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それは嘘だろう

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

読売新聞の2000年8月11日付の報道によると、横浜船員保険病院で准看護婦が昨年夏から約1年間にわたり向、精神薬麻薬取締法で管理の徹底を求められている鎮痛剤「ペンタゾシン」のアンプルを勝手に持ち出し、自ら使用し、解雇処分になっていたことが11日わかったという。

同病院は本人以外に実害がなかったなどとして、神奈川県への必要な届出をしていなかった。同県は、麻薬取締法に違反したとして、近く同病院を立ち入り調査し、薬剤の保管状況に問題がなかったかどうかなどについても事情を聞くというものである。

また、報道によると、准看護婦の使用していた薬剤は計30回にわたり、薬物保管庫から患者に使用するためのペンタゾシンのアンプル(15mg)を1本ずつ持出し、当直用の部屋で肩に注射していたという。同法では10アンプル以上の向精神薬を紛失した場合、都道府県知事に届け出るよう定めているが、同病院は「量によって届出が必要だとは知らなかったとしている。同病院では薬物を患者に使用する際、報告書に記入するよう定めているが、今年6月、ペンタゾシンを使用していないはずの患者に注射したとの記載があったことから発覚した」というものである。

横浜船員保険病院が、どの程度の医療機関なのか、新聞報道の範囲内では分からないが、薬剤師の配置がされていないということであれば、たぶん診療所程度の施設なのであろう。

もし、薬剤師が配置されている施設であれば、向精神薬麻薬取締法の規制下にある薬剤が紛失したということになれば、『向精神薬を滅失、盗取、その他の事故が生じた場合、品名・数量及びその他必要事項を記載し、「向精神薬事故届」により速やかに都道府県知事宛に届け出なければならない』とされていることは承知しているはずである。

注射薬であれば「10アンプル又は10バイアル」から届出の必要がありとされており、厚生省あるいは都道府県の担当部局から通知文書等が出されている。

にもかかわらず「量によって届出が必要だとは知らなかった」とする施設の言い訳が記事になっているということは、薬剤師がいない施設だと考えざるを得ないということである。

通常、注射薬の取扱いは、未だ多くの施設で注射伝票によって処理されているはずである。医師は患者別の注射指示書に使用する医薬品名等を記載し、看護婦が注射伝票に転記する。従って医療従事者が自己の使用を目的に、実在の患者名を記載し、注射伝票として提出した場合、それが偽の伝票なのか、本物の伝票なのかをチェックすることは極めて難しい。

性善説ではないが、いやしくも免許を持つ医療従事者が、薬を盗取するなどとは考えられないということを前提として、医療機関は運営されており、意図的にシステムを利用された場合、防御することは困難である。その意味では、今回の事例も発生源入力で医師が注射薬処方せんを発行し、薬剤師が調剤するという仕組みができていない限り防ぐことはできない。しかし、例えこのシステムが導入されたとしても、医師が自己使用のために患者名を流用して処方を書いたとすれば、防御する方策は見あたらない。つまり病院における薬品管理は、常に医療従事者の良心の問題に寄り掛かって運営されているといっても過言ではないのである。特に鎮痛剤である「ペンタゾシン」は、緊急に使用されることも多い薬剤であり、病棟によっては定数配置をしなければならない薬剤ということで、麻薬注射薬と同等の厳しい管理を行えば、間違いなく治療に影響を与える薬剤である。

その意味では、今回、病院の職員が自己使用の目的で盗取したことに対する管理の不備を云々したところで意味はない。更に盗取した職員は、既に解雇処分を受け、内部的には処理が終了しているということでもある。しかし、何故、県に対して、第三者に全く影響がなく、自己使用をした職員は既に処分を行った事例での報告義務について伺いをたてなかったのか。あるいは県に報告をすることに思い至らなかったのか不思議である。

多分、職員の自己使用という違法行為に対し、報告をすることで表沙汰になることを避けようという、自己保身の考え方が先行したのではないかと思われる。

院内における各種医薬品の管理は、病院長にその責があり、薬剤師は病院長からの委任により、院内における薬剤の管理を委ねられているのである。病院運営における免許職種の管理責任は、事務職の管理責任より重い。

今回の事例が、事務職の都合によって、意図的に隠蔽しようとした結果が、どういう都合でか突然表沙汰になったのを受けて、「量によって届出が必要だとは知らなかった」などという言い訳になったのでなければ幸いである。

免許職種の持つ責任の重さを、他の職種が理解しない限り、病院の管理運営は巧く機能しない。

[2000.8.14.]