天然色素-アカネ色素
水曜日, 8月 15th, 2007鬼城竜生
食品添加物として使用されてきた『アカネ色素』について、動物実験の結果、“遺伝毒性と腎臓の発癌性”が認められたということで、既存食品添加物名簿から削除するとする文書が厚生労働省から出された。
『アカネ色素』:[英]madder pigment。西洋茜(Rubia tinctorum L.)の根から抽出して得られる赤-褐色の色素。アカネ色素の主成分は、アリザリン(Alizarin)、ルベリトリン酸(Ruberythoric acid)などのアントラキノン骨格を持った化合物で、その他ルビアジン、プルプリンの他にも4種類のアントラキノン誘導体が確認されている。熱、光に対して非常に安定。水やアルコールに溶け易く、酸性で黄色、中性で赤色を呈する。天然着色料としてハム類のケーシング(casing)に使用される。生産地はスペイン、ポルトガル、イタリアとする報告が見られる。
この『アカネ色素』については、ファーブル昆虫記8-伝記虫の詩人の生涯(奥本大三郎・訳/解説;株式会社集英社,1991)に面白い話が載っている。それはFabre J.H.が
- 1856年にアカネから効率よく染料を抽出する研究を開始。
- 1858年大学教授の身分を手に入れるためには財産がなければ駄目だと知らされ、アカネからの染料抽出のための研究に没頭する。
- 1866年アカネの色素を直接取り出すことに成功。
- 1867年アヴィニョン市が功績を認めてガニエ賞を贈る。賞金9000フラン。
- 1868年文部大臣デュリュイによりレジオン・ドヌール勲章を授与され、ナポレオン三世に拝謁。Fabre方式によるアカネ染色の工業化に成功。工場が動き始めてまもなく、独逸でアリザリンの化学合成の技術が完成。アカネ染色工業化の夢が頓挫。
- 現在、使用されている『アカネ色素』がFabreの成果に依拠しているのか、全く新しい技術によるものか知らないが、有名な昆虫記の筆者であるFabreの夢砕かれた研究が西洋アカネから『アカネ色素』を抽出するものだった
というお話である。
Fabreの『アカネ色素』の研究は、繊維の染料としての研究であり、食品に添加する目的ではなかったようであるが、『アカネ色素』を食品添加物として使用するようになったのは何時頃のことなのか。
わが国では、1995年の食品衛生法改正までは、天然の添加物に対する規制は特にされておらず、食品衛生法の改正以降、天然の添加物に対しても各種の安全性に関する資料を提出し審議・指定を受けなければならないという、合成添加物と同様な指定制度が導入された。しかし、それまでに既に流通してきた天然の添加物については、「安全性上特に問題がない」とする厚生労働省の判断から、「既存添加物」と名付け、最終的に489品目が「既存添加物名簿」に登載された。
2003年に行われた食品衛生法の改正において、既存添加物名簿にその名称が登載されている添加物であっても、「人の健康を損なうおそれがあると認められたもの」、「流通実態が無いことが確認されたもの」については、所定の審議、手続きを経て、名簿から名称を削除することになった。この「名簿から消す」ことを「消除」といっている。
天然添加物の安全性評価の方法として、従来の「食経験」の有無、使用年数等を一つの指針としての疫学調査の結果を評価の目安にすることも可能である。その意味で西洋アカネは、昔から漢方として利用されてきた東洋アカネとは異なり、染料としての利用はみられたが食経験は無かったとする報告がされている。
従って今回、動物実験の結果を受けて、「既存添加物名簿」から消除されることになった。本来であれば、動物実験の結果を直ちにヒトに外挿することは出来ないため、一定の猶予期間をおいて更に検討されるところであるが、『アカネ色素』の使用範囲が一部の国に限定されていること、対象食品の範囲が限定されていること等を較量して、使用中止の判断がされたものと考えられる。
天然物は安全であるとする神話がある。天然の草木から直接湯煎する等の操作を加えて抽出した微量の成分を用いる場合と異なり、化学的な操作によって大量の成分を抽出して用いた場合、それは最早天然の安全な物質とはいえないのではないか。合成された化学物質と同様な影響を、生体に与えるのではないかと思われるのである。
(2005.3.5.)
- 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
- http://www.co-op.or.jp/jccu/news/syoku/syo_040708_01.htm,2005.3.5.
参照として厚生労働省が発出した文書を以下に添付しておく。
平成16年7月5日
厚生労働省医薬食品局食品安全部基準審査課
食品添加物「アカネ色素」を既存添加物名簿から消除することについて
食品添加物「アカネ色素」について食品安全委員会への食品健康影響評価を依頼し たところ、7月2日夕刻、「腎臓以外の臓器の所見等について、今後とも情報収集が必要であるが、提出された資料からは、遺伝毒性及び腎臓への発がん性が認められており、アカネ色素についてADI(一日摂取許容量)を設定できない。」と回答された。
これを受け、本日、薬事・食品衛生審議会を開催し、意見を聴いたところ、「食品添加物「アカネ色素」を既存添加物名簿から消除することについては適当である。」とされるとともに、「その施行については、食品衛生法上の危害の発生を防止するため緊急を要するものと考えられることから、早急に行うべきである。」とされました。
このため、食品衛生法及び栄養改善法の一部を改正する法律(平成15年)附則第2 条の2第1項に基づき、今週末を目途に、既存添加物名簿からアカネ色素を消除し、同条第4項に基づき官報に公示することにより、当該食品添加物及びこれを含む食品の製 造・販売・輸入等を禁止することとしました。(施行日は官報公示の日から3月を経過した日)
なお、国民からの意見聴取は、同条の2第3項に基づき、既存添加物名簿の改正とと もに行うこととします。
アカネ色素を使用した食品の表示欄には、「着色料(アカネ)」や「アカネ色素」など、添加物としてアカネ色素を使用した旨の表示が義務づけられております。一般消費者も、アカネ色素を含む食品を摂取しないようご注意下さい。
なお、今回の取扱いに伴い、厚生労働省のホームページにQ&Aを掲載しておりま す。
(参考)
「アカネ色素」について
(1) アカネ色素の特徴について
- アカネ科の植物であるセイヨウアカネの根から得られる。アリザリン及びルベリトリ ン酸を主成分とする色素であり、黄色?赤紫色を呈する。
(2)アカネ色素の流通実態等について
- 生産量は、平成14年度に約5トン、平成15年度に約3トンと報告有。・アカネ色素 を使用した食品の国内生産量については、数値を把握していない。アカネ色素を使用した食品の輸入は、平成14年に約40トン、平成15年に約23トン(アカネ色素そのもの の輸入報告はない)。
- 韓国においては使用が認められているが、米国及びEUにおいて使用は認められてい ない。その他の国の情報は、把握していない。
- 主な対象食品は、ハム・ソーセージ等の畜肉加工品、かまぼこ等の水産加工品、菓子 類、清涼飲料水、めん類及びジャム等に使用されていると関係業界より報告されていたが、これまでに 使用が確認されているのは、ハム・ソーセージ等の畜肉加工品及び菓 子類である。
(3) 食品衛生法及び栄養改善法の一部を改正する法律附則第2条の2について
- 既存添加物名簿に登載された天然添加物(以下「既存添加物」という。)は、平成7 年の食品衛生法改正により、食品衛生法第10条に基づく指定を受けなくとも引き続き 使用等することが可能とされた。
- 平成15年の食品衛生法改正により、人の健康を損なうおそれがあると認められた既 存添加物について、食品安全委員会及び薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて、同名簿 からその名称を消除し、使用等を禁止することができることとされた。
「アカネ色素」に関するQ&A
Q1:アカネ色素とはどのような食品に使用されていますか。
A:アカネ科のセイヨウアカネ(Rubia tinctorum LINNE)という植物の根から抽出して得られた着色料であり、黄?赤紫色を呈するとされています。アカネ色素の生産量は、平成14年度に約5トン、平成15年度に約3トンであったと報告されています。また、アカネ色素を使用した食品の国内生産量は把握しておりません。一方、アカネ色素としての輸入の報告はありませんが、アカネ色素を使用した食品の輸入は平成14年に約40トン、平成15年に約23トンです。
主な使用対象食品は、ハム・ソーセージ等の畜肉加工品、かまぼこ等の水産加工品、菓 子類、清涼飲料水、めん類及びジャム等に使用されていると報告されていたが、これまでに使用が確認されているのはハム・ソーセージ等の畜肉加工品及び菓子類です。
韓国においては使用が認められておりますが、米国及びEUにおいては使用が認められ ていません。その他の国の情報は把握していません。
なお、アカネ色素を使用した食品の表示欄には、「着色料(アカネ)」や「アカネ色素」 など、添加物としてアカネ色素を使用した旨の表示が義務づけられております。一般消費者は、これをもとに使用の有無を判断することができます。
Q2:アカネ色素の発がん性について教えてください。
A:ねずみ(ラット)を用いて試験したところ、腎臓の尿細管という部分に悪性腫瘍の発生が認められました。また、これまでの安全性試験の結果からみると、遺伝子に直接作用して発がん性を示している可能性が示唆されております。このようなことから、食品安全委員会に食品健康影響評価を依頼したところ、7月2日、「腎臓以外の臓器の所見等について、今後とも情報収集が必要であるが、提出された書類からは、遺伝毒性及び腎臓への発がん性が認められており、アカネ色素についてADIを設定できない。」旨の回答がなされました。
Q3:アカネ色素は使用禁止になったのですか。
A:7月2日の食品安全委員会の回答(Q2参照)を受け、7月5日、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いたところ、「食品添加物「アカネ色素」を既存添加物名簿から消除することが適当である。なお、その施行については、食品衛生上の危害の発生を防止するため緊急を要するものと考えることから、早急に行うべきである。」旨の答申がなされました。厚生労働省としては、今週中に既存添加物名簿を改正し、アカネ色素の製造、使用等を禁止する(施行日は官報公示の日から3月を経過した日)こととしております。
なお、国民からの意見聴取は、既存添加物名簿の改正とともに行うこととしております。
Q4:アカネ色素が使用された食品をたべても大丈夫ですか。
A:アカネ色素を使用した食品の表示欄には、「着色料(アカネ)」や「アカネ色素」な ど、添加物としてアカネ色素を使用した旨の表示が義務づけられておりますので、そのような食品の摂食は、お控え下さい。
なお、ねずみ(ラット)を用いた発がん性試験に用いられたアカネ色素の量は多く、実際に食品に含まれている量とは乖離があるものと考えます。現時点でアカネ色素及びこれを含む食品による人の健康被害は報告されておらず、今回の食品安全委員会及び薬事・食品衛生審議会の評価結果はねずみ等の試験結果に基づくものであり、ヒトの健康危害を未然に防ごうとするものです。