何のためのリハビリ期間の制限なのか
水曜日, 8月 15th, 2007鬼城竜生
1998年11月20日の夕、千葉県勝浦に釣りに行く予定で、友人の車で出かけたが、翌早朝、山中の下りの急坂で側溝に前輪を噛まれ、車が逆立ちした。後部座席に座っていた当方は、左腕をドアの突起部で強打し、左上腕の複雑骨折で21日に即入院が決まった。
その週の日曜日に、茨城で講演を依頼されており、取り敢えず、一時退院を願い出たが、貴方が考えているほど簡単な骨折ではなく、どうやればこういう折れかたになるの分からんような骨折だといわれてやむなく後輩に資料を渡して代人に立てもらった。
入院後10日前後は腕に錘を付けて懸垂状態で安静ということでベッドの上で座って過ごし、最終的に手術をしたが、年齢的な問題もあり、経過が長引けば、後のリハビリが大変だという話をきかされた。
手術後、リハビリを受けることになったが、僅かな期間で、これ程躯が動かなくなるのかと、呆れるくらい、腕は動かなくなっていた。
理学療法士の処方に従って、一つ一つ腕を動かす運動を消化していったが、リハビリというのは、明らかに理学療法士の熱意と技術、更には患者自身の回復したいという熱意に依拠する部分が多い。つまり患者側の断固として元に戻るという強固な意志がないと、きついという思いだけが先行して回復は上手く行かない。
リハビリを受けている期間に、機能訓練室で出会った患者がいる。最初は車椅子の上で、ただ呼吸をしている物体、この患者にリハビリなんぞするのは無理ではないかと思って見ていた。
但し、半年後に出会ったときには、機能訓練室の歩行訓練用平行棒に掴まって歩いている彼は別人のようになっていた。勿論まだ完全に回復しているわけではない。しかし、あの物体のような肉体が、完全に人間の型を取り戻していた。
永年病院に勤務していたが、こんな驚異的な状況に初めて遭遇した。その時、病院の中で比較的地味な存在の機能訓練室の重要性を改めて認識した次第である。
ところで厚生労働省は、2006年4月以降、リハビリ治療について最大180日とする日数制限を導入した。全国保険医団体連合会(保団連)は 10月26日、4月からのリハビリ治療制限に関連して、20都府県の228医療機関の脳血管疾患患者6,873人がリハビリを打ち切られたとする調査結果をまとめた[東奥日報,2006年10月26日(木)]。
保団連は「日数制限は矛盾に満ちた制度で撤廃するべきだし、現在困っている患者救済のため除外規定の拡大や基準の明確化をすぐ行ってほしい」としている。
調査は制限日数に達した先月28日から今月24日まで、リハビリ関係の専門職の配置が手厚い医療機関に絞って実施した。
脳血管疾患患者について厚生労働省は「改善の見込みがあると医師が判断した場合」は制限の対象外としているが、基準が不明確なため、ほとんど打ち切っている医療機関がある一方、医療費の審査支払機関から診療報酬明細書(レセプト)が戻されるのを覚悟の上で保険請求しているところもあり、対応に苦慮しているという。
新聞報道に因れば、
制度変更の狙いについて、厚労省は「必要な人へのリハビリを質量とも厚くし、機能維持だけが目的のケースは介護保険でみる役割分担を明確にした。医療費圧縮が目的でない」と説明する。一方、患者側は「医療費削減のため、弱者が狙い撃ちされた」といきどおる。患者には十分な説明もなく実施されたのが実態のようで、医療現場はかなり混乱している。リハビリ治療はこれまで必要に応じて受けられた。ところが、厚労省の研究会は
- 重点的に行われるべき発症後早期のリハビリが十分でない。
- 長期間、効果の明らかでないリハビリが行われている。
- 医療から介護への連続するシステムが機能していない。
などの問題点を指摘した。反省を踏まえ、効果が望めないリハビリを長期間続けるより、早い時期に専門的、重点的に訓練を受ける方が有効だとして、その狙いに沿って診療報酬が改められた。
- 1日当たりのリハビリ時間の上限を2時間(従来は1時間20分)まで延長。
- 1人の療法士が複数の患者に対して行う集団療法を廃止して1対1の個人療法だけを認めた。
脳血管疾患 | 180日 |
上・下肢損傷 | 150日 |
肺疾患 | 90日 |
心疾患 | 150日 |
上記の期間以上に医療リハビリを望む場合は、全額自己負担となる。ただ失語症、脳機能障害、関節リウマチなど数十の疾患は制限から除外された。厚労省は「症状が固定し、機能維持だけを目的とする患者は介護保険で対応する」としている。この場合、要介護認定を受け、通所リハビリ施設などを利用しなければならない。[毎日新聞 2006年7月19日]
患者は個々に症状が違う。ただ、リハビリを受けた経験から言えば、固まってしまった筋肉や筋を強制的に動かそうと言うのである。最初の一歩は、それこそ何でこんな事をやらされなければならないのかという所から始まる。この時の理学療法士の対応の仕方が、後々響いてくる訳で、更に進捗状況は、患者個々によって異なるはずである。機械的に期間を決めて打ち切るのではなく、現場の判断に任せるべきではないか。更に重症度は現場の担当者でなければ分からない。人間の治療は、機械的に割り切ればいいというものではない。まして人は好きで病気になるわけではなく、怪我をするわけではない。何等かの回り合わせでそうなっただけで、可能性のある限り治療はじっくりさせるべきである。
(2006.11.11.)