添付文書の問題点-催奇形性
水曜日, 8月 15th, 2007薬を使用する場合、医薬品の添付文書は臨床上最も重要な資料と成り得るものでなければならない。
医薬品の添付文書は、規制当局の監督の下に、医薬品の安全性確保を目的に、その医薬品に関する情報について、質・量ともに最も優位性を持つ製薬企業が作成する公的文書である。従来、添付文書は、薬物療法の標準的な参考資料として認識されてきた。しかし、医薬品の相互作用によって患者が死亡するという薬害ソリブジン事件(1993年)等が発生したことにより、医薬品の安全性が社会的な問題となるとともに、幾つかの薬の使用に関連した医療訴訟の判決の中で、医薬品の添付文書は、過失の推定基準として採用される状況となり、添付文書に記載される情報の法的な重要性が増してきている。
従って、医薬品の添付文書は、従来の参考資料から薬物療法の判断基準としての守備位置を得ようとしているといえる。ただし、現在の添付文書中に記載されている情報の中で、『妊婦への投与』と『授乳婦への投与』については、ある意味で、甚だ使いにくい情報が記載されているといわなければならない。
勿論、『妊婦への投与』についていえば、ヒトによる臨床治験は不可能であり、妊婦に薬を服用させ、催奇形性の資料を製薬企業が手に入れたなどということになれば、世間的に指弾されることは間違いない。従って『妊婦への投与』に関する限り動物実験の結果が記載されているというのは仕方がない。
一例を示すと次のような記載がされている。
『妊婦、産婦、授乳婦等への投与』
- 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に投与する場合には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。動物実験(ラット、ウサギ)で胎盤通過性が報告されている。]
- 授乳婦に投与する場合には授乳を避けさせること。[授乳婦に対する安全性は確立していない。動物実験(ラット)で乳汁中に移行することが報告されている。]
かって我々の社会は、サリドマイドによるアザラシ症の発症という、重篤な催奇形性の洗礼を受けた。サリドマイドは、妊婦へ投与しても安全な薬だとして、妊婦にも使用された経緯がある。サリドマイドは、副作用が少なく目覚めも良かったので、優れた薬として用いられた。しかし、妊娠した動物での安全性試験が実施されていなかったということで、その強力な催奇性が見のがされる結果となったといわれている。
その意味では、動物実験の結果が、その薬の催奇形性を考える上で、一定の役割は果たすことは考えられるが、動物実験の結果が、直ちにヒトに外挿されるとは限らない。動物の場合、どちらかといえば自然分娩における奇形仔発生の確率は高いとされており、動物で奇形仔が発生したとしても、それが服ませた薬によるものとは直ちに断定できない。更に上記の例では『胎盤通過性』が報告されているとはいえ、薬が胎盤を通過した結果、胎仔にどの様な影響が出たのかは記載されていない。
『授乳婦への投与』についても、同様である。動物実験で乳汁中に移行すると記載されているが、その結果、乳仔にどの様な影響が出たのかは記載されていない。にもかかわらず『安全性未確立』ということで、投与する場合には『授乳回避』と簡単に結論づけられてしまっている。
1日か2日の授乳回避なら母乳が止まることはないのかも知れないが、長く服用する薬では、人工栄養に強制的に変更しろということを意味している。
ところで『治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合』と記載されているが、『有益性』と『危険性』を天秤にかけ、何れに判断の根拠を置くのかの結論を出すのは難しい。
結局は処方を書く医師が、その責任の大部分を押し付けられており、もし薬の服用によって奇形児が発生した場合、厚生労働省や製薬企業は、添付文書に『治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合』との記載がされており、投与の判断を下したのは医師であって、我々は注意は喚起してあるので、責任は医師にあるということになるのだろうか。
何れにしろ添付文書が薬物使用時の重要な情報源であり、その記載内容については、原則として遵守すべきであるとする最高裁判例もあるということからいえば、『妊婦への投与』、『授乳婦への投与』に関する部分もより判断の下しやすい情報提供をすべく、努力すべきである。
(2006.8.9.)