1.調剤とは何か?
薬剤師の任務を規定した薬剤師法第一条に『薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする』の記載がされている。
また薬剤師の業務について規定した第十九条では、調剤について『薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方せんにより自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方せんにより自ら調剤するときは、この限りでない。』としている。
本来、調剤は『薬剤師の専権事項』であり、他の何人も行ってはならない業務である。ただし、第十九条の条文に加えられている『ただし書』以降の条文があるばかりに、我が国では未だに正常な形での医薬分業が成立しておらず、『自己の処方せんにより自ら調剤する』という建前で、薬剤師以外の者による調剤が行われている。しかし、これはあくまで特例事項であり、調剤が薬剤師の表芸であることに何ら変わりはない。
調 |
剤 |
調える
ほどよく合わせる |
調合すること
調剤した薬品 |
調剤の『調』は調えるあるいはほどよく合わせる等の意味があり、『剤』は調合することあるいは調剤した薬品(散剤・水剤・錠剤等)等の意味を持つとされている。通常、調剤というと、だれもが思い浮かべるのは、調剤室内で行われる薬剤師業務の極く一部ではないかと思われるが、薬剤師が行う調剤業務は、『実務行為としての調剤』だけではなく、薬剤師が係る全ての業務を包括したものが、『調剤』という言葉で示されていると考えている。つまり調剤とは、次の各業務を全て包括した業務なのである。
[1] 実務行為としての調剤
いわゆる調剤室において、一般的な薬剤師の仕事として、眼に触れる仕事である。通常、薬剤師の行う調剤業務というと、この仕事が全てのように思われるが、薬剤師にとっては行うべき仕事のほんの一部でしかない。しかし、一般に理解されている仕事、薬剤師の表芸ということからいえば、最も重要な業務の一つである。従って、どの様な状況になろうとも、薬剤師自身が『実調剤』をないがしろにすることがあってはならない。
[2] 医薬品管理業務
薬品管理業務は、調剤室内の薬品全般の管理と病院であれば、各外来の処置室・診察室・手術室・各病棟・放射線科・検査科等に配置される医薬品等の物品管理及び管理事務を行う業務である。購入した医薬品の品質管理と同時に、遊休在庫をなくし、施設運営費の多くを占有する医薬品等の効率的な運用に努めなければならない役割がある。更に麻薬・覚醒剤等法規制の厳しい医薬品の管理、感染症の発現を理由とした生物学的製剤の管理等、医薬品管理業務は多岐にわたっている。薬事法上の薬局ではない病院の調剤所においても、医薬品の管理については、薬事法等の法律の規制を受けている。
[3] 製剤業務(含・特殊製剤)
調剤予備行為としての”予製剤”の調製と院内限定使用の”院内特殊製剤”の調製がある。院内特殊製剤は、患者の治療に必要不可欠な薬でありながら、市販されていない薬を院内調製する。多くの場合、原料となる薬物は試薬・農薬等の化学薬品であり、厚生労働大臣が医薬品として承認していないものである。
医師の調製依頼を受けた院内特殊製剤は、院内倫理委員会の承認を得て調製するが、使用に際しては文書による説明と文書による同意取得が必須である。更に製剤室において各種資料を用いて院内特殊製剤用の添付文書を作成する。
院内特殊製剤の調製は、医師の処方せんに基づく院内限りの製剤であり、院外に持ち出さない限り医薬品としての扱いを受けず、薬事法による規制を受けない。これは病院の薬剤部等は、医療法上の調剤所であり、薬事法上の薬局の扱いを受けないということに由来する。従って、院内特殊製剤を”院外処方せん”に記載することは、絶対にあってはならない。また、院内特殊製剤を他院に持参して使用することも行ってはならない。
[4] 医薬品情報業務
医薬品は『物+情報=医薬品』という定式で示される。従って、医薬品の使用に際して、最も重要なのは、医薬品に添付される情報、いわゆる『添付文書』の記載内容の遵守を最優先するということである。添付文書は、その薬の膨大な情報を所持する製薬企業が、適正で安全な薬物療法を実施する上で、必要とされる情報を医師等の医療関係者に伝達するために作成したものである。ただし、添付文書に収載される情報は、全て過去に経験した範囲内の情報であり、最新の知見は、常に文献等の形で報告されるため、情報の蒐集体制を確立することが必要である。更に患者に致命的な影響を与えかねない重篤な副作用、相互作用等の情報を蒐集し、添付文書を見る機会の少ない医師に伝達する等の業務を行う。
[5] 服薬指導業務
従来の医療は『由らしむ可し知らしむ可からず』の誤った解釈の上に立った愚民政策-患者には可能な限り診療内容を知らせないという医療を行ってきたが、『インフォームド・コンセント(informed consent)』の導入とともに、医療を提供する側は、患者に対して『説明責任(accountability)』を有することが明確にされてきた。
薬剤師の服薬指導業務も、医療情報の公開という流れの中で、生まれてきた業務であるが、薬剤師にとって初めて患者の身近に接して実施する業務であり、患者の満足が得られなければ、評価されない業務である。医療関係者と患者の関係で『情報の非対称性』がいわれている。服薬指導業務は、患者の薬物療法に関して不足する情報を充実するための業務である。
[6] 医薬品試験業務
注射薬の配合変化試験、シロップ剤の配合変化試験、軟膏剤の配合変化試験、錠剤粉砕後の安定性、脱カプセル後の安定性、院内特殊製剤の安定性試験、院内特殊製剤の含有量確認試験等、院内における薬物療法の安全な運用に係わる各種の試験業務を行っている。
[7] 臨床治験業務
臨床治験業務は、新しい薬の開発のためには避けて通れない業務ということであるが、治験薬の管理は、薬剤師にとって重要な業務の一つである。特に二重盲検試験の実施薬では、投与開始時点で登録された患者は、治験終了まで同一の薬剤を服用しなければならず、処方が出されるたびに治験薬の登録番号、残薬等を突合し、帳簿に記録するという作業を繰り返す。これは途中で番号を間違えて患者に渡せば、その時点で登録抹消の憂き目を見ることになり、脱落例になってしまうからである。更に治験が終了した薬剤は、投与量、残量を検収し、治験依頼会社に返戻する等の作業を克明に行わなければならない。
2.調剤実務の目的
調剤実務の目的は、疾病の治療に必要とされる薬物を、医師の処方に基づいて、正確に調整し、患者に渡すということである。
- 誤用回避
- 服用容易性
- 服用便宜性(簡便性)
調剤実務は、医師の意図する治療効果を挙げるために、薬剤師が薬物を調整するものであって、まず第一に考えなければならないのは、患者が誤った薬物の服み方をしないように調整するということである。医師の処方意図に反した調整を行い、誤った服用がされれば、挙げるべき効果は期待できない。 次の処方の場合、果たしてどの様な実調剤を行うのか。
Rx.
以上分1——朝食後
処方医の所属する病院薬局も、その後院外処方として持ち込んだ市中薬局A及び門前薬局Aも、炭酸水素ナトリウム 3 g 分1の処方に対して、1包1gを3連包装した市販包装品をよこしたのである。
この調整方法では、服用する患者が、服用するたびに1包1gに包装された炭酸水素ナトリウム3包を薬包紙等の上に開け、服用しなければならない。これでは薬剤師は実調剤を放棄し、最終責任を患者に押し付けているといわれても仕方がない。
このことに対する市中薬局Aの回答は『この包装しか市販されていない』であり、門前薬局Aは『薬局で分包すると汚染が起こるなど衛生上よくない』ということであったが、これらのいい訳は、正当な理由にはなっていない。
また、院外薬局から手渡された薬物の説明書は、次のものであるが、これについても薬中心の説明であり、疾病からの説明になっていない。これで正当な患者説明が終了したと考えているとすれば、それは違うということである。
薬品名 |
市中薬局A |
門前薬局A |
ユリノーム50mg |
このお薬は、痛風の 治療に用 います |
水又は白湯で飲んで 下さい。 事前に砕いたり、口の中で砕いたりして飲まないで下さい |
痛風の発作をやわら げる薬尿 酸を排泄させる薬です |
◆飲み合わせに注意 が必要な 薬があります。他の医療機関で診察を受けたり、薬局の薬を購入する際には、この文書を見せて下さい。
◆発疹・かゆみ、日光皮膚炎等の過敏症や、気になる症状が現れた時は服用を中止し、医師か薬剤師に相談して下さい。
◆この薬を飲んでいる間は水分を多めに摂取して下さい。服用を始めた時、一時的に痛みが強くなることがありますが、指示通りに飲んで下さい。 |
炭酸水素ナトリウム |
このお薬は、胃酸を 中和する 薬です |
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胃酸を抑える薬です |
◆飲み合わせに注意 が必要な 薬があります。他の医療機関で診察を受けたり、薬局の薬を購入する際には、この文書を見せて下さい。
◆発疹・かゆみ等の過敏症状や、気になる症状が現れた時には服用を中止し、医師か薬剤師に相談して下さい。
◆牛乳やカルシウム製品は必要以上に取り過ぎないようにして下さい。 |
メバロチン錠5 |
このお薬は、コレス テロール を下げる薬です |
水又は白湯で飲んで 下さい。 事前に砕いたり、口の中で砕いたりして飲まないで下さい |
コレステロールを下 げる薬 |
◆飲み合わせに注意 が必要な 薬があります。他の医療機関で診察を受けたり、薬局の薬を購入する際には、この文書を見せて下さい。
◆発疹・かゆみ、日光皮膚炎等の過敏症状、筋肉痛や脱力感等の気になる症状が現れた時は服用を中止し、医師か薬剤師に相談して下さい。
◆定期的に血液検査を行い、医師の指導を受けて下さい。また、食事療法、運動療法、体重のコントロール、ストレスを減らすといった生活上の努力をして下さい。 |
ユリノーム錠(benzbromarone)は尿酸排泄促進薬であり、痛風の治療薬でも、痛風発作をやわらげる薬でもない。患者に細かなことを説明をしてもと考え、大雑把な説明をしているとすれば、それは甚だしく失礼な話である。日常的に眼に触れる日刊紙やテレビ等で取り上げられる健康相談で、高尿酸血症や痛風は屡々扱われており、尿酸排泄促進薬があることは知られている。その意味では、尿酸排泄促進薬が、痛風を直接治療する薬でないことも知られているはずである。
benzbromaroneと併用される炭酸水素ナトリウムは、胃酸を中和する目的など期待されていない。尿酸排泄促進薬を服用中の患者では、尿路結石等の発現を予防する目的で、尿をアルカリ化するという治療が行われる。通常はsodium citrate・potassium citrateの合剤であるウラリット錠が使用されるが、それに代わるものとして炭酸水素ナトリウム(重曹)が使用される。つまりここで使用される炭酸水素ナトリウムは、胃酸の中和目的でなく、尿アルカリ化の目的であり、医師の説明と異なった説明を薬剤師が行うことは問題であるといわなければならない。
ところで『口の中で砕いたりして飲まないで下さい』という注意は、日本語としては正しくない。第一口の中で砕くとは、どうやれば砕けるのか。噛み砕くしか方法はないはずであるから、正しくは『噛み砕いて飲まないで下さい』とすべきである。
副作用の防止対策
門前調剤薬局Aの説明文書には、各薬剤の副作用の極く一部が記載されている。 ところで各薬剤の添付文書中に記載されている副作用は、下記の通りである。
ユリノーム錠(鳥 居)
benzbromarone
錠:25mg・50mg |
炭酸水素ナトリウム
sodium bicarbonate
原末 |
メバロチン錠
pravastatin sodium
錠:5mg・10mg |
重大な副作用
劇症肝炎等の重篤な肝障害、黄疸(定期的な肝機能検査) |
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重大な副作用
横紋筋融解症(筋肉痛、脱力感、CK上昇、血中及び尿中ミオグロビン上昇)
肝障害(黄疸、著しいAST・ALT上昇)
血小板減少(紫斑、皮下出血等)
ミオパシー
末梢神経障害
過敏症(ループス様症候群、血管炎等) |
過敏症(蕁麻疹、発 疹、顔面 発赤、紅斑、掻痒感、光線過敏症)
肝臓(AST・ALT・Al-Pの上昇、黄疸)
消化器(胃痛、腹痛、胃部不快感、胃腸障害、胸やけ、悪心、下痢、軟便、口内のあれ)
その他(浮腫、心窩部不快感、頭痛) |
代謝異常(アルカ ローシス、 ナトリウム蓄積による浮腫等)
消化器(胃部膨満、胃酸の反動性分泌等) |
皮膚(紅斑、脱毛、 光線過 敏、発疹、湿疹、蕁麻疹、掻痒)
消化器(嘔気・嘔吐、便秘、下痢、腹痛、胃不快感、口内炎、消化不良、胃部膨満感、食欲不振、舌炎)
肝臓(AST・ALT・Al-P・LDH・γ-TP上昇、肝機能異常、ビリルビン上昇)
腎臓(BUN・クレアチニン上昇)
筋肉(筋脱力、CK上昇、筋肉痛、筋痙攣)→横紋筋融解症の前駆症状の可能性。
精神神経系(眩暈、頭痛、不眠)
血液(血小板減少、貧血、白血球減少)
その他(耳鳴、関節痛、味覚異常、尿酸値上昇、尿潜血、倦怠感、浮腫、しびれ、顔面紅潮) |
市中薬局Aでは、副作用等に関連する注意事項の記載は一切されておらず、口頭での注意もされなかった。門前薬局Aでは、一応の説明はされているが、ユリノーム錠では『劇症肝炎等の重篤な肝障害』に関連する説明がされておらず、定期的な肝機能検査に関する注意事項の記載もされていない。
メバロチン錠では、横紋筋融解症・肝障害・血小板減少・ミオパシー・末梢神経障害・過敏症のいわゆる重大な副作用について、前駆症状等の説明が不足あるいはされていないということである。
副作用の前駆症状の説明は、副作用が重篤化する前に、副作用を回避できる可能性を探るためのものであり、更に光線過敏は、日常生活の中で、僅かな注意を払うことで回避可能なものとなる副作用である。
薬剤師教育の6年制化に伴い、調剤薬局も学生実習の場として利用される。薬剤師にとって最も基本となる実調剤に対する姿勢が、いい加減な調剤薬局を教育現場として選択するわけにはいかない。更に患者と医療関係者が持つ医療情報について『情報の非対称性』がいわれている。こと薬については、薬剤師が情報提供に努力することによって、『情報の非対称性』を改善しなければならない。また薬剤師教育の現場としては、薬剤師にとって重要な情報管理を蔑ろにする調剤薬局を選ぶわけにはいかないということである。
(2004.11.23.)
- 薬事衛生六法;薬事日報社,2004
- 高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004