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テーラーメイドの情報とは何か?

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

『昼夜を問わず製薬メーカに連絡を取り医薬品についてテーラーメイドの情報提供を依頼したい場面がしばしば生じる。』とする文書の断片が眼に触れた。

tailormaid(order-made:和製英語)とは、注文して洋服を作るということであり、吊しの洋服ではなく、注文主の身丈にあった洋服を作るということである。つまり医療でいえば、tailor medicine(オーダメード医療を行う)であり、お仕着せの医療ではなく、個々の患者の身丈に合わせた医療をするということである。

ところで製薬企業が持っている情報は、通常、薬に関する全体的な情報であって、個々の患者に対応した情報ではない。製薬企業が医療関係者に知らせることの出来る情報は、あくまでその薬に関する総論的な情報であって、その情報の多くは、添付文書に反映されているはずである。

更に、患者の個別情報を手に入れることの出来ない製薬企業は、病状の異なる個々の患者に対応する情報を提供することは出来ない。またそのような情報を提供する資格を製薬企業は持っていない。つまり製薬企業が、個々の患者の治療に関係することが出来る資格を持っていない以上、患者の病状を判断し、情報を提供するなどということはあり得ないということである。

ところで、製薬企業の夜間・休日における医薬品情報提供体制の必要理由として、次の事例が挙げられていた。

  1. 「今月初めに他院でA型肝炎の予防目的でグロブリン製剤を投与したという男性が来院し、来月早々から長期間中国に行くのでA型肝炎ワクチンを必要とするならしてほしいと申し出ている。グロブリン製剤の効果はどれくらい持続しているものか教えてほしい」という内容であった。ワクチン関係の書籍でグロブリン製剤は即効性はあるがさほど持続しないことを確認したものの、やはり製薬メーカーに連絡して情報提供していただくことにした。早速、グロブリン製剤を扱う某メーカーに連絡を入れるが、営業終了を告げるテープに切り換えられ、緊急連絡先のアナウンスもなかった。
  2. 製品を開封したものの液が抜けて空であったり
  3. いつの間にか製品の包装形態が変わったりと驚かされる事例
  4. あるいは幼児の誤飲に関する事例等 があったが、いずれも上手く連絡が取れず、タイムリーな情報提供はしていただけなかった。

海外渡航者に対するA型肝炎の予防については、1995年 7月に不活化A型肝炎ワクチンが発売されるまで、免疫グロブリン製剤の筋注によって実施されていた。ただし、現在使用されている免疫グロブリン製剤はA型肝炎に対する抗体価が低くなっているとされるため、原則的にはA型肝炎ワクチンの使用が求められる。

A型肝炎ワクチンは、2週内し4週間隔で、2回接種を受ける。2回注射で免疫はでき、6ヵ月以上持続するが、数年にわたって長期免疫を持続するためには、摂取後約6ヵ月に3回目の追加接種を受けることが望ましい。なお、16歳未満の小児についてはまだ認可されていない。

免疫グロブリンは、有効期限が短いので、出発直前に接種し、長期間にわたる場合、追加接種することになる。通常は外地滞在期間が3ヵ月以内では0.02mL/kg 1回筋注、3ヵ月以上にわたる場合は0.05mL/kgを4-6ヵ月毎に繰り返す方式が採られている。

米国におけるA型肝炎ワクチンの接種について、次の報告がされている。

ワクチンは少なくとも流行地へ行く4週間前までに実施すべきである。早急に予防する必要な場合には、免疫グロブリン(IG)0.02mL/kg投与と同時に、初回のA型肝炎ワクチンの投与を(解剖学的に異なる部位)行ってもよい。

旅行者のうちで、ワクチン(の成分)にアレルギーのある者やワクチン接種を拒否した者は、免疫グロブリンの1回投与(防護を希望する期間が2ヵ月未満の場合は0.02mL/kg、2-5ヵ月間の場合は0.06mL/kg)を受ける。旅行が5ヵ月を超える場合は、繰り返し投与する。

今回の医師の質問に回答するのに、各製剤の添付文書に加えて、以上の資料以外に何か必要なことがあるとは考えられないが、これ以上にどの様な資料が必要だというのであろうか。わざわざ休日や夜間に質問してまで、手に入れなければならない資料が、何かあるとは考えられない。

『製品を開封したものの液が抜けて空であった』については、納入時の検収の問題であり、検収の徹底を図れば改善される問題である。

また、検収は十分に行ったが、黙視では確認できない程度の不備があって、液抜けがあったとしても、休日や夜間に、製薬企業に連絡するほどに緊急性のある話しだとは考えられない。休日明けに企業に連絡し、製品の交換と、不備の理由の検討及び回答を求めれば済む話しである。

『いつの間にか製品の包装形態が変わったり』とお嘆きのようであるが、これも納品時の検収で分かるはずであるが、それが分からないということは、納品時の検収はしないということであろうか。

更に包装変更のご案内等は、各企業とも嫌になるほど持ち込んで来ているはずである。MRが全く薬局に届けていないとすれば、それは担当MRと薬局の医薬品情報管理室の関係のまずさであり、修復しなければならない。

もしMRが医薬品情報管理室には届けているにもかかわらず、薬局内の薬剤師の眼に触れていないとすれば、薬局内の情報伝達の問題であり、局内の情報伝達の仕組みを考えなければならない。しかし、これらの問題の多くは、薬局内の日常業務に係る不備が原因であり、この問題について、企業の休日や夜間にどのような対応を求めようとしているのか、理解の埒外である。

『あるいは幼児の誤飲に関する事例』というが、企業に対応を求めている間の時間差について、どう考えておられるのか。運良く企業から回答が得られればよいが、もし回答が得られなければ、企業からの回答を待っている間の時間経過によっては、助かるものも助からないという事態が起こりえる。

第一、企業が市販している全ての薬は、過去に誤飲が行われ、その全てについて対応方法が確立していると考えるのは考えすぎである。ただ、希望的観測を述べれば、企業が入手した誤飲等に対応する情報は、インタビューフォームあるいは自社のホームページ等に反映し、自由に情報が入手できるようにしておいていただければ、その都度電話で質問する必要はない訳である。

最も、電話によるやりとりは誤伝の最大の理由になる訳で、電話による情報の収集を避ける意味からもホームページの活用を図るべきである。

自殺目的での薬物摂取時の対応や誤用に対応する情報は、なによりも迅速で、正確であることが求められる。医薬品情報管理室では、雑誌等に発表される過去の事例を日常的に収集し・評価し・加工し・分類し・事例が発生した場合、直ちに検索できるようにしておかなければならない。

更に市販されている急性中毒処置の手引き書は、数種の図書を購入し、索引の使用に精通しておくことが必要である。その他、『(財)日本中毒情報センター』の電話番号等は、急患室に表示しておくべきであるが、必ずしも電話が繋がる保証はない。

日常的に収集した情報の中に、該当する情報がない場合、予測される服用量・服用者の年齢・体重・服用薬物の毒性・性状(酸性・アルカリ性の区分)・半減期等を検討し、医師に一定の判断を示さなければならない場合がある。事故への対応はある意味時間との勝負であり、当てにならない先に電話などをし、時間を無駄にすることは避けなければならない。

可能であれば、幾つかの手段を並列的に同時進行で行うことが無難であるが、日・当直時の薬剤師の配置人員によっては、実現は困難である。

いずれにしろ安易に製薬企業を頼り、製薬企業からの情報を医師に伝達することが薬剤師の実施する医薬品情報管理業務だと思っているとすれば、それはとんでもない間違いである。 薬剤師は情報の単なる取り次ぎ屋ではなく、コピー屋でもない。自らの専門性によって収集し評価した情報を自己責任のもとに提供することで、医療を担う専門職能としての責任果たしているのである。

アンケートの依頼状を配布する方法一つ見ても、他を頼るという姿勢は、薬剤師の依存体質の発露だといわなければならない。既に時代は大きく変貌している。あらゆるものに依存する薬剤師の体質は、根底から変えていかなければならない。

[2004.9.12.]


  1. 木村三生夫・他:予防接種の手引き 第8版;近代出版,2000
  2. 高久史麿・他監訳:ワシントンマニュアル第9版;メディカルサイエンスインターナショナル,2002
  3. 小川陽子・他:製薬メーカーの夜間・休日における医薬品情報提供体制に関する実態調査報告;日病薬誌,40(9):1137-1140(2004)