薬剤師は無能な専門職能なのか?
水曜日, 8月 15th, 2007魍魎亭主人
静岡県伊豆の国市の県立高校1年生の女子生徒(16)が母親(47)に劇物のタリウムを摂取させて殺害しようとしたとされる事件で、三島署などは女子生徒にタリウムを販売した同市、薬局経営の男性薬剤師(65)と法人としての薬局を毒劇物取締法違反の疑いで静岡地検沼津支部に書類送検していたことが15日分かった。 調べによると男性は8月と9月の2回、女子生徒が注文書類に16歳と書いたのに見過ごしタリウムを各25g販売した疑い。4月にも劇物のアンチモン化合物500gを販売した疑い。 女子生徒は「化学部の実験に使う」などと説明していたという。同法は18歳未満への毒劇物販売を禁じている
[読売新聞,第2005.12.15.]
本件に関しては、4日付の報道ではこう書かれている。
女子生徒が薬局で購入したタリウムは、毒劇物取締法で18歳未満に販売が禁じられており、同県健康福祉部は県薬剤師会など関係団体に毒劇物を適正に販売するよう通知を出した。身分証明書で身元確認を徹底することや、使用目的・量が適切か確認するよう求めている。販売した薬剤師は女子生徒が化学部に属し、薬物の知識が豊富だったことから信用していた。
女子生徒は8月9日に同市の薬局で、「化学部の実験で使う」と使途を説明し、名前と住所を書面に記入して注文、2度に分けて50g(致死量 1g)を入手したことが分かっている。応対した薬剤師は、女子生徒が化学部に所属していて薬物の知識も豊富だったことや、「前にも(劇物を)買いに来た者です」と落ち着いて話したことなどから、信用してしまったという。女子生徒は高校に入学したばかりの4月にも、劇物「ビス」を同じ薬局で大量購入している。取り寄せたタリウムを渡す際も、薬剤師は「気をつけて使ってください」と注意を促しただけだった。
タリウムなど劇物を購入するには、「毒物及び劇物譲受書」に購入する者の名前、職業、住所の記入が求められている。同法は爆発性や引火性が強い劇物を除くと身分証明書の提示は義務づけていない。 タリウムや猛毒のシアン、トルエンなどについては、受け渡し時に必ず身元を確認するよう行政側は指導している。
女子生徒はブログの中で、「眩しいほどに晴れ、酢酸タリウムが届きました。薬局のおじさんは、医薬用外劇物の表示に気付かず」と記し、販売した薬局の対応についても記載している [読売新聞,第46567号,2005.11.14.]。
また、何故に法規制の枠の中からすり抜けたのかという検証をした記事では、
だが、毒物及び劇物取締法は、18歳未満への販売を禁止し、購入時には氏名、住所、職業や購入数量などを記入した書類の提出を求めている。厚生労働省は身分や使用目的を確認するよう指導しているが、女子生徒にタリウムなどを販売した薬局は「化学部の実験に使うという話を信用してしまった」と話しており、県警は、18歳未満と気づきながら売ったと見ている。
毒劇物の販売には毒物劇物取扱責任者の資格が必要。ただし、薬剤師は、試験を受けなくても、都道府県知事へ登録すれば資格が得られる。静岡県薬剤師会は「殆どの薬局が登録しているはずだ」と話しており、同県内の毒劇物販売業者は約2,700に上る。 日本中毒情報センター前理事長の杉本侃・大阪大名誉教授は「そもそも、街の薬局でタリウムなどの劇物を売る必要があるのか」と首をかしげる。同県薬剤師会も「農薬の需要も減り、毒劇物販売のメリットはない」と話す。
過去に事件が起きる度に、法改正により規制が強化されたり、販売時の手続き厳守を促す局長通知が出されたりした。だが、時間が経つと、それを無視した販売や、新たな毒劇物を使った事件が起こる。厚生労働省は「高1に簡単に毒劇物が売られるとは想定外だ」と困惑している。
厚生労働省や都道府県は、定期的な立入検査の他、講習会などを行うが、「参加者は1割あるかないか」(伊豆の国市を管轄する東部保健所)。現場からは「客を疑うことを前提に出来ず、売れる体制にある以上は求められれば………」(静岡県内の薬局)との声も上がる。杉本名誉教授は「タリウムを始め必要性の少ない大多数の毒劇物の一般への販売を禁止するなど、規制の枠組みを抜本的に見直すべきだ」と問題提起する
[読売新聞,第46576号,2005.11.13.]。
今回の事例、稼げれば何でもいいということで、タリウムを売ったとは考えたくない。第一タリウムを売ってなんぼの稼ぎになるか知らないが、高校一年生に買える金額である。大した金額になるわけがない。薬剤師は薬物を取り扱う専門職能であり、薬物に関連する法令については精通していなければならない。更には専門職能として、法令を順守するのは当然の義務だといえる。
更に『毒物及び劇物取締法』は、薬剤師のために制定されているわけではなく、国民の安全を守るために順守すべき事項として、制定されているものであり、薬剤師がその規定を知らないなどということがあってはならない。
知らないというのであれば、公に行われる研修会に参加するのが義務であり、参加しない薬剤師がいるとすれば、最低限県薬会誌等に不参加者名と店名を公表する等の罰則を科すべきであり、場合によっては新聞等に公開するという枠の拡大を図るべきである。 更に今回の事例で不思議なのは、酢酸タリウムを使用して行う高校生の実験として、薬剤師は何を想定したのかということである。実験内容について詳細に質問をしていれば、多分高校生には人を納得させるだけの説明は出来なかったのではないかと思われる。
簡単に人が殺される世の中である。販売した劇物があるいは殺人者の手に渡らないという保証はない。あらゆる状況を想定し、国民の安全を確保するために努力することが、専門職能としての役割のはずである。それぞれの専門職能が、専門職能としての力量を発揮できないとすれば、国民の安全は甚だしく脆弱な基盤の上に乗っているといわなければならない。
<毒物又は劇物の交付の制限等>
第15条 毒物劇物営業者は、毒物又は劇物を次に掲げる者に交付してはならない。
一 18歳未満の者
二 心身の障害により毒物又は劇物による保健衛生上の危害の防止の措置を適正に行うことが出来ない者として厚生労働省令で定めるもの
三 麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者
2 毒物劇物営業者は、厚生労働省令の定めるところにより、その交付を受ける者の氏名及び住所を確認した後でなければ、第三条の四に規定する政令で定める物を交付してはならない。
3 毒物劇物営業者は、帳簿を備え、前項の確認したときは、厚生労働省令の定めるところにより、その確認に関する事項を記載しなければならない。
4 毒物劇物営業者は、前項の帳簿を、最終の記載をした日から5年間、保存しなければならない。
今回の新聞報道に見られる表面的な違反は、明らかに毒物及び劇物取締法第15条1項に対する違反であり、甚だ分かり易い条項の違反である。従って今回書類送検したということは、第15条1項という単純な違反ではなく、複合的な違反なのかもしれないが、少なくともこの時点で薬剤氏名・店名の公開を行うべきでなかったのか。専門職能である薬剤師として、ある意味でいえば地域住民を危険に巻き込む可能性があったということであり、社会的責任を取らなければならない。
参照資料として、以下に厚労書の通知文書等を添付する。
薬食化発第1114001号
平成17年11月14日
社団法人日本薬剤師会会長 殿
厚生労働省医薬食品局審査管理課
化学物質安全対策室長
毒物及び劇物の適正な販売等の徹底について
今般、静岡県において、劇物である酢酸タリウムを用いた傷害事件が発生し、これまでの静岡県東部保健所の調査等から、同県内の薬局が当該劇物を 18歳未満の学生に販売したこと(毒物及び劇物取締法(法律第303号、以下「毒劇法」という。)第15条違反)が明らかになったことから、平成17年 11月14日付け薬食審査発第1114001号医薬食品局審査管理課長・薬食監麻発第1114001号監視指導・麻薬対策課長通知により、各都道府県等に対し毒物及び劇物の適正な販売等の再徹底について通知されたところです(別添参照)。 つきましては、貴会会員に対し、毒物及び劇物の適正な販売の徹底について、特段の御配慮をお願いいたします。
* *
薬食審査発第1114001号
薬食監麻発第1114001号
平成17年11月14日
都道府県
各 保健所設置市 衛生主管部(局)長殿
特別区
厚生労働省医薬食品局審査管理課長
厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課長
毒物及び劇物の適正な販売等の徹底について
毒物及び劇物(以下「毒劇物」という。)の適正な販売等の徹底については、平成11年1月13日付け医薬発第34号厚生省医薬安全局長通知(別添)によりお願いしているところです。 今般、静岡県において、劇物である酢酸タリウムを用いた傷害事件が発生し、これまでの静岡県東部保健所の調査等から、同県内の薬局が当該劇物を18歳未満の学生に販売したこと(毒物及び劇物取締法(法律第303号、以下「毒劇法」という。)第15条違反)が明らかになりました。 貴職におかれましては、特に下記の内容について再度の指導徹底を図っていただきますようお願いいたします。 なお、今後当該事件に係る新たな事実が判明した場合、更に通知を発出する等必要な対応を採ることがありますので、御承知おきください。
記
1.毒物劇物営業者に対して、毒劇物の譲渡に当たっては、毒劇法第14条及び第15条の規定を遵守するとともに、身分証明等により譲受人の身元(法人にあっては当該法人の事業)並びに毒劇物の使用目的及び使用量が適切なものであるかについて、十分確認を行うよう指導すること。
2.家庭用劇物以外の毒劇物の一般消費者への販売等を自粛するよう引き続き指導すること。
* *
(別添)
医薬発第34号
平成11年1月13日
都道府県知事
各 政令市市長 殿
特別区区長
厚生省医薬安全局長
毒劇物及び向精神薬等の医薬品の適正な保管管理及び販売等の徹底について
(通知)
毒物及び劇物(以下「毒劇物」という。)並びに向精神薬等の医薬品の監視取締りについては、かねてより種々ご配慮を煩わせているところである。 毒劇物の適正な保管管理及び販売については、平成10年7月28日付けの当職通知によりその徹底を図っていただいているところであるが、今般、シアン化合物を北海道下からの配送により無許可で譲渡したと見られる事件や、東京都下においてクロロホルムを使用したと見られる事件が相次いで発生するなど、毒劇物の適正な保管管理及び販売の徹底には一層の万全を期すことが求められている。
また、神奈川県下においては向精神薬及び劇薬を使用したと見られる事件が発生したところであり、これら保健衛生上特段の注意を要する向精神薬、毒薬及び劇薬(以下「毒劇薬」という。)及び要指示医薬品についても、その適正な保管管理及び販売の徹底に万全を期すことが求められている。 こうした点にかんがみ、貴職におかれては、下記のとおり、貴管下業者等に対する指導等をよろしくお願いいたしたい。
記
1.毒物劇物営業者、特定毒物研究者及び業務上取扱者に対して、毒物及び劇物取締法(以下「毒劇法」という。)第11条に基づき、毒劇物が適正に保管管理されているか早急に点検するよう改めて指導すること。
2.毒物劇物営業者に対して、毒劇物の譲渡に当たっては、毒劇法第 14条に定められた手続を遵守するとともに、身分証明書等により譲受人の身元(法人にあっては当該法人の事業)について十分確認を行った上で、さらに、毒劇物の使用目的及び使用量が適切なものであるかについて十分確認を行うよう指導すること。その上で、譲受人等の言動その他から使用目的に不審がある者、使用目的があいまいな者等安全な取扱いに不安があると認められる者には交付しないようにするとともに、この種の譲受人等に係る不審な動向については速やかに警察に通報するよう指導すること。また、毒劇物販売業者に対して、家庭用劇物以外の 毒劇物の一般消費者への販売を自粛するよう引き続き 指導すること。
3.向精神薬取扱者に対して、麻薬及び向精神薬取締法(以下「麻向法」という。)第50条の21に基づき、向精神薬が適正に保管管理されているか早急に点検するよう指導すること。
4.向精神薬小売業者に対して、向精神薬の譲渡に当たっては、麻向法第50条の17の規定を遵守するよう指導するとともに、薬剤師法第24条に基づき、処方せん中に疑義があるときには、当該処方せんを交付した医師等に問い合わせて疑義を確認した後に調剤を行うよう指導すること。
5.薬局及び医薬品販売業者に対して、薬事法第48条に基づき、毒劇薬が適正に保管管理されているか早急に点検するよう指導すること。
6.薬局及び医薬品販売業者に対して、毒劇薬の販売等に当たっては、薬事法第46条に定められた手続を遵守するとともに、身分証明書等により譲受人の身元(法人にあっては当該法人の事業)について十分確認を行 うこと。その上で、譲受人等の言動その他から使用目的に不審がある者、使用目的があいまいな者等安全な取扱いに不安があると認められる者には交付しないようにするとともに、この種の譲受人等に係る不審な動向については連やかに警察に通報するよう指導すること。
7.薬局及び医薬品販売業者に対して、要指示医薬品が盗難にあい、又は紛失することを防ぐのに必要な措置を講じるよう指導すること。
8.薬局及び医薬品販売業者に対して、要指示医薬品の販売等に当たっては、薬事法第49条第1項の規定を遵守するよう指導するとともに、薬剤師法第24条に基づき、処方せん中に疑義があるときには、当該処方せんを交付した医師等に問い合わせて疑義を確認した後に調剤を行うよう指導すること。また、指示による要指示医薬品の販売等に当たっては、同条第2項及び第3項に定められた手続を遵守するとともに、身分証明書等により譲受人の身元(法人にあっては当該法人の事業)について十分確認を行い、その上で、譲受人等の言動その他から使用目的に不審がある者、使用目的があいまいな者等安全な取扱いに不安があると認められる者には交付しないようにするとともに、この種の譲受人等に係る不審な動向については速やかに警察に通報するよう指導すること。
9.近時、インターネット等を活用して医薬品や毒劇物の広告を行っている事例が見受けられるが、虚偽・誇大な医薬品の広告や承認前医薬品の広告に該当するか否かという観点に加え、無許可・無登録販売を前提とした広告ではないかという観点からも、こうした広告に対する十分な監視を行い、薬事法又は毒劇法に違反する事実が確認された場合には、販売の中止を指導するとともに、必要に応じて厳正な対応を行うこと。
* *
日薬業発第147号
平成17年11月9日
都道府県薬剤師会会長 殿
日本薬剤師会
会長 中西 敏夫
毒物及び劇物の適正な販売の徹底について
標記については、平成15年2月19日付、目薬業発第376号「テロの防止に向けた警察諸対策に対する協力要請について」において、国際テロ事件に関連した劇物等の盗難防止並びに毒物劇物譲渡の際の毒物及び劇物取締法(以下、法)に定められた手続きの遵守を平成16年6月11日付、日薬業発第 40号「毒物及び劇物の適正な販売等の徹底について」において、不正軽油製造のおそれのある硫酸並びに手製爆弾製造のおそれのある過酸化水素に係る適正な販売の徹底について会員へのご指導方をお願いしたところです。
ところで今般、静岡県内において、酢酸タリウム等の劇物による傷害事件が発生し、当該劇物を18歳未満の者が薬局から入手したとの報道がなされています。 本事件につきましては、現在警察において捜査継続中で、事実関係の詳細がはっきり致しておりませんが、毒物及び劇物の適正な販売の更なる徹底のため、法の規定を再確認するよう改めて貴会会員へ周知いただきたくお願い中し上げます。
特に販売に当たっては、身分証明書等により譲受人又は交付を受ける者の身元について十分確認を行うと共に、合わせて毒物及び劇物の使用目的及び使用量が適切であるかについても十分確認を行うことが重要でありますので、この点も含めてご指導方お願い申し上げます。
(2005.12.18.)