みはない。(家族の)負担になる」と説明。長男ら親族は治療停止を了承し、女性医師が人工呼吸器を外したという。

道警などは、女性医師には患者の死亡につながるとの認識がありながら人工呼吸器を外した上、一連の行為が、東海大病院事件の1995年の横浜地裁判決で示された「延命治療中止」の要件を満たしておらず、正当な医療行為には当たらないと判断したとみられる

[北海道新聞,2005.4.27]。

兎に角、入院する際には、意識不明状態に陥った場合、人工呼吸器の抜管を認めるという、遺書を用意しておかなければならないということのようである。

更に院内に死を予測する委員会を設置し、複数の医師が死を予測できなければ、人工呼吸器の抜管は認められないということのようである。

人の死を人が簡単に決めてしまうのは、なるほど問題があるのかもしれないが、死を予見することも簡単なことではない。複数で判定をしたからいいというのではなく、基本は医師と患者との信頼関係、医師と家族との信頼関係の上に、最終判断を相互に相談して決定するということでいいのではないか。

裁判所が色々決めていただくのはいいが、あくまでも当事者ではない冷静な第三者の判断である。医療機関での対応に、必ずしも馴染む判断とはいえないところがあるような気がするが、どんなものであろうか。

(2005.6.23.)

想像力の欠如

水曜日, 8月 15th, 2007

鬼城竜生

セラチア菌による院内感染で、患者6人が肺血症で死亡。その他の6人もセラチア菌感染による肺血症で入院治療。この事故で、東京地検は9日、ずさんな衛生管理で集団感染を招いたとして、院長を業務上過失致死罪で東京簡裁に略式起訴し、罰金50万円を請求した。院内感染で病院の管理者が刑事責任を問われるのは 、極めて異例とする報道がされていた [読売新聞,第45995号,2004.4.10.]。

事故の内容は、点滴の際に血液 の凝固を防ぐ「ヘパリン生理食塩水」を毎日作り替えず、常温で保管し、2002年1月セラチア菌に汚染された「 ヘパリン生理食塩水」の点滴によって、患者12名に感染させたとするものである。院長は脳神経外科の専門医 のようである。

もしそうであるなら手術をする際の手洗い等には、神経を 使っていたはずである。手術を通して、患者に感染が起これば、それこそ致命的な結果を招くのは明らかである。従って、外科系の医師であれば、手術時の感染防御について、神経をつ使っていたはずである。

にもかかわらず「ヘパリン生理食塩水」の取 り扱いについては、素人も同様の扱いを放置していたのはどういう訳か。「ヘパリン生理食塩水」の作りおきや 常温保存がどういう結果を招くかは、十分に予測できることであり 、それを予測しなかったとすれば、想像力の欠如以外の何ものでもない。

同じ記事の中に、厚生省通知に 基づく院内感染防止マニュアルを作成しておら ずとの記述も見られたが、厚生省の通知が有ろうがなかろうが、感染防御マニュアルを作成しておくことは、医療従事者としては当然のことのはずである。

しかし、例え感染 防御マニュアルが有ったとしても、悪い労働条件を放置していたのでは、それが守られることがないことを忘 れてはならない。個人の開業医では、看護労働力の確保が困難ということで、手術室勤務の看護師と病室勤務の看護師をプールして勤務させているようであるが、人数的に無理が有れば、仕事のあらゆる部分で手抜 きが始まる。特に感染防御については、感染防御マニュアルがあったとしても、『声はすれども姿は見えず、ほんにあなたは屁のような』という戯れ歌ではないが、眼に見えない物に対する防御意識は脆弱になるのである 。

何かことが起こると、やれ『医療人としての心構え』だの、『患者の命を守る立場だのの精神論がかまびすし いが、医療人といえども『衣食足りて礼節を知る』は、一方の心理である。

それにしても我が国の医療実態は 、貧しいといわざるを得ない。それのなによりの証明は、看護職員の職場での定着率の悪さである。看護師で ある以上、夜勤があるのはあきらめざるを得ないが、夜勤回数の減は物理的な問題であり、この基本的な部分を改善することによって、日勤体制の強化も可能であり、患者への手厚い介護も可能になる。

同時に感染防 御マニュアルに定められた細々とした決まりも確実に実行可能となるのである。

手順を手順通りやれば、仕 事が何時終わるか解らないという最悪な労働条件の中で、どのようなマニュアルを作ろうと、神棚のしめ縄と 同じで、何の御利益も産み出しはしない。

しかし、それにしても、静脈内に注入するものを、無菌調製するわけでもなく、滅菌するわけでもなく、常温で保存することが、最悪の事態を招くであろうことを誰も疑問を持たない でやっていたとすれば、どういう言い訳も通用しない。医療人としては考えられない常識外の行動が、6名もの命を奪ったということに対しては、ただただ頭を垂れるのみである。

(2004.4.15.)

組織は生き物である

水曜日, 8月 15th, 2007

大阪府枚方市にある市立枚方市民病院で、医薬品納入をめぐる汚職事件に関連して、前病院長が再逮捕されたという記事が、報道されていた(読売新聞.2000年10月5日)。その中で「新薬選定の権限を持つ薬事委員会の委員長だった容疑者は」という記述がされていたが、未だにこんな施設があったのかと驚きを禁じ得ない。

院内の『薬事委員会』あるいは『薬剤委員会』は、病院長の諮問機関として設置されるものであり、通常は副院長が委員長を務め、病院長は出席しないことになっている。

院内に『薬剤委員会』を設置し、採用する医薬品の審査をするのは、不要不急の薬は買わないということと同時に、医薬品を購入する権限を医師個人に持たせることで、企業から金をもらったり、酒を飲まされたりという、いはゆる癒着を避けることが、最大の眼目だったはずである。

永年、『薬剤委員会』の事務局を勤めてきた立場からいわせて頂くならば、『薬剤委員会』の委員の任期は2年ということで持ち回りになっており、種々の論議を経て、原則的には1品目採用、1品目削除等の厳しい規約・規定で運営されており、個人の医師が特別な権限を持ち得るほどに恣意的な決定はできない仕組みになっている。

勿論諮問を受けた病院長が、委員会の決定を覆そうとすれば、できないわけではないが、明確な理由を付して委員会への差し戻しというところまでで、委員会の再審議の結果には従わざるを得ないことになっていた。

第一管理職である病院長は、管理業務に専念し、日常診療は一切しないことになっているため、処方を書かない病院長が、薬の新規購入の申請をする必要は全くなく、委員会をもませる気でもなければ、差し戻しなどしても仕方がない訳で、事務局としてそういう立場に立たされたことは一度もなかった。

更に枚方市の調査では「同病院の医師や看護婦ら約280人が、94年から今年4月にかけて、製薬会社20社から24回、計約370万円相当の「薬の勉強会」名目の飲食接待を受けていた」ということであるが、地方公務員である市立病院の職員が、何の疑問も持たずに院内で製薬企業の勉強会なるものを実施し、饗応を受けていたとすれば、その道徳観の欠如には驚かざるを得ない。

最も、病院長の諮問を受けるべき委員会の委員長に、自ら座っていた時代錯誤の病院長を頂点に戴く組織である。世間一般の常識は通用せず、いたとしても少数の常識派は、ものいえない状況にあったのかもしれない。しかし、それにしても、市から交代できていたであろう事務系の長はどうしていたのか。市の職員にすれば、病院に派遣されるということは、保守本流から外れたことになり、病院運営には意欲がわかず、早く市の方に戻りたいとでも考えていたとすれば、病院運営に意欲を燃やすということは無かったのかもしれない。

『組織は生き物である』。料理の作りようが悪ければ下痢をするし、腐っていれば食中毒を起こし、時には瀕死の重症に陥る。病院長にはっきりものがいえる人がいなかったということが、この病院にとっての最大の不幸である。

病院長の中には、管理職の何たるかを理解していない人が時に見受けられるが、管理者としての尊厳と裸の王様の独善とは異なるのである。あってはならない『薬剤委員会の委員長』に病院長が座るといったときに、断固として阻止できなかったという組織運営のありようが、根本的に間違っていたというべきである。

[2000.10.6.]

それは嘘だろう

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

読売新聞の2000年8月11日付の報道によると、横浜船員保険病院で准看護婦が昨年夏から約1年間にわたり向、精神薬麻薬取締法で管理の徹底を求められている鎮痛剤「ペンタゾシン」のアンプルを勝手に持ち出し、自ら使用し、解雇処分になっていたことが11日わかったという。

同病院は本人以外に実害がなかったなどとして、神奈川県への必要な届出をしていなかった。同県は、麻薬取締法に違反したとして、近く同病院を立ち入り調査し、薬剤の保管状況に問題がなかったかどうかなどについても事情を聞くというものである。

また、報道によると、准看護婦の使用していた薬剤は計30回にわたり、薬物保管庫から患者に使用するためのペンタゾシンのアンプル(15mg)を1本ずつ持出し、当直用の部屋で肩に注射していたという。同法では10アンプル以上の向精神薬を紛失した場合、都道府県知事に届け出るよう定めているが、同病院は「量によって届出が必要だとは知らなかったとしている。同病院では薬物を患者に使用する際、報告書に記入するよう定めているが、今年6月、ペンタゾシンを使用していないはずの患者に注射したとの記載があったことから発覚した」というものである。

横浜船員保険病院が、どの程度の医療機関なのか、新聞報道の範囲内では分からないが、薬剤師の配置がされていないということであれば、たぶん診療所程度の施設なのであろう。

もし、薬剤師が配置されている施設であれば、向精神薬麻薬取締法の規制下にある薬剤が紛失したということになれば、『向精神薬を滅失、盗取、その他の事故が生じた場合、品名・数量及びその他必要事項を記載し、「向精神薬事故届」により速やかに都道府県知事宛に届け出なければならない』とされていることは承知しているはずである。

注射薬であれば「10アンプル又は10バイアル」から届出の必要がありとされており、厚生省あるいは都道府県の担当部局から通知文書等が出されている。

にもかかわらず「量によって届出が必要だとは知らなかった」とする施設の言い訳が記事になっているということは、薬剤師がいない施設だと考えざるを得ないということである。

通常、注射薬の取扱いは、未だ多くの施設で注射伝票によって処理されているはずである。医師は患者別の注射指示書に使用する医薬品名等を記載し、看護婦が注射伝票に転記する。従って医療従事者が自己の使用を目的に、実在の患者名を記載し、注射伝票として提出した場合、それが偽の伝票なのか、本物の伝票なのかをチェックすることは極めて難しい。

性善説ではないが、いやしくも免許を持つ医療従事者が、薬を盗取するなどとは考えられないということを前提として、医療機関は運営されており、意図的にシステムを利用された場合、防御することは困難である。その意味では、今回の事例も発生源入力で医師が注射薬処方せんを発行し、薬剤師が調剤するという仕組みができていない限り防ぐことはできない。しかし、例えこのシステムが導入されたとしても、医師が自己使用のために患者名を流用して処方を書いたとすれば、防御する方策は見あたらない。つまり病院における薬品管理は、常に医療従事者の良心の問題に寄り掛かって運営されているといっても過言ではないのである。特に鎮痛剤である「ペンタゾシン」は、緊急に使用されることも多い薬剤であり、病棟によっては定数配置をしなければならない薬剤ということで、麻薬注射薬と同等の厳しい管理を行えば、間違いなく治療に影響を与える薬剤である。

その意味では、今回、病院の職員が自己使用の目的で盗取したことに対する管理の不備を云々したところで意味はない。更に盗取した職員は、既に解雇処分を受け、内部的には処理が終了しているということでもある。しかし、何故、県に対して、第三者に全く影響がなく、自己使用をした職員は既に処分を行った事例での報告義務について伺いをたてなかったのか。あるいは県に報告をすることに思い至らなかったのか不思議である。

多分、職員の自己使用という違法行為に対し、報告をすることで表沙汰になることを避けようという、自己保身の考え方が先行したのではないかと思われる。

院内における各種医薬品の管理は、病院長にその責があり、薬剤師は病院長からの委任により、院内における薬剤の管理を委ねられているのである。病院運営における免許職種の管理責任は、事務職の管理責任より重い。

今回の事例が、事務職の都合によって、意図的に隠蔽しようとした結果が、どういう都合でか突然表沙汰になったのを受けて、「量によって届出が必要だとは知らなかった」などという言い訳になったのでなければ幸いである。

免許職種の持つ責任の重さを、他の職種が理解しない限り、病院の管理運営は巧く機能しない。

[2000.8.14.]

専門職の崩壊

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

山梨日日新聞社(甲府市)で、1月31日付朝刊に掲載した柳沢伯夫厚生労働相の「産む機械」発言をめぐる社説が、他の新聞の社説(神戸新聞、西日本新聞)と酷似していたということで、社説問題調査委員会で調査した結果、15本に盗用があったと判断された。社説を書いていた小林広(56)論説委員長は、20日付で懲戒解雇処分に、野口英一社長が辞任した他、常務、取締役編集局長の各氏が処分された。

続いて新潟日報社(本社・新潟市)が昨年11月21日の朝刊に掲載した社説が3日前の朝日新聞朝刊の社説と酷似していた。同社は執筆した小町孝夫・論説委員(55)を21日付で総務局付とし、社内に調査委員会を設置して、他に盗用がないか調べる。原稿内容については、論説委員長が校閲していたが、盗用に気付かなかったとされている[読売新聞,第47040号,2007.2.22.] 。

社説というのは、ある現象に対して新聞社の立場を明確にすると共に、その立場を示す意見を表明するものだと理解していたのだが、違うのであろうか。時事問題や国際問題、注目されたニュースの中から幾つかを選別し、新聞社の論説委員が、課題等の背景を解説すると共に、解説した論説委員の主張や考え方を日々掲載するものであると理解していたが、違ったか。

少なくとも論説委員は新聞記者として永年の経験を積み、洞察力や文章力に優れていると評価された記者が選ばれるものと理解している。しかも数名の人達が論説委員として勤務しており、新聞に掲載される社説は毎日必要だったとしても、一人の論説委員が毎日原稿を書く等という、過酷な条件下に置かれているわけではないはずである。にもかかわらず、他社の社説を真似しなければ原稿が書けなかったとすれば、不勉強の謗りは免れない。更に洞察力や文章力の低下以外のなにものでもないといわざるを得ない。

更に毎日新聞の記者が、取材録音を第三者に手渡していたという報道[読売新聞,第47042号,2007.2.24.]がされていた。新聞記者としてはやってはならない基本中の基本であり、これも専門職能の倫理観の欠如に由来する行為であるといえる。

最近、あらゆる分野において、いわゆる専門職能といわれる人種の技術力の低下、倫理観の欠如が原因と見られる種々の問題が報道されている。普通であれば防止できる事故の発生は、明らかに企業としての責任感、倫理観の欠如の結果であり、経営者の他人事みたいな言い訳のお詫び会見に具象化されている。

専門職能の使命感の脆弱化が、組織力を低下させ、従来であれば考えられない事故が発生する。あまつさえその事故を組織ぐるみで隠蔽する。企業の運営が大衆に支えられ、大衆に利益を還元するという基本的なところが忘れられている。

今回、新聞の顔ともいうべき社説を、他人の原稿を部分的とはいえ、流用することで糊塗したていたらくは、最近の専門職能のタガの緩みを如実に示しているといえるのではないか。

(2007.2.25.)

世間が狭くなる食い物の世界 

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

昔、新宿の飲み屋で、酒を飲んでいたころ、牛の脳味噌の刺身をしょっちゅう食っていた。独特の食感が美味いと思わせたからであったが、それが ある時からぴたっと食わなくなった。店のおやじが不思議がったが、その時は、急に食わなくなった理由を口にすることはなかった。

その当時、勤務していた病院の医薬品情報管理室に、国立の療養所から、入院中のクロイツフェルト・ヤコブ病の患者に使用した器具の消毒・滅菌法を調査してくれといわれ、病名自体が馴染みのないものであったため、どんな病気なのかを調べ始めたのはいいが、プリオンなる原因物質が動物の脳内に存在するという話で、羊やミンクに発症するほか、過去には人食い習慣のある地域の住民にも発症し、脳が海綿状になる等という文献を検索した結果、脳味噌の刺身は食う度胸がなかったということだが、それは狂牛病、ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy:BSE)等という言葉が、世間をにぎわせる数年も前の話である。

A型肝炎・B型肝炎・C型肝炎の感染防御ということで、消毒・滅菌法の調査をしている段階で、E型肝炎についても調べなければ片手落ちだろうということで調査をしたが、どの資料も衛生状態の悪い国には存在するが、我が国にはいないという記述であった。しかし、そのうち北海道で鹿のレバ刺しを食した人が感染、神戸では猪のレバ刺しを食した人が感染したとする報道があった。そのうち北海道では焼き肉を食べた人が感染したという騒ぎが起こったが、焼き肉から感染した人の場合は、焼きの甘い肝臓を食した結果だということである。

プリオンとは異なりE型肝炎ウイルスは、比較的熱には弱いといわれている。従って十分に加熱すれば、感染することはないとされている。

おっしゃることはよく解るが、ホルモン焼きの世界で、レバーの身が固まるほどに灼くのは邪道であり、悪いけれど美味くはない。更にレバ刺しの旨い店は、それだけで客が集まる魔力を発揮する。まあ取り敢えず、E型肝炎ウイルスは極く限られた地区に限定したものとして、それ以後も機嫌良くレバ刺しを食っていたが、今年の2月厚生労働省が嫌な情報を流した。

従来、牛の肝臓内にはいないと考えられていたカンピロバクターが、胆汁中で見つけられたとされており、胆嚢・胆管内にも棲み付いているというのである。当然肝臓内にもいるということで、肝臓内に菌が棲息しているとすれば、どう処理しようとレバ刺しは食っちゃいかんということになるのかも知れない。まあ、全ての牛の肝臓が汚染されているわけではないからという考えもあるが、何がでるか解らんからまあ生は止めておくかというのも一つの考え方ではある。

しかし、食い物の世界も、えらく世間が狭くなってきたもんである。

(2005.4.23.)

なお、参考までに、厚生労働省が出したカンピロバクターに関する質疑応答を以下に添付しておく。

平成17年2月8日

厚生労働省食品安全部監視安全課乳肉安全係

牛レ バーによるカンピロバクター食中毒予防について(Q&A)

牛レバーのカンピロバクターによる汚染についての研究結果が取りまとめられたことから、正しい知識と現状等について理解を深めていただきたく、 Q&Aを作成しました。

今後、本件に関する知見の進展等に対応して、逐次、本Q&Aを更新することとしています。

Q1.牛レバーはどの程度カ ンピロバクターに汚染されているのですか?

A1.厚生労働科学研究食品安全確保研究事業「食品製造の高度衛生管理に関する研究」主任研究者:品川邦汎(岩手大学教授) において、健康な牛の肝臓及び胆汁中のカンピロバクター汚染調査を行ったところ、カンピロバクターは、従来、胆汁には存在しないと考えられていましたが、胆嚢内胆汁236検体中60検体(25.4%)、胆管内胆汁142検体中31検体(21.8%)、肝臓では236検体中27検体(11.4%)が陽性でした(表参照)。

肝臓部位 検査数 検出数(%) 陽性肝臓に対する検出率 (%) 平均菌数(個/g)
胆嚢内胆汁 236 60(25.4) - 2,700
胆管内胆汁 142 31(21.8) - 6,200
肝臓 236 27(11.4) 100 -
左葉 236 21(8.90) 77.8 55
方形葉 236 19(8.05) 70.4 22
尾状葉 236 13(5.51) 48.1 10

Q2.「カンピロバクター」 とは、どういう細菌ですか?

A2.カンピロバクターは、家畜の流産あるいは腸炎原因菌として獣医学分野で注目されていた菌で、ニワトリ、ウシ等の家きんや家畜をはじめ、ペット、野鳥、野生動物などあらゆる動物が保菌しています。1970年代に下痢患者から本菌が検出され、ヒトに対する下痢原性が証明されましたが、特に 1978年に米国において水系感染により約2千人が感染した事例が発生し、世界的に注目されるようになりました。

カンピロバクターは15菌種9亜種(2000年現在)に分類されていますが、ヒトの下痢症から分離される菌種はカンピロバクター・ジェジュニがその95- 99%を占め、カンピロバクター・コリなども下痢症に関与しています。

Q3.カンピロバクターに感 染するとどんな症状になるのですか?

A3.症状については、下痢、腹痛、発熱、悪心、嘔吐、頭痛、悪寒、倦怠感などであり、他の感染型細菌性食中毒と酷似します。多くの患者は1週間で治癒し、通常、死亡例や重篤例はまれですが、若齢者・高齢者、その他抵抗力の弱い者は重症化の可能性が高いことに注意が必要です。また、潜伏時間が一般に2-5日間とやや長いことが特徴です。

Q4.どのような食品がカン ピロバクター食中毒の原因になるのですか?

A4.カンピロバクター食中毒発生時における患者の喫食調査並びに施設等の疫学調査結果からは、推定原因食品又は感染源として、鶏肉関連調理食品及びその調理過程中の加熱不足や取扱い不備による二次汚染等が強く示唆されています。2003年に発生したカンピロバクター食中毒のうち、原因食品として鶏肉が疑われるものが89件、牛生レバーが疑われるものが10件認められています。

また、欧米では原因食品として生乳による事例も多く発生していますが、我が国では牛乳は加熱殺菌されて流通されており、当該食品による発生例はみられていません。この他、我が国では、不十分な殺菌による井戸水、湧水及び簡易水道水を感染源とした水系感染事例が発生しています。

なお、過去5年間の厚生労働省食中毒統計によると、カンピロバクター食中毒は、各年450件前後発生しており、患者数は1,700-2,600人前後を推移しています。

Q5.どのようなカンピロバ クター食中毒の予防対策がとられていますか?

A5.カンピロバクター食中毒の原因食品の一つである鶏肉については、食中毒菌による鶏肉汚染の防止等の観点から、食鳥処理場の構造設備基準や衛生的管理の基準が定められた「食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」が1991年に施行されました。また、1992年には、「食鳥処理場におけるHACCP方式による衛生管理指針」を定め、食鳥処理段階における微生物汚染の防止を図っています。

牛レバーについては、1996年に腸管出血性大腸菌O157による食中毒が社会問題となり、と畜場における衛生管理の重要性が改めて指摘されたことから、と畜場法施行規則を1996年に改正し、先進諸国において導入されつつあるHACCP方式の考え方を導入したと畜場における衛生的な食肉の取扱いの規定を盛り込むとともに、同法施行令を1997年に改正し、と畜場の衛生管理基準及び構造設備基準を追加し、食肉処理段階における微生物汚染の防止を図っています。

Q6.牛の生レバーは安全で すか?

A6.家畜は、健康な状態において腸管内などにカンピロバクター、腸管出血性大腸菌などの食中毒菌を持っていることが知られています。一方、今日の食肉処理の技術ではこれらの食中毒菌を100%除去することは困難とされています。このため厚生労働省では、食中毒予防の観点から若齢者、高齢者のほか抵抗力の弱い者については、生肉等を食べないよう、食べさせないよう従来から注意喚起を行っています。

なお、通常の加熱調理を行えばカンピロバクターや腸管出血性大腸菌などは死滅するため、牛レバーを食べることによる感染の危険性はありません。

(参考)

  1. 腸管出血性大腸菌による食中 毒の対策について
    http://www.mhlw.go.jp/topics/0105/tp0502-1.html
  2. 若齢者等の腸管出血性大腸菌 食中毒の予防について
    http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/taisaku/dl/040525-1.pdf

銭を稼げる芸になっているのか?

水曜日, 8月 15th, 2007
毎回同じ薬に「情報提供料」院外薬局で「薬剤情報提供料17点」(1点=10円)をとられます。毎回同じ薬なので、いちいち説明の紙はいらないと訴えたら、なぜか、7点だけ減りました。(埼玉県・女性)

なしにすることも可能

情報提供料には二種類あります。  ひとつは、患者の求めに応じて「お薬手帳」に注意事項などが記載されて渡された場合で、17点です。もうひとつは、薬の説明を文書で渡された場合で、点数は10点です。前者は患者の同意を得て初めて出すことになっていますが、後者は薬剤師の判断で出すことになっています。7点分の減額は、前者から後者へ切り替えたという意味なのでしょう。

ご質問者は、手帳は要求していないし、もらってもいなかったということで、当初の請求自体もおかしかったといえます。  さらに説明文書も、毎回同じなので不要と判断されれば、なしにすることも可能です。薬局で相談してみて下さい。 [暮らし健康-医療の値段;読売新聞,第46080号,2004.7.4.]

調剤した薬について、薬剤師が説明するのは当たり前のことであり、薬を服むことで起こるかもしれない患者のもろもろの心配に対して、情報を提供するのは薬剤師としての義務である。職業上の義務に対して、なまじ点数を付けるから問題になるのであって、情報提供料などとして独立させるのではなく、基本業務の中に包括すべきではないか。

まして慢性疾患の場合、処方薬が頻繁に代わるということはない。症状が安定しているということは、薬が効いているということであり、同じ薬が継続して処方されるのは当然のことなのである。しかも継続して服用している薬であれば、ある程度、副作用の予測は可能であり、重篤な副作用もでないであろうとの判断ができるということである。 従って、診療報酬請求用のコンピュータシステムに、附録として付いているお仕着せの説明文書を使用している限り、同じ説明文書が延々と出てくるということになる。

このような結果に対して、何の疑念もなく、ただ繰り返しているだけということでは、薬剤師として『銭を稼げる芸』になっていないということである。

例えば「このお薬は、痛風の治療に用います。」という説明を、薬を受け取るたびに渡されたとすれば、これは一度だけで結構だというのが患者側の正直な気持である。

ましてこの薬の適応症は『痛風、高尿酸血症を伴う高血圧症における高尿酸血症の改善』であり、厳密には『痛風』の治療薬ではない。更に benzbromaroneの薬理作用は『尿細管における尿酸の再吸収を阻害し、尿酸の尿中への排泄を選択的に促進する』とされており、尿酸の排泄促進薬で、痛風への進行を抑制する役割を果たす薬である。

本剤の重篤な副作用として、『劇症肝炎』が報告されており、“投与開始6ヵ月以内に発現し、死亡等の重篤な転機に至る例も報告されているので、投与開始後少なくとも6ヵ月間は必ず定期的に肝機能検査を行うなど観察を十分に行い、肝機能検査値の異常、黄疸が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと”とされている。

しかし、調剤薬局で手渡された上記の説明書には、劇症肝炎に関する患者としての注意点は何ら記載されていない。薬剤師は本剤の添付文書を、再度、熟読すべきであると申し上げておきたい。

添付文書の『警告』の(2)として『副作用として肝障害が発生する場合があることをあらかじめ患者に説明するとともに、食欲不振、悪心・嘔吐、全身倦怠感、腹痛、下痢、発熱、尿濃染、眼球結膜黄染等があらわれた場合には、本剤の服用を中止し、直ちに受診するよう患者に注意を行うこと。』の記載がされている。

少なくとも、医療チームへの参画を標榜する薬剤師であれば、第1回目の調剤の時に、肝炎に対する注意事項を伝達し、2回目の調剤時には、現在の患者の状況について具体的な説明を求め、最低限6ヵ月間は、医師を補完する情報の管理を行わなければならないのではないか。

本剤の副作用に関する説明を医師から聞いて承知していると患者が言えば、薬剤師が上乗せして説明する必要はなくなるが、僅かとはいえ情報提供料が付くからといって、ありきたりの説明をし続けることは、『芸のある人間』のやるべきことではない。同一事項以外に伝えるべき情報がないなら、『情報提供料』は請求しないという確固たる対応をすべきである。

そろそろ薬剤師も、現在やっている服薬指導の中身を、見直す時期に来ているのではないか。

(2004.7.7.)


  1. 高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004

スギ花粉は無理だろう

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

厚生労働省から『スギ花粉を含む食品に関する注意喚起について』とする文書が公表された。これは先日報道されたスギ花粉を含むいわゆる健康食品で、健康被害を起こした女性がいたことによる。

平成19年3月27日

食品安全部基準審査課

新開発食品保健対策室

『スギ花粉を含む食品に関する注意喚起について』

スギ花粉を含む食品については、先般、スギ花粉症患者がこれを含む製品を摂取したことが原因と疑われる健康被害(重篤なアレルギー症状)に関する情報が報告されたため、厚生労働省において当該製品名等を公表したところです。

この健康被害と製品摂取との因果関係について、平成19年3月15日、専門家による検討会において検討がなされた結果、当該健康被害と製品摂取との因果関係は否定できず、また、他のスギ花粉を含む食品についても、スギ花粉症の方はこれらを摂食することにより重篤なアレルギー症状を引き起こす可能性があることから、消費者に対し適切な情報提供を行うことが適切である旨のご意見をいただきました。

これを踏まえ、厚生労働省では、今後、スギ花粉を含む食品への対応について検討していくこととしていますが、スギ花粉症の方は、スギ花粉を含む食品を摂取する場合は十分にご注意ください。

また、2007年4月17日には『厚生労働省の調査会は16日、スギ花粉を含む健康食品について、スギ花粉症患者が摂取すると重いアレルギー症状を引き起こす可能性があると、包装などに表示するよう販売事業者を指導することを決めた。今年2月スギの花粉を粉末にしたカプセルを詰めた「パピラ」を飲んだ和歌山県内の女性が一時重体になった。

厚労省は、パピラを承認されていない医薬品と断定。山形県が製造元に販売停止と商品回収を指導した。他にも液体エキス、カプセル剤、錠剤、粉末剤、あめといったスギ花粉を含んだ健康食品がインターネットなどで販売されていることから、取り扱いについて調査会で検討した。

スギ花粉が主成分のケースは、医薬品にあたる可能性が高く、販売できない。調査会は今回、ごく少量含まれるだけの食品も、注意書きで示すように、業界団体や自治体を通じて販売元などを指導することを決めた[読売新聞,第47094号]。

山形市の健康食品製造販売会社「健森」が花粉症対策商品として製造・販売したスギ花粉加工製品「パピラ」を飲んだ和歌山県の40歳代の女性が今年2月、一時意識不明の重体になった問題で、山形県警生活環境課と山形署は16日「健森」を経営していた男性(今年4月に53歳で死亡)を薬事法違反(無許可製造、販売)容疑で、被疑者死亡のまま山形地検に書類送検した[読売新聞,第 47124号,2007.5.17.]。

スギ花粉症の拡大は、明らかに我が国の林野行政の失敗の結果であり、本来なら行政担当者は、国民にお詫びをしなければならないはずである。

それにしても3年前、突然花粉症に取り憑かれ、それ以後往生しているが、花粉症の時期になる度に、早く杉や檜は伐採したらどうだと思うのは、身勝手な言い分ということになるのだろうか。

TVで花粉の飛ぶ実況をみるたびに、”この野郎、速く切ってしまえ”と叫んでいるが、何時になったら花粉症の鬱陶しさから解放されるのか。

ところでアレルギーの治療法の一つとして、減感作療法がある。アレルギーの原因となっている物質を極く微量投与することによって、ヒトの持つ抵抗性を強化しようという手法で、経験を積んだ医師の監督下で実施される。

その意味で言えばスギ花粉症の患者に杉の花粉を服ませるというのは一見理にかなっているといえそうであるが、実際は甚だ危険な状況に追い込んでいることに気付くべきである。元々スギ花粉にアレルギーのある患者に大量のスギ花粉を服ませれば重篤な花粉症アレルギーが起こるのは当然で、それをいわゆる健康食品として販売することは、甚だしく危険な行為だといわなければならない。

[2007.5.18.]

守秘義務か説明責任か

水曜日, 8月 15th, 2007

鬼城竜生

次の文書は、ある組織のセクシュアルハラスメントに関するガイドラインの中に記載されている、プライバシー保護と守秘義務の条文である。

『セクシュアルハラスメントに係わるあらゆる過程において、被害者・加害者はもちろん関係者全てのプライバシーと人権が完全に保護されなければなりません。ゆえに、相談員・調停委員・調査委員・セクシュアルハラスメント防止対策委員等には、役目がら知り得た事柄を完全に秘密にする守秘義務が課せられます。

甚だ当然の内容であって、この内容について、異論を述べる気はさらさらない。

つまりその行為がセクシュアルハラスメントであったとする結論が出ていない調査段階において、知り得た内容を軽々に外部に漏らすべきではなく、“役目柄知り得た事柄を完全に秘密にする守秘義務が課せられる”とするのは至極当然のことであって、このことについて批判的な論評を加える気はさらさらないということである。

しかし、調査委員会において、種々調査した結果、訴えられたセクシュアルハラスメントが事実であると認定され、その結果『諭旨免職相当』とする答申が出されたとする。

その報告を受けた幹部会の論議の中で、セクシュアルハラスメントが反社会的行為であるとする認識を欠き、過去の業績等ということを口実にして、温情的な扱いをする。本来『諭旨免職』相当であるものを『自己都合退職』で処理したとすれば、その時点で会議の参加者は事件の共犯者になったといわなければならない。

つまり事件性が明確になった段階で、それに対する対応の仕方が、組織としての自浄能力の有無を判断する材料にされるということである。しかも当事者に退職を勧告しておきながら、退職勧告の理由については、プライバシーの問題であり保護しなければならないとして、公開しないという有り様は、甚だしく時代認識に欠けているといわなければならない。

プライバシーの保護を口実に、セクシュアルハラスメントによる処分者が出た事実を隠蔽したとすれば、幹部会は、その組織に属する全ての人々に対して裏切り行為を行っているばかりでなく、組織が属している社会に対する責任を放棄したといわれても仕方がない。

処分を行ったということは、その組織の規律維持と信頼回復が目的であって、処分の内容や処分者の氏名を公表しないということは、その組織が事の重大性を認識していないという印象を与え、再発防止に対する抑止力とはならないということである。組織は透明性を高めるための基準を示すためにも、発生した事件の非倫理性を些末なこととして処理してはならない。

今、組織のモラルや姿勢が厳しく問われている。

このような時代、組織にとって『信頼の確保』こそが求めなければならない最大の重点である。組織に属する個々人が、理念や姿勢を正しく貫くことが『信頼の確保』のための絶対の要件であることを理解しておかなければならない。

(2007.2.25.)

スイッチOTC薬

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

2006年6月28日厚生労働省は薬事・食品衛生審議会一般用医薬品部会を開き、副腎皮質ホルモン剤の[商]アフタッチA(帝人ファーマ)の製造承認について審議し、了承されたという。「アフタッチA」は、トリアムシノロンアセトニドの製剤で、医療用の「アフタッチ」からのスイッチOTC薬(一般薬)で、効能・効果は口内炎である。

口内炎の部分に貼付すると、溶解して消失する。製剤の濃度、用法・用量は医療用と同様である。

承認条件として『3年間の安全性等に関する製造販売後調査』が義務付けられている。 また一般薬として初めて再審査が義務付けられたミノキシジル[リアップ(大正)]の再審査結果についても了承された。

minoxidilは 2000年に国内で初のダイレクトOTC薬として、医療用医薬品としての使用経験なしにOTC薬として承認され、6年間の再審査期間が義務付けられた。今回ミノキシジルの6年間の再審査期間は終了したが、分科会では『引き続き薬剤師による副作用情報の提供の徹底など、現在の安全対策を継続することが適当である』。

ミノキシジルの『安全性評価、有効性評価については、それぞれカテゴリー1(現在の効能・効果、用法・用量の承認事項を変更する必要はない)と判定』され、総合評価についても『カテゴリー1』とする判定結果を報告、了承されたとされる。

この他の報告事項として、イブプロフェン、アセトアミノフェン、アリルイソプロピル、アセチル尿素、無水カフェインを配合した配合製剤について審査の結果承認した。効能・効果、用法・用量は解熱鎮痛薬の承認基準と同様。承認条件として『3年間の安全性等に関する製造販売後調査』が義務付けられた[日刊薬業,2006.6.29.]。

minoxidilは1965 年に降圧薬として開発された。米国では降圧薬として承認されているとされるが、国内では治験段階で降圧薬としての開発は中断された。minoxidilが生体内で代謝を受け、生じた活性代謝物がATP-感受性 K チャンネルを活性化することにより、細胞形質膜が過分極し、血管平滑筋が弛緩することにより血圧が低下する。

minoxidilを降圧薬として使用した患者に、副作用として多毛が発現することが報告された。顔、背部、腕あるいは足に多毛が生じ、この機序については、ATP-感受性 Kチャンネルの活性化及びその結果生じる局所血流の増加によるのではないかとされているが、作用機序の詳細は不明である。

この副作用を主作用として承認を取ったのが、発毛剤として販売されている製剤であるが、局所に適応した患者の中に、狭心発作を起こす人もいるため、例え局所投与であっても吸収されて、全身性の副作用が発現すると考えられている。

つまりminoxidilは医療用医薬品としての使用経験が全くないにもかかわらず、OTC薬(一般用医薬品)として承認された最初の薬であり、最初の『direct-OTC薬』といわれる所以である。従ってOTC薬でありながら、『6年間の再審査期間』が義務付けられた訳である。

更に今後とも『引き続き薬剤師による副作用情報の提供の徹底など、現在の安全対策を継続することが適当である』とする分科会の決定は、頭皮から吸収され、全身性の副作用を発現する可能性のある一般用医薬品であるminoxidilとしては当然のことである。

switch-OTC薬を考える場合、可能な限り増やして欲しいというのが率直な思いである。つまり一々医師に行く手間暇を考えたら、相当のところまで自己診断で対応したいという思いは誰にでもあるのではないか。

勿論、素人が薬を勝手に選別することは危険である。従って薬剤師が相談に応じるという前提条件が必要になるが、真に薬の専門家としての薬剤師が育てば、自己治療(Self-Medication)の可能性は更に広がるのではないかと思えるのである。

(2006.7.13.)

全ては闇の中へ

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

薬害エイズ事件で、業務上過失致死罪に問われ、一審で無罪判決を受けた元 帝京大副学長・安部英(タケシ)被告の控訴審について、東京高裁は、心神喪失を理由として公判を停止する決定を下した。安部被告の審理は、1997年3月に始まり2004年2月23日判決の確定を見ないまま事実上終結したことになる。500人以上が死亡し、「産・官・医」の複合過失として立件された薬害エイズ事件は、医師の刑事責任の有無が曖昧なまま終結することになった。

今回の決定は、精神鑑定結果に基づき「脳血管障害などによる高度の痴呆状 態」と認定したことにより、「心神喪失と認めて、公判手続きを停止する」とするものである。刑事訴訟法は、被告が心神喪失状態のとき、公判手続きを停止しなければならないと定めているとのこと、その結果を受けてのことである。

安部被告は、非加熱血液製剤の投与によるエイズウイルス(HIV)感染が 予見できた1985年、男性患者に投与を続けて、感染・発症させ、1991年に死亡させたとして起訴されていたが、87歳という老いが、今回の公判停止の原因になったといえる。

この裁判に期待していたのは、厚生労働省・医師・製薬企業という三者の闇 の繋がりが、少しは見えるようになるのではないかということである。厚生労働省は明らかに国民よりは業界に眼を向けており、製薬企業を庇おうとする気風を持っており、製薬企業は、往々にして生命関連物質を製造しているという社会的責任を忘れ、恥も外聞もなく、企業利益の追求を、最優先事項としがちである。

医師、特にその道の権威といわれる医師は、自らの権威を絶対的なものとす るためにも、他人の意見に耳を貸す余裕を失っている。うっかり誤りを指摘でもしようものなら、烈火のごとく怒るのみならず、それ以降は出入り差し止めである。更にそのような大権威が、権力でも持とうものなら、都合の悪い意見を述べる人材は全て排除してしまうという、世間一般では通用しないことが医療の世界では平気で行われる。裸の王様は、他人の視線で自己確認ができないことで、裸の王様になるが、大権威といわれる医師ほどその傾向が強い。

つまりこれらの三者が繋がることで、国民の立場を無視した闇の世界が構築 されていくのであろうが、今回の裁判を通して、この闇の構造形成が少しは見えはしないかと期待していたが、結局は何も見えずに終わったということである。

最も裁判が最後まで進んだとしても、被告が抱え込んでいる闇は、被告自ら が正直に告白しない限り、どれだけ裁判を続けても明らかにすることはできなかったかもしれない。端から見れば、ある意味で栄達の道を歩んでいた被告が、更に何を望んで自己の権威を振り回したのか、同じ医師の中で、当時としてはあまり日の当たらない診療科を選択したことが、その後の生き方を決定付けたのかもしれないが、どこかの岐路で、道の選択を誤ったことが、多くの人の人生を妨げる結果になったということである。

いずれにしろ人為的な誤りが原因で発生した『薬害』を、今後繰り返さない ためにも、医療に係わる人間は、常に真摯にあらねばならないといえる。

(2004.3.18.)


  1. 読売新聞,第45948号,2004.2.23.

承認された疥癬治療薬

水曜日, 8月 15th, 2007

疥癬の患者が増加しているという。

疥癬はヒゼンダニの寄生が原因で起こる病気であり、国内では厚生労働大臣の承認を得た治療薬が販売されていなかったため、病院では殺虫剤を主薬にした軟膏やローションを院内特殊製剤として調製し、それを患者に使用してきた。 従来、『院内特殊製剤』を調製するために、特段面倒な手続きを取る必要はなかったが、1994年6月に、製造物責任(Product Liability)法が成立(1995年7月1日施行)すると、若干、様相を異にしてきた。

医薬品原料でない試薬・殺虫剤等を原料として、医薬品を製造した場合に、厚生労働大臣が承認していない薬物を原料として調製した医薬品を使用したとして、薬価に収載されていない限り、保険請求できない。患者から原料相当額を自費徴収するとしても、自費徴収することの承認は得られない。

奉仕的立場で『院内特殊製剤』を調製したとして、『院内特殊製剤』が製造物に相当するのであれば、病院薬剤師の責任が追及される。それなら作らない方がいいという意見が聞かれるようになり、病院薬剤師の多くは、『院内特殊製剤』から撤退すべきだという意見に収束されていった。

しかし、疥癬の治療薬は、国内で市販されてはおらず、治療をするためには『院内特殊製剤』の調製は避けて通れない。更に薬剤師には薬を調製する能力があり、その製剤を調製することで患者の治療に貢献することが出来るのであれば、『院内特殊製剤』は作るべきだとする少数意見もあり、少なくとも適法と考えられる方策を採ることになった。

そこで院内調製の正当性を確保するために、『院内倫理委員会』において、『院内特殊製剤』の必要性について審議し、有効性・安全性等について論議を尽くしていただく。

次いで薬剤部において現状で把握できる情報に基づき添付文書を作成し、文書による患者説明が出来るように『患者説明文書』を作成する。勿論、文書による同意取得のため、『同意取得文書』を作成する。

更に製剤調製のための手順書を作成し、調製に際しての間違いを極力排除することによって、製剤の安全性を確保する。 ここまでやってなお製造物責任法上の責任を追求されたとすれば、それはそれでやむを得ない。

治療の効果が上がらないことが分かっている薬を使い続けて、院内に疥癬が蔓延するのを傍観することの方が問題だろうということを落としどころにした。

しかし、今回『腸管糞線虫』を適応症として市販されていたイベルメクチン(ivermectin)が、平成18年8月21日、『疥癬』を追加適応として効能が追加承認された。

しかも保険適用開始日も同日付として厚生労働省から告示された。本剤は医療現場からの要望により特定療養費制度の選定療養(薬選)の適用を受け、自費による治療が認められていたが、今回のこの措置により健康保険での使用が可能になったということである。

疥癬は従来30年周期で流行を繰り返すといわれていたが、今回の流行は1975年に始まり既に30年を経てなお続いているとされる。

しかし、どういう理由で30年周期で疥癬の流行が繰り返されていたのか、その理由は不明であるが、1975年以降は、我が国に確実に疥癬は定着したということかも知れない。

しかも現在では、高齢者を中心とした集団発生が見られており、軟膏やローションでは対応が困難な部分もあるので、経口投与による治療が行えるということは、従来からの治療法を大幅に変えることになると考えられる。

ただ、外用剤の使用と異なり、経口剤の使用はそれだけ副作用が増大することにも繋がってくる。折角承認された薬である。服用者の状況を観察しながら、息の長い薬に育って貰いたいものである。

(2006.9.23.)

職員組合って何だ

水曜日, 8月 15th, 2007

鬼城竜生

岐阜県庁の裏金問題で、何に驚いたかといえば、その壮大な金額についてである。あれだけの金額を隠していたとすれば、それは最早裏金ではなく表金である。つまり県民の納めた税金を、自分達のために勝手に使っていたということである。しかも、その金額からすると、隠れてこそこそやっていたわけではなく、疑いもなく、上も承知してやっていたということであろう。兎に角上が認めていなければ、下々だけで何億という金をちょろまかすことはまず不可能である。

更に驚かされたのは、県職員組合が裏金隠しに加担していたという、その事実についてである。我が国では、公務員は労働組合を作ることは認められていない。それに代わるものとして職員組合を作ることが認められているのであって、加盟している組合員の意識としては、明らかに労働組合に加盟しているという認識が強いはずである。

従って職員組合の位置付けは、県庁組織からは完全に独立した組織として運営されていなければならない。県の運営について、常に批判的な視点で見ることを、忘れてはならない立場にいるのである。組織は、外から窺い見た程度では、何をやっているのか見えない部分が多い。更に組織運営になれるに従って、機能が麻痺するのみならず、組織に属する人の感覚も麻痺してくるのである。

時には腐った林檎を取り除くことが出来ず、組織全体に腐敗が蔓延することがある。職員組合は、その様な組織にあって、組織全体の法令順守(compliance)を監視する役割を果たさなければならないのである。

その観点からすると、県組織の裏金のうち約3億円をプールし、その一部については、自分達も使っていたということでは、将に何をか言わんやである。何のために職員組合が存在しているのか分からない。少なくともその様な職員組合では、職場で働く職員の労働条件を守るなどという、職員組合本来の役割を忘れてしまっているのではないか。職員組合は職員組合であって互助会ではない。

しかも驚くことに現執行部の4役全員が、10月の役員選挙に立候補し、再任される見通しであることが、19日に分かったとする新聞報道[読売新聞,第46889号,2006.9.23.]がされていた。

執行委員長は、『再任後裏金問題が決着すれば退任する』といっているようであるが、感覚がずれきっているとしかいいようがない。現執行部は全員辞任し、新しい役員を選任して事に当たらせるべきである。執行委員長として、職員組合の組合員に対する責任と同時に、県民に対しても責任を取らなければならない。

現執行部は、坊主総懺悔で、全員退任し、新執行部を選出し、組織の改革を図ることが必要である。

(2006.9.23.)

処方せん医薬品の不正販売

水曜日, 8月 15th, 2007

厚生労働省医薬食品監視指導・麻薬対策課は2006年6月27日、処方せん医薬品の不適正販売が行われていたとして、5社のドラッグストア企業を発表したが、処方せん医薬品の不正販売を報告した企業は12社に達した[日刊薬業,2006.6.29.]。 各企業で販売されていた薬は、どういう訳か、全て同じ薬である。

商品名(会社名) 成分名 規制区分 承認適応症
アタラックスPカプセル(ファイザー) hydroxyzine pamoate 指定医薬品 処方せん医薬品 蕁麻疹、皮膚疾患に伴うそう痒(湿疹・皮膚炎、皮膚そう痒症)

神経症における不安・緊張・抑うつ

ウナセルス(イセイ) nalidixic acid ? 処方せん医薬品 膀胱炎、腎盂腎炎、前立腺炎(急性症、慢性症)、淋菌感染症、感染性腸炎
ウロナミン腸溶錠(大日本住友) hexamine ? 処方せん医薬品 尿路感染症(膀胱炎、腎盂腎炎)
コンバントリン錠・ドライシロップ(ファイザー) pyrantel pamoate ? 処方せん医薬品 蟯虫、回虫、鈎虫、東洋毛様線虫の駆除
ネオフィリン錠(エーザイ) aminophylline 指定医薬品 処方せん医薬品 気管支喘息、喘息性(様)気管支炎、閉塞性肺疾患(肺気腫、慢性気管支炎など)における呼吸困難、肺性心、うっ血性心不全、心臓喘息(発作予防)

上表に見るとおり、『hydroxyzine pamoate』以外は、従来何の規制もなく、『hydroxyzine pamoate』についても『指定医薬品』の規制のみである。

指定医薬品とは薬事法第29条(指定医薬品の販売禁止)『薬種商販売業の許可を受けた者(以下「薬種商」という。)は、厚生労働大臣の指定する医薬品を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列してはならない。』とする規定で、指定されるのは、特にその取扱いについて高度な薬学の知識を必要とする医薬品、薬理作用が非常に激しく使用方法の難しいもの、その医薬品のもつ化学的性質、薬理的性質を十分に知らなければ危険性の大きいもの等。薬剤師以外の者に取り扱わせることによって保健衛生上危害を生ずる恐れがある医薬品ということである。

但し、上表の医薬品は、『要指示医薬品』の指定はされていないとはいえ、いずれも医療用医薬品として承認されたものであり、医師の処方せん無しには販売できない医薬品であることは間違いない。

むしろ何故、これらの医薬品が、法令上の販売規制を受けていなかったのか甚だ不思議であるが、これを逆手にとって医師の処方せん無しに薬剤師が販売したとしても、法的な指導を行う根拠がなかったということになる。

そこで今回、より解りやすい区分ということで『処方せん医薬品』なる区分を新に制定し、医療用医薬品の多くを『処方せん医薬品』に指定したということである。 『処方せん医薬品の販売』については薬事法第49条に次の規定が定められている。

第49条 薬局開設者又は医薬品の販売業者は、医師、歯科医師又は獣医師から処方せんの交付を受けた者以外の者に対して、正当な理由なく、厚生労働大臣の指定する医薬品を販売し、又は授与してはならない。

ただし、薬剤師、薬局開設者、医薬品の製造販売業者、製造業者若しくは販売業者、医師、歯科医師若しくは獣医師又は病院、診療所若しくは飼育動物診療施設の開設者に販売し、又は授与するときは、この限りでない。

2 薬局開設者又は医薬品の販売業者は、その薬局又は店舗に帳簿を備え、医師、歯科医師又は獣医師から処方せんの交付を受けた者に対して前項に規定する医薬品を販売し、又は授与したときは、厚生労働省令の定めるところにより、その医薬品の販売又は授与に関する事項を記載しなければならない。

3 薬局開設者又は医薬品の販売業者は、前項の帳簿を、最終の記載の日から2年間、保存しなければならない。 少なくとも法律で規制するということは、それなりの根拠があって規制されているはずである。薬事法の規定を薬剤師が遵守しないなどということはあってはならない。薬剤師が守らなければ、他人に薬事法を守れ等ということがいえなくなるからである。

(2006.7.15.)

情報の非対称性

水曜日, 8月 15th, 2007

インフォームド・コンセントを、日本語で端的に示す適切な訳語は見当たらないようである。日本医師会は『説明と同意』と直訳して見せたが、これはある意味で、医師側の立場に立った訳語であり、患者側に立った訳語ではないように見える。

その他、『十分な説明に基づく、納得したうえでの自由な意思に基づく同意』とする解釈もされているが、“納得した上での自由な意志に基づく同意” の前の十分な説明の“十分”とは、どの程度の説明をいうのか、説明する側と説明を受ける側とで測るべき物差しが示されていないため、認識に差が出てくることが考えられる。

*『患者が自己の病状、医療行為の目的、方法、危険性、代替治療法等につき正しい説明を受け、理解した上で、自主的に選択・同意・拒否できるという原則』(日本弁護士連合会第33回人権大会,1992.11.)

というのが、日弁連のインフォームド・コンセントに対する解釈であり、患者の側に立って考えようとすると、このinformed consentという僅か数語の言葉が、無闇に長い解釈になってしまうようである。これはinformed consentに包含される考え方が、元々日本にはない思想であるためなのかも知れない。

従来、日本人の思想的背景として、俺についてこい的な“父権主義(父子・家族主義)に憧憬する傾向があり、このパターナリズム(paternalism)的発想は、informed consentとは対極に存在する思想である。事実、癌告知率の低い医療機関において、癌患者に対して十分な説明に基づく同意(informed consent)がなかなか進まない理由として「任せておけ」に代表される医師側の父権主義があると、6割もの看護師が考えているという調査結果が報告されていた。

国立国語研究所が、カタカナ語の言い換え例として、informed consent=『納得診療』なる語を挙げていたが、果たして言葉の真の意味とともに、その思想的背景は我が国の医療関係者あるいは国民の中に定着するのかどうか。

  • 医師>患者
  • 薬剤師>患者
  • 看護師>患者
  • 検査技師>患者
  • 放射線技師>患者
  • 栄養士>患者

各専門職能と患者との関係を見た場合、それぞれの専門領域において、情報量に差があるのはやむを得ない。より多くの情報量を確保しているが為に専門職能といわれるわけで、一般人と同程度の情報水準では仕事にならない。 但し、情報量の少ない患者と専門職能の格差を埋める努力は、専門職能の側に求められるのは当然である。病気を治すという目的はあるものの、人体に外的侵襲を加えるという立場にあることを忘れてはならないのである。

しかし、薬剤情報だけが、独立した存在としてあるのではなく、医療機関全体=組織として、情報公開に関する意識改革が必要なので、薬剤師だけが突出するわけにはいかない。特に医師が率先して情報の公開をしなければ、他の職種が提供する情報は矮小化されたものにならざるを得ない。ある意味、医療はあらゆるものが医師を出発点として動き始めるという性格を持っている。しかし、それはあくまで患者の病を治す目的のためであることを、忘れてはならない。

(2006.5.25.)