トップページ»

全ては闇の中へ

水曜日, 8月 15th, 2007

魍魎亭主人

薬害エイズ事件で、業務上過失致死罪に問われ、一審で無罪判決を受けた元 帝京大副学長・安部英(タケシ)被告の控訴審について、東京高裁は、心神喪失を理由として公判を停止する決定を下した。安部被告の審理は、1997年3月に始まり2004年2月23日判決の確定を見ないまま事実上終結したことになる。500人以上が死亡し、「産・官・医」の複合過失として立件された薬害エイズ事件は、医師の刑事責任の有無が曖昧なまま終結することになった。

今回の決定は、精神鑑定結果に基づき「脳血管障害などによる高度の痴呆状 態」と認定したことにより、「心神喪失と認めて、公判手続きを停止する」とするものである。刑事訴訟法は、被告が心神喪失状態のとき、公判手続きを停止しなければならないと定めているとのこと、その結果を受けてのことである。

安部被告は、非加熱血液製剤の投与によるエイズウイルス(HIV)感染が 予見できた1985年、男性患者に投与を続けて、感染・発症させ、1991年に死亡させたとして起訴されていたが、87歳という老いが、今回の公判停止の原因になったといえる。

この裁判に期待していたのは、厚生労働省・医師・製薬企業という三者の闇 の繋がりが、少しは見えるようになるのではないかということである。厚生労働省は明らかに国民よりは業界に眼を向けており、製薬企業を庇おうとする気風を持っており、製薬企業は、往々にして生命関連物質を製造しているという社会的責任を忘れ、恥も外聞もなく、企業利益の追求を、最優先事項としがちである。

医師、特にその道の権威といわれる医師は、自らの権威を絶対的なものとす るためにも、他人の意見に耳を貸す余裕を失っている。うっかり誤りを指摘でもしようものなら、烈火のごとく怒るのみならず、それ以降は出入り差し止めである。更にそのような大権威が、権力でも持とうものなら、都合の悪い意見を述べる人材は全て排除してしまうという、世間一般では通用しないことが医療の世界では平気で行われる。裸の王様は、他人の視線で自己確認ができないことで、裸の王様になるが、大権威といわれる医師ほどその傾向が強い。

つまりこれらの三者が繋がることで、国民の立場を無視した闇の世界が構築 されていくのであろうが、今回の裁判を通して、この闇の構造形成が少しは見えはしないかと期待していたが、結局は何も見えずに終わったということである。

最も裁判が最後まで進んだとしても、被告が抱え込んでいる闇は、被告自ら が正直に告白しない限り、どれだけ裁判を続けても明らかにすることはできなかったかもしれない。端から見れば、ある意味で栄達の道を歩んでいた被告が、更に何を望んで自己の権威を振り回したのか、同じ医師の中で、当時としてはあまり日の当たらない診療科を選択したことが、その後の生き方を決定付けたのかもしれないが、どこかの岐路で、道の選択を誤ったことが、多くの人の人生を妨げる結果になったということである。

いずれにしろ人為的な誤りが原因で発生した『薬害』を、今後繰り返さない ためにも、医療に係わる人間は、常に真摯にあらねばならないといえる。

(2004.3.18.)


  1. 読売新聞,第45948号,2004.2.23.