不備処方せん
水曜日, 8月 15th, 2007抗リウマチ薬である『リウマトレックス(ワイス)』は、代謝拮抗剤として癌治療に使用されているメトトレキサート(methotrexate)の製剤である。1Cap.中2mgを含有する。
抗リウマチ薬としての適応は「関節リウマチ(過去の治療において、NSAIDs及び他の抗リウマチ薬による十分な効果の得られない場合に限る)」に限定されている。
本剤の用法・用量は
- 1週間単位の投与量:6mg
- 初日から2日目にかけて1回2mg 12時間間隔で3回投与、残り5日間は休薬(1週間毎に繰り返す)
- 増量する場合:1週間単位で8mgまで、12時間間隔で3回投与
である。更に投与上の基本的注意として
- 本剤は1週間のうちの特定の日に投与するので、患者に対して誤用、過量投与を防止するための十分な服薬指導を実施
- 通常効果は1-2ヵ月後に得られる→8週間以上投与しても効果が得られない場合は8mgまで増量し、12時間間隔で3回投与
- 8mgまで増量する場合:12時間間隔で、2-1-1カプセルの投与順とする。→睡眠中は排泄能が低下するので就寝前は2カプセル服用しないことが、安全性の面より好ましい。また、3回目に2カプセルを服用すると本剤の排泄が遅延することがあるので、2カプセルを服用しないことが望ましい。
- 8mgまで増量すると副作用及び白血球減少、血小板減少等の臨床検査値異常発現の可能性が増加→患者の状態を十分に観察。
- 骨髄抑制、肝・腎機能障害等の重篤な副作用出現あり→投与開始前及び投与中4週間毎に臨床検査(血液検査、肝機能・腎機能検査、尿検査等)実施等患者の状態を十分に観察→中止等処置。
ところで医療安全対策検討会議座長に対する医療安全対策検討会議ヒューマンエラー部会部会長からの『処方せんの記載方法等に関する意見』の中に、次の記載が見られた。
*持参薬(リウマトレックス)の過剰投与による免疫機能低下による死亡
以前から慢性関節リウマチで当該病院に通院されていた患者が深夜緊急入院した際、持参薬の中に外来で処方された抗リウマチ剤の劇薬「リウマトレックス」が含まれていた。外来では患者と主治医との間で1ヵ月分の処方(週1回決まった曜日に服用する)として了解された上で『リウマトレックス(1カプセル2mg)1日3カプセル、分3×4日分』という処方オーダーがされていたが、緊急入院時の担当の研修医は、1日3回4日間内服の指示を出し、その結果骨髄抑制及び肺炎の併発にて死亡。
上記「リウマトレックス」の添付文書に記載されている用法・用量を見れば、当該病院で出された処方せんは-患者と主治医の間で了解事項があったとしても-明らかに不適切な処方せんである。
まず上記の処方せんを手にした場合、薬剤師であれば医師に疑義照会の電話を入れる。処方せんに記載されている『リウマトレックス』の服用指示が、本剤の本来の服用方法と異なる指示になっているからである。
薬剤師の問い合わせに対して、医師は『患者にいってありますから』という回答をしたはずである。しかし、ここに重大な問題があることに医師は気づいていない。
この指示では薬袋に記載される用法・用量は『1日3回 食後 1回1カプセル 4日分』という最も古典的な形式のものになる。つまり主治医と患者の関係では、患者に説明がされているとしても、薬剤師は処方せんに記載された用法指示を正確に薬袋に記載せざるを得ない。従って第三者が薬袋を見て患者に指示するとすれば、『1日3回 食後 1回1カプセル 4日分』という指示にならざるを得ない。
この事例でいえば、『毎週○○曜日 ○時1カプセル服用 以後12時間毎 3回。その後5日間休薬』とする用法指示が、最善の服薬指示だと考えられる。処方せんにこのような記載がされていれば、薬剤師はそのように薬袋に記載し、今回の場合の研修医もその通り指示したはずであり、患者も間違った薬の服み方はしなかったはずである。その意味では処方医の処方せんの書き方に問題があったのであり、患者と口頭了解があるから大丈夫だ等という、用法指示はあり得ない。
今回、京大病院の死亡事故をきっかけに、持参薬問題が、病院の薬剤管理の“盲点”として急浮上しているなる記事が読売新聞に掲載された [読売新聞,第46293号,2005.2.3.]。
京大病院の死亡事故は、持参薬管理の“盲点”で起きた
70歳代の男性患者が混合病棟に緊急入院したのは、昨年10月の深夜。患者は薬を持参しており、この中に同病院の外来でリウマチの治療用に処方された免疫抑制剤の劇薬「リウマトレックス」が含まれていた。
患者は錠剤を厚紙のシートから外し、むき出しで保管していた。担当の研修医は「免疫抑制剤」の危険性の認識を欠いたまま、1週間に6mgのところを毎日6mgという誤った指示を出し、指導医や看護師のチェックをすり抜けた。薬剤の管理は病院内で一元化されておらず、外来での処方の情報は病棟には伝わっていなかった。服用方法の変化を、患者は「飲み方が変わったのだろう」と受け止めていた。
同病院の薬剤師は、非常勤を含め法定の定員を上回る57人で、診療科別に担当をおいている。だが、患者の入院日や入院はバラバラ、薬剤師に要求される仕事やルールも科ごとに違い、混合病棟で患者全ての持参薬の管理にかかわるのは「現実的には不可能」(同病院)だった。
患者は免疫機能が落ちたために肺炎を患い、先月初めに死亡。同病院では調査委員会を設置して詳しい原因を調べている。事態を深刻視した日本病院薬剤師会は先月末、薬剤師が必ず持参薬の管理にかかわるよう、約3万4千人の会員に対し、緊急の通達を出した。
この記事の内容では、研修医や薬剤師の対応に問題があるように書かれているが、前出の『処方せんの記載方法等に関する意見』を見る限り、それ以前に解決をしなければならない問題があったといわざるを得ない。
患者はあくまでも素人である。しかも今回の場合は70歳代という高齢者である。医療関係の情報に関して、医療関係者と患者との間の『非対称性』がいわれているが、口答の指示がどこまで患者に理解できたとの認識でいたのか。
処方せんに書くことで、患者に渡す薬袋に用法が明記される。その薬袋の記載があれば、研修医も看護師も誤った用法の指示などしなくて済んだはずである。今回の事例の諸悪の根源は、正確な処方せんを書くという基本原則を無視した処方医にあるといわなければならない。
勿論、患者持参薬について、ないがしろにしていいと考えているわけではない。しかし、患者が保存している薬の扱いが、必ずしも適正ではなく、安定性の面での保証がないという問題点がある。更に何時貰った薬なのか不明なものが多く、有効期限の確認が困難である。更に患者持参薬が、常に同一の医師が出した薬とは限らない。通院中の病院から他院に入院するということは起こりえる。その場合、新たに主治医となった医師の判断が最優先される。新しい主治医が、前医の出した薬を変更するということであれば、患者持参薬を使用することはできない。
それら諸々の解決しなければならない問題があるため、患者持参薬を薬剤師が全て管理するということにはならないが、薬の誤用を避けるという意味では、薬剤師が監視の目を向けるということは必要なことである。
(2005.7.23.)
- 高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2005