守秘義務か説明責任か
水曜日, 8月 15th, 2007鬼城竜生
次の文書は、ある組織のセクシュアルハラスメントに関するガイドラインの中に記載されている、プライバシー保護と守秘義務の条文である。
『セクシュアルハラスメントに係わるあらゆる過程において、被害者・加害者はもちろん関係者全てのプライバシーと人権が完全に保護されなければなりません。ゆえに、相談員・調停委員・調査委員・セクシュアルハラスメント防止対策委員等には、役目がら知り得た事柄を完全に秘密にする守秘義務が課せられます。』
甚だ当然の内容であって、この内容について、異論を述べる気はさらさらない。
つまりその行為がセクシュアルハラスメントであったとする結論が出ていない調査段階において、知り得た内容を軽々に外部に漏らすべきではなく、“役目柄知り得た事柄を完全に秘密にする守秘義務が課せられる”とするのは至極当然のことであって、このことについて批判的な論評を加える気はさらさらないということである。
しかし、調査委員会において、種々調査した結果、訴えられたセクシュアルハラスメントが事実であると認定され、その結果『諭旨免職相当』とする答申が出されたとする。
その報告を受けた幹部会の論議の中で、セクシュアルハラスメントが反社会的行為であるとする認識を欠き、過去の業績等ということを口実にして、温情的な扱いをする。本来『諭旨免職』相当であるものを『自己都合退職』で処理したとすれば、その時点で会議の参加者は事件の共犯者になったといわなければならない。
つまり事件性が明確になった段階で、それに対する対応の仕方が、組織としての自浄能力の有無を判断する材料にされるということである。しかも当事者に退職を勧告しておきながら、退職勧告の理由については、プライバシーの問題であり保護しなければならないとして、公開しないという有り様は、甚だしく時代認識に欠けているといわなければならない。
プライバシーの保護を口実に、セクシュアルハラスメントによる処分者が出た事実を隠蔽したとすれば、幹部会は、その組織に属する全ての人々に対して裏切り行為を行っているばかりでなく、組織が属している社会に対する責任を放棄したといわれても仕方がない。
処分を行ったということは、その組織の規律維持と信頼回復が目的であって、処分の内容や処分者の氏名を公表しないということは、その組織が事の重大性を認識していないという印象を与え、再発防止に対する抑止力とはならないということである。組織は透明性を高めるための基準を示すためにも、発生した事件の非倫理性を些末なこととして処理してはならない。
今、組織のモラルや姿勢が厳しく問われている。
このような時代、組織にとって『信頼の確保』こそが求めなければならない最大の重点である。組織に属する個々人が、理念や姿勢を正しく貫くことが『信頼の確保』のための絶対の要件であることを理解しておかなければならない。
(2007.2.25.)